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    ぬー。

    @nuu1231rumayu

    ポイピクとは。

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    ぬー。

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    D.C.(ダ・カーポ)の朝倉純一×芳乃さくらの短文を放り込んでいく倉庫。
    たぶんどれも独立した話。長編にしたかったものの冒頭部分もあるため中途半端な話あり。だいたい二人だけの世界でいちゃいちゃしてる。たまにシリアス。

    純一くんとさくらちゃん。つまらない魔法使いだけど無自覚の毒日常この花(えがお)が枯れることのないように好きだなんていわない桜とさくらいたいけな女の子をひとあし早いクリスマスナイト背が小さいからいろんな人たちに言われてきたけれど眠り姫にPA☆N☆TSUひっつきむし攻撃バスタイムごめんなグッナイベイビイこころ、おどる。特別な日FOR YOU雑音が消えたらだからボクはこの星空に夢中なんだ。いまここにいてある日のおはなし妹と恋人の違い卒業式前日憧れシチュエーションwhite wish舞い降りる先は雪の日デート密着、ちゅう。爪先から頭のてっぺんまで雨空MAGICcall健全な男のコですから冬の日ひとつぶ和菓子プリーズ!一世一代むかしのおはなし同士愛でる雨ときみ時差good morningコウフクいきもの愛ゆえ!最近、友人は始終締まりのない顔をしている。こたえは建前ゼロゆめうつつひとりの魔法使いの見る夢誓い彼女に左片側の手袋をつまらない魔法使いだけど

    「……っ!」

    胸に飛び込んできたぬくもりを出来うる限り優しく、やわらかく、包み込む。
    ふわりと二つに束ねられたきれいな金髪が俺の腕を撫でた。
    小さな手で懸命に俺に抱きつく少女はそれきりしばらく微動だにしない。
    おそらく、彼女の言葉を使って今の状態を表すなら充電中、なんだろう。

    「さくら」

    名前を呼んだらよりいっそう強く、ぎゅううと引っ付いてくる。
    うるさすぎる心音は、二人分。
    小刻みに震える小さな肩。
    シャツの胸の辺が濡れていくのを感じる。
    そろそろ限界だ。

    「かったる……」

    ぐいと無理矢理さくらをひっぺがし、まっすぐに見つめる。
    やっぱり。そう思った。
    俺はさくらの瞳に唇を寄せ、そこに溜まる涙を順に吸い取っていく。

    「……お兄ちゃん……お兄ちゃ、っ……」
    「……ああ、まあ、なんだ」

    何がこいつを泣かせているのか知らないが、俺はこいつの笑った顔の方が断然好きだ。
    だから。
    右手を握りしめる。
    ありったけの優しさと愛情を込めて。

    「ほら、これでも食って元気だせよ」

    手の中に生み出したばかりの柔らかな饅頭を小さな口に押し付ける。
    それでも食ってまた、いつもみたいに笑ってくれ。



    和菓子を出せるだけの、つまらない魔法使いだけど。
    俺はたったひとりのためだけのつまらない魔法使いだから。









    無自覚の毒

    「原因不明、だってさ」

    かったるいよなぁ。そう笑う顔は随分とやつれてしまっている。手を伸ばし、ベッドの上で半身を起こそうとする彼を支える。

    「ごめんな、デートの約束だったのに」
    「元気になったらまたいこうね」

    にゃはは。笑う。笑え。せめてボクのことで心配なんてさせたりしないように。

    『おっちんじゃえ』

    かつて衝動のままに口にしたその言葉は呪いへと変わり、じわりじわりと彼を侵していた。桜の魔法はボクの言葉を、叶えてしまう。
    ぞっとした。
    そんなことかけらも願ってなんかない。
    あの、お別れの日。時代劇で知り、覚えたての言葉を怒りと悲しみに任せて吐き出したボクこそが呪われてしまえばいいのに。



    どうかお願い魔法よ解けて。









    日常

    寝ぼけ眼でベッドの上に手を滑らせる。ぬくもりがない。少し寂しく思うが、すぐに心は持ち直した。ああ味噌汁の匂いがする。ぐううと腹の虫が鳴く。なんと正直な体か。性欲あい睡眠欲きゅうそく、そして次は食欲はらを満たせ、と。
    目もとを擦りながら台所へと向かうと求めていた人物の後ろ姿がそこにあった。

    「さくら、おはよう」
    「おはよー、純一くん」

    振り返る彼女は可愛いイラストの描かれたエプロンを着けている。裸エプロンでないことがまことに残念だ、というのはさておき。

    「たまご焼くよー。リクエスト受付中!」
    「……あまいたまごやき」
    「OK!」

    おそらくネイティブな発音での返事にそういえば帰国子女だったな、なんて思いながら低い位置にある頭を撫でる。

    「朝から元気だなぁ」

    ツインテールを揺らし、両手で生卵を持ったまま、さくらは花の咲いたような、可愛すぎる満面の笑顔をこちらに向けて。

    「充電満タンだからね」
    「だからだよ、心配なのは……」

    ぽぽぽぽ。頬を赤くする少女に、顔を近付ける。

    「無理してんじゃないのか?」
    「……ボク、幸せいっぱいだよ」

    言葉と寸分違わぬ、やわらかな表情えがおの女の子の桜色の唇に、俺はおはようと愛してるのキスを贈った。



    なんて大切で愛おしい、日常。









    この花(えがお)が枯れることのないように

    朝、学園へと登校する間も、淡いピンク色が視界の大幅を占領する。脇を吹き抜ける風は強いけれど斬りつけられるような厳しさは気付けばもうなくなっていた。

    「桜の季節だなぁ」

    見事なまでの桜吹雪を前に思わず呟いた声に隣を歩くとても小柄な女の子がツインテールに結わえた髪を靡かせながら首を傾けてこちらを向く。

    「ボク?」

    同音の名を持つ少女を慈しむように祝福するように見守る桜達にはもうなんの魔法ちからもないけれど。満開の桜の木々を背に、舞い散る無数の桜のはなびらの中、上目遣いで見上げてくる少女はまるで花の妖精かに見える。

    「いや、似合ってるけどさ。春だなぁって意味で」

    勘違いに少し恥ずかしそうに笑みを浮かべ、同じ名前の木々を仰ぐさくら。その小さな肩に手をやりこちらへと引き寄せ、後ろから抱きしめる。

    「さくらの季節は……あー……一年中、いつだって俺の中ではおまえが咲いてるよ」



    とても、とても美しい俺だけの花。









    好きだなんていわない

    未来から来た、などということがあるのだろうか。
    これだけでも到底信じられないのに、そんな胡散臭いことをいうのが「俺」だから混乱もするだろう。そのうえ告げられた内容も内容だ。

