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    熟成倉庫

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    POIPOI 31

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    尻叩きに上げます。セカイの御都合パワーによって、猫になってしまう🌟くんの話です。
    秋頃に書いてたはずなのに、何故か全然終わらなくってぇ……。
    付き合ってない🎈🌟です。

    猫になる話1「みゃ~ん」
    「フフ。かわいいねえ」
    「みゃう、みゃ」

     骨ばった手で顎をくすぐられると、喉の奥が勝手にごろごろ音を鳴らす。背中に置かれた大きな手はオレの体をすっぽりと包み、温泉に浸かっているみたいにぽかぽかだ。
     乗せられている膝も適度な硬さがあっていい。ふふん、オレ専用の特別チェアに認定してやろう。気分が乗ったオレがふみふみ両手で捏ねてやると、頭上から笑い声がして体を転がされる。そのまま腹をわしわしなでなで。

    「ふみゃっ。みぃ~っ」
    「あ、男の子だったんだ」
    「ふぎゃっ!?」

     なんという破廉恥な発言! たとえ見てしまったとしても、そういうことは黙っているのが礼儀じゃないか!?
     バッと体を起き上がらせて姿勢を低くし、「シャーッ」と威嚇の声を上げる。オレは非常に怒ったぞ、ちょっとやそっとじゃ許さないんだぞ。

    「おや、怒ってしまったね。ごめんよ、許してほしいな」
    「……にゃ」
    「ありがとう。優しいね、君は」

     固く誓ったのも束の間、類に頭を撫でられるとあっという間に体がとろけて、喉を鳴らしてしまった。ふにゃん。いや、これは類のなでなでが凄腕過ぎるからであって、オレに落ち度は一片もない。
     オレが軟体動物のように溶けていると、両手で体を掬われ、そっと膝の上から降ろされてしまった。

    「さて。そろそろ戻らないと」

     ひとり言のように呟いた類は、「またね、ネコくん」と言って瞬く間にセカイから消えてしまう。人のいなくなったベンチをぼうっと見つめていると、いつの間にか自分の目線が高くなっていた。視線を落とせば、見慣れた人間の手。

    「……はあ」

     深いため息を吐いたオレは、いつものようにスマホの音楽を止め、現実世界へと戻って行った。





     オレ視点で描写すると、男子高校生が男子高校生に撫で回されているいかがわしい絵だが、決してそんなことはない。そもそも類は撫で繰り回している猫の正体に気づいていないのだ。
     あれは一週間ほど前のこと。ランチを済ませたオレと類が中庭のベンチに座っていたところ、一匹の猫がどこからともなく現れた。白地に茶色と黒のまだら模様。ふてぶてしい顔のそいつは「みゃお」と一声鳴くと、類の足元にすりすりと体を擦りつけてきた。

    「おや、野良猫かな」
    「それにしてはやけに懐いているな」
    「耳の先がカットされているから、地域猫だろうね。それで人馴れしているのかも」

     優しく笑った類が左手を差し出して近づけると、猫はふんふんと匂いを嗅いで顔を押し当てた。あとは類の撫でるがまま、手に足に自分の体を擦りつけている。

    「おおっ。すごいな類、もしやマタタビでも仕込んでいるのか?」
    「猫が喜ぶようなものは持っていないんだけれどねえ。人に甘えたい気分だったのかな?」

     ベンチに座ったまま上体を少し屈め、何度も優しく撫でる大きな手。まじまじと見比べるとオレより少し大きいかもしれない。そういえば類は頭を撫でるのが上手いとミク達に聞いたことがある。

    「司くんも触らせてもらうかい?」
    「……いや、オレはいい。後で手を洗っておくんだぞ」
    「わかっているよ」

     魅惑のテクニックにより撫でに撫でられた野良猫は、ぐでっと体を投げ出して類の手にじゃれている。それをまた嬉しそうに笑った類が構ってやっての繰り返し。オレは類に見せようと思っていた脚本ノートを鞄の中にしまうと、昼休みの間、一人と一匹の触れ合いを静かに見守ることになった。

     ――それで、この話は終わるはずだったのだ。





     自主練でもするか、とセカイへ降り立つと同時に、圧倒的な違和感。やけに地面が近くて空が遠い。おまけにアトラクションは巨大化し、草花がオレを覆うように茂っていた。

    (うおおおおおおーーー!?)

