羽が生えたマヨイを拾ったニキの話「おに〜さん、起きてるっすか?
朝ご飯っすよ」
「……お、起きてますぅ……」
どうしたらいいのかわからなくて布団の上で寝たふりをしていたのだが、声をかけられたらそうも言っていられない。
マヨイは身体を起こすと、声のする方を見た。
座卓の上に朝ご飯が二人分並べられてるいる。
湯気の上がる味噌汁に白いご飯に卵焼き。
「……人間とおんなじもの食べられるんすよね?」
「あ……はい。
好き嫌いもないですし……」
マヨイの背中には白い大きな翼がついている。
そういう生き物として生まれ、それなりに楽しく生きていたのだが、捕獲され競売にかけられ、辛辣を舐めた後脱走し、路頭に迷っていたところで、この人に昨夜拾われた。
座り込んでいたところに手を差し伸べ、うちにくる?と聞かれた。
驚きはあっても、奇異を見る目でこちらを見ることなく、あくまでも人助けとして声をかけているのだと、思えた。
あんな目にあったのに、人当たりが良さそうな笑顔に惹かれて、ついてきてしまった。
飾り立て、装飾するためではない実用的な衣類、逃げてから久しぶりに入る暖かい湯船に警戒心はなくなり、出された食事を食べて、気がついたら眠っていた。
(……いくら疲れていたとはいえ……我ながら警戒心というものが……)
「あったかいうちに食べた方が美味しいっすよ」
「は、はい……っ、いただきます……」
目の前の人に習って、手を合わせてから箸を取る。
小さく切って口に含んだ。
(……おいしい……)
決して華美ではない、どこまでも暖かく心にも身体にも染みるような味だった。
「おに〜さんのその羽、自前なんすか?」
「あ……っ、はい」
「飛べるんすか?」
「一応……だんだん退化してしまって、あまり長距離を飛ぶのは難しくなってきてしまったのですが」
「すごいっすね!
僕、飛べる人に初めてあったっすよ」
「どうも……」
目の前の男の気持ちいい食べっぷりに、マヨイはこんなに美味しそうに食べる人も初めてみたと思っていた。
マヨイの食べる量とスピードの倍以上で平らげていく。
「僕はニキっていうんすけど、おに〜さんは?」
「あ、はい。
マヨイと言います」
「マヨネーズみたいな名前っすね。
マヨネーズわかるっすか?」
「……わかります」
(……この人、私のことをなんだと思ってるんでしょう?!)
箸が使える時点で察して欲しい。
親切に甘んじているのはどう考えてもマヨイの方なので、強くは出れず、粛々と朝ご飯を口にした。
(……美味しい)
「……マヨちゃんは」
「マヨちゃんッ!?」
「行くとこなくて困ってるんすか?」
(……な、流されましたぁ!?)
マイペースに話をするニキに、マヨイは困惑したが、重要なことを聞かれているのも事実で素直に返答することにした。
「……は、はい。
捕まっていたところから逃げ出してきましたので……」
「んじゃ、しばらくうちにいるっすか?
広くもないし、ろくなおもてなしはできないっすけど……ま、人を拾う経験初めてじゃないんで」
「そ、そうなんですか……?!」
あっけらかんとそういうニキにマヨイは驚き、そして急に身体が冷える心地がした。
「あ、あの……わ、私に差し出せるものは……この体くらいしかないんですけど……」
口に出した瞬間、捕獲されてからの日々がフラッシュバックする。
検査、観察と称して身体の隅々まで衆目に晒されたこと。
商品として並べられ、品定めをする目にも晒された。
最後は身体を暴かれ、尊厳もなにもかも奪われ、媚びることを強要された日々を思い出すと、身体が震えた。
それでも、飛んで帰るには遠く、何もない自分に提供できる見返りは、この体しかなかった。
「うーん、そうっすねぇ。
やっぱ、最後はそうなっちゃうんすよねぇ……」
「あ、あのッ!?
少し特殊程度でしたら、付き合いますし、痛いのも少しは耐えられるのですがぁ!?
歯もこんなんですが、ちゃんと噛みませんし……で、できれば優しく……」
「……なんの話っすか?」
マヨイが捲し立てるようにそういうと、ニキは目を丸くした。
「な、なにって……」
「僕は部屋の掃除とかそういうのを考えてたんすけど!?
この部屋そんなに広くないし、ご飯は僕が作るの好きだし、あんまりやってもらうこともないなぁとか考えてたんすけど……買い出しお願いするのも悪目立ちするっすよね?」
「そ、そう……ですね?」
ニキにそう言われ毒気を抜かれたのは、マヨイの方だった。
そして急にそんな提案をした自分が恥ずかしくなってくる。
「……何考えてたんすか?
結構、えっちな人なんすねぇ?」
「ち、違いますぅ!!」
ニヤニヤするニキにマヨイは精一杯反論したが、いまだに顔が熱く自分の翼でパタパタ仰いだ。
「……便利っすね、それ」
「邪魔な瞬間もあるんですけどぉ……まあ、身体の一部なので……」
「……触ってもいい?」
マヨイが返事をするよりも早く、ニキは手を伸ばすとマヨイの翼に触れた。
「ふわふわで気持ちいい〜」
手で撫でて、最後は頬をすり寄せる。
「ひぃいッ!?」
「僕、羽毛布団にあこがれあるんすけど。
こんな感じなんすかね?
やわらか〜い。おひさまの匂いするっす」
すりすり顔を寄せるニキに、マヨイは跳び上がりそうになるのを必死に抑えていた。
(は、羽にッ!?顔をすり寄せるのはッ!?
か、結婚しましょうということ、なのですが!?)
ニキにそんな気はないと分かっているからこそ、翼をニキの方から引くと、マヨイはドッドッドッとなる心臓を必死に抑えていた。
「そ、そういうことは誰にでもやっていいことでは……!?」
「いや、翼生えてる人はじめてみたんで。
マヨちゃんにしかしないっすよ」
「よ、よけいダメじゃないですか!!」
「そうなんすか?」
「……そうです」
マヨイは翼を自分の前に持ってくると両手で抱いてニキから隠した。
ついでに赤くなった顔も隠す。
「……寝る時はそれで包んでもらってもいいっすか?
羽毛布団の代わりに」
ニキの発言にマヨイは絶句する。
(……そ、そんなのッ!?
子供ができちゃうじゃないですかぁッ!?)
「……いい時代になったっすねぇ」
今や街の中の至る所で翼の生えた人をみかける。
伊達メガネのように、伊達翼をつける人もいるし、それようのデコアイムも店頭に並んでいた。
マヨイと並んで歩いても、変な目で見られることはなくなったし、買い出しももちろん可能だ。
別の理由で難しい側面もあったけど。
「マヨちゃんが僕のアイドル事務所のスカウトの人にバレて、あれよあれよとアイドルデビューすることになって……」
持ち前の歌声で人気を博した後には、有翼人種の権利向上、国交の正常化までが一度に進んだ。
それから数年で、日常の中に溶け込むに至ったから世の中はわからない。
「僕たちが知らないだけで、いっぱいいたんすねぇ」
「私も昆虫羽の方々の存在は知らなかったですし……いい時代になりました」
ここに来てようやく婚姻の条件で、性別種族に囚われることがなくなったので。
「じゃあ、これ出しにいこっか」
「はい」