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    熟成倉庫

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    ※派生※餓者髑髏×狐狸 前回の続きで終わり!
    軽いと思いますが虫描写あります。
    あと類司成立してません。消化不良…

    退治編 すぐに解決できる、と思っていたのだ。

    「まっっったく見つからんではないか!!」
    「そうだねえ」

     もはやお馴染みになってしまった公園で雄叫びを上げる司と、相槌を打つ神代、ちょこまかと足元をうろつく獣達。このやり取りもこの数日ですっかりお馴染みになりつつある。
     司も神代もこの公園が怪しいと踏んで周辺を探索しているのだが、尻尾すら掴ませてもらえない現状だ。元凶は確実にいるというのに。遠くから嘲笑われている気分である。
     公園のベンチに腰を下ろし、司はぐっと両手を天に伸ばした。ぽきぽきっと小さく骨が鳴る。抜けるような晴天。今日もあと少しで周囲が夕焼けに染まり、一日が終わってしまう。

    「はあ……こんなに用心深いとは。厄介な奴だな」
    「……そのことなんだけど」
    「なんだ?」

     数日過ごすうちにかなり打ち解けたと思われる神代が、言いづらそうに視線を逸らした。言いにくいこと……まだ司を信用しきれていないのだろうか。
     仕方ない、と肩を落とした司を見て、神代があわてて口を開く。

    「っいや、そういうのじゃなくて。見つからないのは、僕のせいかもしれない」
    「神代の?」
    「正確に言うと餓者髑髏かな。どうも他の妖達から恐れられているみたいで、気配を察して逃げられることが前にもあったんだ」

     だから、ごめん。と申し訳なさそうに言う。
     せっかくスラリとした体躯なのに、下がった肩を見るとどうにも落ち着かなくて、司は神代を指さした。

    「行け、コンちゃん、ポンちゃん!」
    『合点承知!』
    『とう!』
    「ええ!? ちょっと、わっ……くすぐったいってば……ふふっ」
    「ええい、理由はわかった! そうなると、別の方法を探さねばな……」

     神代を笑わせるのは狐狸達に任せて、司は考えを巡らせる。強大な力を持つ神代がいればかなり探索を有利に進められると思っていたのだが、逆にそれが仇となるとは。翻って司はと言うと、狐狸達に『妖怪ホイホイ』と言わしめるくらいには呼び寄せる、らしい。そう、いつも通り司一人なら――。
     神代に視線を戻すと、狐の尻尾で首をくすぐられ、狸の手で強制的に頬を持ち上げられている。……面白い絵面だ。

    「よし、囮作戦だ!」
    「囮?」
    「うむ! オレは天馬家でも特に獣憑きの血が濃いらしくてな、妖からすると美味そうな匂いがするらしい」
    『いい匂いがするだけで力はへっぽこなんです』
    『鴨がネギ背負ってケツ振ってるようなもんだ』
    「うるさいうるさーい!! ということで、オレが囮になって妖をおびき寄せる! 美味そうな匂いに食いついた所ですかさず神代が登場! 餓者髑髏に恐れをなして、妖も尻尾を巻いて逃げる! 完璧だ!」
    「うーん」

     完璧かなあ、と神代は首を捻っているが、これが一番手っ取り早くて確実な方法だろう。今のままでは妖の姿すら拝めないのだ。
     足元をうろついていた狐狸達を司がちょいちょいと手招きする。

    「物量作戦で行くぞ。お前達もオレに化けて囮役になってくれ」
    『りょーかい』

     お行儀のいい返事と共に、くるくるぽんっ。二匹がくるりと体を丸めて目の前が霞がかったかと思うと、目の前には司によく似た顔が二つ。
     狐狸達はその名の通り、人を化かすのが得意な妖だ。自身とかけ離れた大きさの物には変化できないが、主である司になら寸分違わず似せられる。制服は……少し着こなし方が違うが、彼らなりのファッション感覚があるらしい。
     司は己の右に狐、左に狸を従わせ、「どうだ!」と神代にポーズを決めた。続く狐狸達。トライアングルの綺麗なフォーメーションだ。目をぱちくりとさせていた神代は小さく拍手をしてくれた。

