今夜、君は【ディアルシ】 打ちあがる花火の音を聞きながら、寄り添って見つめ合っていた。目元を少し染めたルシファーはいつにも増して美しく、離れがたい引力のようなものがあった。
「ディアボロ……もう、館に戻らないと……」
「ほんとうにそう思っているのなら、すぐにでも送らせるよ」
ソファの左端、ベッドに近い方の隅へとルシファーを追い詰めながらのセリフにしては、少し意地が悪かったかもしれない。けれど、抵抗する素振りも見せないルシファーだっていい勝負だと思う。
「明日は後夜祭だぞ。主役の君が朝寝顔では締まらないだろう?」
「それは……何かしらのお誘いだと思っていいのかな?」
「……そんなんじゃないが……」
グローブを脱がされ、そのまま手を握られて。それでも逃げるでもなく、視線を泳がせるだけのルシファーが可愛い。彼のことをずっと特別な目で見ていた自分には些か刺激が強すぎるかもしれない。
誕生日の夜にこうして傍で、息が触れるほど近くでルシファーを見つめている。こんなに幸せな誕生日があっていいのだろうかと、少し怖くなるくらいだ。
「ディアボロ、今年のプレゼントも気に入ってもらえたか?」
あからさまな話題逸らしも、チョイスがそれではあまり意味を成していないのではないだろうか。現にディアボロの恋心は燃え盛るばかりであった。
「君からもらえるものは何でもうれしいよ。いつも以上に私のことを考えて選んでくれたものなら、なおさらね」
「君は俺に対するハードルが低すぎるからな。毎年大変なんだぞ」
プレゼントを選んでいた時間を思い出しているのか、困ったような笑みを浮かべている。柳眉の下がり具合が可愛くて、もしもルシファーが自分の恋人だったならすぐさまキスをしていたと思う。親友以上に思われている自信はあるけれど、そこはまだ踏み込めていない領域だった。
できるなら今夜、その境界線を飛び越えたいと思っている。パーティーの合間、誰にも聞こえないように声を潜めて「今夜、私の部屋へ来てくれないか?」とルシファーへ告げたとき、戸惑いながらも頷いた彼の顔が頭から離れなかった。期待をしても致し方ない反応だったはずだ。
あのときのルシファーは、誤解を恐れずに言うならば「美味しそう」だった。食べられることをわかっていながらも、逃げられず震えるウサギのような──ああこんな、ルシファーに聞かれたら、きっと叱られる感想だろう。
「うれしいよ。君には大事なものがたくさんあるから……私が君の思考を独り占めにできたのなら、こんなに喜ばしいことはない」
「君は大袈裟だな」
ふっと笑うルシファーのくちびるはやわらかそうで、触れたくてたまらない。じっと見つめていると、ルシファーの目元はますます赤らんでいった。人間界で見たつやつやの林檎のようだった。
「大袈裟じゃない。君は私にとってそれくらい特別な存在なんだ」
「……俺こそだ、ディアボロ。去年よりは今年、昨日よりは今日、君のことをどんどん好きになってる自分に気づくんだ。おかしいだろう?」
「おかしくなんかない。うれしくてたまらないよ。それに、私もだよ。日ごとに君への思いが募るばかりで……」
空気が揺れて、濃くなった。握ったままのルシファーの手はじんわりとあたたかくて、いつもの少し冷えた体温が嘘のようだった。緊張しているのだろうか。そうであればいい。ずっとずっと、こうして熱を交わす触れ合いを望んでいたから。
「ルシファー。今日は私の誕生日なんだ」
「うん、そうだな」
「だから、君からもう一つプレゼントが欲しいんだ」
「なんだ?」
夜闇に鮮血を落としたような、不思議な色合いの瞳が潤んでいる。熱に浮かされたようなルシファーの頬にもう片方の手で触れた。こちらは手よりずっと熱い。この熱で秘密を溶かして、むさぼりたかった。
「君が欲しい」
真っすぐ見つめたまま口にした言葉は、やはりルシファーには予想の範囲内だったようだ。
「……ディアボロ。意味をわかって言っているのか?」
「もちろんだとも。それに、君の『寝不足顔では締まらない』ほどではないよ」
「それは、ほんとうにそういう意味じゃない……またどちらが樽を空にするか、なんて流れにならないようにと思って」
「私ではだめ?」
握った手を引き寄せ、指先に触れるようなキスをする。人差し指、親指、小指、中指……最後の薬指は、念入りにちゅうと音を立てて指先に吸いついた。ルシファーの顔はさらに赤くなっていた。
「私以上に君にふさわしい者がいるかい? ねえ、ルシファー」
「ディアボロ、待ってくれ」
「随分と待ったつもりだよ」
言い聞かせるようにそう言うと、ルシファーはぐっと押し黙ってしまった。少し性根の悪い言い方だっただろうか。自分たちの関係が進まなかったのは、何もルシファーのせいではないのに。
ディアボロの立場をディアボロ以上に気にするのがルシファーだ。そういうところも好きだから強引にものにしてしまいたくはなかった。でももう、これ以上あいまいなままでいるのも無理だ。
ルシファーのことが好きでたまらない。日ごと夜ごとに魅力を増していく彼を誰にもとられたくない。彼を手に入れたい。今夜はもう、返したくない。
「……私の手を取ってほしい。君の隣に立つのは、ずっとずっと私がいいんだ。お願いだよ、ルシファー」
薬指の付け根に口づけをして、懇願するようにそう打ち明ける。小さく息を飲む音が耳に届いた。ややあって、手を強く握り返された。
「……俺こそ、君の隣に立つのが俺じゃなくなるのは嫌だとずっと思っていたよ」
「ルシファー!」
ばっと顔を上げる。ルシファーと視線が絡まった。それが合図にするように、ゆっくりと顔を近づける。ソファの下に伸びた二つの影は、重なって一つの闇になっていた。
「……俺を欲しいと言ったな、ディアボロ」
「うん。欲しい。君が欲しいんだ、ルシファー」
「ぜんぶ君にやろう。だから、俺も君が欲しい。誕生日まで待てないから、前払いにしてくれると助かる」
「前払い! いいね、乗ったよ」
もう一度キスをして、ルシファーを抱き寄せる。このままベッドに連れて行って……でも先にシャワーを浴びたいだろうか……そう逡巡していたが、じっと見つめられていることに気づいて、声をかけた。
「どうかしたかい? 何か不安なことが……?」
「いや……君の髪が……」
「私の髪?」
何かついているのだろうかと、髪に手をやる。すると、ルシファーはくすっと笑ってこう言った。
「好きなんだ、君の髪。普段は芽吹く大地のような優しい色をしているのに、本来の姿になると赤みが増すだろう? いつも見惚れるんだ。俺の燻っていたものを燃やしてくれる炎のようで」
「……」
彼は、わかっているのだろうか。ディアボロの髪を見つめるその瞳がどれだけ甘くとろけているか。愛を吐露するその声がどんなに優しく響いているか。
「……君には敵わないなぁ……」
また一つ、ルシファーからもらった大切なものが増えてしまった。恋情がますます熟れていくのを感じながら、ディアボロはもう一度ルシファーにキスをする。そしてそのしなやかな体をベッドへ引きずり込むために、ルシファーの体に腕を回すのだった。
20211031