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    熟成倉庫

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    終わり!
    ギリギリの書き納めでした。毎回同じような話を書いてるな〜って感じるので、来年はもうちょっとなんとかしたいです。参将も、終わらせたい。

    猫になる話3「司くん」

     オレが猫になってしまう理由を、類は探し当てたらしい。元々頭の出来がオレとは違うとしても、本人にわからない心の動きを解明してしまうなんて……いや、おそらくヒントは出ているのだろう。むしろ客観的に見た方がわかりやすいのかもしれない。

    「司くん?」

     そう考えるとオレ自身が猫化の原因にたどり着くのは時間がかかりそうだ。つまり猫になるピンチはこれからも起こるというわけで、対処法としては……何が原因かわからないから、どうにもできなくないか? 心の揺らぎをなくすため、心頭滅却するしかないのでは。

    「司くーん」

     まあ、精神集中も修行の一環だと思えばいいか。頭の中もすっきりするし、一石二鳥だな――。

    「仕方ないなあ……ふっ」
    「ぎゃーーーーー!!」

     ぞぞぞっと首筋に鳥肌が立って勢いよく跳び上がる。あー! ぞわぞわする!
     首を押さえて横を向くと、息を吹きかけた犯人がウィンクをかましてきた。かわい子ぶられると余計に腹が立つ。

    「この……! いきなり何をするんだ類!」
    「え~、だって司くんが僕を無視するから」
    「む……それはすまなかった」
    「素直だねえ」

     けらけらと笑った類は、そのままオレの机の上に視線を落とした。放課後の委員会活動に行った類を待つ間、自習として開いていた物理の教科書だ。決して補講ではなく自習。家だと誘惑が多くて捗らないからな。
     受験シーズンだからか、授業の終わった教室には自習している生徒がちらほらと残っていて、何人かがこちらに野次を飛ばしてきた。

    「ワンツー、イチャついてんじゃねーぞー」
    「そーだそーだ! つーか天馬の声びびった」
    「う……すまん。というかイチャついてるって何だ!」
    「そうだよ司くん、みんな勉強しているんだから静かにしないと」
    「お前が言うな!」

     がるると噛みついても類は涼しい顔で、どこ吹く風だ。とはいえ皆に迷惑をかけるのも本意でないし、大人しく黙っておく。類が戻って来たのだから一緒に帰宅してもいいのだが、切りのいいところまで終わらせたくて勉強の続行を伝えると、「かまわないよ」と快諾してもらえた。
     オレの勉強を見てくれるつもりだったのか、前の席に腰かけようとした類をクラスメイトが呼び止める。

    「神代ー。暇なら数学教えてよ」
    「ん? ああ、いいよ」

     座りかけた椅子を机に戻し、あっさりと別の席へ行ってしまう。ついつい類の後ろ姿を目で追ったが、あわてて視線を戻した。オレが残って勉強すると言ったのだから、集中せねば。
     ……とは思うものの、気になって仕方ない。さっきまで集中できていたのに、類の声が耳に入ってしまう。

    「そう……うんうん。君も真面目にやればできるじゃないか」
    「まあな……ってそれバカにしてる?」
    「フフ、そんなことはないとも」
    「くっそ、ぜってー見返してやる」

     ははは、という控えめながらも楽しそうな声。類がクラスメイトと仲良くしているのはすごく嬉しいことのはずなのに、手放しで喜べない。そもそもオレの勉強を見てくれようとしていたのに、とか、本当はすぐ一緒に帰ってショーの話をしたかったのに、とか。わがままな想いがぐるぐると胸の中を渦巻く。
     ……これじゃあ仲良しの友達を取られた子供と同じだ。猫になってしまうせいか、最近のオレは情緒が安定していない気がする。





     日課のトレーニングも入浴後のストレッチも終えて、ベッドの上でひたすらぼうっとする。あとは寝るだけなのに、とりとめのないことが頭の中を巡って寝付けない。いつでもぐっすりおやすみマンのオレにとっては珍事だ。

    「……よし」

     こういう時は無理に眠ろうとしないで気分転換をしよう。枕元に置いていたスマホを手に取り目当ての曲をタップすれば、静かなセカイが出迎えてくれた。電飾の光もいつもより落ち着いていて、でも寂しげな感じはしない。
     予想していた通り猫になっていたオレは、ちんまり短い足で歩きだした。ひとまず誰か探そう、とみゃあみゃあ鳴いていると、すぐに人影が見えてくる。

    「司くん、いらっしゃい」

     いつも不思議なのだが、カイトはどうやってオレが来るのを察知しているんだろう。差し出された手に飛び乗ると、危なげない手つきで抱えてくれる。

    「夜遅くに来るなんて珍しいね。眠れないのかな?」

     ああ、そうだ。カイトは何でもお見通しだな。
     セカイにいるバーチャルシンガーという不思議な存在だが、カイトの手は人間のように温かかった。優しい手つきは安心するし、落ち着いて過ごせる。それでも、オレの体は一向に戻る気配がなかった。