    「……驚いたよ、そっくりだね」
    「そうだろうそうだろう!」
    『そうでしょうそうでしょう!』
    『化けるのはオレ達の十八番だからな!』

     ハッハッハ! と三人分の司の笑い声が公園に響き渡る。ふんぞり返る仕草もそっくりで、傍から見れば異常な光景だろう。幸いなことに、狐狸達は具現化しない限り普通の人間には見えないため、声の大きな変人が騒いでいるようにしか見えないことだけが救いだ。

    「オレが三人いればいずれかには引っかかるだろう! お前達、匂いは大丈夫か?」
    『大丈夫だけど大丈夫じゃないな』
    『もう少し濃くしておきましょう』

     そう言うや否や、狸と狐が司に抱き着いて体を擦りつける。口振りからして司に甘えたいだけだ。狐狸達は獣の感覚でむぎゅむぎゅと体を押し付けてくるが、当の司はなんとも複雑な感情である。己の顔は好きな方だが、だからと言って同じ顔に囲まれて喜ぶような人間ではない。そして何とも言えない表情で視線を向けてくる神代。

    「お、お前達もういいだろう! さあ、囮作戦開始だ! 誰かしらに妖が引っ掛かったら、神代がズバッと来てくれればいい」
    「……それだけ?」
    「臨機応変に行こう!」

     相手がどんな妖なのかすらわからないのだ。司はそのまま公園を探索、狐狸達は公園を中心にして遠ざかるように範囲を広げていく。神代がいると妖が怖がってしまうので、公園から少し離れた場所で気配を窺う。決まっていることはそれだけだ。

    「よし、行くぞ!」
    『おー!』
    「ちょっと、連絡手段は……っ」

     神代が声を上げるが、目の前しか見ていない司と狐狸達は耳を貸さずに、風のように飛び出して行ってしまった。
     みるみる遠ざかる三つの背中を見つめながら、一人残った神代は深くため息をついたのだった。





     ――甘い、匂いがする。

     スラリとした立ち姿の少年だ。黒の着物に身を包み、俯き気味に、静かに歩いている。あれはガッコウとかいう場所で大勢の子供が着ていたものと同じだ。
     そう、ガッコウはいい。どういう訳か、喰いきれない程の餌が集まっていて、飢える心配がない。最近はどうにも体に力が入らず、常に腹が減っている状態だ。ここ数日もガッコウにいた幾人からか生気を吸ったおかげで何とか保っている。
     けれど。
     ああ、あの子供!
     体中の妖気がぎゅるぎゅると絞られ、涎が次から次へと湧き上がってくるほどの、あの、芳しさ。

     ああ、食べたい……。

     ここ最近は人間の血肉など喰っていなかったが、アレは別格だ。匂いで、感覚でわかる。少し痩せているが、あの柔らかな腕に牙を突き立てたら、どんなに力が漲るか。つぷりと薄い皮膚が裂けたら、とくとくと甘い血が流れるのだろう。肌を伝うそれを一滴残らず飲み干して、骨の一欠片だろうと余さず堪能したい。ああ。
     
     少年はゆっくりと歩いている。何も知らずに。
     こちらも背後からゆっくりゆっくり近づく。白い肌の柔らかさを想像して、己の興奮を高めるように忍び足で。あと少し、もう少し――。

    「――ヒッ」

     短い悲鳴。少年が気づいてしまった。妖の姿が見えるのか。
     ああでも、恐怖のせいか、振り返ったままピクリともしない。飴色の大きな目を見開いて、顔を青ざめさせて。金色に輝く髪の毛なんて、ひどく美味そうじゃないか。さあさあ食べてくださいと言わんばかりに。
     早く喰ってやらねば。
     顎を大きく開き、鋭く尖った牙を頭上に翳す。ぼたぼたと涎が垂れる。ああ、待ちきれない、待ちきれない――。

     ぼよよんっ。

    「な、なんだ!?」

     間抜けな音がしたかと思うと同時、放たれる眩い光。カッと焼けるように全ての目が白く眩む。
     痛い! 痛い! 何だ!?