     何がどうなった!? と頭を抱えようとしたのに、両手を持ち上げられなくてくるりと前転してしまう。ぽよん、と跳ねる体。しかも叫ぼうとして気づいたが、声すら出ていない!
     どうしたんだオレ、いや、焦るなオレ、冷静になるんだオレ。ここはなんでもありのセカイ、どんな現象が起きたって不思議じゃない。周りが巨大化して自分の体もまともに動かせないなんて恐ろしいことも……あるのだろうか。ともかく、セカイの住人は大勢いるのだから、誰かがオレの異変に気付いてくれるに違いない。
     すーはーと深呼吸して精神の安定を図っていると、後方から足音が聞こえてきた。おお、助かったぞ――。

    「おや……ぬいぐるみくん、ではなさそうだね」

     巨人! ……じゃない、類だ。
     普段は少し高く感じるだけの身長だが、今の状況ではものすごい威圧感だ。ずん、とそびえ立つビルのような大きさである。なんというガリバー。

    「んみゃっ……にぃ~」

     んん~? 類に助けを求めようとしたが、オレの口から出たのは人の言葉じゃなかった。高くてかわいらしい、まるで小動物のような――。

    「へえ。セカイで動物を見たのは初めてだけれど……君は本物の猫なのかな。ね?」
    「!?」

     猫!? 猫って言ったか!? まさか……。
     類の言葉に愕然として、あわてて自分の両手を見る。丸い手を包む黄色味がかった茶色。ふわふわのふわふわだ。な、何ということか。

    「みゃ! みゃうん!?」
    「フフ。昼間の野良くんを思い出すねえ」
    「……み~」

     猫になってしまったなどという大問題を解決せねばならんのに、類の手が邪魔してくる。頭をなでなで顎をこちょこちょ、なるほど、これが魅惑のテクニックか。
     類の手でふにゃふにゃにされたオレは全身を投げ出し、もうどうにでもしてくれ状態だ。な、撫でるな、ふ、ふう~……もっとしろ……。

    「……えーっと……類くん?」

     オレが人の思考を投げ飛ばしそうになった時、新たな声が聞こえてきた。非常にまずい。

    「カイトさん、ちょうどよかった。新しい演出を試したくてセカイに来たんだけれど、少しステージを借りてもいいかな?」
    「もちろん構わないよ。それよりも……」

     言葉を切ったカイトが、何か言いたげにオレを見ている。オレ自身の姿じゃないとはいえ寝そべっただらしない姿を見せたくないのだが、類の手がそうさせてくれない。このテクニシャンめ、手を止めろっ。

    「ありがとうカイトさん。そうだ、この猫なんだけど」

     うわっ。
     だらけきった所を急に抱きかかえられ、思わず類にしがみついてしまった。目線が高くなって、類とカイトの顔がよく見える。

    「カイトさんは何か知っているかい? セカイでぬいぐるみじゃない動物なんて初めて見たよ」
    「うーん、僕も今知ったから何とも言えないけれど……」

     カイトが少し眉を下げながら微笑む。その困ったような笑顔に、あ、オレだってわかってるな、となんとなく気づいた。
     差し出されたカイトの両手に飛び込み、相手の胸にもふっと顔を押し付ける。背後で類が残念そうな声を出したが、カイトの腕の中はひどく安心した。少し語弊があるかもしれないが、遠い昔、父さんに抱っこしてもらった記憶を思い出す。

    「悪い異変ではないと思うよ。ここは司くんの想いのセカイだから、僕の方で少し調べてみるよ」
    「そうか、司くんの想い……。フフ、フフフ、後で僕も探索しようかな」

     不穏な笑い声に顔を向けると、瞳孔の開いた類が笑みを浮かべていた。流石に解剖されることはないだろうが、反射的に毛を逆立ててしまう怖さだ。

    「ああ、怯えないでくれよネコくん。司くんの想いを傷つけるようなことはしないさ」

     じゃあね、と背中を撫でられたオレは一瞬で蕩けてしまった。もはや悪魔の手と言えるだろう。
     そのまま歩き去って行く後ろ姿を見送っていると、カイトが腕の中のオレと目を合わせる。

