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    pantsuUragaeshi

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    pantsuUragaeshi

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    カラ松事変は一カラの布石。「祝福されない恋は不幸になるだけ」派の姉 VS 「血が繋がっていようが想い合うふたりはくっつくべき。絶対幸せになる」派の長男おそ松の攻防。

    #姉松
    isterPine
    #一カラ
    oneKaraoke
    #おそ松
    otter
    #夢松
    dreamPine

    ねえさんとおとうと あれはわたしが小3の時。学校から出されたアンケート『家の中のいらないもの』に「弟たち」と書いて提出したら事案になった。
     だってアイツらよりいらないものってほかにあるかな?
     穴があいた鍋でも鼻をかんだあとのティッシュでも、ヤツらにくらべればまだ使い道があるし、少なくともそこにあっていいと思える、存在を許せるじゃない?
     アイツらは人っていうかね動物……じゃなくて虫。そう虫みたいな。一匹いるなあと思うと、大抵その辺りにもう二、三匹いて、退治しても退治しても湧いてまとわりついてくる。

     アイツらに関する最初の記憶は、病院でガラス越しに見た赤ん坊たちだった。
     入院していた母さんを見舞いに行くたびに、むっつ並んだおんなじ顔を熱心に眺めたっけ。動物園のサルを見る感覚で、ね。
     そのサルたちが、なぜか父さん母さんと一緒にウチに来たあの日。三歳だったわたしは無邪気に訊いた。「この子たちいつ病院に帰るの?」

     マジ帰れと。
     平日の昼間にくっさい男部屋でうじゃうじゃとひっつきあっているのを見ると、DDTをぶっかけて駆除したくなるもん。
     一匹一匹は大したことないの。身長・体重・容姿、姉のひいき目をもってしても「並」程度のまったくつまらん生き物ですよ。それが群れて六つ子っていうステータスを獲得すると、たちまちチヤホヤされちゃうのね。親戚の集まりに出ればチヤホヤ、ご近所とすれちがえばチヤホヤ。たかが六つに分裂して生まれてきたくらいで、何の努力もせずもてはやされた。
     その結果どうなったか。
     成人しても全員NEET。しかも童貞。

     ある平日。
     台所をのぞくと童貞どもが集まって何やら話し込んでいる。
    「なにやってるの?」
     声をかけたら同じ形の目が10個、一斉にこっちを見た。わたしの『集合体恐怖症』コイツらがルーツじゃないかな? とか考えながら輪の中に混ざる。いや混ざったつもりはないけど、空間がコイツらでぎゅうぎゅうだから、混ざらざるを得なかったの。なのに、
    「あっなんで入ってくるんだよっ」
     バカ一号が声をあげる。
    「はあ? わたしがわたしの家の台所入っちゃいけないの? ただコーヒー飲みにきただけなのに。十四松」
    「……あい」
     狂人五号がダイニングチェアをわたしに譲る。
     正面に座るネコ四号が小さく舌打ちした。
    「一松、聞こえてる。せめてコッチの目見てやんなさいよ」
    「……」
    「ごめんなさいが聞こえないけど?」
    「……一松」
     ライジング三号に肘でつっつかれ、四号は
    「……さーせん」
     低い小声で謝った。コイツほんと暗いな、いつか人を殺しそう。
    「コーヒー飲んだらすぐ出てけよ」
     バカ一号が言う。
    「出てくけど……ん?」
     いち、にー、さん、し、ご。
     自称K大生・元スタバァ店員六号が淹れたインスタントコーヒーを飲みながら、頭の数を指で数えて。
    「一匹足りないじゃん。誰だっけ?」
     そしたらバカ一号がマジかって顔でわたしを見るの。
    「な、なにその目?」
    「カラ松! 入院してただろっ。今日退院!」
    「あーそーだった! 入院してた」
     サイコ二号、先日おでん屋につかまって家の前で火刑に処された挙句、コイツらが投げつけた石臼だのがアタマにヒットして死にかけた。頑丈だけが取り柄のバカだけど、念の為に検査入院。
    「今日退院か。誰か迎えに行くの?」
     六つ子たちは顔を見合わせた。

