タイトル未定 一日が終わりを迎える頃、業平は一人自宅のリビングのソファにだらりと身体を預けていた。ソファの肘置きに左の肘をついて、右手にスマホを持っていた。スマホに開かれているSNSの画面は、業平の親指によって下へと流れていく。
ふと、ひとつの記事が目に止まった。プロステートチップ。尿道から挿入して直接前立腺を刺激することができる、最近出た新しいアダルトグッズらしい。
業平は興味を引かれ、記事に載っていたサイトを開いてみる。そのサイトの説明によると、チップは尿道の中に留置がしやすいように括れがあるらしい。加えて、ツイスト形状になっており、前立腺内で当たりが分散して快楽を与えるそうだ。この使い方、構造からして、男でも女のように精を出さずに絶頂を迎えることができるのだろう。
業平はどことなく冷ややかな目つきの、必要以上に口が達者な青年を思い浮かべた。その青年、道真とは身体を重ね、愛の言葉を囁き合う関係でもある。
道真は前立腺で感じることはできるものの、精を出さずに達したことはない。そもそも、性に疎い道真はこんなことは知らないだろう。
快楽を感じやすい道真に使ったらどうなるだろうか。
業平はネットショッピングのサイトを開くと、プロステートチップと入力する。すると色々な形状なチップが出てきた。振動するものもあるらしいが、最初は無難のもので良いだろう。業平はツイスト状のものを選ぶと購入ボタンをタップした。
口元が緩むのを止められなかった。
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朝の七時頃、リビングのソファに二人の姿はあった。ソファに深く腰掛け、うつらうつらとしている道真。そして、同じようにソファに腰掛け、長い足を組んで新聞を読んでいる業平。今から登校、出勤という様子には見えない。
それもそのはず、業平は溜まった有休消化の為、今日は出勤せず自宅で過ごす予定だった。けれど、大学生である道真は有休なんてある訳もなく。今日は平日、しかも何か大きな行事がある訳でもない。だというのに、道真はソファの肘置きに肘を乗せ、船を漕ぎ出した。
「道真、お前大学に行かなくて良いのか?」
その様子を横目で見ていた業平が、道真に問う。道真のことだ。成績は心配することはないだろうが、どうもサボり癖が強く、大学に行かずに自宅で本を読んでいたり、一人で勉強することが多いのだ。単位は足りるのだろうか、と思わずにはいられない。
「今日は行かなくても問題ありません」
業平の心配を他所に道真は答えた。相当眠気が強いのだろう。たどたどしい言い方だった。
「そうか」
「……あぁ、でも」
道真は眠たげな目を擦りながら、ソファの背もたれに預けていた身体を起こす。
「大学の教授に呼ばれているんでした……新しい資料本が届いたから貸してくれると…」
「なら行かなくてはならないだろう」
「……でも急がなくても良いと言っておられたので、十四時くらいに大学行けば問題ないでしょう」
「そう言って、お前はただ今寝たいだけだろう」
「…そうですね」
くぁ、と道真はあくびをする。瞼は重そうで今にも閉じてしまいそうだった。
「あなたが昨日の夜、なかなか寝かせてくれなかったから」
業平をチクリと刺すと道真はゆっくりと目を瞑った。
心当たりがある業平は、居た堪れなさを感じ苦笑いを零す。
「……昼ぐらいには起こしてやるから、寝てたら良い」
業平は並んで座っていたソファから立ち上がると、自分が座っていた位置を道真に譲り、ソファの上で横になるよう促す。
よほど眠たいらしい。道真はぼんやりとしたままソファに横になると再び目を閉じた。
業平は静かにリビングを出ると寝室へと向かった。そして、ベッドの上の毛布を取ると、リビングに戻り猫のように丸まっている道真の身体の上に毛布をかけた。
小さく道真の礼を言うような声が聞こえたが、もにゃもにゃとしており、よく聞き取れなかった。
くすり、と笑った業平はリビングの電気を消すと、音を立てぬよう普段自分一人の時に過ごす書斎に移動した。
❇︎
暗闇の中、何か高い音がした気がして、道真は引き戻されるかのように目を覚ました。横になっていた上体を起こして辺りを見渡すと、カーテンを越して陽の光がリビングに差し込み、部屋の中は眠る前よりずっと明るくなっていた。