    「ち、提灯お化け? いったい何故こんな妖が……じゃない、お前も逃げるぞ!」

     提灯お化け? そんな低俗な奴が食事の邪魔をしたというのか?
     ――おお、ようやく目が見えてきた。少年が提灯お化けを腕に抱え、背を向けている。必死に足を動かしているが、あんなちょこまかとした歩幅、こちらが脚を動かせばあっという間だ。
     八本の脚を動かして――また邪魔が入ったら面倒だ、爪で串刺しにしてしまおう――大きく振りかぶる。

    「見つけたよ」

     凍えるような声がした。





     天馬司の作戦は完璧だったのだ(と、本人は自負している)。
     己には妖に対抗できる力が無いことは重々承知していたため、瞬発力と脚力には大いに自信があった。これまでも妖絡みの事件に首を突っ込んでは、逃げるか話し合いかで切り抜けてきた実績がある。
     今回も大丈夫。逃げ足はピカイチだから、時間を稼げば神代が助けに来てくれる。

     と、思ったのに。

    (~~~~く、くくく蜘蛛ぉぉお!!??)

     背後から近づく気配を察して振り向いた先にいたのは、巨大な黒い物体。一瞬何が何なのか理解できなくて、顔に影がかかるほどの大きさに上を仰げば、鋭く尖った牙。全身にびっしり生えた黒い体毛。体に点々と連なった真っ赤な目と、にょきりと折れ曲がった脚、脚、脚――。

    (だ、ダメかもしれん……)

     気が遠くなりそうだ。むしろ気を失って目の前の悪夢から逃げたい。いやいや、気絶したらその後どうなるかなんて、火を見るより明らかだ。がちがちに硬直して動けない司の喉が、ひくりと音を立てる。
     そう、自称完璧の天馬司の弱点が――虫である。どうにも姿形が相容れない。生理的に受け付けない。己の見えない所で健やかに暮らし、一切姿を見せないでほしい。
     それくらい苦手なアレが、今にも目の前に、襲い掛からんとして。しかも、巨大。

    (――無理無理無理だ!! 無理すぎる!! だ、誰か……っ)

     混乱して、もはや涙目で何かに向かって懇願する。狐と狸を呼び寄せればいい話なのだが、そんな理性はこれっぽっちも残っていなかった。というか狐狸達だってこんな大物は歯が立たないのだから、呼ばれたとしても目くらまし程度しかできないだろう。
     巨大な蜘蛛が顎を開き、頭上から覆いかぶさるように迫ってくる。正に絶体絶命の司の脳裏に過ったのは、藤色の髪を持つ長身の男。

    (か、神代――!!)

     今現在最も頼りになる男への渾身の祈りが届いたのか否か。ぼよよん、とバネの跳ねるような愉快な音がしたかと思うと、眩しいくらいの閃光が目の前で炸裂し、咄嗟に腕で顔を覆う。瞼の裏が真っ白に焼き付いた。
     直接光を目にしなかったおかげですぐに視力は回復し、恐る恐る目を開くと――。