    「なんでわたしなの せっかくバイト休みなのに!」
    「まあまあまあ。そう言わずに」
    「なーにが『まあまあまあ』よバカ! 自分たちがやったコトなんだから、お迎えぐらい自分たちで行けばいいじゃないっ」
     私のもっともな主張に対して、コイツは言い繕うように「そのやったコトがあんまりで顔合わせづらいんだろ」と。
    「それなら『ごめんね』って言えばいいじゃない」
    「いや、さすがに殺しかけておいて『ごめんね』じゃ済まされないっていうか」
    「わざと殺そうとしたわけじゃないでしょ? いつものノリでちょっとやりすぎちゃった事故じゃない」
    「いや事故じゃないよなぁアレは」
    「そうかなぁ」
    「殺意があった」
    「そんなことないってば」
    「そんなこと、あるっ アイツ絶対オレを殺そうとした……っ!」
     と、包帯だらけのカラ松は人目もはばからずわっと泣き出した。
    「意外と傷ついちゃってる?」
    「傷つくにきまってる~っ」

     病院帰りに立ち寄ったコンビニのイートインで、出てくる出てくる兄弟への愚痴。
     最近オレへのあたりが強すぎる気がするとか。オレが優しくて怒らないからってさすがにやりすぎだとか。
     うじうじうじうじ、いじいじいじいじ。
    「まあまあまあ。よかったじゃない、死ななくて」
    「なにが『まあまあまあ』だバカ! なにもよぐないっ! そんなテキトーでいい加減な事ばっかり言うから干物女って呼ばれるんだぞっ。そんなんだからボディにもでっぱりがなくてペラペラなんだ! オレ基準で姉貴のおっぱいはおっぱいじゃないぃ~っ」
     と言っておいおい泣く。
     わたしコイツらから干物女って呼ばれてるんだぁ。これが長男だったらぶっ殺してるところだけど、今は泣いているこの子が哀れ。
    「だけどお医者の先生が褒めてたよ? 火で炙られて頭に鈍器が当たったとは思えない立派な健康体ですよって。献血したらいかがですかって」
     と慰めたら、
    「そ、そう? ……ふっ。まあオレ、こないだトラックに轢かれても大丈夫だったし……」
     って得意そうな顔しちゃうんだよなぁ。バカで愛おしいなぁ。
    「でもね。あと少し当たる場所がずれていたら本当に死んでいたかもしれないって」
    「え?」
     カラ松は睫毛を濡らした目でわたしを見る。
    「石臼。誰が投げたか覚えてる?」
    「……覚えてない」
    「あんたに『殺意があった』のは一松?」
    「い、一松じゃない!」

     思い出しちゃうな。
     このクソ虫たちがまだちいちゃかった頃、誰かが何かやらかしてわたしに怒られそうになると、この子たちはこんな顔をして兄弟を庇ったっけ。
     まあ、それでもわたしは見抜いたし絆されなかったけどね。
     

           *


    「おいちょっと。弟」
     台所に入ってきたのを呼びつけると、長男はあからさまに嫌そうな顔をした。
    「『弟』って呼ぶんじゃねーよマツコ」
    「マツコじゃなく『姉さん』。いいからココに座りなさいな」
     向かいのダイニングチェアを指して言ったら、なんだよモオ~とか言いながらも素直に応じる。テーブルを挟んで向き合った。