    「それで――司くん、かわいらしい姿になってしまったね」

     やはりカイトは気づいていたか。オレの想いでできたセカイの住人だからなのかもしれない。とりあえず肯定の意味を込めて「にゃん」と鳴いておく。

    「初めて起こる現象だから確実なことは言えないけれど……ここは司くんの想いでできたセカイだから、きっと君が猫になりたいと思うようなきっかけがあったんじゃないかな?」
    「みう……?」
    「例えば今日は何かなかったかい?」

     きっかけと言われて思い出すことなど、昼休みの出来事しかない。
     ふらりと現れて類に撫でられ、気持ちよさそうにしていた野良猫。……実際に類の手は気持ちよかったし、ミク達が絶賛するのも頷ける。
     手の平の温かさや優しい手つきを思い出していると、全身がぽうっと熱を持ってきて、ふわふわして――。

     ぽんっ。

    「うおおおおおお!?」
    「っ!?」

     間抜けな効果音と共に体がぐんっと伸びあがった。と同時に、ごつんという鈍い音。頭を擦りながら前を見ると、カイトが顎を押さえながら悶絶している。

    「す、すまん!! カイトーーーー!!」
    「だ、大丈夫……。それよりも、司くんが元に戻れてよかったよ」
    「はっ! 本当だ!」

     視線を下げれば見慣れた両手、両足、鍛えられた体! 人の言葉をしゃべれることがこんなにも嬉しいなんて!
     オレが胸を撫で下ろしていると、復活したカイトが困ったような顔で笑っていた。

    「司くん、体に異常はないかい?」
    「ああ。しかしどうして猫になってしまったんだ……」
    「さっきも言ったけれど、猫になりたいと思うきっかけがあったんだと思うよ。心当たりはないかな?」
    「むう……昼間に猫を見た記憶はあるが、特に何かあったわけでもないしなあ」
    「なるほど」

     ふむふむと考え込むカイトにならってオレも再度考えてみるが、心当たりと呼べる物はまったくない。結局「特に異変がないなら気にしない方がいいかもね」というカイトの言葉に落ち着き、オレはもやもやするものを胸に抱えたまま現実世界へ戻ったのだった。





     ……ところが、である。
     天馬司猫化事件は一度で収束することなく、二度三度……もはや両手の指では足りなくなりそうなくらいに勃発していた。不思議なことに、セカイへ行くたびに猫化するわけでもないから、法則性を見出せないままでいる。
     しかし確実なことが一つだけあった。オレが猫になると必ずやって来る人間が一人いるのだ。

    「やあ」

     耳にすっと入ってくる涼やかな声。ともすれば威圧感のある高身長だが、小さな生き物を怯えさせないように屈んでくれることをオレは知っている。

    「な~ン」
    「こんにちは、ネコくん」

     差し出された手の中へ、助走をつけることなく飛び乗る。猫の体にも慣れたものだ。
     普段とは似ても似つかない姿とはいえ、同級生に抱っこされるのはどうなのか……とは思うものの、気が付くと体が動いてしまう。『気持ちいい手を持つ人間がいる、行け!』という本能まっしぐらな命令に従うしかない。
     何度も猫化を繰り返して少しわかったことは――非常に肯定しづらいが――類に撫でられると元に戻る、ということだ。カイトや他のバーチャルシンガー達にお願いしても何故か駄目だった。幸いな点は元に戻るまでタイムラグがあるおかげで、類に正体がバレていないことだけだ。
     というわけで、元に戻るために“仕方なく”今日も類に腹を見せているのである。

    「フフッ、ネコくんは今日もご機嫌だねえ」
    「みゅぅ~」

     ごろごろごろ、と自分の意思と関係ない音が喉から漏れるが、これも猫の本能のせい。オレの理性が働かなくても仕方ない。

    「……それにしても、いったい君はどこから来たんだろうね? セカイのみんなに聞いても、司くんの想いが関係してるとしか言われないし。司くんに聞いてもわからないって言われるし」