    「……さくらが死ぬ?」

    吐いていい嘘と絶対に駄目な嘘がある。今回は後者だ、間違いなく。
    曰く、俺と付き合えば芳乃さくらは三年後に死ぬらしい。

    「ふざけるなよ」

    怒りに任せ胸ぐらを掴んでも、睨み付けても。殴っても。「俺」は黙ってこちらを見ているだけだった。
    だからこそ分かってしまう。分かりたくなんかないのに。
    生気のない虚ろな瞳をしたこの青年は、大切な存在さくらを失い悲しみに暮れ、己の選択を死ぬほど悔いた未来の自分自身の姿なんだと。

    「……だめ、だ……」

    駄目だ。この想いが、俺が、愛しい少女を殺すなんて。
    口の中が、塩の味と鉄の味がする。



    一緒に歩んでいけなくてもいい。笑って生きていてほしいから、好きだなんていえない。









    桜とさくら

    地に膝をついて小さな身体を胸に抱く。
    さくらが眠ったままいっこうに目覚めない。
    あの、秘密基地の大きな桜の木のもとで、まるで守られるように、あるいは木の精霊のように、絶えず降り積もる薄紅色の花びらの中でうずくまる少女。
    触れることはできるのに。
    あどけない寝顔。その頬に手を伸ばす。あたたかくて、やわらかい。それは彼女がここに確かに存在し、生きている証だ。最初に見つけた時には、そうして安堵した。
    けれど起きてはくれなかった。どんなに呼びかけても、揺さぶってもだめだった。
    こんな不思議現象で思いあたるもの。

    「魔法……か」

    俺にできることは、どうやらひとつだけらしい。
    目には目を。魔法には魔法を。
    大きな幹に背を預け、俺は少女のことだけを想いながら瞳を閉じた。



    こちらの手札はたったの二枚。さていきましょうか、夢の中へ。









    いたいけな女の子を

    一年中咲いていた桜が本来の姿へと戻り、少女の願い事を叶えることがなくなってから数年が過ぎたが。

    「結局あんまり変わらなかったな」

    かつて、見た目も中身もこどもでいたかった幼い彼女は、そうでなくなった今でもそう変化が見られないように思う。少なくとも、外見は。

    「レディに対して失礼だよ、もう」

    頬を膨らませて怒る姿に、いや内面もそう成長していないなと、認識を改めた。

    「ってもさ、顔もふにふにだし」
    「んんっ……」

    頬を手のひら全体を使って撫でると、さくらはまるでのどを鳴らす猫のように目を閉じる。

    「背もそんな伸びてないし」
    「……っ」

    ああでも少しは身を屈めるのも楽になったかな、なんて腰を落として唇を重ねながら思う。

    「胸もぺったんこだし……」
    「ひゃう!」

    唇を離すと同時にそう言い、もう一方の手をそっと持ち上げ膨らみの見られない胸元を指先でつっつく。
    やわらか。
    まったくなくはないらしい。
    位置を少しずらしてつっつく。

    「……やっ……」

    さらにつっつく。

    「んぅ……」

    もっと。

    「……あぁ……っ」
    「……」

    可愛らしいやらしい声に興奮してきた。主に下半身が。
    涙で潤む青色の瞳に見上げられ、ごくりと生唾を飲んだ。



    俺のこの手で、大人にしました。









    ひとあし早いクリスマスナイト

    小脇に包装されたプレゼントを抱えながら壁に片手をつき、愛しの小柄な少女を狭い空間へと閉じ込める。つまりはかべどん、というやつだ。


    「クリスマスの夜はこのちょっとエロいサンタコスで俺とスゥイートな夜を過ごそうぜ」

    めちゃくちゃキメ顔で彼女に迫る。
    たぶん恥ずかしがるだろう、けれど拒絶や引かれはしないはずだ。さあどうか勇気を出して頷いてくれ。

    「……えっと、クリスマスは音夢ちゃん帰ってくるんでしょ?」
    「……あ」



    そうだ。それならいまからいたしましょう。











    桜。さくら。花より団子というけれど。

    「俺は花だな」

    さくらの家の縁側でふたりきりの花見中。満開に咲いた桜に彩られた美しい風景を眺め、ふと浮かんだことわざに俺の意見を述べてみる。

    「団子……というか、和菓子は好きに食えるし」

    言いながら手を結んで、ぐ、と力を込める。開けばそこには饅頭が一つ。魔法で出したそれを半分に割り、片方を口に放ってもう片方を隣に座る少女の小さな唇にくっつけた。
    嬉しそうに両手で受け取り頬張る彼女に視線を向ける。
    ちなみに自分の分はあっという間に食べ終えてしまっている。

    「なあ、花も好きに食ってもいいか」

    ぱちりと目が合えば長い髪を揺らして首を傾げた。

    「さくらって名の、花」

    花は、瞬く間に赤く色づき、小さくこくんと頷いた。
    ああなんと愛らしく奥ゆかしいんだろう。



    俺の一番好きな花。









    背が小さいからいろんな人たちに言われてきたけれど

    向かいあって二人繋いだ手を見つめる。自分のものよりも大きな、男の子のてのひらにどきどきしてしまう。

    「可愛い」

    つい、と頬をくすぐる指先に促されて俯けていた顔を上げる。ボクを見下ろす瞳を細め、ゆっくりと顔が近付いて。

    「……可愛い」

    吐息混じりの言葉が触れた唇を、優しく奪われる。



    この声だけが特別。









    眠り姫に

    うっすらと開いた唇に吸い込まれるように、顔を間近に寄せる。意識のない相手に、するのは、卑怯な行為だ。だが、欲望は抑えられなかった。
    眠りを妨げないよう、可能な限り優しく自分の唇で口を塞ぎ、けれど柔らかく甘いその感触にそれだけでは止まれず貪るように唇を味わう。何度も何度も何度も。角度を変えてキスをした。