    「何? カラ松のことで説教?」
    「説教ではないんだけど」
     わたしは組んだ両手の上に顎を乗せて、
    「一松とカラ松、なんかある?」
     ズバリ訊く。
     長男が息を呑んだのが分かった。
    「な、なんも……」
    「こないだのカラ松事変、おまえが仕組んだ茶番でしょ? 誤魔化しても無駄。裏は取ってる」
     縛り上げてボコボコにしたチビ太をスマホに表示させて見せると、
    「……はぁ。もうソコにたどり着いちゃったか~」
     長男は面倒くさそうに、頭をガリガリ掻いて言った。
    「そーだけどぉ? チビ太にカラ松を誘拐しろって入れ知恵したのは俺だよ」
     ヌケヌケと言うことには、
    「溜まっちゃった飲み代のツケをね、身代金で他の四人に払わせる計画だったの。でもうまくいかなかったねえ。アイツらまったく払う気ないし薄情だよな〜」
     だからわたしも言ってやった。
    「ふうん。でもチョロ松と十四松とトド松はお前とグルでしょ?」
    「えッ?」
    「あの三人から裏は取ってる。ちょっとカマかけたらあっという間に吐いたけど」
     「ウッ」って表情になった長男に、さらに畳み掛ける。
    「おかしいねえ? あの三人がグルだったら身代金はとれないね? まぁ一松は本当に何も知らないみたいだけど……つまり今回のことって、お前たちが仕組んだ方で、一松とカラ松は仕組まれた方、なのね?」
    「……」
    「さっき病院に迎えに行った時ね、カラ松からさんざん愚痴聞かされたんだけど。あの子『アイツら』じゃなく『アイツ』って言ってたのよ。これは姉の勘っていうか確信なんだけど、それって一松のことなのかなって」
    「……自分からカラ松迎えに行くとか言い出したのってこの探り入れるためかよ。くそっ」
     最初からそのつもりでバイト休んでいたからねえ。
    「例えばだけど。あのふたりの仲がこじれちゃっていて…っていうか一松が勝手にこじらせちゃってるのかな? それを取り持とうとして今回の茶番を仕組んだとか? チビ太にカラ松を誘拐させて、一松の気持ちを確かめようとしたとか?」
     赤くなったり青くなったりする長男の顔をじっと観察する。
    「さらに言うと」
     頭の中に組み上がっているもうひとつの推理。
    「その『気持ち』って、わたしには絶対に知られたくない類のものだったりする?」
    「なっ……んで今日の今日でソコまで行き着いちゃうんだよも~~っ」
     ばたっと机に突っ伏した長男のつむじを指でグリグリと押してやった。
    「今日の今日でじゃないわよ、一松の様子がおかしいのなんてとっくに気づいてたわよ。だからずっと様子を伺ってたら……色々とさぁ、見えてきちゃって」
     わたしの観察眼を舐めたらいけないよ。
    「あとね、チョロ松たちから裏をとったっていうのはウソだよ~」
    「いっ?」
    「んふふ、カマかけたら見事に引っかかったねえ」
    「あーーやられたッ」
     長男の悔しがる顔は何度見ても飽きないな~。
     

           *


     そう、わたしは気がついていた。ただでさえこの子たちはわかりやすく、そしてわたしはとても察しがいいから。
     でも目を背けて気づかないふりをしたの。
     だって、わたしには受け入れられなかった。

