ソウルバーナーと不霊夢が『相棒とセックスしないと出られない部屋』に閉じ込められる話「~~ッ、ふざけんな!うお、」
全力で蹴りつけた筈だったのに、ぶよぶよと妙な感触の白い壁は衝撃を跳ね返す。ソウルバーナーは意図せず間抜けな声を上げて踏鞴を踏んだ。なんだよ、なんだんだよこれ!神経を逆なでされた気分で、一つ舌打ちをする。突然こんなところに閉じ込められたことも含め、全部が全部馬鹿にされているとしか思えない。
デュエルディスクに収まっていた不霊夢は、ソウルバーナーが身体を跳ね返されたせいで自身にまで伝わった衝撃を、迷惑そうにいなした。いつもと違わぬ落ち着いた様子で腕を組み、やれやれと肩をすくめる。
「物に当たってもどうにもならないぞ。情熱的なところは君の美点と言えるだろうが、感情に任せて冷静さを失いやすいのは……」
面倒なお説教に繋がりそうだと早々に感じ取ったソウルバーナーは、不霊夢の言葉を遮ってその場にしゃがみ込んだ。床も心なしかぶよぶよとしている。足裏から伝わる不思議な触り心地が不快だ。
「あーあー、分かった分かった!つーかお前がなんでそんなに落ち着いていられるのか俺には分かんねーよ……」
チッと二度目の舌打ちが出る。行儀が悪い、と不霊夢からお小言が飛んできたが無視をした。
こんなところで落ち着いていられるわけがない。きっとどんな人間だってそうだ。ソウルバーナーはしゃがみ込んだまま顔を上げ、宙に映し出された文章を再び目で追った。
『相棒とセックスしないと出られない部屋』
何度読んでも内容は同じである。
特段変わったことをしたわけではない。いつものようにリンクヴレインズにログインしたつもりが、気づくとソウルバーナーは不霊夢と二人、何故かまったく見覚えのない場所に立っていた。
そこは妙な感触の白い壁に囲まれた部屋だった。ほかには何もなく、用途も分からない。初めはログインする際に座標の設定を誤ったのかと思ったが、それにしてはどこか様子がおかしい。一般ユーザーの立ち入り禁止区域に入り込んだわけでもないようだが、ひと気がちっともなく、リンクヴレインズらしくない薄暗い雰囲気を感じたのだった。
ソウルバーナーは怪訝そうに部屋を見渡した不霊夢と顔を見合わせ、まずは一旦ログアウトしようと考えた。しかし何故か、どうやってもその部屋を抜け出せないのである。
部屋に変化が現れたのは、どうしたものかと唸っていたそのときだった。壁も床も真っ白な小さな空間に、映し出されるように文字が浮き上がってきた。
『相棒とセックスしないと出られない部屋』
ソウルバーナーは何度も瞳を左右させ、その不可解な文字列を追った。相棒と、セックスを。何度読んでもその文字の示す意味が頭に入ってこない。相棒、相棒と、セックスを?この文字が自分たちへ宛てたものだったとしたら、相棒というのは、つまり互いの事を指すのだろう。ソウルバーナーにとっての不霊夢、不霊夢にとってのソウルバーナーである。
「……ああ?」
つまり、そう、つまり、不霊夢とセックスをしろと、そういう意味なのだろうか。
そこでようやっと、もしやこれはたちの悪いトラップに嵌められたのではないか、という可能性が二人の頭をよぎったのだった。
部屋を訪れてから如何ほどの時間が過ぎたかは定かではないが、うんともすんとも言わない不気味な部屋の壁を相手に格闘することに、ソウルバーナーが飽き始めたころである。
この部屋の正体を探る為、壁をぺたぺたと触ったり、デュエルディスクの中に潜ったりを繰り返していた不霊夢が、「ふむ」と頷いてソウルバーナーを見上げた。
「カイセキ終わった?」
「ほぼ終わったが、どうにも妙だな……」
「妙?」
すっきりしない様子の不霊夢を覗き込み尋ねると、彼は顎に手をやり首を傾げた。
「イグニスアルゴリズムに近い、人間の組んだプログラムとは思えない箇所が多々ある……」
ソウルバーナーはぎょっとした。イグニスアルゴリズムと称されるそれが一体どんなものでどんな特徴を持つのか、機械音痴のソウルバーナーには予想もできないが、不霊夢を含めたイグニスたち独自の計算方法であることはぼんやりと知っていた。このような悪事を働くイグニスといえば心当たりは限られている。
「イグニス……?まさかまた、ライトニングたちが……?」
ライトニングやウィンディ、アースやアクアもAiと一緒に復活した。過去の出来事を考慮すれば、最も疑わしいのはライトニングであるように思われた。いくら改心して大人しくしていると言われても、心から信じきれていないのが正直なところなのである。酷く悪趣味なこの部屋が、彼の嫌がらせであると考えれば納得もいく。
しかし不霊夢は首を振った。
「いや、ライトニングにしては粗雑なところが多い。そもそも完全なイグニスアルゴリズムというわけではないのだ。ところどころを参考にした、程度の……しかし、その程度でも普通の人間に出来ることでもないのだが」
不霊夢は再び首をかしげ、考え込んでしまった。
「つまり、結局正体は謎のままってことかよ?」