    「残念だけど、僕じゃ司くんを元に戻せないんだ。司くんもわかっているだろう?」
    「みぃ」

     カイトの腕の中、思い浮かべるのは類の顔だ。オレが猫になると必ずセカイにやってきて、大きな手で撫でてくれる。大事に抱えられた腕の中、何も難しいことは考えずに、ただひたすら甘えられる。
     そうやって類のことを思い出したら、今日も学校で一緒だったはずなのに、無性に会いたくなってしまった。会って、触れて、温もりを分けてほしい。でも、オレの都合でこんな時間に呼び出すのも迷惑じゃないか。
     そもそもなんで類なんだろう。オレの想いだかなんだか知らないが、もっと融通を利かせてくれたっていいだろうに。類ばかり頼って、あいつに要らない負担をかけている。

    「うーん……司くんはもっと素直になった方がいいと思うな」

     逡巡しているオレの様子を感じ取ったのか、カイトが微笑みながら背中を撫でてくる。素直に、とはどういう意味だろう。

    「司くんは頑張り屋さんで我慢強くて、とってもかっこいいけど……たまには肩の力を抜いて、わがままを言ってもいいんだよ」

     ……オレはオレの思うままにやっている。苦しいと思ったことはないのだが。

    「そうだね。でも君を大切に思っている人は、君に頼って欲しいと思っているんだよ」

     オレは言葉を発していないのに、カイトは言いたいことがわかっているかのように答える。いや、正真正銘わかっているみたいだ。
     不思議に思って見上げると、無機質なはずの青い瞳が温かな色を湛えていた。オレのことが大切だって伝わってくる……でも、どこか他人事のような話しぶり。

    「司くん」

     名前を呼ばれて、耳がひくりと反応した。目の前のカイトじゃない、甘いテノール――類!
     先程まで葛藤していたことなんて頭の片隅にポイだ。顔を見る前に身を翻して飛び移ると、危なげなく抱きとめてくれた。同じ人肌のはずなのに、なんで類の体温はこんなに気持ちいいんだろう。欲しかった温もりを与えられたことが嬉しくて、うにゃうにゃ鳴きながら体を擦りつけると、類の体が震えて振動が伝わってきた。こいつ、笑っているな。
     お仕置きとしてパンチを食らわせると、「フフ、ごめんね」という素直な謝罪とともに背中を撫でられる。ふん、許してやろう。

    「カイトさん、連絡してくれてありがとう」
    「約束だったからね。それに司くんの為でもあるし、こちらこそ感謝しているよ」

     頭上で何やら会話が聞こえるが、言葉として頭に入ってこない。それよりもこの腕の持ち主にオレの匂いをつけなければ。皆に優しい類だが、今はオレだけのものなのだから。
     カイトと話しているせいで留守になっている手をがっちり掴み、かじかじぺろぺろ。ちゃんとオレに集中しろっ、このっ。

    「いたた……ごめんよ司くん。撫でてあげるから離して欲しいな」

     困ったような声でお願いされても駄目だ。今日はこの手を好き勝手してやる。オレを放って他の奴の勉強を見た分、オレを構うんだぞ。オレはすごーく寂しかったんだからな。

    「フフ、かわいいねえ」

     理不尽なはずのオレの行為に甘い声。あ、と思った時には全身がとろけて、気づいたら元の姿に戻っていた。

    「おかえり司くん」
    「あ、ああ……」

     至近距離で、体を支えられながら、先程と変わらない優しい声。出鼻をくじかれたせいか、叫ぶこともできない。心臓がうるさいくらい跳ねて、真っ赤な顔を隠すために俯くしかなかった。
     オレは今、何をしていた。猫の姿とはいえ、仲間である類に甘え倒して……うおおおおお!

    「司くんも元に戻れたし、早く帰って休もうか。今日も勉強とトレーニングで疲れただろう?」
    「そ、そうだな……」

     オレを気遣う声が優しすぎて顔が上げられない。オレのためにありがとう、と感謝を伝えたいのに、どうしてか目の奥が熱くなって、口元が震える。というか、もう帰ってしまうのか。オレを撫でるためだけにセカイに来てくれたのか。

    「……また何かあったら、いつでも僕を頼ってね」

     ――あ。
     その言葉にハッとして顔を上げると、類は薄い色素の目を細め、口元に柔らかな笑みを浮かべていた。さっき見たカイトの瞳と似ていて、でも少し違う。

     促されてセカイから戻ってきても、類の表情が頭から離れなかった。かろうじておやすみは言えたけれど、すべてがあやふやで、自分の足で立っている感覚がない。眠れなくてセカイへ行ったはずなのに、ますます眠れなくなった気分だ。
     いったいオレはどうしたんだろう。





     昨夜のカイトと類の言葉がオレの頭を巡っている。
     頼ってほしい、と言ってくれたのは、類がオレを大切に思っているからだ。もちろんオレだって家族や仲間、友人を大切に思っているからこそ、困ったときは頼ってほしいと思う。
     でもカイトの言葉には何か別の意味が隠されているんだろうな。おそらく、オレが猫に変化するヒントが。うーむ……。