    「アイツらは組み合わせが悪いっていうかさ。一松って、分からないことはなんでも悪い方にとろうとするだろ。カラ松は本心を隠すところあるだろ。すれ違いがおきやすいんだよ」
     用心深い長男は絶妙に核心を避けて説明をする。
    「そこでお兄ちゃんが一肌脱いでやったわけ」
     ふたりに見立てているつもりなのか、右手と左手に持った煙草とライターを離したりくっつけたりしながら、
    「一松にはカラ松がいなくなったら寂しいね?ってコトを分からせて、カラ松にはそんな一松の気持ちに気づかせる。そんでめでたくすれ違いは解消~」
     煙草とライターがキスをする。
    「すれ違っては、いないかもしれないじゃない」
     とつぶやいたのを長男は聞き逃さなかった。
    「……マツコはどう思ってんの? 俺たちの状況について」
     含みのある言い方をする。
     煙草をくわえて火を点け、『わたしがどこまで気づいているのか』を探ろうとする目でじっとわたしを見る。こういうところがイヤだ。
    「……お互いもう気づいてるんじゃない?」
    「そう。伝わってるよなとっくに」
     この目。たまにコイツがする目がちょっと怖くて苦手だ。
    「こういう『想い』って伝わり合うんだよ。好きとか嫌いとか、長く一緒にいるとどうしたって伝わっちゃうよな」
    「童貞のくせに語るじゃない」
     長男はムッとした顔をする。
    「話の腰折るなよっ。話戻すと、とくに俺たち六つ子は伝わりやすいからすぐ分かっちゃうの。そのぶん話が早くていいんだけどね。一松とカラ松は相思相愛、お互いソレに気づいてる。『俺たち』もわかってる。以上!」
     ああ言っちゃった。
     タバコをもみ消す手を眺める。硬そうな関節と浮いた血管。
    「なのにカラ松ははぐらかしてる。ビビリだから」
    「ビビリだからじゃないわよ。慎重なの。そう簡単にイエス・ノー言えることじゃないでしょ」
     わたしにしたって同じことだよ。そう簡単に受け入れられることじゃないから、考えないようにして、気づかない振りをしていた。そうしているうちに、状況に業を煮やした長男が先に動いてしまったってことなのかな。
    「ねえ。お前はあのふたりを取り持つ気なの? 兄弟で幸せになれると思ってる?」
    「お前はどうなんだよマツコ?」
     と訊くけど、この子も察しが悪い方じゃないからわかっているはず。わたしがなんて答えるかなんて。
    「ダメ、認めるわけにはいかない。血が繋がってるんだよ?」
    「はぁ? そんなの関係ないだろ!」
    「あんたバカ? 一番関係あるわよ! わたしは絶対に認めないからね」
     そう言ったら、長男は立ち上がってわたしを指差しこう言い放った。
    「そんっなんだからテメーは干物女なんだよ、心もマンコもカッサカサに干上がってる干物っ! 俺はあのふたりをゼ~ッタイにくっつけてみせるからなッ」
     ムカッ! わたしも立ち上がり宣言する。
    「どこまでバカなのよバカ! 中途半端なエゴ振りかざしてイキってんじゃないわよガキ! 残念だけどわたしのマンコは乾くヒマもないし、間違った恋なんて絶対に認めないッ」
     バチバチバチッ。
     わたしたちの攻防戦が始まった。


           *


     馬に蹴られようが犬に喰われようが、あのふたりの恋を実らせるわけにはいかない。
     ……と憂鬱な決心をしたものの、その後の『カラ一』(姉の観察眼による暫定決め打ちCP)においてわたしが出る幕はなかった。
     あの子たちは、わたしがわざわざ邪魔をするまでもなく自発的に、まだ蕾のその恋を終わらせようとしていた。見ていられないくらいに。

    「……一松、大丈夫なのかな」
    「なんでマツコが胸痛めてんだよ」
     ダイニングテーブルの向こうで長男が苦笑する。
    「お前は『一カラ』の破局推進派でしょ? いい流れじゃん」
    「そうだけどっ……カラ松、なにもあんなふうに……」
     思わず責める口調になったわたしと対照的に、長男は
    「取りつく島がないってやつだねぇ」
     いつもと変わらない呑気な口調で言った。

     たとえば昨日のこと。
     ちゃぶ台をみんなで囲んだ晩ごはんの時、
    「おそ松醤油とってくれ」
     カラ松が言うと長男は、
    「一松~」
     ここぞとばかり、並んで座る一松に取らせようとした。
     きたきた。『一カラ』の芽は即座に潰す! 一松より先に醤油差しを取ってやろうと動きかけた時……
    「ならいい」
     へ?
     カラ松はお醤油をつけないお刺身・味のないおひたしを口に放り込み、お味噌汁で流し込んで、
    「ごちそーさん」
     空になった食器を持って、ひとり居間からさっさと出て行ってしまった。あとに残ったのは凍りついた空気。
    「いや~……、いやいやいや……」
     長男がフォローにもならない感嘆詞を呟いた。


    「初めて見た。カラ松があんな冷淡な表情するの……」 
     見ているこっちの胸が痛くなるくらい、一松に対する態度が冷たくなったカラ松。
    「もしかして石臼の件、けっこう根に持ってるとか? いやそれにしても、あれはない……」
    「なんでマツコが胸痛めてんだよ」
     ダイニングテーブルの向こうで長男が苦笑した。
    「お前は『一カラ』の破局推進派だろ? いい流れじゃん」
    「そうだけど、それとこれとは別っていうか」
     だってカラ松って本来、自分はどんなに人からやられても、人を傷つけるようなことはしない子だから。だから余計にね、一松はショックだと思う。
     そんなわたしを頬杖ついて眺めていた長男は、おもむろに訊いた。
    「なあマツコ。カラ松に何か言ったりしてないよな?」

