お題をクリアしないと出られない部屋 01 気がついたら、全く見知らぬ部屋のベッドに寝転がっていた。見覚えのない白い天井だ、煌々と光を放つ蛍光灯が眩しい。
夢だろうか、現実だろうか。こうなる前は何をしていただろうか、染み一つ無い天井をぼんやりと見つめて、メドキはこうなる前の状況を思い出そうと記憶を辿っていく。
確か、見回りの最中だった。下等吸血鬼が出たもののあっさりと共に行動をしていたショーカが蹴り飛ばして倒して、報告書を作らないといけないな、と話をして、また歩き始めて。そこで記憶も意識もぷつりと途切れていた。
ショーカ、そうだ。あいつは何処だろう。意識を失う直前まで一緒に居た相棒を探そうとメドキは身体を起こして、すぐに彼を見つけることが出来た。
ショーカはメドキの隣で、すやすやと現状に見合わないほど穏やかに眠っていた。蛇の帽子で顔が隠れていて、本当にこれはショーカ本人だろうかと不安になってしまう。そっと帽子を取ってみれば、見慣れた顔が出てきた。彩度の低いピンク色の髪に、ああ、こいつはショーカ本人だと判断して。
ツン、と頬を指でついてみれば、ショーカは眉間に皺を寄せてううんと唸って寝返りを打つ。むにゃむにゃ、寝言にもなっていない声を上げながら、あどけない寝顔を晒すショーカを見ていると自然と顔が緩んでしまう。可愛い、よかった、ただ眠っているようだ。
拘束の類もされていないことにメドキはホッと息を吐いた、けれど、すぐに二人揃っての拉致・監禁という嫌な単語が頭の中に浮かんできて、途端に冷や汗が全身から吹き出す。
騒ぎ立て始めた心臓を落ち着かせるべく、胸に手を当てて深呼吸を繰り返してからメドキは部屋の中を見渡した。少しでも良いから自分達が置かれている状況を把握したかった。
白い。壁も床も、天井も白一色の狭い部屋だった、白すぎるせいで全く落ち着かない。白は清潔感を与える反面、直視し続けると精神衛生によろしくないのだったか。衣装作りをするに当たって読んだ、色に関する本の内容を思い出しながらぐるりと狭い室内を見渡す。
壁の何処にも窓が見当たらない、そのせいで余計に圧迫感があるのだろうか。出口となりそうなドアも白くて壁と同化しているようにも見える。その真っ白なドアのノブには小さなホワイトボードが掛けられていた、遠目では黒色で何かが文字が書かれていることぐらいしか分からなかった。後で確認しておいた方が良さそうだ。
部屋の中にある家具は、メドキ達が横たわっていた大きな、キングサイズほどもあるベッドと、その横に置かれた小さなテーブルだけだった。そのテーブルの上には小さな瓶が二つに一枚の紙だけ置かれていた。
紙を手に取って文面を確認してみれば、そこには『一人一本、これを飲め』と簡潔にそれだけが書かれていた。試しに裏側を確認してみるがそれ以外に文字はない。一体何が入っているのか、瓶の中身は透明な液体だった。蓋を開けて匂いを嗅ぐも薬特有の臭いや刺激臭といったものもなく、単なる水なのか、劇物なのか、それとも媚薬だとかそう云う物なのか判断がつかなかった。
他に何かしらの手掛かりはないだろうか、ベッドから降りたメドキは自分が履いていた靴がないことに気がつく。ベッドの下辺りを見てみるがどこにも見当たらなかった。わざわざ靴だけ脱がしてのだろうか。
ないなら仕方がないか、メドキは素足でペタペタと狭い部屋の中を歩いて見て回ることにした。だが、狭い室内ではあっという間に探索は終わってしまう。
物は試しに壁を叩いたりしてみるも隠し扉の類も何もなく、開かないとわかっているがドアに手をかけて押したり引いたりもしてみた。やはり、びくともしなかった。
そんなドアのノブに掛けられていたホワイトボードには、大きな文字で『お題をクリアしないと出られない部屋』と書かれていた。隅の方には小さな字で『お題はパスも可能、但しペナルティ有り』とあって。漫画やらやらしい本とかでよく見るアレックスしなきゃ出られない部屋みたいだと思わなくもなかったが、まさか本当にアレに近いものだなんて。
片手で顔を覆い俯いてから、ハァ、と深い溜め息を吐き出した。よかった、見知らぬ人や他の同業者と閉じ込められなくて。よかった、ショーカと一緒で。いや、本当は全く良くない。一体どうしてアレックス部屋・亜種に、密かに想いを寄せていた相手と閉じ込められないといけないのだろうか。
いつからなのか覚えていないけれど、メドキはショーカに対して恋慕の感情を抱いていた。同性を好きになる経験なんてなかったから、どうすればいいのか分からなくて。だから、メドキは親しい友人であり、相棒として隣に立つことが許される現状を壊してまで、ショーカとどうにかなろうとは思っていなかった。きっと報われることのない片想いだから。この想いが枯れて終わりが来るその時まで、彼と共に日常を楽しめればそれでいいと思っていたのに。どうしよう。
小瓶の中身を飲み干したとして、それからのお題が何なのか。それが全く分からないことが恐ろしかった。