寝起きで霞む目を擦っていると、ドアノブが回る音がした。そちらの方へ目を向けると、業平が小さな小包を持ってリビングへと入ってきた。
「目が覚めたか」
「……えぇ、たった今。インターホンでも鳴りました?何か高い音がした気がして」
「あぁ、荷物が届いたんだ。すまない、起こしてしまったか」
業平は手に待った、掌より一回り大きい直方体の小包を揺らしながら、道真が起きたことで半分スペースの空いたソファに座った。道真の背とソファに座った業平の肩が触れる。
小包の中からカサカサと音がする。どうやらその小包の中身は軽いらしい。
「いえ、これ以上寝てる訳にはいかないですし、丁度良かったです」
道真はそう言うと、自分の背面に座る業平にじとりとした視線を送った。
「それ、なんですか。また何か買ったんじゃないでしょうね…」
訝しげな道真の顔を見た業平はニヤリと笑った。
「御明察。流石だな、道真」
にんまりとした顔のまま、業平は小包を開けていく。
「プロステートチップというやつだ」
「プロステート……?何ですって?」
「プロステートチップだ」
小包の中から出てきたのは滅菌袋。その中には糸に繋がっている光沢のあるツイスト状のよく分からないものが入っていた。
「なんですか、それ……」
一目見ただけでは、それが何なのかは全く見当がつかない。道真は顎に手を添え、まじまじとそのプロステートチップとやらを見ていた。
「プロステートチップというのはな、尿道に入れて前立腺を直接刺激できる道具らしい。これを使うと射精せずに達することができるぞ」
「は?え?何です?」
不穏なことをつらつらと述べた業平はソファから立ち上がると、道真の両肩を押しソファにつける。何を言われたのか、何が起こっているのか、全くこの状況を理解していない道真は目を白黒とさせ、天井を背後にいやらしく笑う業平の顔を見つめていた。
「絶対気持ち良いと思うぞ」
「え、いや、ちょっと!?待っ、待ってください!」
早速、と道真のベルトに業平が手をかけた時、ようやく己の危機的状況に気づいたのか、道真は勢いよく身体を起こすと業平の手を掴んだ。
「嫌ですよ!そんなの使うなんて!」
「お前のために買ったんだぞ」
「そんなの頼んでないし、迷惑でしかありません!」
「気持ち良いのにか?」
「あなたが自分で使ったらいいじゃないですか!」
「私が使っているのを見たいのか?」
「違いますよ!そういうことを言っているんじゃありません!」
キーッと怒りながら、道真は業平の胸を押し自分から離す。けれど、道真にこの道具を使うと意気込んでいる業平がそんなことで怯む筈はなく。業平は逆に、自分の胸元を押している道真の手首を掴むとソファの座面に押しつけた。
再び道真の身体はソファへと沈み、視界は上を向く。
ぐっと業平の顔が鼻先が触れ合う程に近づいた。至近距離でじっと見つめられ、道真は息を飲み、じわじわと顔に熱を集めていく。
「道真」
眉を下げ、寂しげな業平の顔。その顔に道真は不本意にながらも、きゅっと胸が締め付けられると同時に、庇護欲が湧き上がる。
「ずっ……ずるいですよ…!その顔をすれば、私が何でも言うことをきくと思っているんでしょう!その手には乗りません!」
「……………確かにそうかもしれないな。お前の弱いところにつけ込んでいる」
業平はソファに押しつけている道真の手首から手を離すと、上体を起こした。すんなりと離れた業平に、道真は拍子抜けすると同時に胸がキリ、と痛んだ。業平の顔は、険しく、悲痛な面持ちで。拒絶されたと業平は受け止めたのかもしれないと思った。思わず罪悪感と焦燥で道真の胸がざわめく。
「ちょ、っと、業平さん…」
「道真なら、どんな私でも許してくれる…と甘えていたのかもしれないな。悪かった」
業平はそう言うと、俯き自嘲する。
「少し、頭を冷やしてくる」
ギシ…とソファを軋ませ、立ち上がった業平に道真の焦りは頂点を迎える。失言だったかと、先程の自分の発言を後悔していた。業平の今にも涙を零しそうな悲痛な顔は、道真の胸を切り裂くようだった。
道真は慌てて、足を踏み出そうとする業平の腕を掴むと、叫んだ。
