骨(鶴薬)薬研の手首にはブレスレットが巻かれている。
白くて、何と言うか……そう、骨だ。骨に見える。
「化石だから、まぁ骨だな」
ワイシャツと手袋の間から、薬研の白い肌に被るように、チラチラとその骨が覗く。薬研が、ブレスレットをはめた方の手をヒラヒラと振った。
「1万年かかるそうだ」
「うん?」
「化石になるまで」
そんな豆知識を披露してくれたかと思えば、骨を指先で撫でつつ、『あれ?』という表情をしている。
「……いや、有史前か後か、だったか……?」
そう定義づけられたのが、もう1万年も前のことだった。
「ま、1万年前のものだから化石ってことでいいだろ」
「いいんじゃないか?」
もう決める者はいないのだから、自分たちで決めてしまって構わないだろう。
『主』という存在ですら、今やもう、システムと化していた。作った者がいなくなっても、歴史を守るというのは、何だか不思議な心地だ。
とはいえ、否やはない。悲観にも暮れていない。何だかんだと、今ですら楽しいのだった。
鶴丸は積極的に楽しみを見つける性質であったし、もう、刀の姿で大人しく収まるつもりもなかった。
「きみがそうして、肌身離さず身につけるのは珍しい。……何の化石だ?」
「鶴丸の」
「……ふむ」
『骨が残るものなのか』とは訊ねなかった。鶴丸は、骨として残ることを既に知っていたからだ。
薬研の手首ごと指で触れ、検分してみる。確かめようもない残骸であるので、何かを鶴丸に伝えてくることはなかった。
「もうこれだけしか残っていなかったし、あのまま置いておくのも忍びなくて」
1万年以上前に強襲されたという本丸。そこへと赴いたのはつい先日の話だった。
既に廃墟ではあったが、審神者の加護が未だ残っているのか、屋敷自体は思っていたより荒れていなかった。定期調査の任務である。要は、何度もどこかしらの調査隊が派遣されているはずの場所。
「今までよく見つからなかったもんだ」
「埋まっていたしな」
「……よく見つけたもんだ」
「呼ばれてな」
もう、欠片ほどの骨しか残っていなかったのに、それでもこの刀を呼んだのか。
その気持はわかるような気もする。自分も、呼んでしまいそうだ。例え最後の一欠片になっても。
特別責める気はない。化石も、薬研も。
だが、
「しまっときなさい」
「でも、鶴丸はしまわれるのあんまり好きじゃないだろ」
「きみの手に巻かれてるのを見るのも、あんまり好きじゃないな」
「可愛いこと言うじゃないか」
ふふ、と、笑った薬研が鶴丸の頭を撫でた。まるで幼子のような扱いだ。
「お前だって、俺の欠片持ってるだろ」
「……バレてたか」
「俺は懐でよしよしとされて嬉しいけどな」
鶴丸が、脱ぎ捨てた寝間着にソイツを忍ばせていたのも知っていたのか。
妬かれないことに少しの不満はあるにはあるが、これはもう感性の違いだろう。置いておけない、ひとりにしておけないという気持ちは一緒だった。
「まぁ、見せつけてやればいいか」
「コラ。昼間っからお前」
あからさまな含みを持たせて、薬研の腰に手を回し、よしよしと腹を撫でてやる。
そのまま、肋骨の感触を辿っていく。
手に馴染んで離れない、細いその体躯。
──それでも、何もかも、いつまでも残るものではない。
自分たちもいつどうなるとも知れない。
最後は薬研と一緒に埋めて欲しい。薬研とふたり、地中深く埋まって、星の最後を見届ける。
悪くない終わり方じゃないだろうか。