    「わからん! わからんぞー!」
    「ちょっと、うるさいんだけど。休憩中くらい音量調節したら?」
    「むっ」

     隣にいた寧々に窘められ、素直に口をつぐむ。頭がパンクしそうになって、ついつい口から漏れてしまったようだ。
     今日のオレ達はいつもの公園で練習中。月末に出張公演を行うためだ。近くで休憩していた類がくたくたになった台本を掲げながら肩を竦める。

    「過去に公演したことがある内容とはいえ、できればステージ上での練習を中心にしたいね」
    「でもワンダーステージは使えないし、そうなると……」

     途中で言葉を区切った寧々がオレに視線を向けてくる。言いたいことは非常にわかる。
     慶介さん達も融通を利かせてくれてはいるが、現在のワンダーステージは別のキャストが使用しているため、好き勝手に練習できるわけじゃない。だから、現在のオレ達が自由に使えるステージと言えばひとつしかないのだが。

    「司くん! 猫ちゃんになったらなでなでしてあげるから、セカイに行こうよ!」

     寧々が躊躇った提案を、えむは軽~く口にした。その善意百パーセントのオプションは要らないが、座長のオレがわがままを言うのはよろしくないだろう。「いいぞ」と頷くと、寧々がぱちぱちと目を瞬く。

    「司はいいの?」
    「たぶん今日は大丈夫だ。……きっと」
    「司くんにしては自信のない返事だねえ」
    「あたし達みんなでなでなでするから大丈夫だよ?」
    「……厚意だけはありがたく受け取っておこう」

     えむの気遣いは嬉しいが、類じゃなきゃ駄目なんだ……と言うのも恥ずかしい。完全に詰んでいる。

    「司くんに関しては僕に考えがあるから任せてくれ。じゃあセカイに行ってステージを借りようか」
    「んん!?」

     聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするが、女子二人は素直にスマホを取り出している。類は何を考えているんだ。オレの猫化の原因がわかっているようだが、『任せてくれ』とは?
     類はスマホを手にすると微笑んで、もう片方の手でオレの頭を撫でた。は?
     光があふれ出し、セカイの地へ降り立つ。

    「は?」

     もう一度口に出してしまった。

    「ほら、大丈夫だっただろう? 猫にもなっていないし、耳も生えていない」

     類はなんてことない顔で言うと、スマホをポケットの中にしまった。えむと寧々は類の動作に気づかなかったようで、よかったね、と言ってくれる。

    「あ、でもでも猫ちゃんの司くんにも会いたかったな~」
    「うん。猫の方がうるさくなくてよかったかもね」
    「おい寧々!」

     寧々の減らず口に、これ幸いと反応してしまった。類の意味不明な動きに混乱し、まともに受け答えできる自信がなかったからだ。いったい何の意図があってあんなことをしたのか、聞きたいけれど皆の前では聞けない。ひとまず練習に専念するしかない、と類の顔も見ずにステージへ向かった。



     と、これで終わればよかったのだが、練習後にも一波乱起こった。類のスマホで来たから一緒に帰らねばならないのだが、至極自然にオレの頭を撫でようとしてきたのだ。

    「ちょっと待てーい!」

     類の手から逃れるため、勢いよく後退って吠える。そんなオレを不思議そうに見つめる類。

    「ツッコミ忘れていたが、何故頭を撫でる必要があるんだ!? オレは今何ともないんだぞ!?」
    「ああ、猫化のフラストレーションを下げようと思ったんだよ」

     なんだそれは。

    「撫でられることを目的として猫化していると仮定した場合、必ずしも猫の状態である必要はないだろう? つまり、人間の状態で撫でられた場合でも、君の撫でられたい欲は満たされると思うんだよ」
    「な、撫でられたいなどど、思っとらんわ!!」
    「まあ物は試しさ。現に今日は猫にならなかったんだから、試してみる価値はあると思うよ」
    「だからと言って今撫でる必要はないだろう! あっちに戻るだけなら猫にはならんぞ」
    「でも前に耳が生えてしまった時は現実世界でも影響があっただろう? セカイの力がどう働いているのかは未知数だし、念には念を入れといた方がいいんじゃないかな」
    「ぐぬぬ……」

     所詮オレが類に口で勝てるわけがないのだが、抵抗くらいはさせてほしい。だいたい何で類はそんなに乗り気なんだ、オレは嫌だと言っているのに……いや、仲間が猫になったら練習に支障が出るからか。そもそも類は優しいから、困っているオレを放っておけないんだろうな。
     オレの無言を了承と受け取った類が頭を撫でてスマホの音楽を止める。現実世界に帰ってきたが目線は変わらないし、頭上に耳が生えている感覚もない。類とひと悶着あったせいで、先に戻っていた寧々には遅いと小言を言われてしまった。もっともな指摘だが、オレにだっていろいろあるんだ……。





