仲間編 一日の終わりを告げるチャイムが鳴って、司は両手を前に出してぐぐっと体を伸ばした。そのまま机の上にぺたり。行儀は悪いが見逃してほしい。
クラスメイト達が一斉に椅子を引く音と、授業から解放されて浮ついた声が教室を賑わせる中、司は昨日の出来事を思い出していた。
――神代類。餓者髑髏を従えた男。
それ以外の情報は一切無い。強大な妖に慌てふためいた司と狐狸達が神代に宥められて落ち着いた頃には、天馬家の夕飯の時間が差し迫っていたせいだ。バタバタして連絡先を交わすことすら忘れてしまって、少々落ち込み中である。同年代で妖の存在が見える人間なんて、そうそういないのに。
「はあ~……」
らしくなく大きなため息を吐くと同時に、ポンッと二匹の獣が机の上に現れる。
『どうしたんですか主殿。ため息をつくと幸せが逃げるといつも自分で言っているじゃないですか』
『そうだそうだ。仕方ない、オレ達を撫でてもいいんだぞっ。癒されるぞっ』
「うーん……」
それって自分達が撫でてほしいだけだよな、とは思いつつ、顎下をうりうり、両手で顔をもちもち。あまりやりすぎると空気を揉んでいる不審者になりかねないので、両者とも三揉みしてから手を離した。
もっと撫でろと催促されるかと思ったが、二匹はくてんと体を倒してぴすぴす鼻を鳴らしている。無防備なヘソ天状態。そのかわいらしさに司の頬も自然と持ち上がって、なるほど、アニマルセラピーとしての効果はあったみたいだ。
(――よしっ)
考えていても始まらない。そもそも妖仲間を見つけたという点では収穫があったものの、問題の妖に関しては何の情報も得られなかったのだ。今日だって学校では体調不良者が出ているようだし、司がどうにかしなければ被害は大きくなる一方だろう。
通学鞄を背負い、力の抜けた獣達を腕に抱えて教室を出る。今日もこいつらに力を借りて地道に探すしかないな、と廊下へ足を進めた時だった。
「……おや」
「へ?」
隣の教室から出てきた男。ものすごく見覚えがある。すらりと背が高くて、藤色の髪を持つ、ブレザーの制服を着た優男。頭のてっぺんからつま先をじろじろ眺めてみても、見間違えようがない。昨日公園で出会った神代類だ。
びっくりして固まっていた司の様子を神代も同様にひとしきり眺めて、ふむ、とひとつ頷いた。
「天馬くん、中学生は高校の校舎に入ってきてはいけないよ」
「……?」
にこっと、悪びれなく放たれた一言に司の脳内が追い付かなかった。何を当たり前のことを。しかし、すぐに意味を理解して頭が沸騰する。
……こ、こいつ、人が気にしていることを!
何故神代がここにいるのか、なんてことはどうでもいい。疑問がすぽーんと頭の隅に放られて、司の体がわなわなと震える。
司はほんのちょっと、ほんのちょっぴり童顔なだけなのだ。この男のとてつもなく失礼な認識を、今すぐ正さねばならない。
「オレは高校生だーーー!!」
♢
ごめんごめん、と軽く謝ってくる男を半眼で睨みつけながら、司はじゅーっとパックジュースのストローを吸った。甘い果汁が喉を通っていく。謝罪に誠意は見られないが、お詫びのリンゴジュースは美味い。
放課後のせいだろうか、校舎一階にあるカフェスペースは少し薄暗く、司と神代以外の人影は無かった。
「まさか同い年だと思っていなかったんだよ。急に君が目の前に現れるから、びっくりしちゃって」
「ふん……まあオレもお前が噂の転校生だとは思っていなかったが」
「噂?」
ちう、と同じようにストローを咥えた神代が首を傾げる。隣にある自販機とほぼ変わらない背丈を眺めつつ、何だったか、と思い出そうとする。昨日、狐の耳を借りた時に聞こえてきた……ああ、「超イケメン」だ。
神代にそう伝えると、喜ぶこともせず「……へえ」とだけ言って頷いた。自分に関することなのに興味が薄そうだ。
「それにしても神代と同じ学校だとは思わなかったぞ。これも運命かもしれんな!」
「運命ねえ……何か安っぽい響きがするけど」
「そうか? 神代が転校してきた先に偶然妖の見えるオレがいるなんて、不思議な縁を感じるじゃないか」
