Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    kxxx94dr

    @kxxx94dr

    94/ドラロナ(五十路、やもめ、Δ)ミニパパ
    文字書き

    何かありましたら
    https://forms.gle/2Ch6D3zvM5QEjc5n9

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💜 💙 💗 🌠
    POIPOI 58

    kxxx94dr

    ☆quiet follow

    Δドラロナwebオンリー開催おめでとうございます!

    大侵攻直後のお話
    一緒にはいますが、特に甘くはないお話です

    #Δドラロナ

    「一体どう飼い慣らしたんですか?」

     ある日、そう問いかけられた。それはつい先日から保護観察目的で担当しているあの吸血鬼のことだとはすぐわかった。けれど答えの前に先に口から零れたのは長い溜息だった。今日までに何度聞かれたか、もう数えることも止めてしまった。そんな私の表情で全てを察した目の前の男は瞬きをするのを忘れ、こちらの言葉を待っている。

    「あれは決して飼い慣らされる生き物ではないよ」

     何か反論したげに眉を寄せた男をそのままに踵を返す。ソールが床を叩きつける甲高い音が下品にも天井に響いていたが、今はそれくらいは大目に見てもらいたい。そも、それ自体を指摘する者などここにはいないのだが。
     あれ以上何か言葉を交わす気など一切起こらなかった。返事があったことだけでもありがたく思ってもらいたいくらいだ。そんな無駄な時間を過ごしている暇など、私にはどこにもないのだから。
     対策課の扉を開けると、隊員たちが一斉にこちらを向いた。その表情にさきほどまでのわだかまりも、飲み込めてしまうのだから不思議なものだ。ようやく頭を切り替えられる。
     諸君、さあ仕事だ。そう言えば全員の瞳の色が変わる。おかげで後を引くこともなく済んだ。ここにいる間は、私のやるべきことは決まっているのだから、迷っている暇などなかった。
     しかし傾注していたからか、時間の経過があまりにも早い。気づけばもう日は傾き、夜が街を覆い始めていた。通常であれば業務終了。しかし署内でもこの課にしてみれば、ここからが本番なのだ。

    「北部地区、出動要請です」

     静かなはずの夜の街を起こすような電話の音。毎晩鳴り止むことはない。一組、二組と隊員が街へと消えていく。対策課の対象は吸血鬼。当然活動時間は日が暮れてからとなる。パソコンの前に座り、状況を的確に判断し、現場の隊員に指示を飛ばしていく。 いけないとは思いつつも、頬が緩む。この瞬間はチェスに似ているとよく思う。相手の行動パターンを読み、そしてこちらもその先まで組み上げて駒を進め蹴散らしていく。何手先までも読みこみ、その狙い通りになった瞬間が堪らなく心地よいのだ。
     思考も何も全て手のひらの上で躍らせていられたと思えた瞬間、それがあるからこそ無理も承知でこのデスクに座り続けられた。全てを見渡せていると思えたからこその達成感が、この街にはあった。

    「お疲れ様でした」

     深夜とも早朝とも言えない時間に本日の業務は一旦終了となった。戻ってきた隊員と、確保した吸血鬼の対応を終えると普段もこの時間になることは珍しくない。人間相手の他部署とは異なる業務体制にも、慣れてしまえばどうということはない。
     最後の報告書に目を通し、パソコンの電源を落とした。顔を上げればすでに誰もいないがらんとした部屋は、どこか肌寒く感じる。つい先ほど、疲れの色も見せずに挨拶をして帰宅した隊員がこの部屋を出てから、一体どれくらい経っているのだろうか。
     もう時間の経過もわからない。日の出る前にと足早に帰路についた。街は静かなものだった。空気さえも寝静まったように物音すらせず、ここには自分一人かのように思えてくる。
     けれどそんなことすらどうでもいいほどに、仕事を終えて興奮状態から覚めてしまった体は簡単にシャットダウンしようとしていた。言葉も浮かばないほどに疲弊する体を無理やりに車に押し込んで、ゆっくりと足裏に力を入れていく。
     マンションの地下駐車場には人気もなく、エンジン音だけがうるさく鳴り響く。このマンションの住人はどうも上品らしく、帰宅する頃にはいつも平穏だった。深夜徘徊するような人物も、酔いつぶれた人間もほぼいない。値段なりな住環境といえばそうなのかもしれないが、この状況には満足している。快適さは多少金額がかかったとしても、無碍にはできないものだ。
     大した機械音もないエレベーターで部屋のあるフロアまで上がっていく時、いつもこの体のふわりと浮くような感覚に集中してしまう。内臓と体のフレームがずれて体重を忘れてしまったようになる瞬間、空を飛ぶというのはこういうことなのだろうか、と考える。
     吸血鬼の血が混じっているとはいえ、私の体がこの夜空を舞うことはない。