     コイツ、本当に察しがいいから困る。

    「……何かっていうか……あの子が退院した日、一松と少し距離とったら? てアドバイスはしたけど……。だってあんまりにもめそめそ泣くし、ヘタすれば一松の(とは認めなかったけど)石臼が致命傷になるところだったわけだしね。お互いクールダウンした方がいいと思って」
     と、ちょっとボカした説明をした。
     実際にわたしがあの子に言った言葉は、
    「手遅れになる前にいったん気持ちを冷ました方がいいんじゃない? お前だけじゃなく一松も不幸になっちゃうよ?」。
     それをカラ松がどういう解釈で咀嚼したかは知らない。もしかすると叶えちゃいけない恋心的な意味で受け取ったかもしれないけど、わたしはそういうつもりで言ったわけじゃない……多分ね。
     長男は頬杖のまま、ふうんと薄い笑みを浮かべた。
    「そっかなるほどね、マツコの入れ知恵か。さすが手ぇ回すの早えな」
     またあの目でわたしをじっと見て言う。人の心を見透かすような目。怖いなぁ。
    「人のこと悪人みたいに言うじゃない……」
    「じっさい悪人だよ~? 人の恋路を邪魔する奴は犬に喰われて死んじまえってね。でも俺はマツコのそういうところ嫌いじゃないけどね~」
    「そういうところって?」
    「この女には敵わないなって思わせるところ」
     長男はニニっと笑った。無邪気な少年とこわい大人が同居しているみたいだ。


           *


     わたしは六人の弟たちからしょっちゅう何かを貢がれていた。
     ちいちゃかった頃のはなしだよ。
    「マツコっこれあげるっ」
     三つ年下の無邪気な男の子たちは、それぞれ自分が素敵だと思ったものをわたしに差し出す。しろつめくさのゆびわとか、ウスバカゲロウの羽とか、コガネムシの死骸とか。小さい可愛い手に大事そうに持った宝物たち。
     だからわたしはこの世で一番、宝物を持っている女の子だった。


           *


    「じっさい殺そうと思ったんだよ。……殺したかった」
     ボリボリと、無精髭を生やした顎の吹き出物を掻く音。
     縁側につくねんと座り背中を丸めてぼそぼそ話す一松は、本当に人でも殺していそうな闇のオーラをまとっている。
     カラ松が入院している間もめちゃくちゃ暗かったけど、今は暗いを通り越して怖い。雰囲気が猟奇的で犯罪者そのもの。この三日間で三回職質されているらしい。膝に抱いたネコを撫でる手だけは人間らしく優しかった。
    「死なないのはわかってたけど」
     そうだね。カラ松は石臼なんかじゃ死なない。『あと少しずれていたら致命傷』なんて口から出まかせ。
    「どうして殺したかったの?」
    「怖く、なったから」
    「怖く?」
    「アイツ、何でも受け入れようとするから」
    「なんでも? 一松の事?」
    「……」
    「カラ松に受け入れられることが怖いの?」
    「そう思ったけど………………」
     一松はゆっくりとおじぎをするように背中を丸めて、両の掌に顔を埋めた。
     ネコが膝から飛び降りた。