     そういえば類に色々聞かれた気がするような、しないような。しかし、本当にオレにも理由がわからないんだ。

    「無意識の欲求ってやつなのかな。今度司くんを誘って猫カフェでも行ってみようかな」

     んみゅ?
     類が何か言っているが頭の中に入って来ない。頭のてっぺんから爪先まで、もちもち揉まれてもはや液体だ。

    「フフ。かわいいね」

     蜂蜜をひと匙たらしたみたいな甘い声に、体中がシビビビビ、と痺れた後、じんわり温まっていく。はは、かわいいだなんて言われてしまった、ふふ、ふふふ……。
     花畑の中で日向ぼっこしているみたいに幸せの甘々だ。あったかくて本当に溶けてしまいそうなくらい。
     ……とまあ、こんな具合で猫生を謳歌していたせいで、オレは類の言葉をすっかり聞き逃していたのだ。





    「猫カフェ?」

     ランチ中に発された言葉に、オレは口に運ぼうとしていた唐揚げをストップさせた。食べながらしゃべるのは行儀が良くないので、一旦弁当箱の中に帰ってもらう。

    「ほら、セカイに猫が現れたって話しただろう? やっぱり司くんの想いに関係してるみたいだから、いっそのこと本物の猫と触れ合えば何かわかるんじゃないかと思って」
    「ふむ」
    「司くんは例のネコくんにまだ会えてないんだろう?」
    「ま、まあな……」

     類の言葉にぎこちなく頷く。嘘をつきなれていないせいか、自分の頬が引き攣っていないか心配だ。
     ――そう、オレはセカイでの猫化事件を類に伝えていない。だから類は猫の謎を解き明かすため、セカイの持ち主であるオレにアプローチをかけてきたのだろう。
     正直にオレが猫の正体なんだと言えばいいのだが、少し言い訳をさせてほしい。本物の猫のように鳴き、甘え、ごろごろにゃんにゃんした醜態を今更カミングアウトできるだろうか!? いや、できまい。
     猫になってもすぐに戻れるし、何より類に撫でられるのは心地よくて、ずるずると問題を先延ばしにしてしまった。後悔先に立たずである。

    「……し、しかし、やけに猫のことを気にするんだな」
    「セカイでの新しい発見だからね! ワクワクしないかい? しかも僕は何度も会っているのに、えむくんや寧々は会ったことがないと言うんだよ。何か法則性があるのかもしれない」
    「そ、そうか」

     新しいおもちゃを見つけた子供みたいな顔を横目で見ながら、オレは曖昧に頷いた。要はオレを使った実験である。それで類の気が済むのなら協力は惜しまないが、猫と触れ合うことが変化のトリガーだとはどうも思えない。
     とにもかくにも、いかにして類に悟られず猫化問題を解決するかが目下の課題だ。カイトに相談してみるか、と考えつつ唐揚げを頬張ると、楽しそうにしゃべっていた類の眉尻が下がった。こっそり狙っていたらしい。さっき一個やったばかりだろうが、偏食家の高身長め。
     オレは肉ばかり食べて成長した男を一瞥しつつ、体の健やかな成長を目指すため、よく噛んで飲み込んだ。
     今夜はセカイで緊急会議である。





     待ち合わせていたシブヤ駅から電車で移動し、少し歩いたところに目当てのビルはあった。コンクリートの階段を上りながら類の説明を聞く。

    「ここの三階が保護猫カフェなんだ。小さなお店だけど猫が人馴れしていて触れ合いやすいらしいよ」
    「へえ……色々調べてくれたんだな」
    「僕も門外漢だからね。司くんの猫欲が満たされるために調べたんだ」

     別にオレは求めていないと思うのだが、とりあえず礼を述べておいた。カイトに相談してもいつも通り、オレの想いが関係しているとしかわからなかったし、猫化の謎は深まるばかりだ。結局今日は類に誘われるがまま、こうやって猫カフェを訪れている。
     店の中へ入ると、受付でルールや料金体系の説明を受けてから手洗いを促された。類と順番に消毒を終えたら、いざ本番だ。

    「お、おお……」

     それほど広くない畳敷きの和室に、キャットタワーやクッションが点々と置かれている。どうやって使うのかわからないオブジェやおもちゃもちらほら。他にも数部屋あるらしいが、見える位置にいる猫達は離れたところでじっとしていた。
     部屋の入口で突っ立っていると類に誘導され、ひとまず手近なソファに腰を落ち着ける。