せっかくだから仲良くしよう、と司が笑いかけると、神代はぱちぱちと目を瞬かせた後に「うん」と答えた。知らないものを目にした、子供みたいな顔。餓者髑髏を従えるほどの力を持ちながら、どうにも危うげな印象が消えない奴だ。
司は残りのジュースを吸いきってゴミ箱に入れると、「さあ行くぞ!」と声を張り上げた。善は急げ、だ。神代が不思議そうな顔でこちらを見る。
「行くってどこに?」
「昨日、人を害している妖を探していると言っただろう。放っておけば具合の悪い生徒達が増えるかもしれん。せっかくなら神代も手伝ってくれ!」
「……僕は遠慮しておくよ」
「何故だ?」
「何故って……」
気乗りしていない神代に疑問を投げると、困ったように視線を彷徨わせている。しばらく黙っていたが、司が引かないことを悟ると、大げさにため息を吐いた。
「逆にどうして君はそんなことをしているんだい? メリットは?」
「む、メリットか……考えたことが無いからわからんな。昨日も言っただろう、オレは自分のやりたいようにやるんだ。目の前で困っている人がいたら助けるだろう?」
「……それは」
神代は何か言葉を続けようとして、でも黙ったままだった。しばらく待ってみても口を開く様子が無い。まあ、司の言い分に納得してくれたのならそれでいい。放課後の時間というのは案外短いのだから、思い立ったらすぐに行動せねば。
司はぽんっと軽く神代の肩を叩くと、探索に繰り出すために昇降口へと足を進めた。
♢
手掛かりの無い妖を見つけるには、やはり地道に痕跡を探すしかない。いつも通り狸と体を同化させ、ふんふんと辺りの臭いを嗅ぐ。
妖力の強い場所。昨日はそれに従って神代の方へ引っ張られてしまったから、今日はそれ以外を見つけなければ。
さてさて、と目を閉じて集中したまま、微かな臭いに従って歩く。人に害を及ぼす妖の、饐えた気配。
(この臭い、だろうか……あっ、こっちの方がいい匂いだ。……違う違う、こっちの嫌な方だろうが……ふんふん……ふふ、甘くて気持ちいいな……)
「――むぎゅっ」
「……ちょっと」
「あれ?」
鼻の向くまま気の向くまま。大きな障害物にぶつかったと思ったら、何やら見覚えのあるネクタイの柄。眼鏡の鼻あてが食い込んで、ちょっと痛い。でもすっごくいい匂いだ。そのまま視線を上に向けると、神代が眉を下げてこちらを見下ろしていた。……はて?
「君、さっきから僕の周りをウロウロしてるんだけど」
「なぬ!?」
「そんなに臭うかな……」
シャワーは浴びてるんだけど、と神代が見当違いなことを言いつつジャケットの内側を嗅いだりしている横で、司は羞恥に悶えていた。ぽっぽっと自分の顔が熱くなっていくのを感じる。
――完璧に引っ張られた。追うべき臭いはわかっているはずなのに、神代の匂いにうっとりとしてしまうなんて。
うおお、と頭を抱えて悶えている司に不思議そうな顔を向けつつ、神代が「ねえ」と指をさす。
「その耳って、趣味?」
「違う!! ポンちゃんと混ざりきらないようにするためだと言っただろうが! 不可抗力だ!」
「フフ、そうだったね」
「むう……」
ケラケラと笑っている神代はさておき、気を取り直して嗅覚に集中する。そう、隣の蠱惑的な香りではなく、気の進まない、ちょっと嫌な臭いの方角へ。
ふんふん、と鼻をひくつかせる司が先導し、その後ろを神代が続く。学ランの裾からはみ出ていた尻尾に神代がちょっかいを出そうとして、狐に牽制されていた。司は背後のことなどこれっぽっちも気づいていなかったが。
昨日とまったく同じ道のりを歩く。スクランブル交差点を抜けたその先の、静かな公園。ぽつぽつと植えられた木々が寂しそうに葉を擦れ合わせる音だけが聞こえる。昨日と違うのは、すぐ隣に神代がいることのみ。呆然として辺りを見回す。
「何故だ? またここに来てしまったぞ」
「やはりね……」
「神代?」
その意味深な言葉は何なんだ、と司が神代に視線を向ければ、躊躇うように逸らされる視線。どうしたって司は引かないのだから、さっさと話せばいいものを。
神代が腰に手を当てて、諦めたように息を吐いた。