もう一度、深い溜め息を吐いてメドキはベッドまで戻り、そこに腰掛けた。ぎしりとスプリングが軋む。その音と揺れに反応したのかショーカが「ん、んぅ……」と小さく声を上げて、イヤイヤと云うように首を振ってから瞼を開いた。
「…………あ、れ」
「おはよ、ショーカ」
「おはよ……?」
のそりと瞼を擦りながら起き上がったショーカは、不思議そうな顔でぐるりと部屋の中を見回した。起きたばかりでまだ頭がちゃんと起きていない様子で、パチパチと瞬きを繰り返す姿は普段以上に幼いように見える。
可愛い、頬が緩みそうになるのを堪えつつ。ひとまず声をかけてみれば、ショーカはメドキの方を見てから、キョトンとした顔で首を傾げた。
「何ここ、趣味の悪いラブホ? 俺、メドキに連れ込まれたの?」
「ラブホって……。連れ込んでないから、俺も気がついたら寝かされてたの! ショーカなんか覚えてないか?」
「ふぁ……吸血鬼蹴り飛ばして、ギルドに帰ろっかって話をしてたのは覚えてる。けど、……そっからは何も。変なやつに会って絡まれた記憶とかもない」
大きなあくびをこぼしながらショーカは大きく伸びをして、記憶を拾い上げているのか視線を宙へと向ける。しかしそれも数秒のことで、すぐに諦めたのか、わからない、とメドキを見て首を横に振った。メドキはそれに苦笑を浮かべつつ、自分も似たようなものだと返した。
「一応部屋の中は見て回ったけど、めぼしいものはほとんどなくて」
「ぱっと見窓ないけど、ドアもないのここ」
「あ、いや、ドアはある、壁と同化してて見にくいけど。でも、開かなくて。で、そのドアのノブに掛けられていたホワイトボードがこちらになります」
すっとホワイトボードを差し出されたショーカは目をぱちくりさせてから、くすくす笑いながらホワイトボードを受け取る。けれど、ホワイトボードに書かれた文章を読んだショーカは眉根を寄せてから、お題って何と困惑気味に呟いた。視線がメドキとベッドを行き来する。
「ラブホっぽいし、メドキとセックスしろとかそういうやつ?」
「セッ、や、ちがっ、違うから、そこのテーブルの上!」
さらりと、とんでもない発言をするショーカに、メドキは一瞬言葉に詰まる。何とか違うと答え、ベッド脇のテーブルを指差した。素直にそちらに視線を向けると、すぐに彼はのそのそとベッドの上を膝歩きで移動してテーブルに近寄るとテーブルの上に置いたままだった紙と小瓶をそれぞれ手に取った。
へー、という感情の込もっていない声をあげて、持った小瓶たちを左右に振る。ちゃぷちゃぷと水の音が聞こえた。
「これを飲め、か。毒とかじゃないよね」
「変な匂いとかしなかったから多分。でも、こう、状況的にアレな薬に思えて飲む気が全く起きない」
「そだね、でもプラシーボを狙ってる可能性もあるよ。ラブホみたいなところだし、媚薬とか催淫剤とかだと思い込みそうじゃん」
言いながらショーカはすぐ近くまでやってきて、そのままメドキの隣に座る。近い、いつも以上に距離が近い。体温が伝わるほど近くに座ってきたことにメドキは内心動揺しつつも、平静を装いながら「そうだな」と返した。とくとくと心臓が高鳴る音が伝わっていないことを祈りながら、横目でショーカの顔を見てみれば。彼は、じっと手元の小瓶を見つめていた。
「人は思い込みで生きることも死ぬことも出来るわけだし、これは単なる水だって思って飲んだら大丈夫なんじゃないの」
そういうとショーカは手に持っていた小瓶の一つの蓋を開けて口をつけると、躊躇うことなく煽って薬を口に含んだ。「あっ」と言うと間に、ショーカはぐっと眉間に皺を寄せて、ごくりと喉を上下させて薬を飲み込んでしまった。
「ちょっ、ショーカ!?」
さっと顔を青ざめさせたメドキが慌ててショーカの肩を掴むと、ショーカは軽く顔を顰めたまま、けほっと小さく咳をした。
「おま、お前な! 痺れたりとか変な症状出てないか!?」
「まぁ、今のところは大丈夫。経口摂取だからそんなすぐに効果出ないと思うし、ヤバくなる前にさっさと他のお題クリアして出ようよ」
空になった小瓶を揺らしながらもう片方の手でメドキの手を取ると、ショーカはその掌にもう一つの小瓶を押し付ける。戸惑いながらも受け取れば、黒目がちの目でじいっと顔を見られた。早く飲めと暗に言われているような気がしてならなかった。
何度目かも分からない溜め息を吐いてから、意を決してメドキは小瓶の蓋を開け、中に入っている液体を一息に煽った。途端、口内に強烈な甘さが広がり、思わず顔を顰めながら飲み込んだ。舌に残る甘みが気持ち悪い。
「ふふ、メドキすごい顔」
「うるさい。……取り敢えず、飲んだから一つ目のお題クリアでいいんだよな」
手の甲で口元を拭い、空っぽになった小瓶をどうしようかと一瞥した直後だった。ひらりと、天井から紙が一枚落ちてきた。次のお題が書かれているのだろう。一体何が書かれているのか、ヤれ的なことが書かれていないことを願いながら、小瓶をテーブルの上に置いてから紙を拾い上げた。簡潔に一文だけ書かれたお題を確認すると、二人は思わず互いの顔を見合わせる。
紙には『互いの顔を二分間、見つめ合え』と、予想していたよりもはるかに平和かつ健全なお題が記されていた。