    「おや司くん、緊張しているのかい?」
    「む。まあ、動物園とは雰囲気が違うな。近所で散歩している犬とも違う。警戒されている、というのをビシビシ感じるというか」
    「基本的にあまり目を合わせない方がいいよ。威嚇されていると勘違いするから、少し視線を逸らせてあげて……あ、ほら」

     類と会話しているうちに、一匹の黒猫がゆったりと近づいてきた。ええと、目を合わさないようにするんだったな……。

    「好奇心旺盛な子なのかな。フフ、司くん、真上を見上げなくたっていいんだよ」
    「そ、そうなのだがな」

     意識しつつ意識しないというのはかなり難しい。
     正面に顔を戻すと、視界の端にいた黒猫が足音も立てずに近寄ってきて、類の足にすりっと体を押し当てた。そのまま額を擦りつけ、「みゃーお」という鳴き声まで。

    「す、すごいぞ類っ。やっぱり何か仕込んでいるのか?」
    「まさか。特別人懐っこい子なんじゃないかな」

     柔らかく笑った類は指を差し出し、耳の後ろをかりかりと掻いてやっている。目を細めた黒猫はすごく気持ちよさそうだ。というか気持ちいいことをオレは知っている。

    「ほら、司くんも撫でてみれば?」
    「う、うむ」

     促されて恐る恐る手を差し出せば、ふんふんと指先を嗅いだ後に顔を擦りつけられた。思ったより柔らかくて、ふわふわと言うよりすべすべの毛並みだ。

    「類っ、触れたぞ!」
    「うんうん、嬉しそうでよかったよ。やっぱり猫が触りたくてたまらなかったのかな?」
    「それはわからんが……」

     猫が触りたいならオレ自身が変化する必要はないだろう。とはいえ、知らない類に言っても仕方ない。

    「司くんの家は動物いないよね。飼いたいと思ったことは?」
    「まあ、咲希の体のことがあったからな。だが両親も咲希も動物は好きだから、これから飼い始めるのも有りかもしれん。オレも好きだしな」
    「それじゃあ僕が猫ロボットを作ろうか。司くんが鳴き声のサンプルデータを提供してくれればいつでも作れるよ」
    「何でオレの声の猫をオレがかわいがらねばならんのだ」
    「しかも今ならジェットエンジンを搭載して飛行機能も追加できるよ!」
    「もはや猫じゃないんだが!?」
    「飛ぶたびに司くんの悲鳴ボイス二十パターンがランダムで再生されるよ?」
    「ますます要らん!」

     人の悲鳴なぞいつの間に録音していたんだ。
     いい笑顔の類と押し問答している間も、黒猫は気にすることなく足元で体を投げ出している。柔らかな重みが足にかかって少しくすぐったい。あまり動物と触れ合ってこなかったが、結構癒される気がするな。
     はて……もしかして本当に猫不足が原因だったのだろうか? オレの内なる心が猫を飼いたいと切望して……?

    「おや」
    「む……なにぃ!?」

     オレが自身の内面を考察している間に、何故か類が猫まみれになっていた。膝の上、両脇、足元を数匹がうろうろ。皆甘えた声で体を擦りつけている。

    「い、いったい何があったんだ!? どうして急に!?」
    「何でだろうねえ。元から動物には好かれやすい方だけれど、こんなに集まるのは初めてだよ」

     フフフ、なんてのんきに笑っているが、他のお客さんがいたらクレームが来そうなくらいの猫ハーレムだ。なんだ、対猫のフェロモンでも飛ばしているのか、こいつは。
     オレがぽかんと見つめていると、類の膝上に乗っていた三毛猫がこちらに顔を向けた。じろじろとオレに目を合わせ、ふんっと鼻を鳴らすと、とびっきりの甘え声で類の気を引く。

    (…………は?)