     あの日にあなたが殺そうとしたのは自分の心なのね。
     カラ松を不幸にしないために。


           *


    「辛いだろうけど……それでいいと思う」
    「本当にそう思ってんの?」
     長男に訊かれてわたしは頷く。
    「今はまだ引き返せるから。時間が経てばこれで良かったんだって思えるよ」
    「あっそ……」
     長男の指がコーヒーカップをピンと弾く。硬い音が鳴った。
     突然、
    「ゆび相撲勝負! しよーぜマツコ」
     サムズアップした構えの腕をダイニングテーブルの上に立てた。
    「いやだよ。どうせ何か賭けようって言うんでしょ」
     子供の時はよくやったけど、今は指の長さが違うからわたしの方が不利!
    「じゃあお前は人差し指も使っていいよ。そのかわり俺が勝ったらアイツらのこと認めろよ?」
     ニヤニヤ顔で、立てた親指をクイクイと動かした。
     人差し指を使っていいだと?
     昔コイツと指相撲をした時、わたしはどうしても負けたくなくて人差し指を使って勝ってはケンカに発展したものだ。
    「じゃあ、わたしが勝ったらあの子たちの恋を終わらせる。協力する?」
    「あ~い~ぜ」
    「あとで文句言わないでよ?」
    「言わねえよ。じゃあヤるぞ!」
     絶対勝つ、レディゴー!
     ところが。
    「んっ あれっ コノッ」
     長男はガッチリ立てた親指に挑んで絡みつく可憐な指をニタニタと眺め「なんかエロくない?」なんて不届きなことを言う。そしてグワッと親指が覆い被さってきた。わたしの親指は人差し指もろとも押さえ込まれる。
    「じゅ~、きゅ~、は~ち」
    「ンギギギッ…」
     もうルールもへったくれもなかった。両手の渾身の力を込めて抉じ開けようとしてもビクともしない。ンのやろォ……っ
     ペロリ。
    「イッ」
     ガガガガッ! ダイニングチェアごと勢いよく後退した長男、首まで真っ赤にしちゃって、たかが指を舐められたくらいでこの狼狽えよう。どんなに生意気な口をきいても所詮はチェリーなのよ。
    「んふふ。なんかエロいでしょ?」
     ざまあみろ童貞、
    「~~~ッ」
    「大丈夫? チンコ勃っちゃたんじゃない?」
     揶揄う口調で言ってやったら、
    「……この手さあ」
     精一杯の笑みを浮かべて、掌をわたしの眼前にずいっと迫らせた。
    「さっきまでチンコ触ってた手」
    「えっ」
    「洗ってない」
    「う、うそだよ」
     ……ギャーエンガチョ!
    「ほんと。お前、おれのチンコ握ってた手舐めたの。これって間接フェ……」
     バーン! 思いっきり横っ面をひっぱたいた。
    「いってぇ~なあッ! 童貞舐めんなよバーカッ」
    「舐めたからこうなったんでしょ! バカッ!!」


           *


    『今夜空いてる?』
    『夕方までなら(OKの絵文字)』
    『一緒に晩飯と思ったんだけど』
    『今日家で飯係』『(ゴメンの絵文字)』
    『そっか残念・・・また誘うね』『飯係がんばれ』
    (はーい! のスタンプ)

    「姉貴、すごいため息だな」
    「えっため息ついてた?」
     いつの間にか台所にいたカラ松が、テーブルの上に投げ出していたスマホの画面を覗きこむ。
    「……男か?」
    「ん~。まだ付き合ってはないけど」
    「まだってことはそうなる予定なのかよ?」
    「多分ね…」
    「どんな野郎なんだっ?」
     向かいの椅子にドカッと座ったカラ松は、スマホを手に取って面白くなさそうな顔でメッセージを検分したのち、少し表情を緩ませる。
    「なーにが今日飯係だよ。今日の晩飯は昨日つくりすぎたカレーだろ。飯は炊けてるし皿によそうのはオレたちだぜ」
    「まあねえ」
    「例の『夢中にさせるテクニック』ってやつか?」
    「そうそう」
     適当に答えてカラ松の手の中からスマホを奪い返した。
     『夢中にさせるテクニック』か。まだ恋を夢見るお年頃だったJK時代、「知ってるカラ松? ちょっとツレなくした方が相手はこっちに夢中になるのよ」なんてananで仕入れたにわか知識を披露した過去がある。まだ覚えてたのか。
    「手に入らないものにこそ執着する……ふっ、愛の真理ってやつだな」
     執着されるなんて冗談じゃないわよ。重いし面倒臭いし…………。ふと。カラ松を見る。
    「……ソレじゃないよね?」
    「ん~?」
     なに、その笑顔は?


           *


    「つかさぁ、お前そんなテクニック使ってんの?」
    「一回も使ったことないから!」
     即座に否定した。面倒臭いなあ!

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