「わっ、分かりましたよ!何ですか、それを入れたらいいんですか!?」
「え?」
振り向いた業平の視線の先には、顔を真っ赤に染めて怒鳴るように叫ぶ道真がいた。
「っ……い、入れても良いって言っているんです…!でも、少しだけですからね!!」
「…そうか」
業平はふっと笑みを零すと、機敏な動きでソファに座る道真の前に膝をつくと、ベルトのバックルをテキパキと外していく。
「ちょっ…!」
突然の業平の変化に、戸惑う道真をよそに、業平は滅菌された袋を開けると、プロステートチップを取り出した。
「挿れていいんだろう?男に二言はないよな、道真」
目の前で道具を揺らす業平の顔は、先ほどまでの、悲しげな顔は面影もなく、いやらしく不快な笑みだった。
「騙しましたね!!」
「お前はまだまだ青いな」
にやりと笑う業平に、道真はギリギリと唇を噛み締めた。
❇︎
承
とろりとした液体がカーテンから差し込む光を受け、てらてらと光っているのがひどく背徳感を感じる。日中からこんなことをしているなんて。
業平の手には滴るほど潤滑剤を纏ったプロステートチップ、そしてもう片方の手には、足を開いた業平の身体の前に座る道真の柔いままのものがあった。
あの後、なんともスムーズな動きで道真の下衣を抜き去った業平は、道真を抱えてソファに横向きに座り、今にもチップを道真のものの先に挿れようとしていた。
「……や、やっぱり嫌です」
道真の上ずった声と共に、腰を引いた道真の背が業平の腹が当たった。
「ここまできたのにか?」
「……怖い、です。だって、それを、その…先に、入れるんでしょう…?」
「そうだな」
「嫌です…!だってそんなの入る訳ない…」
尻すぼみになっていった道真の声は涙が滲み始めていた。
確かに指一本くらいの大きさだろうか。そのツイスト状のチップが、先の鈴口に入っていくとは俄に信じがたい。けれど、そこに入るからこそ、これは売ってあるのだ。
「大丈夫だ。痛くないようにやるから」
「でも…!」
「悪いようにはしない」
業平がふわりと微笑むと、道真はきゅっと口をつぐみ、怯えを顔に滲ませながらも小さく頷いた。
業平が鈴口へとチップを差し込むと、びくっと道真の身体が跳ね、後ろの業平に身体が当たった。業平はそんな道真の身体を後ろから抱き込み、囁く。
「大丈夫だ、道真」
小さく震えながらもコクコクと小さく頷く道真に、業平は唇を落としながら道真のものの裏筋を上から下へとなぞるように、入れたチップを指の腹で押し込んでいく。目的の場所を辿り着くよう、慎重に、優しく、押し続ける。
道真の息は忙しくなり、眉間にはぎゅっと皺が寄る。凄まじい異物感と共に恐怖が足元から這い上がってくるようだった。
「どうだ?何か感じるか?」
「………腹の中が、ぞ、ぞわぞわするような…」
「そうか……なら膀胱付近までは入ってるのか」
膀胱付近まで、その言葉に道真は胸に冷たい刃が刺し込んだ気がした。業平のチップを押す指は根本まで降りてきている。既にそんな奥深くまで、入っているのだ。
道真の奥歯が小さく震える。
「じゃあ道真、括約筋を締めてみてくれ」
「え……」
「お前にも協力してもらわないと、入るものも入らないぞ」
業平が後ろから顔を覗き込んだ道真の顔は蒼白だった。
道真がこの行為に不安と恐怖を感じていることは表情からも痛いほど分かり、業平の胸を締め付ける。けれど、ここまできたのならば道真が精を出さず女のように果てる姿が見たい。そのためにこれを買ったのだ。
「道真、大丈夫だ。怖くない」
背中を押すように言ってやると、道真は震える息を吐き出し、業平に背中を預けた。背中が業平の胸や腹に触れ、じんわりと熱が伝わってくると、僅かに不安も落ち着く気がした。
道真は口内に滲んだ唾を飲み込むと覚悟を決めて、いつも業平を受け入れる後孔を締める。それと同時に業平が外からチップを指で押すと、にゅるっとした感覚と共に、あれほど強かった異物感がふっと消えた。
「あっ……」
「お、入ったか?」
身体から力が抜けて、目を丸くしている道真を見て、業平は密かに胸を撫で下ろした。どうやら無事に入ったらしい。初めてではきちんと入れるのは難しいと聞いていたのだ。道真を何も傷つけることなく入ったことに安心した。