    「…………」

     ドアを開けるとむわっとしたぬるい空気が狭い玄関のわずかな隙間を抜け出ようと押し寄せてくる。暑いわけではないというのに、重苦しい粘度を持った空気がべったりと纏わりついて離れない。
     そう、これは決して空気などではないことを知っている。誰も気づくことのないこれは、人知れず私にその香りを移していた。自分のものでもないものが、あちこちからその香りを塗りこめてくる。私の香りなどまるで元からなかったように。

    「あー、おかえりー」
    「…………ただいま」

     リビングの扉を開けると、部屋の中央でふわりと浮かぶ黒い影。扉から一歩踏み出すことも一瞬躊躇うほどの濃厚な気配が、リビングを埋め尽くしている。
     言わずと知れた、目の前の男の気配。先日まではこの部屋にはなかったはずのもの。それが今や、どこにでも感じられるくらいにはこの四角い空間に充満してしまっている。当の本人は気づいているのかいないのか、自分は関係ないと言った顔で笑っていた。

    「あの丸いの美味かったー」
    「……マフィンだよ」
    「まふぃん……ふ~ん……」

     食べたときのことを思い出したのか、上を見つめ何かを思い出しているようで、口元が楽しげに上がっていく。まだ朝日も射さない薄暗い部屋の中を歪に切り取ったように、白い牙を見せながらにぃっと笑う。細く細くどこまでも裂けていってしまうのではないかと思うほどに、薄い唇が弧を描く。
     まるで星すら浮かばぬ漆黒の夜空にかかる月のようだった。

    「でさ、今日は殺してくれんの?」

     お菓子の続きをねだるように甘い声で囁くこの声が、重苦しい気配臭の隙間を縫って耳の中に流し込まれる。どろりどろりと思考を溶かしてくる言葉は、無遠慮に頭の中を駆け巡る。
     鼻先も付くくらい近くで白銀の髪を持つ男が微笑んだ。さも嬉しそうに、ひそやかに。愉悦の色を淡い瞳に浮かべて、こちらの反応をただ待っている。

    「ほら、どうする? 首でも掻っ切る? それとも杭でも打つ? ああ、わかる?俺の心臓は、ここ」

     人形遊びでもするように、白い指先が手を引き自分の胸に当てた。体温のないひやりとした感触に、指先が揺れてしまう。人ではない生き物。自分にも半分流れているものと同じ生き物。
     けれど自分とは違う完全なる存在。力は違えど命のあるものであれば平等に与えられた死という存在。それすら受け入れることのない強大な力を持った生物。今、手首を握る指先の力をほんの少し込められたら、いとも簡単に私の手首は床へと落ちることだろう。
     そう、その白い牙も、鋭く尖る爪も、簡単に人間の命を奪えるものであるのにも関わらず、この目の前の男は簡単に自分の命を差し出そうとする。ただ自分の目的のために。誰もこの生き物の命を奪うことなどできないだろうに、さあ、と自分の心臓を見せ付けてくる。
     きっとこの白い首に刃物を突きつけても切り落とす前に私の腕がいかれるだろうし、この無駄のない胸に杭を打ち込み終わるまでに彼は一眠りできるだろう。それほどまでに彼との生き物としての差は大きい。
     なぜか私になら殺せるのかと思っているようだったが、VRCであれこれ検査をした結果、どうあがいても数値上どうこうできる存在ではないことがわかった。それは本人が一番わかっているはずだろうに、こうして何かを期待しあれから毎日、食事のメニューをリクエストするように自分をどう殺してくれるのかと訊ねてきた。
     今まで試したこと、だめだったことをあれこれ語っていたが、それのどれもが到底私にどうこうできるものではないのは明白だった。
     ならば何を求めているのだろう。人間でもなく、かといって吸血鬼でもないこの体で、完全なる命を持ったこの生命体に、何ができると思われているのだろうか。

