愛というにはあまりにもぽた、ぽたと水が落ちる音がする。深夜の館にてガンジは起きていた。正確には眠れていなかった。躁鬱気質の彼は少し前から鬱の状態になっていた。
眠れば悪夢をみてしまう今は出来る限り寝ないで起きていたい、そう思い部屋に付いている洗面器で顔を洗った。顔全体と少しばかり前髪が濡れて、視界がはっきりする。目の前の鏡に映った自分が悪魔に見えて、吐いた。ガラガラと排水溝に水だの吐瀉物だのが流れる。泣きたくもないのに涙が止まらない。ずるずると滑り落ちるようにガンジは座り込んだ。震えが止まらない。
「グプタ、起きてるのか?」
扉の外から声が聞こえた。
ナワーブはガンジの敬愛する先輩だった。この荘園では狂ったゲームに参加する以外のことは出来ず、招待された各々は自分の部屋に引きこもるばかりだった。ガンジが初めてきた時も、案内を買ってでたのは庭師の少女ばかりで、そのほかはゲームでしかあったことのない者ばかりだった。その中でもナワーブはガンジに優しくしてくれた。ゲームで会ってからというもの、故郷が近い馴染みなのかなにかと世話をやいてくれたのであった。
「グプタ?大丈夫か?」
「……いえ、大丈夫…です」
「入ってもいいか?」
「それは、だめ……」
「じゃあこのまま話そう」
ナワーブの優しい声だけがグプタの耳に入る。逃げるように外へ繋がる扉に張り付いた。
「今日はなんだか眠れなくてな」
「……」
「な、ガンジ。俺が寝るまで話に付き合ってくれないか?」
「はい……」
嘘だった。ナワーブは傭兵で、元々あまり眠りの深いたちでもない。ガンジの吐く音や水の音が聞こえて起きたのだろう。
それからナワーブは他愛のない話をした。今日はどういうゲームだったとか、誰とどんな話をしただとか。
「それで、猫がいて可愛かったんだ」
「へぇ……」
「な、もっと顔を見て話したい。扉、開けてくれないか?」
「……」
どのくらい経ったかは分からないが、ガンジは扉を開けた。服には吐いたものの汚れがあるし、顔もぐしゃぐしゃのままだったが、何よりナワーブの顔が見たかった。
開けてすぐナワーブの頭が見えた。ぎゅっと肩を掴み抱きつく。身長差があり、ガンジからはナワーブのつむじがちょうど見えた。包み込むように抱きしめ、ナワーブの匂いを嗅ぐ。何故だか甘い匂いがした。
ナワーブもぎこちなくガンジを抱き返した。
「……」
「少しだけ冷たいなお前は」
「さっきまで水に濡れてたから」
「そうか」
抱き合ってる間お互いに何も喋らなかった。ただガンジはナワーブの匂いを、ナワーブはガンジの心臓の音を聴いていた。
窓の外から朝日がはいる。今日もまたゲームに向かうのだろう。
部屋の隅でお互いに抱き合ったまま寝ている2人はそれを眺めていた。
愛というにはあまりにも拙い夜だった。