    「ん、ぅ……」

    息苦しいのか身動ぎし逃げをうつ彼女の顎を手でとらえて舌を差し込んで、更に深く口付ける。

    「っ……!」

    胸元の服を引っ張られる感覚にうっすらと瞼を上げれば揺れるあおい瞳と目が合った。

    「……お兄ちゃん……?」

    寝起きのせいでだろう戸惑った表情を見せていた女の子の顔はみるみるうちに真っ赤になる。頬に手を添えて額を合わせ、結局起こしてしまったことを申し訳なく思いながら。

    「さくらが可愛いと思ったから……」

    俺は謝罪の言葉をそう切り出した。



    手を出さずにはいられなかったんだ、ごめんな。









    PA☆N☆TSU

    ただいま、正面にいる膝を立てて座る女の子の脚の間へと視線を固定中。

    「ぱんつ見えてるぞげへへ」
    「……っ!」

    勢いよくぺたりと立てていた両脚が床へとくっつき、男の夢パンチラは泡沫と消え失せる。

    「……げへへ?」
    「しまったつい心の声が」

    だが真っ赤な顔で上目遣いのじと目も最高じゃないかふう。

    「というか何故俺は言ってしまったんだ、黙っていればもっとぱんつを見ていられたものを……」
    「お兄ちゃん……っ」

    スカートの裾をぎゅうと握り照れる姿は可愛いなあげへへ。

    「そうだ!よしさくら、スカートをたくしあげてぱんつを見せくれ」
    「純一くん……っ!」

    結局やっては貰えなかったため、俺はこの手で桜色をしたひらひらスカートを捲りあげ、ぱんつをじっくりねっとりなめ回すように堪能した。



    もちろんそれだけで終わってやるはずもないが。









    ひっつきむし

    茹だるような熱気。じめっとした空気。まごうことなき、夏だ。

    「暑いねぇ」

    間延びした声がすぐ側からする。というか、俺の腕の中からなんだが。

    「なら離れたらいいんじゃないか」

    なんとこの暑い中、俺たちはさくらの家の縁側でふたり体を密着させていた!

    「やーだー」
    「わがままだな」

    ぎゅうっと、さっきよりも強く抱きついてくる小さな体を落ちないようにしっかりと支え直す。

    「いーの。それにお兄ちゃんだって汗かいてるのにボクを無理矢理ひきはがしたりしてないもん」
    「……動くのがかったるいだけだ」
    「えへへ」

    俺の言い分を全く信じないで、さくらは笑った。



    みぃんみぃんと蝉の鳴く中で。









    攻撃

    学園からひとりで家へと帰る途中。たたたた、と小さく誰かが走ってくる音が聞こえてきた。
    振り返りはしないまま、歩調をわざとゆったりとしたものに切り替える。
    軽い足音は近付いてきて、ほどなくして。

    「ぐ……っ!」

    背中に体当たりを食らった。

    「さーくーらー……」

    地を這うような声でぎぎぎと首を後ろに回すと迎え撃つはとびっきりの笑顔。

    「一緒に帰ろ、お兄ちゃん!」

    こうされるのをこう言われるのを、わかっていて待っていた俺が、この女の子に勝てるわけがない。

    「かったるいなあ」

    にやけた顔は空を仰いで少女から隠しながら、お決まりの言葉を口にした。



    さくらの魅了攻撃。だがすでに純一はメロメロだ。









    バスタイム

    「風呂でも入るか」

    わざとらしく宣言。
    ちらり横目で反応を見る。

    「いってらっしゃーい」

    隣でテレビを観ていた女の子は俺の方を向きにこりと微笑み、小さく手を振った。
    だめだ、可愛らしい俺の彼女は気づいちゃいない。
    先の発言の前に一緒に、という言葉を含んだことに。
    さてどうするか。今夜は諦めるか、否か。

    「……」
    「……?」

    風呂に行く、と言いながら動く気配のないことを不思議に思ったのか、首を傾げて左右に揺れていた小さな手は止まる。その手を包み込むように掴む。

    「一緒に、風呂でも入るか」
    「……!」

    その後どうなったかはご想像にお任せします。



    感想は、誘ってよかった、とだけお伝えしよう。









    ごめんな

    隣に座っているのにこちらを見ない恋人の顔を、正面に回って覗き込む。背の低い彼女の目線に合わせるため屈んでいるので体勢的にはちょっとつらい。

    「なあ、ごめんって。いつまで怒ってんだよ」
    「怒ってなんてないもん」

    いやいや。
    説得力がないなあ、なんて思う。普段よりもつっけんどんな声音でそんなことを言われても言葉通りに受けとれはしない。
    にしても。
    迫力がないなあ、なんて思う。ぷくりと膨らんだ頬は桜色で、今の状況には不似合いにもその愛らしさからこちらは笑みさえ浮かんでしまうほどで。
    そして。
    いつもの笑顔の時とはまた違った魅力を感じて、ああ食べたいなあ、なんて…。
    小さな顎に手をかけ引き寄せる。

    「……あーん」

    かぷり。
    やわらかな頬に軽く歯を立てた。

    「んっ!」
    「おいしそうなさくら饅頭があったから、つい」

    本能のままに動いてしまったが、結果オーライだったようだ。
    怒りと驚き、そして笑みと恥ずかしさと愛しさがごちゃ混ぜになったような表情で少女は俺のシャツの腹辺りを掴んだ。

    「……ボク怒ってたのに」
    「ほらやっぱり怒ってたんじゃないか」
    「あっ」

    しまった、という顔をするさくらの頭を撫でて、俺は何度目かの謝罪の言葉を口にした。



    ねえ機嫌はなおったかい。









    グッナイベイビイ

    うつらうつら、ソファーで船をこぐさくらの肩を軽く揺する。

    「……んー……」
    「眠いなら家帰って寝ろって」

    目をこすって、瞬きを繰り返す様子がねこみたいで可愛いなぁなんて思い、頭を撫でてなんかみたり。

    「……やだー……」
    「なんで」
    「……おにいちゃんと、いたいもん……」

    もう目も開けていられてないくせに。頭を撫でていた手の位置を下げてふらつく体を支えてやる。

    「ほぼ寝てる状態じゃないか」
    「……うーっ……」
    「さくら」
    「……んーっ……」

    腕の中のこのぬくもりが、離れたくないとでもいうようにぴたりとくっついてくる。

    「……」
    「……」

    帰れ、とは俺のほうが、もう言えなくなっていた。

    「……かったる……」

    ふう、と溜め息を一つ落とす。

    (あーあ。そんな無理してまで俺との時間を作られちまったら、たまんないよなあ)

    愛しさが溢れ、髪にそうっと口付ける。

    (かわいい)

    よし、起きたら思う存分抱きしめよう。心に決めて、彼女の軽すぎる身体を横抱きにしベッドへと運んだ。



    グッナイハニー。









    こころ、おどる。

    「はーるー、はーるー」

    歌うように言葉を紡ぎ、くるりくるりとその場で回る女の子がひとり。
    ひらりひらりとスカートが際どいところまで翻るものだから目線がそこから離せない。
    なまあし、ぱんちら、ごちそうさまです。
    心の中で合掌してから。

    「さくら」

    名を呼べば思った通りにぴたりと動きを止め、やや後方にいた俺の方へと寄ってくる。

    「なぁに、お兄ちゃんっ」

    ぴょこぴょこと跳ねながら、のため二つに結った髪がまるで兎の耳のようだ。

    「ん」

    手を差し出すととても嬉しそうな笑顔を惜し気もなく見せる。
    重ねられた小さくてやわらかな手のひらを握り込んで、ピンク色のはなびらが無数に舞う桜並木を軽い足取りで二人歩いた。