    「…………ロナルドくん」
    「なんだ? どうするのか決まったのか?」

     妖艶な顔がぱっとほころび、幼さの残るあどけない表情に変わった。これだけであれば無害なただの幼い子のようであるのに、その存在には本質的に勝てないことを知っている。知りたくもないことを無理やりに知らされた。頼んでもいないというのに、無自覚にそれを運んできたこの少年に、気づかれることだけは勘弁してほしい。
     そんなことになったら、私が私ではいられなくなってしまう。だから、これだけは私が内に篭めておかなければいけないのだ。

    「食事にしよう。昨日ね、角煮が上手くできたんだ。好きだろう?」
    「お肉!?」
    「ああ、やわらかくてほろほろに崩れるし、玉子もしみしみにしてある」
    「食う! いっぱいあるか?」
    「好きなだけ食べたらいい」

     こくんと喉を鳴らす彼の表情はすっかりと子供のそれに変わった。意識が私から別のものへと移ったのを確認すると、キッチンへと移動し冷蔵庫の中から作り置いておいた角煮を取り出した。蓋を開けると油が固まり、ガチガチの塊が見える。火にかけるとようやくどろりと溶け出して色を変えていくのを見て、一度深い溜息を吐いた。
     もう仕事の最中ではないというのに、ガチガチに固まった体は息も上手く吸い込めていなかったことを知る。ことことと煮立つ音にあわせて息を整える。ゆっくりと冷えた空気が体の中に広がり、落ち着きを見せた。けれど何も変わらない。

    「はい、どうぞ」
    「わ~い! いただきます!」

     テーブルに皿を並べると、大きく開いた口の中にいくつも消えていく。濃厚な甘い香りの隙間に、ほんの少しだけ料理の匂いが混じる。ああ、日常はちゃんとある。そうだ、つい少し前までは当たり前であった日常はここにまだある。

    「うまい!」

     私の内のほろほろとやわらかくなった部分が削れていく。取り繕えなくなってしまうほど崩れ落ちてしまったら、それはまだ私とは言えるのだろうか。自分ではないものが染み込んで、自分の内に広がって溶け込んでいく。もう以前の私とは同じではない。
     そう、私はこの男を殺せる術をもたないことを、もう知ってしまっている。完璧である生物の存在を知ってしまっているから。

    「ゆっくり召し上がれ」

     それなのに私の作った料理を食べ、こうして男は笑う。力をもたないものによって感情を左右される生き物。その情けないほどの笑顔を見て、今は崩れそうになる何かを、必死で手で抱え込んだ。

     まだ私はここにいる。
     彼もまだここにいる。 
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖👏🍚
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works

    DINT_94DR

    DOODLEフォロワーの誕プレ!載せていいよと言われたので単体で……
    お試し終末世界ドラロナ。ナチュラルに恋仲同士です。
    明日世界が終わるなら「ねえ、明日世界が終わるなら、何がしたい?」

     ありきたりな質問だとは思った。無人島にひとつなにか持っていくなら〜とか、100万円手にしたなら〜とか、そういった類の。現実的ではない話に、正解など存在しない。だが、目の前の享楽主義者はそんな答えなど求めてないのだろう。ふと、付き合ってやることにする。

    「急に言われても思いつかないけど、でもまあ、いつも通りすごすんじゃねえの?」
    「んー、ちがうよ、そうじゃなくって。君の願望が聞きたいの。あるだろ、童貞卒業! とか」
    「それを俺が言っててめえは喜ぶのか?」
    「悲しみと怒りとその他諸々の真っ黒な感情で死にます」
    「アホのひと?」

     既に想像して死にかけてるアホは放っておく。ともあれやりたいこと、か。そもそも自分に何かを施す、だとか自分のために何かをする考えることが苦手な俺に聞くものでもない気はする。きっと面白い回答はできないし、それこそありきたりな答えしか導き出せない。頭に浮かんだソレを素直に伝えるのも、なんだか小っ恥ずかしいものであった。
    2943