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    エノモト

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    エノモト

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    ネタ出し&短編練習として書いたSS③

    初稿:2021/04/01(1149文字・20分)
    加筆修正:2022/06/12

    ひなどり(鶴薬)本日も本丸は騒がしい。
    短刀たちが走り回って遊ぶ音。仲が悪いようでいいような者たちが言い争っている声。そこかしこから鮮やかな音がする。
    薬研の部屋は本丸の中でも随分と隅の方にあるので、その喧騒も少しだけ遠い。
    これくらいの音があった方が、作業にも読書にも集中出来るので良かった。
    入り口である障子には、離席中の木札を立て掛けている。
    薬研の部屋は診療室のように扱われる時があるので、念のため用意してあるものだった。
    たまにはいいだろうと、時折こうしてちょっとしたズルをしてひとり、作業に没頭するのだった。
    急患がいるようなら、周りの騒がしさですぐに気づく。生死に関わるものなら、そもそもここには来ずに、みな真っ先に審神者の元へ向かう。

    パラリとページを捲る。
    薬研は仲間たちと体を動かす方が性に合っている。だけど、時折こうしてひとりになることも同じだけ愛していた。
    「よっ、薬研」
    「…………」
    ──しかし、そんな薬研の『ズル』を、全く意に介さない者もいるのだった。
    それはもう、びっくりするほど普通に障子を開けて、普通に入ってきた男は、全く悪びれる様子もなく薬研の隣に座った。
    「札の文字が見えなかったか?」
    「だってきみ、いるじゃないか」
    「…………」
    そう言われると弱い。
    薬研は半目で目の前の男、鶴丸を見つめた。
    こちらの視線を一切気にすることなく、男は優しく微笑んだ。
    「きみ、本当に離席する時は誰かに言っておくだろう」
    …………だったらなおさら、入室を遠慮しそうなものなのだが。
    空気を読めないわけじゃない。わざと読まない男だった。
    常日頃、軽薄そうな態度で隠しながら、気遣いの鬼の様相を見せるのに。こと薬研に対しては随分と図々しかった。
    「俺はひとりで今、読書をしてるわけだ」
    「そのようだな」
    「何が言いたいかわかるよな」
    「『邪魔だ』?」
    「…………」
    つい、押し黙ってしまう。
    ここで邪魔と言えれば良かった。そうすれば、鶴丸だって無理に居着かない。強引ではあるが、引き際をわきまえている。
    邪魔なわけではない。ただ、困るのだ。
    「薬研、きみがそんなんだから俺みたいのにつけこまれるんだぜ?」
    「どういう意味だよ」
    「さて」
    おどけるように笑った鶴丸が、薬研の膝に頭を乗せてきた。
    「おい」
    「権限したての頃は、こうして寝つかせてくれたじゃないか」
    「いつの話だよ」
    「俺がひなどりだった頃の話だな」
    「ひなどり……」
    言わんとすることはわかるが、当時も今も身長は変わらない。鶴丸は、薬研よりも随分と大きいのでしっくり来ない。
    確かに、鶴丸の手を引いて、あれやこれやと面倒を見てやったのは事実だが。
    「重い」
    「ひなどりの心を盗んでおいて、それはひどいんじゃないか?」
    「…………」
    聞こえなかったふりをする。
    薬研は鶴丸との関係を進める気はない。薬研は、特別を作るはつもりはない。
    器用な刀ではないのを自覚している。かつての主たち。今の主。兄弟。仲間たち。それだけでももう、手がいっぱいだった。
    「どうしたら振り向いてくれる?」
    「諦めてくれ」
    「ここで邪魔と言ってくれれば、諦めよう」
    言えないとわかっていてそんなことを言われる。
    部屋の位置が、こんな隅でなければ良かった。木札を立てておかずに、入り口を開けておくべきだった。
    鶴丸以外であれを見て、入室する者はいない。
    薬研こそ、ひなどりのような心細さで鶴丸を見下ろすしかなかった。

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