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    熟成倉庫

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    前回の類視点後日談です。かっこいい類はいません。

    ミステイク・ジェットコースター!(後日談) 盛大な行き違いはあったものの無事に司くんとお付き合いすることになった僕は、現在誰もいなくなった放課後の教室で、逃げるように学級日誌へと視線を向けている旋毛を眺めていた。恋人ほやほやの司くんだ。静かな教室には彼の走らせるシャーペンの音だけが響いている。
     じっと見つめる視線に耐え切れなかったのか、司くんが顔を上げて口をもごもごさせた。かわいいけれど、だからこそ文句の一つも言いたくなる。

    「はあ。司くんってば、男の純情を弄ぶんだもんなあ」
    「人聞きの悪いことを言うな! 紛らわしいことを言ってしまったのは謝るが……」
    「本当に。心臓が止まりそうだったよ」
    「うう~すまん……」

     いつも自信満々に吊り上がっている眉がへなへなと萎れている。まあ、いじめるのはこれくらいにしておこう。結果的に恋人になれたのだからオッケーということで。



     先日、密かに想いを寄せていた司くんから『デート』に誘われた僕は、それはもう舞い上がった。浮かれまくって、昔馴染みの友人にデート服のアドバイスまで求めたほどだ。もちろん瑞希には大いに揶揄われたし、お礼としてカフェ代も支払った。
     そうして両思いだと思い込んでいた僕はデート当日に告白。彼と恋人になれた嬉しさを噛み締めて、ドキドキしながら眠りについた。翌日、別のドキドキを味わうことなど露知らず。

     あの時は本当に、目の前が真っ暗になったかと思った。

     放課後の屋上に呼び出されて、恋人っぽい触れ合いでもするのかとちょっと期待しながら向かえば、緊張した様子の司くんから放たれた『デート』の意味。友人間で、遊ぶこと。
     それを聞いた瞬間、ザアッと全身の血の気が引いた。立っていることすら危うかった。
     ということは、だ。僕は両思いだと勘違いした挙句に告白して、しかも即キスをかましたと言うわけだ。とんだ変態サイコ野郎だ。これで司くんと付き合えてなかったら、今頃世を儚んで特製ポップアップに身を任せていたかもしれない。大ショックを受けていた僕に司くんが逆告白をしてくれたおかげで、神代家の平和は保たれたのである。
     ちなみに面倒くさい彼女よろしく、意識すらしていなかった僕を好きになってくれた理由を彼に聞くと、「わからん!!」と一蹴されてしまった。少し残念ではあったけど、プルプル震えて頬を林檎みたいに染めた司くんを見られたので良しとしよう。

     それにしても、じゃああの思わせぶりな態度は一体何だったんだという話だ。やけに体をくっつけてくるし、デートに誘ったかと思えばお揃いの格好がどうのとか言うし。たぶらかすだけたぶらかしておいて、その気はありませんでした、なんて小悪魔が過ぎる。
     僕がまだ怒っているんじゃないか、と上目遣いで表情を窺う司くんに苦笑しつつ口を開いた。

    「どうして急にデートなんて言い出したんだい?」
    「その……類ともっと仲を深めるためにはデートがいいと、クラスのみんなからアドバイスを受けて……」
    「……通りで君のクラスメイト達から熱い視線を受けるわけだよ。何でそんな発想に?」
    「よくぞ聞いてくれた!」

     あ、またヘンテコなことを言うな、この流れ。

    「類とオレの仲がいいと、ファンが喜ぶんだ!」
    「うん?」
    「つまりだな――」

     滔々と自慢気に披露される司くんの大発見に、己の顔が引き攣っていくのがわかる。なるほど、変に鋭い勘がそんな所で発揮されるとは。観客の反応を敏感に察知して、楽しませよう、喜ばせようとパフォーマンスするのはいいことだが、斜め上方向に突き抜けている。
     あと司くんは気づいていないようだけれど、たぶん、彼女達はカッコよさ云々ではなく、僕と司くんが近しい関係にあると期待してはしゃいでいるのだと思う。ブロマンスなんて言葉があるくらいだし、男同士の親密さというのは人気の題材だ。その願望が事実かどうかはさておいて、空想に耽るのも楽しいのだろう。
     ……それが切っ掛けで付き合うことになったのだから、感謝すべきなんだろうか。

    「なるほどね」
    「類?」
    「ううん、何でもないよ」

     不思議そうに小首を傾げる司くんに向かってにっこりと微笑む。感謝の意を込めて、せっかくだから協力してあげようじゃないか。





     ワンダーステージでの定期公演終了後、いつものカーテンコール。
     観客の拍手に応えるように司くんが元気よく手を振っている。立ち位置は僕の隣。そういえばお付き合いを始めてから逆に身体的接触が減ったような気がする。僕も僕で慣らされてしまったのか、人ひとり分の間隔がちょっと寂しい。
     司くんの方からアクションを起こす気配が無いので、右手を伸ばして彼の腰へと回した。ぐっと抱き寄せれば、布地越しに伝わる体温。好きな人がぴたりと寄り添う感覚に気分としては叫び出したいくらいだが、散々くっつかれたおかげでポーカーフェイスならお手の物だ。
     途端、客席の一部から何とも言えない熱量が沸き起こる。……こういうことか。