     ――自分の意思を強く持って流されなければよかったのか。あれ以来、類はオレの頭を何かと撫でまくってくる。セカイに行く行かないにかかわらず、例えば練習でいい動きができたとか、苦手な教科の問題が解けたとか、日常の些細なタイミングで撫でる。一応気をつかってくれてはいるようで、誰も見ていない場所でだが。
     オレも麻痺してしまったのか、抵抗する気が薄れてしまった。猫にならないに越したことはないよな、という具合である。由々しき事態だ。

    「今日も練習お疲れさま」

     夕暮れの公園はすぐに肌寒くなる。頭に置かれた手の温もりが気持ちよくて息を吐くと、類が静かに笑った気配がした。寧々とえむは少し離れたところで台本を手に話し合っているから、オレ達の動きには気づいていないはず。

    「ん……それにしても、こんな頻繁に撫でる必要はあるのか?」
    「どうかな。司くんが猫になりたいタイミングがわからないから、多すぎるくらいでちょうどいいと思ってるよ」
    「そうか……」

     ふわあ、とあくびをして目を半分閉じる。練習で疲れた体にこの温かさは溶けそうだ。眠たい……。
     同じように疲れているはずの類は上機嫌で、オレの頭を撫でながら「そういえば」と口にする。 

    「明日は練習も休みだから司くんに丸一日会わないね。大丈夫かな、撫でに行こうか?」
    「そこまでする必要はないだろう。せっかくの休みなんだからオレのことは気にせず体を休めてくれ」
    「……わかったよ。でも、何かあったらいつでも僕に連絡してね」

     こんなに類は心配性だっただろうか。今までのことを考えれば、たった一日や二日で猫になるわけがないのはわかりきったことだ。でも、気にかけてもらえるというのは、嬉しい……かもしれない。勝手に緩みそうになる頬を気合で抑え込む。
     オレの葛藤など知らない類は撫で終わって離れようとしたが、温もりが妙に名残惜しい。咄嗟に掴んだ手を再び頭上に戻し、自分から撫でられるみたいに頭を擦りつけると、類がぴしりと固まる。なんだ、いつも自分から撫でてくるくせに。

    「大丈夫だから心配するな!」

     心配する類へ捧ぐハイパーペガサススマイルだ! が、類は硬直を解くと肩を落とし、「はあ~~」という盛大なため息をついてくれた。なんだ、人の顔見て失礼な奴だな……と思いきや横からも大きなため息。寧々がえむの目を塞ぎながら「よそでやってくんない?」と顔を顰めている。
     ……日常的に撫でられすぎたせいで失態をかましたようだ。座長としてあるまじき醜態である。





     さて、今日は練習も個人的な予定もないため、丸一日休みである。日課のランニングと筋トレ、発声練習を終えても時間がたっぷりある。咲希はバンドの練習に行ってしまったし、母さんに家の手伝いを聞いても特に無し。皆の体調を考慮して休息宣言を出したものの、オレが一番暇を持て余している。

    「インプットも大事だし、映画でも見に行くか……」

     スマホでいつも通り履歴の一番上を――まてまて。ナチュラルに類の名前を押そうとした手を止める。ここで類に連絡なんかしたら、やっぱり一日も我慢できなかったと思われないか?

    「う~~~む……」

     映画案は却下だ、やめよう。別に他の友人を誘ったっていいのだが、類の顔が浮かんでは消えて、何をやっても集中できそうにない。手足が急にむずむずしてきた。

    「……セカイに行くか」

     このところ頻繁に通ってしまっているが、あちらなら誰かいるだろうし、くすぶった気持ちも紛れるだろう。いっそのことトレーニングするのもありかもしれない。
     思い立ってすぐにセカイへ行けば、幸いなことに人間の姿のままだ。まあ、あれだけ頻繁に撫でられればな、とまた類を思い出しそうになって頭を振る。

    「おーい、誰もいないのか?」

     カラフルなタイルを踏みながら辺りを見渡すが、誰の姿も見えない。珍しいこともあるものだ。最近はいつもカイトが出迎えてくれて、しばらくすると類も来てオレを撫でてくれて……って類は禁止だ! 思考に大いに問題有り!
     よーし、やはり心頭滅却法を試すのが一番である。走るか、と足を踏み出そうとしたとき、「ツカサク~ン!」とかわいらしい声が背後から聞こえてきた。振り返ると風船を背負ったふわふわのぬいぐるみが宙に浮かんでいる。

    「おお、咲希のぬいぐるみか。元気にしていたか?」
    「ウン!」

     ふわふわぽよん、と胸に飛び込んできたうさぎを受け止めて撫でてやれば、嬉しそうにふふふと笑う。

    「ワーイ、ツカサクンのナデナデ、大好キ!」
    「はは、お前達は撫でられるのが好きだなあ。ぬいぐるみだからか?」
    「ウウン、ツカサクンが大好キダカラ、大好キナノ!」
    「ん?」