「まあ、結論から言えばそうなるな」
胸を張って断言され、ソウルバーナーは項垂れた。また振り出しに戻ってしまったわけである。
「んだよ本当に…気持ち悪りぃ…。草薙さんかプレイメーカーに連絡取って、助けを呼べたら良いんだけどなあ」
「外部からの干渉も遮断されているな」
今日ログインしたのは、プレイメーカーとデュエルの約束をしていたからだ。約束の時間にいつまで経っても現れないソウルバーナーと不霊夢を心配していたら申し訳ないと思う。だが、不審に思って少しでもこちらの様子を調べてくれるかもしれない。情けないことだが、このままの状態が続けば大人しく助けを待つしかなくなってしまう。
「なあ、やっぱりお前でもどうにもならないのか?」
「この空間ごと破壊できないことはないだろうが、ずいぶん処理に時間がかかりそうだ」
不霊夢は目を閉じ、低くて白い天井を仰いだ。その仕草から、そう簡単ではないことを感じ取って、ソウルバーナーは脱力して壁に背を預ける。相変わらずぶよぶよしている。そのままズルズルと腰を下ろしてゔ〜と唸っていると、不霊夢がディスクの中でクンと背伸びをした。部屋を見渡し、問いかけてくる。
「一刻も早くここを出たいんだろう?」
それはそうに違いない。ソウルバーナーは力無く頷いた。
「なんかここ、雰囲気が気持ち悪いし……。そりゃ、こんな馬鹿げたところ早く出られるに越したことはないけど……」
「ならば、方法はひとつだな」
不霊夢は言った。何でもないことのように。
アバターの真ん中でドンと跳ねた心臓を鎮めるように、ソウルバーナーは胸のあたりを無意識に抑える。
「いや、え?」
「この部屋を作った者が誰かは分からない。目的も謎だが、最初から私たちに出している条件はひとつしかない」
「いや、だって」
「覗いてみた様子だと、条件を満たせば脱出できることは間違いないようだ」
不霊夢は人差し指を立てて得意げだった。言い聞かせるように、いつもより低い声でゆっくりと語ったが、やはりいまいち頭に入ってこない。
条件、条件とは、条件、そうだ、最初から提示されていた、ずっとこの部屋の真ん中に浮かんでいるこの文字。考えたことなんてなくて、考えようとしても無理で、この悪趣味な部屋を作った奴への怒りで上塗りしてどうにか誤魔化していた。条件、そう、相棒と、俺の相棒は不霊夢だから、相棒だから、だから、相棒と、セ、
「ど、ど、どど、どうやって!」
裏返った爆音に、不霊夢は不思議そうに瞬いた。
おや、と訝しげにソウルバーナーを覗き込んだが、赤くなった顔を見て、なるほどと合点がいった様子で言う。
「君は経験がないだろうが、一般的に性交というのは男性器を……」
「それは分かってんだよ!!」
「ならどうしてそんなに慌てている」
「なん……どうしてって……!!つ、つーかお前だって経験はないだろ!」
「まあ、人間や生物の交尾のようなものは未経験だな。我々には不要だ。もっとほかの方法を用いる」
「え……ほ、他の方法なら経験あんの?」
それまでの勢いを削がれて思わず尋ねると、不霊夢は少し逡巡するように視線を斜め上にやり、それから無言でソウルバーナーをじっと見つめた。目が逸らせなくなる。その思わせぶりな態度に、何故だか心臓が痛んだ。
なんだそれ。お前、なんか、なんか、そういうのあるのかよ。真っ直ぐ聞こうと思ったのに、どうしてか声が出なくなって口を開いたり閉じたりしていたら、斜め下から「ふ」と笑い声が聞こえた。可笑しそうなその様子から、揶揄われたことに気付く。すぐにキッと睨みつけたが、さっと躱されてしまった。
こんな状況だというのに、不霊夢はおかしいくらいにいつも通りだった。気まぐれにソウルバーナーを弄って遊ぶ余裕もある。このような状況も暇つぶし程度に考えているのかもしれない。慌てているのが自分だけかと思うと、彼に対してすら苛立ちが湧いてくる。
「さて、どうする?このままここで助けを待つか?簡単に出られる方法があるのなら、行動に移すのが合理的だと私は思うのだが」
不霊夢は手を伸ばしてソウルバーナーの頬にペタリと触れた。途端に苛立ちが萎んでいって、妙な気持ちになった。しかし、じゃあやりますかと前向きな返事ができるわけがない。
ソウルバーナーと不霊夢は、自他共に認める相棒同士だ。それは揺るぎない事実であるし、今後も変わらない絆があると確信を持って言えるが、今だけはその事実が消え去ってくれれば良いのに。ソウルバーナーは初めて願った。
「でもさあ……だって、だって……お前のを俺に入れんの?何を?ナニ?あのウニョウニョしたお化けみたいな格好になるのか?そもそも入れる場所がないだろ!俺に!」
「逆でも構わないが」
「逆!?」
不霊夢は頷いた。
「そうだ。君のモノを私に挿入したって構わない。それだって性交には違いないからな」
「そ、そうにゅう」
「私の姿はどうとでもなる。データだからな。しかしここでは君も同じだ。私はかなり精巧に君のアバターを構築したぞ。リンクヴレイン……[続きを読む]