    心おどるのは春の陽気と、君のせい。









    特別な日

    左腕に重みを感じる。とはいっても軽いものだが。……小柄な女の子。それが重みの正体だ。
    その女の子、さくらは家にやってきてからずっと、ソファーでだらだらしている俺の腕を掴んでいる。
    にこにこ笑っていつも以上にぴったりとくっついて離れないその様に、頬が緩むのはまあ仕方のないことだろう。

    「今日はいつにも増して甘えただな」
    「特別な日だからね」

    笑顔。

    「そうなのか」
    「特別な日なんだよ」

    笑顔が、さみしさに翳る。

    「わかったわかった」

    腕を掴む力が、増した。

    「……わかってないよ」

    そうして潤んでゆく瞳。震える声。

    (ああ、少しいじめすぎたか)

    ちゅ。
    目元に口付け、今にも零れてしまいそうだった涙を吸いとる。

    「わかってるよ、ちゃんと」
    「……ほんとに?」
    「誕生日おめでとう、さくら」

    どんな表情かおも可愛いが、やっぱり笑っていてくれないとな。
    俺は桜色に頬を染めながらとろけるような笑顔を見せる恋人の小さな体をぎゅっと抱きしめた。



    そしてその後はあまいあまーい時間を、あげよう。









    FOR YOU

    今日は、さくらの誕生日だ。つまり今日は、俺の彼女の誕生日だ。
    恋人同士にとっての一代イベントである。
    ずいぶんと前から誕生日プレゼントを何にするかと頭を悩ませていたが、結局思い付かないまま当日を迎えてしまった。
    だからもう、手っとり早く本人に欲しいものを聞くことにした。
    あらかじめ用意できなかったかわりに、答えられたものはちゃんとあげたい。経済的に大丈夫な範囲でなら、という注意文はつくが。

    「プレゼント、なにがいい?」
    「お兄ちゃんがほしいな」
    「ずいぶんと積極的だな」
    「積極的?」
    「俺が、欲しいんだろ?」

    首を横へと傾け思考を巡らせていたさくらの顔がみるみる赤く染まっていく。

    「……え……あっ、ち、違うよ!そういう意味じゃなくってお兄ちゃんとの時間がってことだよ!」

    ああ、焦る姿も最高に可愛い。
    そんなに必死に否定しなくても、ただ一緒にいてほしいってことだってわかってるのに。

    「ははは、照れるな照れるな。……ほら」

    両腕を広げ、世界で一番愛おしい女の子を見つめる。

    「おいで」

    そうして俺は、さくらに誕生日プレゼントを贈ることに成功した。



    幾らだってやるさ、おまえになら。









    雑音が消えたら

    二人、寄り添ってソファーに座りテレビを観ている最中のことだった。
    ぴと。体の右側に僅かに重みがかかる。
    顔をそちらへと向けると予想通り、さくらの頭が寄りかかっていた。

    「へへー」

    そして、もともとそんなになかった隙間をつめて体をぴたりとくっつけてくる。

    「純一くん……」

    甘い声で呼ばれたため、返事の代わりに小さな肩に腕をまわして髪に鼻先を埋める。あ、いい匂い。

    「……誘ってる、ってとるけど。いいのか?」
    「どっちだと思う?」

    試すように、無邪気な笑顔で首を傾ける恋人の後頭部に手を添えて顔を寄せながら俺は、空いた方の手でテレビのリモコンを操作した。



    きみの声を、きかせて。









    だからボクはこの星空に夢中なんだ。

    きらきら。
    瞬く数多の星々に目を奪われている女の子の横顔を見つめる。
    きらきら。
    あおい瞳に星が光る。
    綺麗だ。だけど。

    「俺がいることも、忘れるなよ」

    きょとん。ずっと夜空を仰いでいた顔をこちらに向け、首を傾ける。
    柔らかな金髪がふわりと揺れた。

    「やきもち?」
    「……そうかもな」

    ぎゅ、と、繋いだ手に力を込めた。

    「そっかぁ。うれしいなぁ」

    言葉の通りの表情を浮かべ、少女は俺に体を預ける。
    そうして、くいくいと服を引いて俺に屈ませると秘密を打ち明けるように口元に手をそえて耳打ちをした。

    あのね。お兄ちゃんといると、見えるもの全部がとっても輝いているんだよ。



    きみといてこそ。









    いまここにいて

    「ここ、座って」

    ここ、と示されたのは、ソファーに座るお兄ちゃんの足の間。
    ぱちくり。まばたきをして彼を見つめる。

    (あ……)

    傍に寄って、言われたまんまにボクは彼に背中を預けて腰をおろした。

    「……」

    ぎゅうっと抱きしめられる。苦しくはないけれど、その力は強くって。

    (たぶん、充電中なんだ)

    「大好きだよ、純一くん」
    「……ん」

    ほうっと、首筋に吐息を感じた。



    さみしいときにそばにいてあげられて、よかった。









    ある日のおはなし

    「こら」

    いつものようにお兄ちゃんの腕に抱きついたら、いつもと違って強引に引き剥がされた。
    と思ったら、くるりと反対側へと移動させられる。

    「そっちじゃないだろ」
    (……あ)

    ボクが最初にいたの、車道側だったんだ。

    「ありがとう、お兄ちゃん」
    「ちっこくて気付いてもらえないと大変だからな」
    「むー……こどもあつかいしてる?」
    「大事な恋人としてあつかってるんだよ」