    「る……!?」
    「しーっ。ほら、手を振って」

     ギョッとした司くんが僕の顔を振り仰ごうとしたので、ぐっと腕に力を込めて押しとどめた。もはや密着状態だ。すうっと深呼吸すれば、司くんのヘアオイルの香りと汗の匂いが混じって……うっ、我ながら墓穴を掘っている気がする。
     司くんも流石役者と言った所で、それ以降は当然のような顔をして歓声に応えていた。いや、目の端がちょっと赤かった。かわいいな。



    「類ー!! あれは何だ!?」

     更衣室に戻ってすぐに司くんのおっきいデシベルが炸裂。予想済みなので耳を塞いでいてもよかったのだが、そうするとプンプン怒って別の面倒くさいことになる。恋の贔屓目か、それもかわいく思えてしまうのだけど、揶揄いすぎるのもよくないだろう。
     甘んじて受け入れた僕は、じーんと痺れる耳を押しながら何でもないような顔で尋ねた。

    「あれってどれだい?」
    「あの、あんな、人前で破廉恥な!!」
    「破廉恥って……」

     君が興奮のまま抱き着いてきた時より、よっぽど表面積は少ないんだけれど。

    「女性客が多かったから、君の言うファンサービスとやらをしてみたんだよ」
    「ぐ……っ」

     言い返せない司くんの言葉が詰まる。これでちょっとは動揺しまくった僕の気持ちを味わってくれただろうか。子供っぽい仕返しだが。
     「うー」だの「あー」だの言って頭をかき混ぜていた司くんが、両手を上げて降参のポーズを取る。

    「オレが悪かった! だからもう禁止だ!」
    「フフ、でも期待してくれているお客さんもいるみたいだしねえ」
    「そ、うかもしれんが……や、やっぱり人前はダメだ!」

     司くんは一瞬納得したような顔をして、すぐに「ダメだダメだ」とぶんぶん首を振った。
     フフ、今までは何も気にせずに抱き着いてきたのに、恋人関係になった途端恥ずかしくなったらしい。僕だけじゃない、司くんも意識してくれてるんだって思うと、やっぱり嬉しいな。
     ――ところで、この言い分だと人前じゃなければいいってことになるのでは? なんて思いついてしまい、自分の唇がにんまりと吊り上がるのがわかる。

    「ふうん。じゃあ二人っきりならいいのかな。今とか」

     きっと顔を真っ赤にして破廉恥だって騒ぐに違いない。そしたら「ごめんよ」なんて謝って、頭を撫でるくらいは許してくれるだろうか。お互い恋愛初心者だから、ちょっとずつ触れ合うくらいがちょうどいいんだ――。

    「……い、いいぞ」

     小さな声。

    「え」

     聞き間違いかと思って司くんの顔を見ると、目を少し逸らして、でもどこか期待するようにチラチラとこちらを窺っている。
     よ、予想外だ。
     緊張にごくりと唾を飲む。これは、イチャイチャしてもいいってことだ……違わないよね?
     手汗でじっとりと湿った掌を衣装の裾で拭って、そのまま司くんへと伸ばして――そっと彼の手を握った。

     ……人前じゃ腰を抱けたのに、なんてヘタレだ。せっかく司くんから許可を貰えて、触り放題と言っても過言ではなかったのに。いや、これは流石に言い過ぎか。
     己の不甲斐なさに、しゅん、と肩を落とす僕を置いてきぼりにして、司くんは大層嬉しそうである。ふふっなんて小さな声で笑って、握り返すようにして僕の指をいじっている。あんまり無遠慮に触られると、何だかそわそわして落ち着かないから勘弁してほしいのだけど。
     はあ。まあ恋愛初心者で純粋培養な司くん相手なのだから、これくらいの歩みでいいのかもしれない。ポジティブに考えよう……僕の心の準備も必要だ。



     と、僕がゆっくり距離を縮めていこうと決意したのに、司くんは『二人きり=くっついていい』の図式が出来上がったのか、事あるごとに甘えてくるようになってしまった。今だってほら、学校の屋上で誰も人がいないとわかると、僕の隣にゼロ距離で座ってぴとりと体を預けてきた。フンフンなんて上機嫌な鼻歌つき。
     僕が全神経を体の左側面の温もりに集中させていることなど露知らず、彼はスマホをいじって「この振付がすごくカッコいいんだ」なんて動画を見せてくる。ふわりと香る司くんの匂い。彼も甘えている自覚はあるのか、照れたように少し頬を染めて。
     可愛さ余って憎さ百倍だ。
     いや、嬉しくないわけがない。あのしっかり者の司くんがこんな風に甘えてくれるなんて知らなかったから、すごく嬉しいし誇らしい。彼の拠り所になるような、信頼できる人物でありたいと常々思っていたのだ。……それはそうとして、僕の理性が前途多難である。

     せっかくお付き合いを始めたというのに、これでは迂闊に自宅へ呼べなくなってしまったじゃないか。この点に関して、僕は僕自身を信用していない。
     だと言うのに司くんの方が乗り気で大変困っている。オレの部屋は吹き抜けだから、類の部屋の方がゆっくり過ごせる、なんて言われてみろ。そのくせキスの一つでもしようものなら破廉恥だと大騒ぎなのだ。この小悪魔め。
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