「……昨日、僕も件の妖を探していてね。気配を辿っているうちに、この公園で君と出会ったというわけさ」
「な、なんだと! 神代も事件の犯人を捜していたのか!」
驚きに思わず司の声が張る。昨日も今日も他人事のような口ぶりだったくせに、実際は司と同様に妖を捜していたらしい。こいつ、中々気持ちのいい奴じゃないか。司のことをお人好しだのなんだの言っていたが、神代だって似た者同士だ。
ぐん、と司の中の神代に対する好感度が上がって、思わず口元が緩んでしまう。仲間を見つけた気分だ。妖が見えて、しかも志まで一緒なんて。
じゃあ、皆を助けるために頑張らないとな、と司が声を弾ませた時だった。
「――違う」
固く、冷たい否定に驚いた司が顔を上げると、神代は眉を顰めてじっと一点を見つめていた。拒絶した空気に、同化を解いた狸と狐が緊張して姿勢を低くするのを手で制止する。ざわりと、公園の木々まで震えているかのような。
急にどうしたんだ、と神代の表情を窺うが、俯いているせいで顔に影がかかってよく見えない。
苛立ちの混ざった声色なのに――どこか哀しそうな感じがする。
「……違うって、何がだ?」
「僕は誰かを助けようなんて崇高な精神を持っていないってことだよ。君と違ってね」
「じゃあどうして妖を捜しているんだ」
「それは……妖が大嫌いだからさ」
吐き捨てるような声音だった。司が「嫌い……」と繰り返すと、神代は苦笑して足元に視線を落とした。毛を逆立てた狐と狸が司を守るように尻尾を揺らしている。
妖というのは無害な奴もいるが、無論、人に害を為す厄介な奴もいる。むしろいたずら好きでちょっかいを掛けるのが大好きな奴らだから、人間にとってはただの傍迷惑な存在でしかない。現に件の妖は大勢の生徒の体調を崩し、害悪となっている。
それでも――それでも、司にとって大多数の妖は気のいい友人達だった。楽しい思い出も愉快な思い出も、数え切れないくらいある。生まれた時からそばにいる狐と狸はその筆頭だ。まんまるふくふくの赤ん坊の頃からの遊び相手である。司を守ってくれる存在だから危害を加えないのだと言われればそれまでだが。それでも、他の妖とだっていい思い出はたくさんある。
だから、神代の言葉を理解しつつも、妙に寂しく思ってしまった。
「……神代は、昔から妖が見えたのか?」
「そうだね……物心ついた時には見えていたはずだよ。幼い頃は皆にも見えていると思っていてね、よく気味悪がられたものさ。君は?」
「オレは……そういう家系だからな。獣憑きなんだ。家族もこいつらを見ることができる」
「そっか」
あ、と思ってしまった。司の答えが、たぶん神代をがっかりさせてしまった。
神代は寂しそうに微笑むと、長身を屈ませて狐と狸に手を伸ばした。いつの間にか警戒を解いていた二匹は、ふんふんと神代の手を嗅いで柔く噛んでいる。くすぐったかったらしい、神代は小さく笑い声を零した。
「僕の両親は否定こそしなかったけど、たぶんイマジナリーフレンドとでも思っていたんじゃないかな。それでも十分すぎるくらいさ。周りの子供達は正直だったよ。類くんは嘘つきで気持ち悪いってね」
「……ずっと、そんな風に言われてきたのか」
「いいや、転機は十歳の頃だった。クラスメイト達が次々に原因不明の怪我をしてね。僕は妖の仕業だって気づいていたから皆に伝えたけれど、案の定嘘をつくなって怒られたんだ。そんな時――」
屈んでいた神代の背後が一瞬揺らめき、司は一瞬身を強張らせた。すぐに揺らぎは消え、何事も無かったかのように神代は獣達と戯れている。
「餓者髑髏が現れて、その妖を喰ったんだ」
「く、喰った……?」
「うん、頭からぱっくりと。それ以来何故か餓者髑髏に気に入られたみたいで、僕に憑いているんだ。頼んだ覚えはないんだけれど」
「そうだったのか……それで、事件は解決したんだな」
「まあね。僕が妖の話をした途端に怪異が止んだから、悪口どころか腫れもの扱いになったよ、はは」
「う……」