    はにかんだ笑顔と甘い言葉できっと赤くなっちゃってる顔を隠すために、今度こそボクはぎゅ、っと差し出された腕を抱きしめてうつむいた。



    やさしいやさしい、ボクのだいすきな恋人さんとの。









    妹と恋人の違い

    「聞いたよ。お兄ちゃん、音夢ちゃんに告白した子につっかかっていったって?」

    そう言って呆れたような、けれどどこか楽しんでいるような瞳で俺を下から覗き込む女の子は、従姉であり幼なじみでもあり、恋人だ。

    「つっかかってなんかないぞ、振られたならさっさと諦めろと促してやっただけだ」
    「まあそういうことにしておいてあげるよ」

    大きな青いリボンがぴょんと跳ねて、少女の体が胸に飛び込んでくる。

    「妬いてるのか?」
    「妬いちゃうね」

    こちらを見て情けなく眉を下げて笑うさくらの頬をそっと指の背で撫で、そのままほんのりあかくなった小さな顔を手のひらの中へおさめる。

    「音夢には、幸せになってほしいと思ってるよ」

    たった一人の大事な妹だ。そう願うのは当然だろう。
    でもそうするのは俺の役目じゃない。

    「でもお前は……それじゃ、だめだから」
    「……ボクは、幸せになってほしくない…?」

    嫉妬と不安と戸惑いの色をのせた瞳が揺れている。
    言う順番を間違えたなと思いながらも、俺の言動で一喜一憂する様がいとおしくてたまらなかった。

    「ごめん、そうじゃないんだ。……誰かがお前を幸せにするのが許せない、って意味で」

    こつり。軽く額を合わせる。
    悲しい顔をさせてしまったぶんを償いたくてもう一方の手も彼女の頬を包み込み、掠めとるようにして唇を奪った。

    「さくらは俺が幸せにしたい」

    俺の両手はそのためにある。



    俺と、幸せになってほしい。









    卒業式前日

    「さくら先生」

    授業中には頑として口にしなかった呼び方に、当の本人は桜並木の中を歩く事を止め、きょとんとこちらを見返る。

    「好きです!付き合ってください!」

    おもむろに頭を下げ、手を体の前に差し出す。握手を待つ格好だ。
    間。

    「……なんて、言われたらどうするつもりだ?」

    手はそのままに顔を上向け問い掛ける。
    表情は、きっと優しくないだろう。

    「誰に?」
    「誰かに、さ」

    そうその誰かに、嫉妬してしまっているせいだ。
    目の前のこの小さな教師は可愛すぎて、学園を卒業して生徒じゃなくなった男共にせまられたりするのではととにかく俺は気が気でなくて。
    いやさくらのことは信じている。
    さくらが好きな相手は俺だ。
    自惚れではなく、それは真実である。嬉しいことに。
    だが、気になるもんは気になる。

    「んー……ないと思うけど、基本的にはごめんなさいだよ」
    「基本的、ねえ……じゃあ例外は?」

    あったかくて柔らかい感触が右手を包み込む。さくらの両手だ。

    「明日楽しみに待ってるね、お兄ちゃん」

    そうして。俺だけに向けられた愛くるしい笑顔は、胸中で渦巻いていた明日への不安をふんわりと昇華させていった。



    俺は第二ボタンも一緒にやるよ。









    憧れシチュエーション

    肩をぐるりと回してから、手をぐっぱぐっぱ。それから軽く振ってみる。
    まだ若干の違和感はあるものの、だいたい痺れはとれてきたか。
    ふう。一つ息を吐けば、心配そうな瞳が下から覗いてきた。

    「ごめんね。……腕、まだ痛い?」
    「大丈夫だよ」

    優しく労るように右腕に触れた少女の頭を反対側の手で撫でる。
    心情でも表しているのか、心なしか頭の青いリボンがいつもよりも萎れているような。

    「ボクが寝ちゃったらどかしてよかったのに」
    「いいんだよ」

    やわらかな前髪をかき分けて、狭い額に唇を押し当てる。

    「俺がしたかったんだから」

    朝に目を覚ましてから本日やっと見られた可愛い笑顔に、今度は口元へと唇を寄せた。
    あんな可愛いことをいわれたら叶えずいられるわけがない。



    『純一くんに腕枕してもらって眠るのがね、ボクの夢なんだ』









    white wish

    『ボクをすきにならないで。』

    遠くに見えるおっきい背中に向かって、音にしないで口だけをそう動かす。
    桜吹雪にかき消されてゆく姿。
    胸にずくんと痛みが走る。

    お兄ちゃん。
    お兄ちゃん……。

    「好きだよ、お兄ちゃん……」

    強く強く、風が鳴く。
    ぶわりと桜のはなびらが舞い上がる。
    桜色に埋もれていた影が、ちらりと瞳に映る。
    小さくなる一方だったそれが、止まった。

    「……さくらぁー……!」

    衝動。
    足が地を蹴る。
    意思よりも先に、もう体が動いていた。
    笑顔が見える。
    飛びこんだ腕の中、かったるいとこぼされた声が、嬉しくて。
    背中までまわりきらない両手にぎゅうと力を込めた。

    『魔法のチカラでは、ボクをすきにならないで。』



    ほんとに心からボクをすきになって。









    舞い降りる先は

    青々とした葉を風に揺らす『枯れない桜』を見上げる、さくら。
    金色の長い髪、澄んだ碧い瞳を持つ小さな少女の横顔は、まるで絵画のように綺麗で。
    綺麗すぎて、儚くて、今にも消えてしまいそう、で。
    俺の前から、また。
    だから。

    「帰ってきたんだよな……」

    だから、肩を掴んで引き寄せて、無理に彼女の視界に入り込む。
    腕の中の少女は以前となんら変わらず、細いまま。

    「うにゃ?」

    さっきまでの神秘的な様子を一変させ、振り返ったその顔には満面の懐っこい笑みが広がっている。

    「もう、さ。アメリカだかに行ったりしないんだよな、って」

    柔らかさを知っている頬に吸い寄せられるように手を伸ばす。

    「俺の隣にいて、くれるよな……?」

    不安。
    その名の通りに、桜のはなびらのように、ふわりひらり遠くへ飛んでいってしまうのではないか、と。
    この手のひらのにあるあったかさを、俺はずっと感じていたいと、願っているから。

    「うん、帰ってきたんだよ。もうどこにも行かなくっていい……お兄ちゃんの隣にいるよ」

    気持ちよさそうに目を瞑り、俺の右手に擦り寄っている姿がまるで猫みたいだ。

    「ボクは、ずっとここに帰ってきたかったんだ……」

    小さな身体を、幸せを、ちからいっぱい胸の中へと抱きしめる。



    この小さな花のひとひらの舞い降りる先は、此処であるように。

    「おかえり、さくら」









    雪の日デート

    純白の花びら。
    みたいだな、と思う。
    なんのことはない、ただの雪だ。まあ珍しいといえば珍しいが。

    (慣れすぎだな)

    もう、春にしかお目にかかれなくなった景色に似たものに、ほんの少しだけの寂しさを感じて。

    (でもじきにまた、この風景が当たり前になるんだろうな)

    これが、本来の姿なのだから。

    「純一く~ん!」

    よく通る高い声。
    遠くに、風に遊ばれる金髪を見つけた。
    どんなに人が溢れかえっていてもすぐにわかる。
    俺の恋人、さくらだ。

    「雪だよ、雪!ゆ~き~!」

    樹に預けていた体重を返してもらい、片手を上げて少女を迎える。

    「まずそれか」

    そして上げた手をそのまま低い位置にある頭にのせ、軽くシャッフル。

    「あにゃああぁっ!……うぅ、待った?」
    「まあな。おかげでこんなに冷えた」

    だからあっためろという意味を込めて手を、繋ぐ。
    そう、他意はない。けっして。
    あくまでこれは寒いからであって、雪に夢中な彼女の意識を自分に引き戻したいが故の行動だなどというわけでは断じてないのだ。