     ぬいぐるみの言い回しに首を傾げると、ふわふわの手を口元に当てながらオレを見上げてくる。きゅるん、と光を反射して輝くつぶらな瞳がオレの目を覗き込んだ。

    「大好キナ人にナデナデサレルト、体がポカポカ~ッテナッテ、トッテモフワフワスルノ。ダカラツカサクンのナデナデが大好キ!」
    「ぽかぽか……」

     ふむ? つい最近も、身に覚えがあったような、無いような。例えば類に撫でられた時とか……。

    「ツカサクン?」
    「んん!? いや、何でもないぞ。そうか、お前はなでなでが好きなんだな~」
    「ウン! ツカサクンと一緒!」
    「――ぐ、げほっ!」
    「ツ、ツカサクン!?」

     ゲホゲホと咳きこむオレを慌てて撫でてくれるが、原因を作ったのもこのぬいぐるみである。誰が、何と一緒だって? なでなでが好き? あらぬ疑いをかけられているようだ。

    「ダッテ、ルイクンにナデナデサレテルデショ?」
    「そ、それは不可抗力というやつだ! 猫になったオレを治すために仕方なくだな……」
    「フカコーリョク? ソレッテポカポカシナイ?」
    「ぽ、ぽかぽかは……するけどな」
    「ジャア大好キダネ!」
    「だ……っ」

     大好き、と言われると語弊があるような気がする。いや、咲希のぬいぐるみは『なでなで』が大好きと言いたいのであって、『類』が大好きだとは言っていない。いかん、変な勘違いをするところだったな。はっはっは。

    「ワーイ! ツカサクンはルイクンが大好キ~♪」
    「まてまてまてーーーい!!?」

     怪しい雲行きに、流石のオレも光速ツッコミせざるを得ない。このままふわふわ飛んで行って、セカイ中で歌いだしそうな雰囲気だった。
     顔を青くすればいいのか赤くすればいいのかわからないが、必死に咲希のぬいぐるみを腕の中に留める。ふわふわの肩を掴みながら言い聞かせるように口を開いた。

    「いいか、オレが類を大好きなどというのは誤解だ!」
    「エ……仲良シジャナイノ……?」
    「な、仲良しだぞ!? 仲はいいのだが、それとこれとは違ってだな……」
    「ラブラブ?」
    「どこで覚えたんだそんな言葉!!」

     予想外の単語に思わず頭を抱えるが、咲希のぬいぐるみは「キャーッ」と楽しそうに笑っている。なんだか恋バナに喜ぶ咲希とそっくりだ。ぬいぐるみは持ち主に似るのだろうか。
     よくわからない勘違いをしているみたいだが、オレが類を好きだなんてことはない。いや、もちろん仲間として、友人として好きなのは間違いないが、『大好き』などという甘くてふわふわしたものじゃないのだ。いくら類のことばかり考えて、一緒にいたいなんて思っていたとしても――。

    「ん?」

     かちん、と固まる。えーっと、オレの脳みそ、今何を考えた?

    「ツカサクン?」

     心配そうに首を傾けるぬいぐるみに、何故か類の顔が重なる。頼ってほしいと言われた時の、柔らかな眼差し。オレだけを見て、オレのために言ってくれた言葉。優しさでできたそれがあたたかくて、苦しくて。

    「へ?」

     急激に顔が熱くなる。全身が燃えたように火照って、頭がくらくらした。まるで全力疾走した後のように心臓が飛び跳ねている。
     ま、まて。これってよくない気がするぞ。類のことを思い出してドキドキするなんて、そんな、まさか。こんなの、どう考えたってオレが類のことを――。

    「大好キ?」
    「だっ……大好きじゃなーーーい!!」
    「ワーッ!? ツカサクン!」

     撤退だ撤退! 逃げたからって何が変わるわけでもないが、素早く現実世界に戻ったオレは自室のベッドに飛び込んで布団を被った。薄暗い中、ぎゅっと目を瞑る。
     心頭滅却だ、何も考えるなオレ、無だぞ無……。と必死に考えているのに、頭のそこかしこから類の顔がぽこぽこ浮かんでくる。目尻の下がった表情とか、柔らかく微笑む口元とか。それにプラスして、温かい手の平の感触とか、穏やかな低めの声とか。

    「うぐぅ~~~~~!!」

     大声を出しそうになって咄嗟に枕へ突っ伏す。ダメだ、類のことを考えないようにすればするほど、類のことばかり考えてしまう。こんなの、もう答えが出てるじゃないか。
     往生際悪くうんうん唸っていると、腰回りが急にきつくなる。嫌な予感に頭へ手を伸ばせば、ふにゃんと触り慣れた三角耳。かなりまずい。
     類を意識した直後に猫耳が生えるなんて、いったいどうすればいいんだ。このまま休み明けの学校まで誰にも見つからないはずがないから、類の手は絶対必要である。……ごろごろにゃんにゃん腹を出していた過去の自分が恨めしい。

    (む……待てよ?)

