世界は蜜で満たされる(仮)「勇人」
微動だにしないつむじを見下ろして、圭吾は控えめに声をかけた。日の傾きはじめた下校時間、蜂蜜で満たされたような静かで明るい教室の底に勇人は沈没していた。
案の定、寝てる。それもぐっすりと。その様子にため息が出てしまうのは癖みたいなものだ。勇人の眠りが深いほど起こす側の苦労も大きくなるし、眠りの浅い勇人なんて滅多に会えるものでもないし。つまり条件反射だ。
急ぐ予定もないので、夕日の色に照らされながらゆっくり上下する背中をぼんやりと眺めた。折り曲げた腕に額をつけて机に伏せているが、息苦しくないのだろうか。圭吾は息遣いを確かめるついでに腰を曲げ、耳元に顔を寄せる。
「勇人」
声が耳殻をくすぐったのと、髪の毛が耳にさらりと落ちたのと、どちらが先だったのか。
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