    「ごめんね、純一くん」
    「平気だよ。……さて、行くか」

    きゅっと、わずかに手に力を込めると花の綻ぶようにさくらは笑う。
    さて、楽しいデートのはじまりだ。



    寒さにかこつけて君に触れる俺は、ズルイかな。









    密着、ちゅう。

    俺が腕の中に閉じ込めている小さな女の子が身動ぎをした。

    「お兄ちゃん」

    膝立ちになり、首に腕を絡めてくる。
    至近距離に、青い瞳。

    チュ。

    彼女が動くより先に、ほんの少し顔を突き出し唇を奪ってみた。
    少女は一瞬きょとんとして、でもすぐにふにゃりと笑顔になって。

    「だいすき」

    俺を喜ばせる魔法の呪文を唱えてくる小柄な体をより近くへと抱き寄せ、返事の代わりにもう一度、唇を重ね合わせた。



    先手、打ってみました。









    爪先から頭のてっぺんまで

    「さくら」
    「ん?なぁにお兄ちゃん」

    呼びかけると身長差ゆえに、つま先立ちになり一生懸命俺を見上げてくる小さな女の子は、俺のいわゆる恋人、というやつでして。

    (かわいなあくそぅ)

    ちょうどいい位置にある頭に手をやり、髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き回す。

    「わ、ちょ……っ、なにすんだぁっ」
    「うわ、さらっさらだなお前の髪!」

    無造作に動かしていた手を止め、結ってある髪から一束をそっと掬う。

    「うー……急にひどいよ」

    俺に恨みがましい視線を向けつつもその表情はどこか嬉しそうだ。

    「さくら」
    「ん?なぁにお兄ちゃん」
    「好きだ」

    みるみる紅潮していくさくらの顔に満足して、俺は少し乱れた上等な金糸に口を寄せる。



    君の全部を愛してる。









    雨空MAGIC

    窓ガラス越しに空を見る。
    真っ暗だ。
    聞こえるのは雨音のみ。

    「やまないなぁ」

    どしゃ降り。
    朝は晴天だったくせに午後から雲行きが怪しくなったかと思えば急に、これ。
    傘なんてもちろん持っているわけもなく。

    「かったるい」

    気付けば教室には俺一人きりだった。

    (……雨よ~、やめ~……)

    念じてみたところでそんな高等魔法、俺には使えないんだった。

    (和菓子なら出せるが)

    思うと同時にてのひらに生み出した白い塊にかぶりつく。
    ぱたぱたぱた。
    無意味に作った饅頭をちょうど食べ終える頃に聞こえた足音に振り返るとそこには、ツインテールと青いリボン。

    「あーっ、お兄ちゃんはっけーん!」

    とうとう台風襲来、か。
    短い距離を駆けてくる台風少女、さくらを正面から迎える。
    腹に衝撃を感じて。
    温もりを感じて。

    「……なんだよ、捜してたのか?」

    両手をちょうどいい位置にあるさくらの狭い肩に預け、尋ねると返ってきたのはとびきりの笑顔。

    「お兄ちゃんがボクを呼んでる気がしたから」

    まっすぐ見上げてくる瞳が気恥ずかしくて逸らした視線の先の空は、天気が悪くて暗かったはずが雲間から射した明かりのおかげで、綺麗だった。


    「きつねの嫁入り、だな」
    「ボクもお兄ちゃんのお嫁さんになりたいな」
    「……かったるい」



    君の存在、それだけがきっと俺にとって。









    call

    金色の髪の少女が流れるように俺の脇をすり抜ける。

    「さくら、」

    反射的にそう呼ぶと、あおい瞳が俺をとらえた。
    笑顔。

    「お兄ちゃん」

    甘く甘く、鼓膜をふるわすその声に俺は。

    「……なんでもない」

    ようやく己の感情を自覚した。



    こいつに名前で呼ばれたい。









    健全な男のコですから

    「うにゃっ!」
    「危な……ッう!」

    すぐ横を歩いていたさくらが蹴躓いて転ける寸前。
    どうにか細すぎる腕を掴んだものの引っ張る力が強くてか、あまりにさくらの体重が軽くてか、あるいはその両方か。とにかく勢いがつき過ぎ俺はさくらを胸に抱きかかえた状態で背中から地面にダイブをかましてしまった。
    正直ちょっと痛い。
    が、まあこれぐらいならおそらくなんともないだろう。
    それより。

    「大丈夫か?」

    足は捻ってないだろうか。手は痛めてないだろうか。倒れた衝撃で他のところは打ってないだろうか。
    そう言って下から覗き込んだ顔は泣きそうで耳まで真っ赤。

    「さ、さくら?」

    やばい。可愛い。泣かせたい。
    ……じゃなくて。

    「あうぅ……手……」

    手。
    ちらりと視線を動かす。
    さくらの両手は俺の胸部の服をしっかりと掴んでいる。
    俺の左手は地面について二人分の体を支えている。右手は。
    右手は欲望に忠実だった。
    さわさわ。もみもみ。ぎゅむ。

    「っ、やぁ、お兄ちゃん……ッ」

    がっちりと柔らかく小振りな尻を鷲掴んでいたため撫でてみた。揉んでみた。そして強めにもう一度鷲掴み。
    震える声で抗議しても駄目だ。逆効果。
    そんな風に呼ばれたらもう。

    「俺んち直行、な」

    ちゅ、と耳に唇を落とし、俺はさくらを抱きしめたまま起き上がった。
    もちろん、可愛い恋人が小さく頷くのを確認してから。



    チャンスは見逃せないよね。









    冬の日

    「寒いよ~っ!」

    共に芳乃家を出て、さくらの開口一番がそれ。
    小さな両手をぎゅうっと重ねあわせ身体を竦ませている。
    ただ台詞のわりには随分と表情が。

    「楽しそうじゃないか」

    きょとん、と大きな瞳をこちらに向ける。そして、にこー、と無邪気な笑顔。

    「たのしーよ」

    ……あ、やばい。

    「お兄ちゃんと出掛けるのに楽しくないわけないよ」
    「……そ」

    やばい、くらいに可愛いじゃないか。
    気を抜くとだらしなくにやけてしまいそうな顔を片手で覆い隠しながら、俺は必死に平静を装った。

    「デート!デート!」

    桜色の唇からは白い息と、一つの単語が歌うように紡がれる。
    こっぱずかしい。とにかくこう、胸のあたりがくすぐったい。
    が。

    「……デートなら、な」

    まあ、そんなもんだろう。
    かったるいけど、取って付けたように言いながら俺の手はさくらの小さな手を掴まえていた。



    感じる、きみのぬくもり。









    ひとつぶ

    「……さくらんぼ」

    ささやき。やさしい手のひらに頭を撫でられながらきく。
    それはなつかしいなまえだ。

    「……って呼んでたんだよな、俺」

    ささやき。あたたかな胸の中にぎゅっといだかれながらきく。

    「こんなにかわいく美味しそうになって帰ってくるから、食べちまったじゃないか」

    かわいい?ほんとう?
    そう、聞きたくてたまらないけれど今は起きられそうになかった。
    眠くてあげられない瞼の下、瞳にあついものがこみあげてくる事だけを感じ。
    ボクは夢の世界へと誘われてゆく。

    「おやすみ、さくら」

    おやすみなさい、お兄ちゃん。
    唇に、やわらかくてあまいものがそっと、触れた気がした。



    cherry's kiss









    和菓子

    頬に触れる。
    てのひらで。

    「大福みたいだ。中身はあんこか?」
    「……食べてみる?」

    頬に触れる。
    くちびるで。

    「ああ、甘いな」
    「……わ、わっ」

    真っ赤になった頬。
    もっと、欲しいな。



    ああ、イチゴ大福か。









    プリーズ!