     そもそもこの猫化、もしかしなくても類のことが好きだからか!? 類を好きな限り治らないとしたら、一生この変身体質のままなのでは……。
     恐ろしい想像にぶるるっと体を震わせる。悪い方に考えるのはやめよう、まずは今生えている耳達を何とかするべきだ。となると、答えは一択なのだが。

    (うーむ……)

     ベッドから起き上がって部屋の中をぐるぐる歩き回る。連絡をしないと言い切った翌日に、こんな情けない姿を晒していいものか。せっかくの休日をつぶしてしまうのも申し訳ないし……。
     ぐだぐだ考え込んでいるオレの脳裏に、「いつでも僕を頼ってね」と微笑んだ優しい声が浮かぶ。オレは座長としてしっかりしなきゃいけないのに。……頼って、いいのだろうか、甘えてしまっても。
     数分悩みこんだが、どっちにしろ道は一つだ。メッセージアプリに一言叩き込むと、オレは再びセカイへと舞い戻った。





     数十分振りに訪れたセカイは、相も変わらず賑やかな色彩だった。咲希のぬいぐるみは姿が見えないから、どこかへ行ってしまったんだろう。急に帰ってしまったことを後で謝らないとな。

    「やあ司くん」
    「類」

     さほど時間を置かずに類もやって来た。オレのメッセージを読んですぐに来てくれたらしい。申し訳なさに視線が下がってしまう。

    「その……すまん、急に呼び出してしまって」
    「構わないよ、部屋で機械をいじっていただけだし。それに、頼ってほしいって言っただろう?」

     いつも通りの調子でそう言うと、類はちょいちょいと手招きしてきた。少し恥ずかしいがこちらが呼び出した身である。そろそろと近寄って遠慮がちに頭を差し出すと、慣れた温もりが触れる。

    「ねえ司くん。僕を頼ってくれてありがとう」
    「な……んで、お前が礼を言う側なんだ」
    「なんでだろうねえ」

     オレが聞いているのに、フフッと笑って躱される。いつも通り、類のなでなでは気持ちいいはずなのに、オレの体はカチコチだ。妙に意識してしまって強張っている。それに相手が気づかないわけもなく。

    「司くん? 何かあったのかな?」

     不思議そうな顔で覗き込まれるから、さっと目を逸らしてしまった。好きだってさっき気づいたばかりなんだぞ。というか今のオレ、猫化を戻すという名目で好きな相手に撫でてもらっている最低な奴では。

    「うう……」

     これ、類が知ったらショックを受けないか? 信用していた友人に実は好意を寄せられていたなんて、裏切られたと思うんじゃないか。オレの想いは抑えられているだろうか。
     隠さなくてはいけない。類を傷つけたいわけじゃないんだ。絶対に気づかれないように、類の優しさだけを受け取って、いつものように治してもらおう。
     好きでいる限り、ずっと嘘をつき続けて。

     ……類に、そんな不誠実なことをしていいのか。

    「――好きだ」

     あ、と思った時には口から零れていた。
     咄嗟に手で塞いでももう遅い。頭を撫でていた手は完全に止まっていて、後戻りができないことを告げていた。
     顔が上げられない。ぼやけた視界に、オレと類の足だけが映っている。全身がぐらぐらと熱くて、でも、血の気が引いたように体が震えた。手が冷たい。
     ステージ上ならいくらでも言葉が紡げるのに、今のオレは頭の中が真っ白だった。類の反応がわからない。拒絶するような奴じゃないが、中途半端な気持ちで受け入れる奴でもない。たぶん、オレを傷つけない言葉を探している。
     じっと黙ったオレの頭上で空気が揺らぎ、類が口を開く気配がした。

    「知ってるよ」

     …………。
     そうか、知っていたのか。

    「はあ!?」

     ばっと顔を上げると、類がにっこりと笑みを浮かべている。

    「し、しし、知ってるってどういうことだ!? オレの気持ちだぞ? オレだってさっき気づいたんだぞ!?」
    「あ、そうだったんだ」
    「質問に答えろ~!!」

     軽くかわされた返事に地団太を踏むと、類の笑い声が重なる。おい、笑い事じゃないんだぞ!?
     予想外の返答に先程までの緊張がどこかへ行ってしまったみたいだ。あんなに葛藤したというのに、いつも通りの類、いつも通りの空気。告白なんて無かったかのような雰囲気だ。

    (……誤魔化す気か、ばか類)

     それって結構傷つくぞ。現在進行形で困らせているオレが言えたことではないが。
     むくれたオレが口を引き結ぶと、笑い声を収めた類がそっと近づいて、オレの頬を両手で包んだ。その感触にまたもや緊張が舞い戻って顔が熱くなる。
     なんだお前、オレはさっき告白したんだぞ、思わせぶりな態度を取るんじゃない。だから猫も人間もお前のことを好きになるし、オレだって――。
     目の前にいる類はオレの胸中など知るわけもなく、じっとこちらを見つめている。いつもより少し色の濃い瞳。類は長く息を吐いた後、ゆっくり口を開いた。

    「好きな人のことだから、わかるよ」

     少し低めの甘い声に、じん、と頭が痺れる。……好き?