    「ち、提灯おばけ?」

     ほよよん、と、一抱え程の大きさのある提灯が。笑っているかのような大きな裂け目と、真ん丸の赤い一つ目を持ちながら、ふわふわと浮かんでいる。呼びもしていないのに唐突に。鬼火のような一つ目は怪しげな雰囲気を漂わせていたが、司は直感でわかった。助けてくれたのだ。
     蜘蛛は数多あるすべての目が眩んだのか、長い足をじたばたとさせて苦しみにのたうち回っている。
     ――呆けている場合じゃない。
     司は目に入れたくもないそれを一瞥すると、提灯お化けを腕に抱えて一目散に逃げだした。とりあえずできるだけ距離を置いて、逃げて、それから――そう、神代と合流せねば!
     柔らかな和紙の提灯お化けを潰さないように、優しく腕で支えながら、必死に足を動かす。どこに向かえばいいかなんてわからないが、とにかく時間を確保するのが最優先だ。公園の外へと目指す先を変える。
     はあっはあっという自分の息と、背後の蜘蛛が蠢きだす気配。恐怖に足がもつれそうになって、踏ん張ってなんとか耐える。息が荒い。こんな距離、いつもならなんてことないはずなのに、鼓動が痛いくらいバクバクと鳴っている。あともう少しで公園から出る。そしたら、早く、早く神代を見つけて。

    「――あ」

     いた。
     公園の入り口。不敵な笑みを浮かべた、長身の男。
     司の視線に気づいたのだろう、神代は安心させるように微笑むと、一瞬で冷たい眼差しを司の背後に向けた。空気が凍り付く。

    「――見つけた。出番だよ、餓者髑髏」

     ぞっとするような声音と共に、空間がぐにゃりと歪んだ。形容し難い色をした裂け目から、ずず、ずず、と体をこの世に滑り込ませた餓者髑髏が、虚ろな眼窩を蜘蛛へと向ける。怪しげに揺れる、獲物を追い詰める視線。
     蜘蛛はと言うと、巨大な体躯が嘘のように怯えていた。脚をわさわさと動かし、体を横へ後ろへずらそうとしては、餓者髑髏の言い知れないプレッシャーに押しつぶされて逃げることすらできない。
     両者の緊張感がひしひしと伝わってくる中で、司はごくりと唾を飲んだ。まるで蛇に睨まれた蛙だ。腕の中の提灯お化けが一種の救いのようで、抱きしめるように優しく抱え直す。とにかく神代と合流しよう。
     止まっていた足を動かすため、じゃり、と靴音を鳴らした時だった。

    「ひいぃぃ~~!?」

     大人しく縮こまっていたはずの蜘蛛が突如として脚を曲げ、びゅんっと司に向かって跳躍してくる。恐怖より食い気が勝ったらしい。
     驚異的な跳躍力で蜘蛛が空へと跳びあがる。司の顔に影がかかって、それがずんずんと大きくなっていくのを、呆然と見ることしかできない。体が縫い付けられたように動かなかった。

    「天馬くん!!」

     鋭い声にハッとする。神代だ。気づけばすぐそばまで駆け寄ってきていた神代が、勢いのまま司に覆い被さった。視界がブレザーのダークグレーでいっぱいになる。

    「お、おい、あぶな……っ、はなせ!」

     このままでは神代まで喰われてしまう……いや、潰れる方が先か。腕から逃れようと必死に藻掻くが、ビクともしない。なんて馬鹿力だろう。司と神代に挟まれた提灯お化けが『きゅうう~』と苦し気に鳴いた気がする。
     ダメだ、万事休す、南無三、と司が辞世の句でも詠むか考えが過った瞬間、どんっと何かが跳ね返る衝撃が伝わってきた。ただし、直接当たったわけじゃない。空気の振動で、何かが何かにぶつかったのだとわかるが……。
     いつの間にか強く瞑っていた目を恐る恐る開くと、自分と神代の周りを白い何かが取り囲んでいる。滑らかな質感の骨が等間隔に並び、それを更に守るべく覆っている巨大な骨の手――あばら骨の中か。餓者髑髏が身の内に入れて守ってくれたのだ。
     骨の内側にいるというおおよそ経験できないシチュエーションに、司は目をぱちぱちと瞬かせた。安堵に細く息が漏れる。