そして、これから道真がどう乱れていくかと、業平に自然と笑みが零れる。けれど、楽しむのは今からではないのだ。
「よし、それじゃあ、そろそろ大学に行くか」
「は!?」
業平の驚愕の言葉に、道真は目を剥いて勢いよく後ろを振り返った。
「大学に行く用事があるんだろう?」
「いや、そうですけど…!あなた何言ってるんですか!?こ、こんなものを入れたまま大学になんて行ける訳ないじゃないですか!」
「前立腺を気にしなければ、そんなに感じないんだろう?お前だって今、平然としている」
確かに業平の言う通り、道真は今自分の中にチップが入っているとは思えなかった。異物感も快感もないのだ。
最初、業平が精を出さずに達すると言っていたため、相当の覚悟をしていたのだが、拍子抜けするほど何も感じない。
「……振動する、とか言いませんよね」
「残念ながらそれは振動するやつじゃないんだ。今度そっちも買おうか?」
「結構です!!」
業平が悪戯めいた笑みを浮かべて言うと、道真は噛み付くように叫んだ。それに業平はくすくすと笑うと、道真の背中を軽く叩く。
「ほら、大学に行く準備をしろ。送ろう」
業平の言葉に道真は赤い顔でわなわなと震える。けれど、再度業平がほら、と促すと道真はしぶしぶながらも立ち上がり、床に散っていた下衣を身につけたのだった。
❇︎
大学に向けて業平がハンドルを握り、車を走らせて二、三分経った頃だろうか。よく覚えていないのだが、ともかく冬の凍てつく空気で冷えたエンジンが温まる前だった。助手席に座っていた道真に異変があった。
業平が運転しながら、ちらりと横を見ると、道真はシートに背を押しつけ固く目を瞑り、下腹を両手で押さえていた。
「道真?どうした?どこか痛むか?」
業平が問う。けれど、業平は知っている。道真の身体に何が起きているのかを。敢えて知らない振りをしているのだ。
業平の問いに返事をしない道真は呼吸を浅く、早くしていく。
もう一度名を呼ぶと、道真は今度は前に身体を倒し、シートベルトに妨げられながら、自分の身を守るかのように身体を丸める。その身体は小さく震えていた。
「と、とめてください…」
「とめる?何をだ?」
「車です…!」
キッと睨みつけるように業平の方を向いた道真の顔は、熱でもあるかのように上気し、瞳は水を張っていた。
見るからに悦に飲まれている様子だった。業平は昂る胸を感じつつも、あくまで冷静を装う。
「車を?今から大学に向かうんだろう。教授が待っているかもしれないんじゃないか?」
「いいから…っ、とめてください…!」
「分かった分かった。近くのコンビニでいいか?」
「もう…どこでもいいから、はやく…」
「なんだ、プロステートチップでも感じているのか?」
そうだと分かっている。車の振動でチップが前立腺を刺激しているのだろう。そんなのは、道真の表情を見たらすぐに分かる。
そして、業平は追い討ちとばかりに道真に『プロステートチップ』と言った。これで道真は、必死に気を逸らそうしてしていたチップを嫌でも意識することになるだろう。
予想通り、業平の言葉を聞いた道真の身体が大きく跳ねた。
「んんっ……は、ぁ……っ」
痙攣したようにびくびくと震える道真からは抑えきれない声が聞こえる。
業平は、その様子を見ると下唇を舐めた。そして、深く息を吐く。とりあえずは運転に集中しなくてはならない。
必死に意識を運転に向ける業平の横で、道真は喘ぎ混じりの荒い呼吸を繰り返していた。
けれど、業平の運転する車がコンビニに着く前だった。道真の蕩けた声と共に身体が大きく跳ねた。
突然のことに驚いた業平の身体がびくっと揺れる。けれどそれ以上に驚いていたのは道真自身らしく、道真は目を白黒させながら自分の身体を抱きしめていた。どうやら上手に精を出さずに果てたらしい。
けれど、道真を快楽へと誘ったチップは依然として道真の中にある。しかも、前立腺の中央に埋め込まれた歪な形をしたチップは前立腺を四方に刺激している。終わりのない絶頂から降りて来られないのだろう。道真は、助手席の前のダッシュボードに手をついて快楽に溺れていた。
「あっ…!っ、ふ……っ、ぅ、んっ」
必死に空いている手で口を押さえ、まろび出る声を耐える道真の姿は、業平の情欲をそそるものだった。ごくり、と業平の意思とは関係なく喉が上下した。