     なんか……なんだ? 無性にこう……そう、腹が立つ。
     いや、「猫相手に何を?」という話なんだが――こいつは今、絶対にオレの顔を見て笑った。この男の膝は自分の物だと、羨ましいだろうと、勝者の笑みを浮かべてくつろいでいる。

    「フフ、困ったねえ」

     全っ然困っている風に聞こえないが!?
     オレが大声で突っ込みたいのを我慢しているのに、類は目尻を下げて三毛猫を構っている。頭をなでなで顎をこしょこしょ。類の手に気持ちよさそうな「なぁ~」という鳴き声を出して、体を思いっきり伸ばす三毛猫。自分も撫でてくれと擦り寄ってくるその他大勢。
     様子を見ていた店員さんの「すごいですね!? しかも女の子の猫ばかりですよ~」という言葉が、ますますムカつきを増加させる。人間だけでは飽き足らず、メス猫まで誑し込むのか、この男は。
     よくわからない怒りに支配されたオレは、足元に留まっていた黒猫をことさら丁寧に撫でた。よしよしいい子だなお前は、人を見る目があるなあ。





     宝石のようなきらめきと共にセカイへ降り立つと、もはや慣れきった四つ足になっていた。薄々予感していたから驚きはないが、胸の辺りがぐるぐるして落ち着かない。
     猫カフェを堪能……したかは疑問が残るものの、一時間ほど滞在した後にぶらぶらと遊んで、ついさっき家に帰ってきたところだ。退店するときに甘える猫を類から引きはがすというハプニングが起こり、それもオレの苛立ちを助長させていた。あれ以上店にいたら爆発していたかもしれない。
     困ったように笑う類の顔を思い出しながら、シャッシャッと地面を爪で掻いていると、聞き慣れた足音が聞こえてきた。

    「おやネコくん。今日もいるね」

     ゆったりとした足取りで、いつも通りの様子の類だ。猫カフェの効果を確認するため、早速セカイへ来たらしい。
     来ると思っていたからオレも来たわけだが、会わない方がよかったかもしれない。なんだかイライラする。少し距離があるのに、類から類以外の匂いがぷんぷんする。

    「うーん。司くん、猫カフェじゃ満足できなかったのかな。それとも他の理由があるのか……あれ、ネコくん?」

     いつもなら一目散に飛び掛かって甘え倒すのだが、今日は絶対に無理だ。だって臭すぎる。類の匂いはいい香りのはずなのに、今は気に入らない匂いがまとわりついて近寄れない。
     じっとしているオレに類が手を差し伸べるが、フシャーッと毛を逆立ててしまう。

    「どうしたんだろう。何か嫌われるようなことでもしたかな……」

     不思議そうな顔で首を傾げる類。
     この期に及んで何を惚けているのだろう。嫌われるようなことのオンパレードだったじゃないか!
     初対面の猫に擦り寄られまくって、「困ったな」なんて満更でもない顔で笑っていた。あまつさえ膝に乗せた猫を優しく撫でるなんて――オレの特等席だったのに!
     怒りをぶつけるように突進して、類の脛に頭突きしてやる。そのまましつこいくらいすりすりして、にゃごにゃご言って、オレの匂いに塗り替えてやった。ほんの一部分だけだが。
     戸惑いながら類が頭を撫でてくる。いつも通り気持ちいい……が、他の奴も撫でていたと思うとどうにもムカムカする。
     猫なら誰でもいいんだろう。この浮気者。

     ……浮気者!

    「浮気者ーーーー!!」
    「え!?」

     類はただ懐いてくる動物をかわいがっただけで、悪気がないってのはわかっていて……でも、今日は駄目だ。頭がぐるぐるして、類の顔がまともに見れない。あまりの怒りに目元が熱くなってくる。帰って冷静になった方がいい。

    「ち、ちょっと司くん、待って、え?」
    「もう知らん!」
    「いいから待ってくれ!」

     ぐい、と強く腕を引っ張られてたたらを踏む。オレが頭を冷やそうとしているのにどういう了見だ。引っ掻いてやろうかと思って振り返ると、黄色い目を真ん丸にした類がいる。ん? なんだか目線が高い。まじまじとオレを見た類は、驚いた表情のまま口を開いた。