    「が、餓者髑髏か……」
    「上手くいったみたいでよかったよ。さて、逃げられる前に反撃だ」

     そう言いながら真っ直ぐ前を見る神代の目はぎらぎらと光っている。整った顔も相まって一層恐ろしい。ひとまず危機は脱したのだからと司が神代から離れようとするも、腰に回された腕に力を込められてしまった。

    「お、おい神代」
    「天馬くんを一人にするとこっちの心臓が足りないから、大人しくしといて」
    「は、反論はできんが、動きづらいし、こいつもつらそうだし……んぐっ」
    「いいから黙って」

     口を手で塞がれ、もごもごばたついている司を無視して、神代は目の前を見据える。弾き飛ばされた大蜘蛛は、餓者髑髏のもう片方の手で捕まえられていた。手の隙間から逃れようと、脚をわしゃわしゃと蠢かせて暴れる姿は、司が見たら悶絶ものだろう。

    「……餓者髑髏、好きにしろ」

     司を押さえつけている温かな手と真逆の冷たい声がすると同時、餓者髑髏が両手で蜘蛛を押し潰すように丸めていく。ぎゅうっぎゅうっと。直後に聞こえてくる悲鳴。
     大きな体を軋ませるミシミシという音に、司は神代の腕の中でガタガタと震えた。怖い。声にならない、悲痛な叫び声が餓者髑髏の手の中から聞こえてきて。頭の中がガンガンする。

    「か、かみしろ……」
    「同情する必要は無いよ。あいつは君を殺そうとしたんだ」
    「……で、でも、お前が……」
    「……僕が?」

     いたい、くるしい、たすけて。感情の波を受けやすい司の耳に、蜘蛛の声が響いてくる。単語のぶつ切りで、幼い子供のように訴えてくる声に、司は目をぎゅっと瞑った。
     ……それと同時に、隣にいる男の心も聞こえてくるような気がした。真っ直ぐに前を睨みつけながら、司を抱く腕には力が入り、強張っている。冷徹な眼差しを向ける、その瞳の奥が揺らいでいるような気がする――いや、司にはわかった。
     神代の言うことは最もだ。人の理を乱す妖は危険極まりない存在だ。自分達は人間で、そんな妖をのさばらせる訳にはいかないのだから。
     だが――それがどんなに正しくても、ハッピーエンドで終わらなければ意味が無いじゃないか。こんなつらい表情で、妖を消そうとして。このままだと、きっと、神代も傷ついてしまう。
     ふう、と。心を落ち着けるように、大きく深呼吸をする。緊張でドクドクと鳴る鼓動を鎮めるように胸に手を当てると、司は静かに口を開いた。

    「神代、チャンスをくれないか」
    「……一応聞くけど、どういう意味だい?」
    「話し合うチャンスだ。あの蜘蛛を消すのは、もう少しだけ待ってくれ」
    「……」

     神代が黙っている間も背後の悲鳴は止まずに、どんどん、どんどんか細くなっていく。焦りを滲ませながら司が神代を見上げる。神代は目を瞑って逡巡し、大げさなくらい深いため息を吐いた後、ぱっと司を押さえていた両手を放した。

    「……わかったよ、一度だけだ。一度だけチャンスをあげるけど、また襲い掛かってくるようなら今度こそ容赦しない」
    「ありがとう、神代!」
    「はあ……」

     何度目かわからない神代のため息と同時に、餓者髑髏の両手が開かれていく。その手の中。見上げる程にあったはずの蜘蛛の巨体は影も形も無く、今や少し大きめなくらいの、一般的な蜘蛛のサイズにまで縮んでいた。餓者髑髏に妖力を吸われた結果だろう。
     力なく蠢いている様に、司はたじたじになりながら近づいた。小さかろうと怖いものは怖い。餓者髑髏のあばら骨を挟みながら、司とかつての巨大蜘蛛は相対した。司が靴の先でちょんと小突けば、転がっていきそうなほどの小ささだ。よろよろした足取りで司を見上げる。