己を卑下するジョークに司が言葉を詰まらせると、何がおかしいのか、神代がますます楽しそうに笑い声を上げる。こういうところ、ひねくれ者な奴だとは思うが、司にはわからない孤独を送ってきたのだ。やむを得ないのかもしれない。
司も倣ってその場にしゃがみ込むと、神代はちらりと視線を向けただけで何も言わなかった。隣の男の手にじゃれついていた獣達はあっという間に司の手に気を取られて、早く撫でろと頭を押し付けてくる。隣の気配が、しゅん、と落ち込んだ気がした。
「……天馬くん、知ってるかい? 餓者髑髏は生者を食べるんだ」
「んな!? い、生きてる人間をか!?」
「うん。まあそんな奴が僕に憑いているなら、寧ろ好都合だと思ったんだよ。幸いなことに人間じゃなくて妖でも腹は満たせるみたいだから、飢えて悪さをしないように喰わせてる。僕の人生を滅茶苦茶にした妖達に、好き勝手させてやるもんか。……これが例の妖を捜している理由さ」
この答えでいいかい、と薄く微笑むその表情は、司にはやはり寂しそうに見えた。言葉とは裏腹に、淡い色の瞳に憎悪の影は感じられない。
……今だってほら、妖が嫌いだなんて言いながら、狐狸を撫でている司の手をじっと見ている。弱い獣達は今この瞬間、餓者髑髏に襲われれば一発でお陀仏だというのに。穏やかな目で。
それに――、と司は柔らかく目を細める。意識せずにふふっと笑い声が漏れた。
「天馬くん?」
「やっぱり、神代は優しい奴だ」
「え?」
「さっきは誰かを助けようなんて思ってないなどと言っていたが、結局悪い妖を退治して皆を助けようとしているじゃないか」
「っだから、それは……っ」
司の言葉に声を荒げ顔を歪ませた神代は、それでも立ち上がってその場を離れる動きを見せなかった。少し逸らされた淡い色の瞳の奥が揺れていて、司は何だか納得した気分だった。
神代を初めて見た時。寂れた公園にぽつりと立つ姿は、今にも消えてしまいそうな危うさを感じさせた。このままあの世とこの世の狭間に溶けて、形を失くしてしまいそうな。今ならその理由がわかる気がする。
きっと寂しかったんだ。親も友達も理解できない世界を、たった独りで生きてきたのだから。
……どれほどつらかっただろう。司には咲希が、両親がいてくれた。寂しさを分かち合えないと知った時の、傷ついた表情の神代を思い出す。
誰にも理解されない孤独を抱えて、柔い心を傷つけられてきたんだろう。でも、哀しいくらい優しい奴だから、今だって人間も妖も嫌いになれないでいる。繊細な心を隠しながら、自分を傷つけるようなことを言って。
(何かしてやれないだろうか……)
どうにかして、こいつを笑わせたい。ほんの少し、心を軽くするだけでもいい。神代は安っぽいだなんて鼻で笑っていたけれど、ここで神代と司が出会ったのはまさしく運命だと思うのだ。
司が足元を見つめながら考え込んでいると、狐狸達がどうしたの、とでも言うように手のにおいを嗅ぎまわる。生きていない存在のはずなのに、鼻息も当たるし、濡れた鼻の感触もある。それをじっと見つめる神代の視線も。
(そうだ。こういう時は……)
ひょい、と。司は狐の前足を借りて、もちっと神代の手に押し付けた。
どうだ、現実の犬と違って足を地面につけないから、ふわふわもちもちの肉球だ。咲希もあっという間に笑顔になる、最高のアニマルセラピーだぞ。
今度は狸の前足を掴んでぷにぷに。二匹とも大人しくされるままになっている。最初はポカンとしていた神代も、ふにふにと当てるうちに表情が柔らかくなって、仕舞いにはクスクスと笑い始めた。よしよし。
「神代。オレには一緒の世界を見てくれる人達が周りにいたから、お前がどれだけ大変な思いをしてきたのか、本当に理解することはできない。だから想像することしかできないが……どんなにつらくても人のことを思いやる気持ちを持てるのは、やっぱりお前が優しいからだと思うぞ」
「……だから、妖に好き勝手させないためにやってるだけで……」
「頑固者め」
いくら司が相手の優しさを説いても、頑なに否定される。
どうあっても認めない……というか、心を誤魔化しすぎて自分でも本音の出し方がわからないのかもしれない。一朝一夕で変わるような心理じゃないのだろう。