    「~~~~~!!?」
    「フフ、元気だねえ司くんは」
    「お、おまえ、すきって、どういう……」
    「恋人になりたいって意味の好きかな」
    「こ……」

     だ、ダメだ、もう何がなんだかわからない。キャパオーバーだ。類のせいでオレの頭が爆発してしまう。

    「お前、好きの意味わかっているのか?」
    「失礼だねえ。流石にわかるよ」
    「そんな素振り見せなかったじゃないか!」
    「そうかい? わかりやすかったと思うけどな。……いくらなんでも、ただの友人を撫でたりはしないよ」
    「そ、そうか……」

     待て、一旦整理させてくれ。オレは類が好きで、類もオレが好き。ということは、好き合っている者同士で撫でたり撫でられたりしていたわけか。感覚が麻痺していたが、考えてみるとすごいことをしていたんじゃないか? 羞恥で顔が焼けそうだ。

    「うぐぐぐぐ……」
    「司くんは愉快で飽きないねえ」
    「お前は……っ」
    「?」

     普段通りの飄々とした言い方が気に入らない。オレのことを好きだと言うが、オレの想いとは天と地ほどの差があるんじゃないかと思わされる。
     が、睨みつけた先にあった類の顔は初めて見るくらい赤く染まっていて、オレは拍子抜けしてしまった。なんだ、類の奴、カッコつけていただけか。
     オレという生き物は単純なもので、そんな類の様子を見たらあっという間に気分が上向いてしまった。先程とは違う熱が身体中を巡って火照っていく。……これは嬉しさだ。類がオレを好きだという実感が、じわじわと全身に伝わってむずむずして、口元に浮かぶ笑みを自分では制御できない。むふふ。

    「何やらご機嫌だねえ司くん。ともかく治さないといけないし、頭を撫でてもいいかい?」
    「いつも聞く前に撫でてただろうが」
    「フフ、そうなんだけどね」

     飄々と話していた類が視線を逸らし、口を噤む。いつも通りなようでいて、緊張しているのがまるわかりだ。あの類が! はは、かわいいところもあるじゃないか。
     目の前の人間が動揺していると自分は落ち着くものだ。ふふん、と胸を張ったオレは素直に頭を差し出した。

    「構わんぞ!」

     ふわふわの猫耳を大いに撫でるがいい。オレの言葉を素直に受け取った類は「ありがとう」と頭に手を置くと、てっぺんから後頭部へ、そうっと何度も撫でて、耳の辺りをこしょこしょとマッサージする。オレより少し低い手の温度。柔らかな手つきから類の優しさが痛いくらい伝わってきて……すごくわかりやすいのに、何でオレは類の――自分の気持ちに気づかなかったんだろう。
     やがて猫耳が消え、ぼうっとしたまま顔を上げれば、類とばっちり目が合ってしまった。目の前にいるから当然なんだが、やけに照れ臭くて意味も無く笑ってしまう。類も同じように照れ笑いするから、どうにもくすぐったい。

    (……そうか、オレ達、両想いってやつなのか)

     この気恥ずかしさも、いつかは慣れるだろうか。類と目を合わせるだけで顔が火照ってしまうのは少々気まずいから、無理矢理にでも慣れないと。
     内心でオレが決意を固めているというのに、頭から手を下ろした類が、今度はそっとオレの手を繋いだ。少しかさついた手のひらの感触に、またまた心臓が跳ねる。

    「うぐ……」
    「フフ。そんなに緊張しなくても、僕らは手を繋ぐどころか身体中撫で回した仲じゃないか」
    「まぎらわしい言い方をするな!」
    「あはは」

     いつも通りオレを揶揄った類は、すり、と手の甲を指で撫でた。オレの反応を楽しんでいるようでいて、類の指先は普段より冷たい。自分も緊張しているくせに。まあ、そういうところがこいつの良い所だよな。

    「……司くん、これからもよろしくね」
    「ああ、もちろんだ!」

     遠慮がちな手をオレの方からぎゅっと握り返すと、類の顔は嬉しそうにほころんだ。ふにゃん、と猫のような目が柔らかく緩む。それだけでオレの体はぽかぽか温かくなって――ああ、大好きだな、なんて素直に思えたんだ。

     さて、紆余曲折あったが猫化も治ったしハッピーエンド! 心なしかセカイの装飾もキラキラ輝いて見えるし、隣には恋人ほやほやの類がいる。これからはめくるめくときめきライフの始まりだ。





    「ぬおおおおおお!!」

     ――そうは問屋が卸さなかった。
     あの告白劇の数日後、当然のように飛び出してきた猫耳はオレを愕然とさせた。見慣れた三角耳に細長い尻尾。ああ、嘘だと言ってくれ。
     オレが絶望し、頭を押さえながら悶えているというのに、類はのほほんとした顔でクスクス笑っている。人の嘆いている様がそんなに楽しいか。オレの恋が成就したから、てっきり解決したかと思っていたのに……。

    「ふむ。想いが実れば猫化しなくなるというのは間違いないと思うよ」
    「じゃあなんで引っ込まないんだ!」
    「おとぎ話なら僕と司くんが結ばれてめでたしめでたしなんだけどねえ。つまり別の想いがあるってことじゃないかな」
    「別の? いったい何なんだ、類は知っているのか?」
    「おそらくだけどね。それは――」

     真剣な類の目に、ごくりと唾を飲む。そ、それは――?