    「司くん……もしかしなくても、猫の正体は君だったのかい……?」
    「何言って……ね、猫ぉ!?」

     あわてて自分の体を確認すると……本当だ、人間に戻っている!
     気づくと同時に、あれだけ鼻につく匂いも気にならなくなっていた。嗅覚も心も猫の感覚に引っ張られていたようだ。理性が戻ってきて嬉しい限りではあるのだが……。

    (……き、気まずい)

     先程の出来事はあまり詳細に覚えていないが、他の猫に嫉妬してカーッと頭が熱くなったことは覚えている。勢いに任せてよくないことを口走ったかもしれない。

    「じ、じゃあ、オレはこれで……」
    「このまま帰すわけがないだろう」

     だよなあ。

    「いや、オレにもよくわかっていないんだ! 気づいたらセカイに来ると猫になっていて、だからと言っていつも猫になってるわけでもなくてだな」
    「僕が猫のことを聞いた時に教えてくれればよかったじゃないか」
    「それはお前……い、言えるわけがないだろう」
    「……そうだねえ」

     恥ずかしさからオレが言い淀むと、類は眉尻を下げて笑った。類も類で、かわいがっていた猫がオレだとわかってショックを受けたのだろうか……なんかそれもイライラするな。

    「しかし司くん本人にも原因がわからないのか……。体調が悪かったりはしないんだよね?」
    「それは問題ないぞ」
    「ならよかった」

     ほっ、と安心したように微笑まれて、今度はムズムズして走り出したくなる。我ながら情緒がおかしいぞ。
     気を紛らわせるために手を握ったり開いたりしていると、類が「ううん」と唸った。

    「体調に影響がないのは喜ばしいけれど、何が原因なのかは調べないとね。司くんもセカイへ来る度に猫化したら大変だろう?」
    「まあ、そうだな。不便ではある」
    「ここに来ると変化するということは、やはりセカイに異変が起こっているのかな。セカイでの探索は必須として、司くんの想いが関わっているようだし、変化の度にヒアリングと対照実験を繰り返して……」
    「お、お手柔らかにな……」

     何かスイッチを入れてしまったみたいで、水を得た魚のように類がしゃべり倒す。ドン引きされなかったのはよかったが、類の実験に付き合わされるのは確定らしい。

    (ん……待てよ?)

     しゃべっている内容はいまいちわからないが、要約すると、実験のために類のそばにいろということらしい。……ふむ。
     実験では猫化しなくてはならないだろうから、きっとオレは類に甘えまくってしまう。でも嫌がっている様子はないし、類もそれは織り込み済みだろう。

    (……“あり”だな)

     大きくて温かな手を思い出す。そっと頭に触れて、優しく撫でる手つきも。ありもしない尻尾がピンと立つ感覚がした。
     類は知的好奇心を満たせるし、オレは猫化を満喫できるギブアンドテイクだ。正体がバレた恥ずかしさも忘れ、すっかり気分がよくなったオレは、二つ返事で類の提案に乗ったのだった。
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    Replies from the creator

    buyo

    DOODLE悪魔×人間のるいつかさんです。
    今更?って感じですがエイプリルフールネタを擦ってます。
    まだ2024年だから許してください…。
    あと放置してる参将も許してください…脳内妄想で満足してしまって…。
    「約束したからな」と笑顔で彼は頷いた ただいま、とマンションのドアを開けてすぐに違和感。センサーで反応した温かな色味のライトはいつも通りだし、ダイニングキッチンへ続くドア越しに明かりが見えているということは、司くんは帰宅している。だというのに、玄関は静かなままだ。

    (えーっと……)

     疑問は残るけれど、とりあえず手を洗おう。鞄を廊下に置いて右手側にある洗面所へ向かい、石鹸で丁寧に両手を洗う。次はうがい。物音を立てているから僕の存在に気づいているはずなのに、大きな「おかえり」の声は聞こえてこない。
     ふーっと大きく息を吐いて鏡の前の自分に気合を入れると、リビングへ続くドアを静かに開けた。

    「ただいま~……」
    「……おかえり」

     普段と比べると大変に静かで元気のない返事だ。僕の恋人はむすっとした顔でソファに座っている。両手で抱えている星型のクッションは彼が実家から持ってきたお気に入りで、その黄色い星をむぎゅむぎゅと大きく歪ませながら「……類」と僕を呼んだ。
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