隣にいる神代の表情は、拒絶した声を出した時よりも柔らかく解れている。今はそれでいいのかもしれない。
「ふん、オレは会った時からわかっていたぞ。お前がいい奴だって、匂いでわかるんだ。ポンちゃんは優秀だからな! あ、もちろんコンちゃんも」
「……フフ。君が言うなら、そうなのかもね」
「おっ」
司の熱意か何かに根負けしたように神代は笑い、ひょいと狐と狸を腕に抱えると、そのまますくりと立ち上がった。急な展開に狐狸達が足をばたつかせている。
『何するんだ!』
『放しなさい!』
「まあまあ。いつもより視界が高くて見晴らしが良くないかい?」
『む』
『そう言われるとそうですねえ』
「おい! ちょっとしか変わらんだろうが!!」
高々十センチそこらの差じゃないか! と、たまらず立ち上がった司が抗議すれば、神代がクスクス笑いを零す。
すっかり警戒を解いた、というよりも寧ろ懐いた狐狸達は好き勝手に神代の頭に登り、高い高いとはしゃいでいる。こいつら、野生の獣より警戒心が薄くて心配だ。神代が「じゃあ餓者髑髏の頭に乗っけてもらうかい?」といたずらっぽく尋ねると、怯えたようにきゅうきゅう鳴いて尻尾を後ろ脚に挟み込む。神代がますます可笑しそうに笑った。
「こらっ、あんまりコンちゃんとポンちゃんを揶揄うんじゃない!」
「ごめんよ。……こうやって人と妖の話ができるなんて初めてだから、うん、少しはしゃいでいるのかもしれない」
「む……そうか」
「フフ、なんてね」
そう言って気障っぽくウインクをかましているが、耳の端がちょっと赤い。照れているみたいだ。目尻も下がっていて、初めて出会った頃と比べると、格段に柔らかな表情を浮かべて。
それを見たら、ぐーっと胸の奥が熱くなってしまった。司だって、こんな風に家族以外の人間と妖の話をするのは神代が初めてなのだ。そんな相手が妖のせいで笑顔を失っているなんて、哀しいじゃないか。
しかもあの餓者髑髏。神代はいまいち歓迎していない口振りで、獲物を与えなければと言っていたが……司はどうも餓者髑髏には違う理由があるような気がするのだ。神代に憑いた理由。少ししか邂逅していないけれど、そんなおどろおどろしい気配は感じなかった。表情の見えない妖だから、はっきりと伝えることはできないのだが。
コホン、と場を取りなすように司が咳ばらいをする。
「何はともあれ、オレ達は同じ志を持った仲間だということがわかった!」
「そうかな」
「そうだとも! オレも神代も、これ以上被害が出ないように妖を捕まえたい。ならば共闘あるのみ!」
「なるほど」
「ということでだ!」
バッと目の前に右手を差し出す。テンポよく相槌を打っていた神代はというと、目をぱちくりとさせて司の顔と差し出された手を交互に見ていた。意図が伝わらなかったのだろうか。
だらりと下がっていた神代の手を取る。ぴくりと震えた手は元々体温が低いのだろうか、司のものよりもひんやりしていた。
「改めてよろしくな、神代!」
ぎゅっと力を込めて握ると、月色の目が見開かれる。それから司よりも少し大きな手がおずおずと握り返してくれた。おっかなびっくり、といった感じで。あんまり優しい力だから、くすぐったいくらいだ。「……よろしくね」と返された声も相変わらず体の奥をくすぐられるような感じがするし、どうにも慣れない感覚である。
司は思わず首を竦めて、体のムズムズを誤魔化すようにもう一度右手に力を入れた。落ち着かないが、決して嫌ではない。これも神代と過ごす時間が増えれば自然と慣れるだろう。一緒に妖を探す仲間になったのだから。
握られた手からじんわりと温もりが伝わって、司の目が自然と細まる。神代が手を離す気配は無い。
手の平の温かさがどうにも心地よくて、司も、きっと神代も離し難かった。そうして、狐狸達が茶々を入れるまで無言で手を交わし合っていた、らしい。客観的に見ると少し恥ずかしい絵面である。おかげで今日も事件の収穫はゼロだったが、それ以上に強力な仲間に出会えたのだ。事件だってすぐに解決できるだろう。