無惨様受名刺ラリー用小話「是非清き一票を、この彼岸花党の鬼舞辻無惨へお願い致します!」
男の高らかな掛け声が響いた時、溢れんばかりの歓声が沸き起こった。
広場に集まった観衆は老若男女問わず数十万人に上る。日本の選挙演説の中でこれほどまでの人数を動員したのは類を見ない出来事であり、野党ながら彼岸花党の支持率は驚異の86%を超え、これまでの内閣支持率歴代一位の記録を塗り替えた。
その記録を打ち立てた鬼舞辻無惨は大歓声を満足そうに眺めると、やわらかな笑顔を作りながら観衆に軽く手を振り、ワゴン車に乗り込んで演説会場を後にした。
「無惨様、お疲れ様です」
「あぁ、守備はどうなっている?」
車の中で待機していた第一秘書である黒死牟は無惨が握っていたマイクを素早く受け取ると、ペットボトルの水を無惨に渡し、各地の選挙状況を報告する。
「この会場を見ても分かる通り、今回の衆議院選挙は我が彼岸花党一党での圧勝になると思われます。投票前の事前アンケートでも東京のみならず、各県の我が党の立候補者は他の者らと比較して圧倒的優位です。政権交代は目前かと」
黒死牟は運転手に出発の合図をし、車は広場から無惨が陣地にしている事務所へと移動し始める。
無惨は黒死牟の報告を聞いて「結局、奴の目論見通りになったか」と、面白くないと顔を若干歪める。だがそれでもゆっくりと頷き、隣に座る黒死牟をねぎらう様に「今まで苦労を掛けたな」と呟いた。
「何を仰いますか。私は無惨様の行く末を知りたいのです。ただ自分の欲に従っただけですよ」
「ふん。よく言うわ」
無惨は黒死牟の言い分を軽く笑う。無惨と黒死牟は高校の時からの付き合いだ。
もっと言うと今生では高校からで前世含めると四百年以上の付き合いだ。前世で鬼だった二人は今生でもビジネスパートナーとして一緒に過ごしている。以前は血の支配という明確な主従関係があった二人だが、今生では主従を結んではいるものの、もっとフランクなものに変化していた。
二人の間に自然な沈黙が落ち、無惨が外の流れる景色を眺めていると、携帯の着信音が鳴った。
無惨が胸に仕舞った携帯を取り出し確認すると、画面には産屋敷耀哉の文字。
無惨はあからさまに嫌な顔をすると本当に嫌々ながらと言った体で電話に出た。
「なんだ」
「やぁ、無惨。先ほどの演説、テレビ中継で聞いていたよ。とても良かった。これからの日本の為になる演説だった」
「産屋敷耀哉。寝言は寝てから言え。影の立役者が何を言うか」
「影の立役者だなんて心外だよ。私は無惨の為になる事しかしていないのに」
「もう、切っていいか」
無惨は耀哉のその言葉に嫌悪するように顔を歪める。耀哉は苦笑すると「無惨」と、一回無惨を呼んだ。声のトーンが落ちついている。真剣な時の耀哉の癖だ。それが分かる程に無惨と耀哉も長い付き合いになる。長い付き合いになってしまった。嫌な事に。
「無惨」
「なんだ」
「日本を頼んだよ」
短い言葉だ。だが、とてつもなく重い言葉だ。その先見の明に何を見ているのやら。
無惨は鼻で笑うと、高らかと言い返す。
「当り前だろう。貴様はそこでずっと見ているがいい」
耀哉は無惨の言葉に軽やかに笑うと、「うん。じゃあね」と電話を切った。
重い言葉を言った同一人物とは思えない程に軽い挨拶だ。
無惨は暫く携帯を眺めていたが、渋々と携帯を胸にしまう。
そう、本当に耀哉は無惨の為になる事しかしなかった。
無惨は始め、日本などの為に政治家になった訳ではないのだ。無惨は己の欲を満たすために政治家になり、彼岸花党を使って日本を乗っ取るつもりだった。
だが、無惨の悪巧みをどこから嗅ぎつけるのか、耀哉はその計画を軒並み潰して回った。
例えばキナ臭い噂が絶えない製薬会社を裏で脅し、己の為に薬を製造させる計画が、いつのまにかその製薬会社の裏を告発し、薬害被害者を救済する計画にすり替わっていたり、他の政治家の海外とのパイプを利用しようと裏の繋がりを脅そうとしたらその政治家の悪巧みを国会で追及する羽目になってしまったり。
耀哉の所為で無惨の計画は結局自分の為ではなく、国民の為の計画にすり替わってしまったのだ。
その結果が無惨の圧倒的国民からの人気であり、彼岸花党への支持率なのだ。
無惨は耀哉の目論見通りに日本を代表する政党と政治家になろうとしている。
無惨は面白くないと思いながらも、これはこれでいいと思ってしまう自分もまた面白くないのだ。だから無惨は耀哉からの電話を渋々ながら、本当に渋々、嫌々ながら取ってしまったりしてしまう。
耀哉曰く。
「無惨なら悪巧みしなくても日本を乗っ取れるでしょ?」
嫌な信頼なのか信用なのか。
そんな事を言われたら悪い気もしないのだ。
「ところであの化け物はどうした?姿が見えんが。会場にはいたのだろう?」
「無惨様、いい加減名前を呼んでやってください」
「化け物は化け物で十分だ」
「ハァ…、縁壱が哀しみますよ…。縁壱は会場の警護に当たっていましたが、今は車列の先頭を走っています。不審車等の確認は縁壱の勘が冴えますので」
「………まさかあの化け物が私と共に働くとはな」
「耀哉殿からの紹介ですがね。縁壱は縁壱で前世は覚えていますが、前世は前世、今生は今生と割り切っていますので気にならないようです」
継国縁壱。黒死牟の実の弟で前世の無惨の天敵だ。今は無惨のSPとして働いている。
無惨が政治家として頭角を現し、人気が出始めた時に耀哉が「SPくらいはつけるべきだよ」と無惨に紹介したのだ。
縁壱を今生で初めて見た時、無惨は飛び跳ねて逃げようとしたが、その無惨を猫の首根っこを捕まえる様にして捉えて「よろしく」と挨拶してきた強者だ。
それ以来、縁壱は無惨の元で働いているが、無惨は縁壱の姿を見る度にビクビクしてしまう。
「………気に入らん」
「縁壱は無惨様の事を気に入っていますよ」
「意味が分からん」
「人間としての無惨様を高く評価しています」
「ますます意味が分からん!」
「分からなくても無惨様は人を惹きつけます。私も。耀哉殿も。縁壱も。国民も」
「…………ふん。知っておるわ」
無惨は黒死牟のその言葉に、不承不承ながら小さく呟いた。
これは鬼舞辻無惨が内閣総理大臣になる前のちょっとしたお話である。