    「お兄ちゃーん」

    腰に何かがぶつかった。いや、何かもなにも、さくらだが。

    「……そういや、なんでお兄ちゃん?」
    「ボクたちが従姉弟だから?」
    「だったら弟くんだろう……ってそうじゃなくて!」

    あぶないあぶない、うっかり主人公交代するところだった。

    「ほら、アレだよ。おまえが前に呼んだじゃないか」

    あれっきり一度もないけどな。

    「あー、あれ!」

    わかったのか、そうだそれで俺を呼んでくれ。

    「パパぁ」
    「って違うし!」



    純一って呼んでくれよ!









    一世一代

    二人が初めて出会った芳乃家の縁側に、大抵さくらは座っている。
    今日も、座って俺を待っていた。

    「さくら」

    声をかけると笑顔が迎える。
    そんな日々が俺はとても好きなんだけどそろそろ。
    終わらせようかと覚悟を決めて、今ここに立っている。

    「純一くん?」

    上着のポケットに突っ込んだままの手に力が入る。

    「桜、好きか?」
    「うん」

    緊張。
    手が汗ばむ。

    「お前の名前だな」
    「うん」

    緊張。
    心臓が早鐘を打つ。

    「二回、繰り返したら可愛いと思わないか?」

    彼女がきょとん、とした表情で首を傾げると長くて綺麗な金髪が揺れる。

    「芳乃さくらさくら?」
    「いや……」

    なんだか有名な歌みたいだと頭の片隅で考えながら俺は、ポケットの中からずっと握っていた小さな箱を取り出した。
    そして、一言。

    「名字にさ」



    朝倉さくらになってほしい。









    むかしのおはなし

    こちらに駆け寄ってくる小さな足音。
    体ごとそっちを向いた瞬間、何かがまっすぐぶつかってきた。
    支えてやりたかったがいかんせん勢いが強く、ふたりでその場に倒れ込む。
    俺と、ぶつかってきたさくらんぼ。ふたり。

    「お兄ちゃん……!」

    俺の背中はちょっとだけ痛いが、さくらんぼにケガはないと思う。ぎゅっと抱きしめてるから、たぶん。

    「かったるいなあ」

    起き上がった女の子の表情が曇っていて、わかってしまった。
    ああ、またバカな男子どもにからかわれたのか。
    でも。

    「おまえ泣かないんだな」

    この場に俺しかいなくても、泣かないんだな。
    たぶんそれは俺に、こいつではない、守るべき妹がいるからなのかもしれない。
    だから頼ってこないのかもしれない。
    それでもそれは俺には関係なくて。
    ぎゅっと自分の手を握る。甘いあんこの味を思い出しながら。

    「ほら、さくら」

    ひらいた手のひらの上のいびつな形のおまんじゅうに小さな指先が、触れる。
    泣けないなら、笑わせてあげたい。
    俺が、さくらの笑顔を見たいから。



    ぶかっこうな、愛のかたち。









    同士

    ゆらりゆらりと揺れる白い物体。
    俺はこれを猫だとは認めない。
    だけど。

    「おい」
    「にゃあー」

    呼びかければ、揺れを止めてこちらを向く。

    「さくら、好きか?」
    「にゃ!」

    あたりまえだと言わんばかりの力強い鳴き声。
    きらきらとまっすぐな瞳。

    「だろうな」

    コケシのような生物を抱き上げ肩に乗せる。
    そうして。

    「俺もだ」

    俺たちは、彼女を迎えにいく事にした。



    芳乃さくらを好きなもの同士。









    愛でる

    「桜のはなびらみたいだよなあ」
    「なにが?」
    「これ」

    くいと少女の顎を掬い上げ、唇を奪う。

    「ん、っ……な、にゃにをするーっ」
    「淡いピンクでちっさくて」

    まったく、不意打ちに弱いやつだ。
    照れなくても何度もしてるじゃないか。
    ………初々しくて最高じゃないか。

    「可愛らしい桜の花のひとひらに、キスをしたんだよ」



    そしてそのはなびらは俺の乾いた唇に食まれる。









    雨ときみ

    くるくる。
    桜色の傘が回る。
    雨の中、多くの傘の中、ひとつだけが。
    その場から移動せず、楽しそうに。
    校舎の二階からは傘しか見えないけれど。

    「さくらー!」

    ぴたと傘が止まる。
    その影から覗くのは、予想通りの顔。

    「今行くから!」

    返事は聞こえなかったけど、極上の笑みを受け取った。
    くるくる。
    桜色の傘を回す。
    そんな少女のもとへと、急いだ。



    その世界に、俺も。










    時差

    隣に眠る少女の手をきゅっと握る。

    「好きだよ、きまってる」

    彼女を起こしてしまわぬように小さく小さく、囁いた。
    それは、俺の答えだった。

    『ボクのこと、好き?』

    たまに言われるその質問に、未だ素直に答えられなくて。
    いつもの口癖ではぐらかしたのは日付の変わる前の事。

    「いつもちゃんと言えないけれど、好きだ」

    さくら。
    俺は貰うばかりでごめん。
    たくさんの好きを、ありがとう。



    いつかすぐに答えられるようになるから、だから聞くのをやめないでほしい。









    good morning

    ふに。

    (やわらかい)

    人差し指で頬をつっつきながら、思う。
    ふに。

    (女の子は、やわらかい)

    人差し指で唇をつっつきながら、思う。
    ふに。

    (女の子は、やわらかい……どこもかしこも)

