敗者、諦念コンクリートに倒れ空を仰ぐ。散々蹂躙された体は内も外もボロボロだ。鼻から喉に逆流した血が張り付く感覚。口の中も腫れて呼吸しづらい。
全身から伝達される痛みで、今の状況が現実であることを知覚する。目に映る空はどこか濁っていて。もうどうだっていい。
家はあった。クソだが。母親である女は自分で産みたくて産んだはずなのに構うのに飽きたら最低限のことだけ取り繕ってあとは放置。男を連れ込んでは見たくもねェもん見せつけられて、男に振られりゃまだガキの俺を殴った。何人目か、酷いときは男と一緒に俺を殴った。
姉貴もいたがこんな家族早々に見限ってほとんど家に帰ってこない。所詮あの女と同じってワケだ。……俺も同じか。
家はあっても居場所はなかった。同情なんていらねェ。金くれよなんてガキの頃再放送のドラマかなんかで見かけたセリフを言うつもりもねェ。俺は俺のやりたいように生きる。ただそれだけだ。善いも悪いも俺が決める。関係ねェんだよ、他人なんて。
人を殺した。あっちが襲ってくるから咄嗟にそいつの銃を奪って力任せに引き金を引いた。想像以上の反動に銃を取り落とすと、それと同時に人間だったものが崩れ落ちる音がした。弾は偶然相手のドタマをぶち抜いたようだ。
あんなおもちゃみたいな鉛玉で人は死ぬ。あっけなく。人間なんてそんなもんなんだ。
サツに見つかれば即座に豚箱行きだろう。
あっちが襲ってきたからやり返した、正当防衛だろ、なんで俺が悪者なんだよふざけんな。
銃を扱ったせいだ、手が痺れて震える。ダセェ、止まれよ。
銃は念のためマガジンを抜いた状態で懐にしまう。いつバレるか気が気じゃなかったが、あの日が夢だったかのように数日が過ぎた。
が、サツより早く、俺のことを嗅ぎつけたのは殺したあいつの仲間であろう野郎たちだった。
あいつの仇とリンチされる。やり返したいが数には対抗できずされるがままだった。殺しは日和ったのか、血反吐を吐きボロ雑巾のように這いつくばる俺を横目に、ほっときゃ死ぬだろととどめは刺さずにあいつらは去っていった。ド田舎で、昼間でも通行人はまばらな夜の路地で、俺はのざらしのまま動けない。
人生語れるほど生きてねェ。それなのに、たった一度発砲し偶然にも人を殺してしまっただけで人生詰むのかよ。明日俺が返ってこなくてもあの女は気にも止めないんだろうな。クソ、なんでこんな時に思い出すんだ、対して世話になってもねェのに。嫌いだ。俺だって物置同然の部屋に帰りたくもねェし。案外ムショの方が居心地よかったりして。バカかよ。
そうしているうちにも体は冷えて、震えるほど寒い。クソみてェな世界に別れを告げる時間か?……嫌だ、死にたくない、こんな暗くて寂しい場所で……いやだ、母さん……。
時々思う、生まれてこなきゃよかったって。何をやっても否定されてきた俺なんて。
地球が太陽の周りをまわってるとか何とか言ったら教会から糾弾されて、それでもその学説を撤回しなかった奴がいるらしい。周りから非難される中どうやって自分の意思を貫いたんだ、教えてくれよ。流された方がいいだろ、諦めた方が楽だろ。俺には到底できない所業だ。誰にも愛されずに生きてきた、気ままに生きていたいだけなのに。
死にかけの状況でも正義のヒーローなんて現れやしない。もう期待もしてないが。
不運だけが俺を見過ごさずに毎度毎度構ってきやがる。
もう、いいんだ。世界は俺を置いて進んでいく。勝手にしろよ。
……
…
いつの間にか気を失っていた。覚醒しても周囲の状況は変わらない。
でも生きている。呼吸は幾らか楽だが、全身が熱を持ち動くたび骨が軋む。おぼつかない手で身なりを整える。
どこからか抜いていたマガジンが転がり落ちてきた。
勝ちゃいいんだ勝ちゃ。
殺しあって死ななかった奴の方が偉い。
正しいことをしてても死んだら弱者、何も残らねェ。
生きるために手段は厭わない、邪魔する奴は全員消してやる。
こんな思いはもう二度と御免だからな。
俺の命を奪おうとした、俺の命を救った銃を、空に向け発砲する。手は震えない。
周りには誰もいない。ハリボテだらけの街。
俺が俺であることの証明。これからの、門出への切り火だ。