いずみゆの没になったシーン中庭の隅にある粗末な墓石に水をかけ、黒く濡れた地面の上に、手折った花をそっと供える。
神薙家の敷地にあるが、これは伊澄の飼っていたペットの墓だった。……もう随分と昔のことだ。
あれは自分たちが五つか六つの時だった筈だ。ある日突然、伊澄がうちへやって来て、「おはかをつくる」と言ったのだ。幼い手には、白い布にくるまれた何かを抱いていた。
伊澄が中身を教えてくれることはなかったが、大体五、六十センチ程だったから、恐らく猫か犬だったのだろう。伊澄がペットを飼っていたなんて深征は知らなかったから、尋ねたいことはたくさんあったが、能面のような顔をした伊澄にあれやこれやと質問するのは憚られて、ただ粛々と亡骸を埋める為の穴を掘った。なるべく深く掘りたいと言われたから、小さなスコップを片手に二人で額を突き合わせて、一生懸命土を掘り返した。
剥き出しの膝と腕が泥だらけになって、スコップを握り締めた手に豆が出来て、それが潰れた頃、ぽっかりと暗い口を開いた穴の中に、伊澄はぞんざいに亡骸を放り込んだ。見た目に反してやけに重たい音がしたのはきっと、肉と骨からなる生き物だった証だろう。
それから後も、伊澄は何も言わずに、例の無感情な顔のままで黙々と穴を埋めていったから、深征は何も言えなかった。ただ伊澄の手伝いに徹した。
「なまえは?」
埋め終えて、墓石代わりに形の良い石を載せたところでようやく一つ聞いてみたが、伊澄は薄笑いを浮かべて首を傾げるだけだった。
「さあ……?」
と。
子どもの拙い手で作られた墓に手を合わせて祈るその横顔は、少し満足そうにも見えた。
……伊澄のペットの埋葬をしたのは、後にも先にもその一回だけで、伊澄がペットを飼ったという話は聞かない。余程、初めての決別が身に堪えたのだろうか?
伊澄はそれ以来、一度も墓参りに来てはいない。
……伊澄。
立ち上がり、中庭をぐるりと見回す。くすんだ白梅の花が、乾いた地面に零れ散っていた。