    「お……お前、餓者髑髏にコテンパンにされて、すごく苦しかっただろう。お前に生気を吸い取られた人間達も苦しかったんだぞ。もう二度としないと約束するなら、見逃してやる」
    『――』
    「む、そうしないと生きていけない? うーん……もう少し症状を軽くできないのか? こう、ちょっとくしゃみが出て終わるくらいの」
    『――』
    「住処を壊されて力が出ないのか。わかった、オレが直してやるから、もう人間を襲うのはやめるんだぞ」
    『――♪』
    「……これ、天馬くんは何で話が通じてるんだろう」

     いつの間にか緊張していた空気が弛緩して、のほほんとした会話が交わされている。司の言うことに大人しく頷いていた蜘蛛は、心なしか目をきらきらと輝かせているようだ。小さな体をもじもじむきゅむきゅさせて、ぐ~っと体を縮こませると、喜びを表すかのように飛び跳ね始める。ぴょーん、ぴょん、とそのまま司の方へ。

    「うおおお!? 嬉しいのはわかった! 礼は受け取るから、その場から動かないでくれ!!」
    『あーあー、主の悪い癖が出たよ』
    『何でもかんでも誑かすんですから。困ったものです』
    「狸くんに狐くん? いつの間に」
    「お前ら~! 今までどこをほっつき歩いていたんだ! 主の一大事だぞ!」
    『そっと見守っておりましたとも』
    『オレ達が出張っても役に立たないからな。餓者髑髏の旦那にお任せしたってワケよ』
    『ね~?』

     ケラケラ笑い合う狐狸達は、捕まえようとする司の手をすり抜けて、ちょこまかと骨の上を移動する。主を主と思わぬとんだ不届き者だ。遂には餓者髑髏の手の平や頭の上で、我が物顔で寝そべり始める始末。あんなに怯えていたのが嘘のようである。やはりこの獣達は警戒心に欠けている……と神代が知ったら「君もね」と突っ込まれそうなことを思いつつ、司は憮然とした顔をした。後で狐狸達はくすぐりの刑だ。
     小さな蜘蛛はすっかり司に懐いたようで、ぴょんぴょん跳ねては距離を詰めてくる。その度に「ヒッ」と短い悲鳴を漏らして体を強張らせるので、神代は司を抱き寄せつつ大ジャンプした蜘蛛を手で払った。ぴゅーん、と飛ばされて着地。表情はわからないが、しょげているらしい。少し可哀そうだが、司もこればっかりはどうにも苦手なのだ。

    「あ、ありがとう、神代。本人の喜びを受け止めてやりたいのは山々なんだが」
    「別に、これくらい……」
    『あーあ、そういえば誑かされてる奴がもう一人いた』
    『でもこの男なら妖力も強いですし、主殿を任せても問題無いですよ。ほら、助けに来た時なんて、妹御の言う“ひーろー”みたいで。ときめくってやつですよ』
    「……君達ちょっと黙っててくれないかな」

     ぴーちくぱーちく交わされる会話に神代が拳を振りかざすと、狐狸達は尻尾を振ってきゃっきゃと笑った。神代はしかめっ面をしているが、耳がほんのり赤い。それを見ていると司も何だか落ち着かない気分になって、神代の腕の中からそっと抜け出した。何でだろう。体温が残っていて、どこかくすぐったい。

    「こほん! そ、そういえば! オレが襲われそうになった時、こいつが助けてくれたんだ! ほら」

     司が誤魔化すように早口でしゃべりつつ、腕の中にいた妖を掲げる。神代が遠慮なしに近寄るから潰れていないか心配だったが、提灯お化けは司の腕を枕代わりにすやすや眠っていた。この騒ぎの中、大物である。

    「大ピンチの時に現れて、ぴかーっと光って目くらましをしてくれたんだ。一体どこから来たんだろうか……」

     起こしてしまわないように優しく撫でると、和紙のざらざらとした質感が指先に伝わる。ここぞというタイミングで司を助けてくれた命の大恩人だ。
     そんな司の手を眺めながら、神代がなんてことない顔で口にした。