    唇でまだ眠る彼女のそれを、そっと塞ぐ。
    昨夜の甘い甘い一時のことを思い出して顔がにやけてしまうのを俺は、女の子の目が覚めるまで止められなかった。



    「おはよう、さくら」

    こんなふうに触れる女の子は、ひとりだけだけど。









    コウフク

    すっかり日常と化している、さくらの窓からの来訪。
    けど今日はいつもと違っていた。

    「特別授業をします」

    これだ。
    同い年だが、かったるい事にこいつは俺の担任をやっている。

    「次のテストは平均点が目標だよ」

    前の結果が赤点スレスレのこの俺によくそんな難題を。
    前の結果が赤点スレスレだったからこそこんな提案をしてくるのか。
    というかまあ。

    「無理だろ」

    テストは二週間後に迫っている。今から足掻いたところでどうにもならんだろう。

    「大丈夫だよ、お兄ちゃん」

    俺の考えを読んだかのような答え。
    それと。

    「ボクを誰だと思ってるの!」

    自信満々のとびきり笑顔に、俺はがっくりと頭を垂れた。

    「芳乃さくら先生です」

    俺の負けです。勉強します。
    ああ、もう。
    これが惚れた弱みというやつか。



    こんなに可愛い先生に言われたら従うしかないからな。









    いきもの

    「にゃー」
    「にゃー」
    「……」

    さくらと、うたまる。
    ふたりが俺にはとうてい分かりえない言語で会話している。

    「にゃー」
    「にゃー」
    「…………」

    さくらと、うたまる。
    向かい合わせでお互いに首を左へ傾けながら、にこーと笑っている。

    「にゃー」
    ぎゅー。

    さくらと、俺。
    横からともだちをかっさらわれたうたまるが、呆れたようににゃあと鳴いた。



    かわいすぎて抱きしめずにはいられないいきもの。









    愛ゆえ!

    風に吹かれ横向きになびく金色に目を奪われる。

    「長いよな」
    「にゃ?」

    声をかければさくらがこちらを見る。

    「それ」

    顔にかからないよう手で一生懸命抑えている髪のこと。

    「お兄ちゃんは短いほうが好き?」

    少し不安げに聞かれ、ああ俺の好みに合わせてくれるのかないじらしいな愛しいな抱きしめたいなキスしたいななんて悶々と思いながら、ポーカーフェイスを気取り。

    「ん?うーん……別にどっちでもいいけど」
    「えーっ!それってボクに関心がないって事?」

    ご不満そうな彼女につい顔がにやけてしまうのはご愛嬌。

    「いやいや」

    なでなで。
    頭を撫でる。

    「さくらならどんな髪型だろうと好きって事さ」



    「たぶんハゲても愛してるよ」
    「うわーん人をどきどきさせといて、お兄ちゃんのばかー!」









    最近、友人は始終締まりのない顔をしている。

    ハンバーガー片手に俺の同志がのたまった。

    「さくらんぼって美味いよな。ちっさくて甘くて。見た目だって可愛いし。こう、つい、ぺろっと」
    「おい、なんの話だ?」
    「だから、さくらんぼだって」

    ああ、またか。

    「食べていいのが俺だけの、さくらんぼ」

    訂正。
    ハンバーガー片手に俺の同志がのろけた。



    まあ。幸せそうでなによりだ。
    (若干ウザイ気もするが。)









    こたえは

    目の前が真っ暗になった。
    楽しそうな笑い声が耳を甘くくすぐり、目をおおう温もりが心音を速くさせる。
    ああこれぞ恋人同士の戯れ。

    「だーれだっ!」

    読んでいた漫画雑誌を放り、後ろにいる女の子の腕にするりと指を這わした。
    そんなの決まっている。

    「さくら」

    さて、正解したご褒美には極上の笑顔を貰おうか。



    俺を好きな、俺の好きな女の子。









    建前ゼロ

    にこにこと俺を見つめるさくら手作りの晩ご飯を堪能中。

    「おいしい?」

    何度目かの、同じ質問。

    「ああ、おいしいよ」

    と。
    何度目かの、同じ返答。
    だけど、今度は続きがあった。

    「どれぐらい?」
    「そうだな……」

    すごく、とかめちゃくちゃ、とか。
    いろいろ思いつきはするけれど率直な俺の感想は。

    「今すぐ嫁にほしいぐらい、かな」

    これに尽きる!



    本音十割。









    ゆめうつつ

    まだ夜明け前。
    夢も見ず深い眠りについていたが、ふと俺は意識を浮上させる。
    微かな振動を感じたからだ。

    「……ん、どうした?」

    目を開けると、大きな瞳に涙を溜めたさくらがベッドに座っていた。
    一気に覚醒する。

    「こわい夢をみたんだ」
    「どんな?」

    起き上がり、小さな女の子を抱きしめる。

    「……」
    「まあ、しょせんは夢だしな。気にするな」

    できるだけ優しく頭を撫でていると、胸の辺りが濡れていく感じがした。

    「こうしててやるから、まだ寝ておけよ」

    泣いてる女の子を抱きかかえたまま俺は再びベッドに横になった。



    もう一緒の夢は見られないからせめて一緒に眠りましょう。









    ひとりの魔法使いの見る夢

    もう、何度目になるのかな。
    この、桜の前で目覚めるのは。

    da capo.
    はじめから、くりかえす。

    ボクにとってのはじまりは、この日だってこと。

    「お兄ちゃんと結ばれる未来をください」

    約束と夢だけを抱えて初音島に戻ってきた、この日。
    そう願ってしまったから、時間は廻りだしてしまった。



    ひとりの女の子の見る夢。









    誓い
    ボクのこと、忘れないで。
    ボクが本当に困った時は、助けにきて。
    もう一度会えたら、恋人同士に……。

    それらは、かつてさくらがあの桜に願ったこと。今はもう、なんの変哲もない花の散ってしまったものに。
    でも。

    「魔法の力なんかなくても、もう大丈夫だから。ばーちゃん」

    大きな樹の幹にそっと手を当て目を閉じると、孫を慈しむ優しい祖母の微笑みが脳裏に浮かぶ。
    彼女に伝えるべきことは、感謝と。

    「あいつの願いは、どんなものだってきっと俺が叶えてみせるから」



    幸せになるよ。ふたりで。









    彼女に左片側の手袋を

    玄関口に立っている同年代と比べればずいぶんと小柄な女の子に、今日はちょっとした違和感。

    「……あ」
    「ん?」

    違和感の原因がわかり、つい口をついた俺の声に彼女が首を傾げれば金色のツインテールがふわりと揺れる。

    「さくら、今日は手袋してないのか?」

    長めの袖のコートから細い指先が覗いていた。

    「してないねぇ」

    答える声は明るく、その顔は愛らしい笑みを浮かべ。
    とてもわかりやすく、寒いといわんばかりに両手をきゅっと胸の前で結んだ。

    「かったるいなあ」

    かじかんだ手を、手袋をしっかりはめた両の手で包みこみ。

    「この確信犯が」

    身を屈めにやりと口端を上げる。
    そうして彼女の唇を掠めとるように、奪った。



    右手に手袋を。左手にやわらかなてのひらを。
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