    「――秘密だよ」
    「はあ!?」

     肩透かしを食らったせいで一気に力が抜ける。なんだこのデジャブは! だから本人であるオレに隠して何の意味があるというんだ。

    「司くんが知ったらきっと空回るだろうから、気にしなくていいよ。猫になっても僕がいるから大丈夫」
    「気にしない訳がないだろうが! 今までは何とかなっていたが、怪奇猫耳男としてスクープされてしまったらどうするんだ!」
    「あはは」
    「笑いごとではなーい!!」

     能天気な返事に思わず毛を逆立ててしまう。「シャーッ」という息も口から反射的に漏れ出るから、ますます猫に寄っているみたいだ。おい、オレは真剣に悩んでいるんだぞ、こら。
     不真面目な類へどつどつと頭突きをかましてやると、当の本人は「ごめんね」と軽く謝って頭を撫でてきた。ふん、簡単に機嫌を取ろうとしてもオレには効かないぞ……ごろごろごろ。

    (ぬぐぐぐ……)

     自分の体が憎い。慣らされまくったせいか、類のなでなでに弱すぎる。

    「んみゃ、に、類っ、なでて誤魔化そうとしても無駄だからなっ……ん~」
    「フフ、かわいい猫ちゃんだねえ」
    「んぐっ」

     か、かわいいってお前、今は猫じゃないぞ。お前と同じでかい男なんだが……まあ、類も混乱しているのかもしれない。愛らしい猫の時もあったしな、うん。
     そうやって自分を納得させるように頷くが、口元はムズムズしてニヤついてしまう。かわいいと言われて喜ぶなんて、この天馬司が……うぐぐ。
     オレが葛藤している間に猫耳はすっかり消え去っていたようで、それでも類はオレの頭をそっと撫でている。あの、きゅっと目を細めた、蕩けるような表情で。

    「司くんの想いについては後でちゃんと教えるから。もう少しだけ僕のネコくんでいてほしいな」
    「む……まあ、べつに……構わん」

     渋々了承すると、類は一層目尻を下げて嬉しそうに笑う。これは決して類のおねだりに絆されたわけでなく、その、オレにもメリットがあるからだ!
     はっきり言って、猫の姿で撫でられるのは気持ちがいい。それに、オレ本来の姿じゃないという免罪符のおかげで思いっきり甘えられる。本能のせいだという言い訳も効く。だからまあ……しばらくはいいよな。
     オレは自分自身を納得させると、猫だったら絶対に鳴っていただろう喉を押さえながら、ゆっくりと目を閉じた。



     ――今思うに、なんて楽観的な考えだろう。撫でてくれる類に合わせ、猫のふりをしてちょっぴり頭を擦り寄せているこの時のオレに言いたい。
     『類に甘えたくなると猫になる』という事実が判明した後、何年も猫化は治らない。どうにも恥ずかしくて、人間の姿のまま甘えられなかったからだ。
     結局、なんやかんやがありつつ辛抱強い類のおかげで同棲した数年後、猫化問題はようやく収束を迎えたのだった。
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    Replies from the creator

    buyo

    DOODLE悪魔×人間のるいつかさんです。
    今更?って感じですがエイプリルフールネタを擦ってます。
    まだ2024年だから許してください…。
    あと放置してる参将も許してください…脳内妄想で満足してしまって…。
    「約束したからな」と笑顔で彼は頷いた ただいま、とマンションのドアを開けてすぐに違和感。センサーで反応した温かな色味のライトはいつも通りだし、ダイニングキッチンへ続くドア越しに明かりが見えているということは、司くんは帰宅している。だというのに、玄関は静かなままだ。

    (えーっと……)

     疑問は残るけれど、とりあえず手を洗おう。鞄を廊下に置いて右手側にある洗面所へ向かい、石鹸で丁寧に両手を洗う。次はうがい。物音を立てているから僕の存在に気づいているはずなのに、大きな「おかえり」の声は聞こえてこない。
     ふーっと大きく息を吐いて鏡の前の自分に気合を入れると、リビングへ続くドアを静かに開けた。

    「ただいま~……」
    「……おかえり」

     普段と比べると大変に静かで元気のない返事だ。僕の恋人はむすっとした顔でソファに座っている。両手で抱えている星型のクッションは彼が実家から持ってきたお気に入りで、その黄色い星をむぎゅむぎゅと大きく歪ませながら「……類」と僕を呼んだ。
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