道真が顔を上げたのが横目で見えたと思ったら、道真は業平の大腿に爪を立てた。
「はやく、くる、まをとめて…!」
懇願する道真の頭を撫でて宥めつつ、業平はコンビニより近くにあるコインパーキングに車を停めた。
何の事故も無く停車することができたことを安堵しつつ、業平は道真に向き合う。
コインパーキングは殆ど車で埋まっているが、人気はない。業平が停めた場所も、道路や歩道からは離れた位置にある。そこまで人目を気にする必要はなかった。
「道真、大丈夫か?」
「やっ、だ…!これ、いやです…!ぬいて…!」
粘り気を増した唾液を舌に纏わせながら、おぼつかない舌づかいで道真は業平に懇願する。
「落ち着け、道真」
道真が快楽に溺れる姿はいつ見ても、眩暈がするほど淫らだ。業平は動きを制限するシートベルトを外し、運転席と助手席の間のギアを越して道真に手を伸ばす。痙攣する背に手が触れた途端、道真の身体が勢いよく反り返った。いつものように果てた後と同じで、少し触れるだけでも、性感帯を刺激させるような快感が走るのだろう。
業平は背に手を触れさせたまま、道真の方へ身を近づけると耳元で囁く。
「ゆっくり息を吐くんだ」
道真は、ゆらゆらと業平に悦で微睡んだ目を向けると、言われた通り、ゆっくりと震える息を吐き出していく。道真の身体が膨れ、そして縮む。それを何度か繰り返すと、道真の痙攣も徐々に治まっていく。
「そうだ、上手いぞ。いい子だ」
そう言うと、業平は道真に向かって優しく微笑みかけた。その笑みを目と鼻の先で受けた道真は、一瞬息を詰めすぐに俯いた。美しい笑みに暴れるように跳ねていた心臓が射抜かれた気がした。
業平はそんな道真の心情を知って知らずか、再び笑みを零すと道真に促す。
「道真、そのままチップから意識を逸らすんだ」
「……そ、逸らすって……」
こんな経験したことのない快楽を与えてくるものからどうやって気を逸らせばいいのか。
確かに最初にチップを入れた時は、そこまで快楽を感じなかった。いや、殆ど何も感じていなかった。けれど車の揺れでチップが震えたのか、小さく振動するそれに前立腺を刺激され、途端に腰に甘い痺れが広がった。後孔を慣らされる時とは比べものにならない、性感帯を直に刺激するそれは快楽の海へと引きずり込むようで。そんなものから意識を逸らすなどできるとは思えなかった。
「道真は今から大学に行くんだろう」
「そ、うですけど…」
「こんな状態では行けまい」
先程は自分が道真にチップを意識させたというのに、今は逸らそうとしているとは。
自分都合の良さについ笑みをこぼしてしまった。
業平は、車の運転席と助手席の窓を開けると、肌を刺すような冷たい風が車内を通った。道真が声を漏らしてしまうと最悪通行人に気づかれてしまう可能性があるも、冷たい風で熱くなった身体を冷やすのが手取り早いだろう。
身体の内から湧き上がるような熱を感じている道真とは違い、車の暖房のみで温もっていた業平の身体は、寒風によって急激に冷えた。ぶるり、と身体が震えたが業平が横を見ると、道真はシートに身体を任せて目を瞑り、身体を冷やしていた。ふぅふぅと道真の呼吸を繰り返す音が、窓の外の雑音に混じって聞こえていた。
それからどのくらい経ったろうか。カチャと無機質な音がした。ぼんやりと窓の外を眺めていた業平が目を向けると、道真がシートベルトを外し、足元に置いていた鞄に手を伸ばしていた。
「落ち着いたようだな」
「…なんとか」
道真は腕に巻かれている時計をチラリと見た。
「……ここから大学へは歩いて行きます」
「それがいいだろうな」
このパーキングから道真の通う大学へは歩いてる十分程度。再び車を走らせて先程のようなことになってはならない。道真の判断に異論はない。
「気をつけてな」
「はい」
「迎えは大学まで行こう」
車のドアを開けた道真に投げかけると、道真が振り返った。
「続きは家で」
業平がにこり、と笑いかけると、道真はぶわりと顔を染め、叩きつけるようにドアを閉めた。あまりにも幼い照れ隠しに業平は、吹き出した。
せっかく落ち着いたのだろうに、余計な一言だったか、と思いつつも、荒い足取りで離れていく道真の背を業平は目を眇めて見ていた。