「あ、」
グツグツと鍋の中で煮えたぎる液体が灰色から鮮やかなオレンジ色へと変わったのを見て、教科書通りに山嵐の針の粉を入れたつもりだった。量が多すぎたのか、それとも前の手順で間違いがあったのか。本来ならば白色に変化するハズだった薬液は、一瞬のうちにどろどろのヘドロ状へと変わってしまった。どこからどう見ても失敗だ。
あーあ、せっかく順調だったのに。コレ難しすぎない? そりゃこれだけ手順が面倒だったらO.W.L試験に出されるよね。魔法薬学落としちゃいそう。
ひとまず火を止めて、汚いヘドロになってしまった"安らぎの水薬"を匙で突っつく。これ、どう片付けたらいいんだろう。スコージファイを唱えたらいいのかな、でも勝手に処分したら怒られるよね。うーん、唸りながら突っついて遊んでいると、教室内を歩いていた先生に深い深い溜め息を吐かれた。
「ミスター、幼子ではないのですから。どうして失敗したのか原因を考えてレポートを作成してくださいね」
「はーい」
宿題増やされちゃった。レポートを出さないといけないならこのヘドロ取っといた方がいいのかな。失敗した原因はさっき考えていたやつでいいのかな。杖を手に持って、ヘドロ状の薬を瓶に詰め込む。からっぽになった薬釜にスコージファイ。そして忘れないうちに、レポートに書けそうなことをメモしておこうかな。さっさと終わらせてのんびりしたかった。
羽ペンと羊皮紙を手元に置いて、さぁ作業をしようかと思った直後、遠くの方から機嫌の良い先生の声が聞こえてきた。どうも誰かが調合を成功させたらしい。
「難しい調合をよく成功させました、ハッフルパフに加点しましょう!」
褒められているのはハッフルパフ生徒だった、それなら彼だろうなぁ、彼は魔法薬学が大得意だから。
ぐるりと、広いとは言えない魔法薬学の教室内を見回せば、すぐに先生と褒められている生徒の姿を見つけることが出来た。やっぱり彼――メドキだった。遠目でも分かる綺麗な銀色の湯気が立つ薬釜の前に立つ金髪の彼は、先生の言葉に照れくさそうに笑ってもう一方の手で頭をかいていた。相変わらず褒められることになれていないなー、と思いながら彼をじっと見ていれば、俺の視線に気がついたのか、それとも偶然か。メドキの顔が此方を向いた。その途端、ぱちっと目が合う。彼は一瞬だけ驚いたような顔をしたけれど、すぐにふわりとした笑顔を浮かべて手を振ってきた。それに応えて手を振り返せば、メドキはちょいちょいと手招きをしてきた。
何だろう、暇そうだと思われたのだろうか。それなら心外だな。そう思いながら羊皮紙と羽ペンを持って、とことこメドキの下へと歩いていく。
「成功おめでと、凄いじゃん」
「や、そんなでも……」
「俺失敗したのに、ほら見てヘドロ」
謙遜か、それとも本当に大したことないと思っているのか。苦笑するメドキを横目に薬釜を覗き込む。刺激臭も変色もない、綺麗な薬がそこにあった。俺のヘドロと化したモノとは雲泥の差だ、すごい。やっぱりメドキは器用だ。