    「ああ、その子は僕が君につけたんだ」
    「へ?」
    「妖が囮に喰いついたらわかるように、天馬くん達それぞれにね。連絡手段もないのに飛び出していくから、どうしようかと思ったよ。そもそもいくら姿を似せたからって本物は一人なんだから、天馬くんが狙われるのは自明の理だ。それなのに身を守る術も持たないで自信満々に行ってしまうし。鴨がネギを背負って来るの意味がよーくわかったよ」
    「う、うぐぐぐ……」
    「力の強い妖じゃないから、少し疲れてしまったようだね。天馬くんさえ良ければ、そのまま休ませてくれ」
    「わかった……その、ありがとう」

     怒涛の神代の正論にたじたじになった司は、唸ることしかできない。実際神代が提灯お化けをつけてくれていなかったら今頃どうなっていたことか。というよりこの男、餓者髑髏以外にも複数従えているとは。
     むぐむぐと口を尖らせる司の頬を、神代が面白そうにちょんちょんと突く。その目尻の下がったにこにこ顔に司は何も言えず、黙ってされるがままになっていた。何故か『ひゅーひゅー♪』と囃し立ててきた狐狸達には、くすぐりの刑スペシャルをお見舞いしてやったが。





    「よし。これで大丈夫だろう。何かあったらオレか神代が助けてやるからな」
    「ちょっと天馬くん、勝手に……」
    『――♪』

     余程嬉しいのか、小さな蜘蛛は尻をフリフリ。ひとしきりダンスを披露してからぴょんっと新しい住処へ飛び込んで消えていった。綺麗に均された土の上には、大ぶりな石が重なっている。灯篭のような形に積まれたそれは、司と神代の二人掛かりでようやく持ち上げた代物だ。周りには低木が茂り、日陰でじめっとしているが……案外過ごしやすいかもしれない。
     蜘蛛が消えていった先を見つめながら、司はパンッと手についた土を払った。

    「しかし蜘蛛塚が壊れていたとはな。人が来なそうな場所に移させてもらったが、縄でも張っておいた方がいいか?」
    「その方が曰く付きっぽくていいかもね。まあ一先ず様子を見ようよ」
    「そうか。手伝ってくれてありがとう」
    「……」

     神代は礼に答えることなく司の目を見つめる。そのまま何も言わないため、薄い黄色の瞳に己が映っているのを司はまじまじと観察していた。まるでお月様みたいだ。大騒ぎを起こした公園は元の静けさを取り戻し、木々の騒めきだけが二人の間を彷徨っている。
     先に目を逸らした神代が小さく息を吐いた。

    「様子を見るっていうのはこの蜘蛛のことも含めてだよ。妖に人の道理は通じない。君との約束を一度は聞いたとしても、次の瞬間には欲望が勝って人を襲うかもしれない。その時に責任を取れるのかい?」
    「……それは、もちろんだ。オレがあいつを消す」
    「……」
    「あ、いや、オレに大した力はないから、また神代に手伝ってもらうかもしれん。そうすると神代に嫌な思いをさせてしまって心苦しいんだが……でも、ちゃんとオレが……とどめを刺すぞ」

     一度許した相手が再び人を襲うというなら、人の側に立つ司が責任を取る覚悟はある。あるのだが、なんと言っても司はポンコツなのだ。妖に立ち向かう術が無いから、人任せ――神代任せになってしまう。そしたら、この優しい男に、つらい思いをさせてしまう。
     司が忸怩たる思いで唇を嚙みしめていると、目の前の神代は眉を下げて笑った。

    「……フフッ、僕は使ってもらって構わないよ。元々餓者髑髏に喰わせようと思っていたんだ。君の手を汚す必要は無い」
    「そ、それだそれー!!」
    「え?」

     急な大声にびっくりした神代が目を見開く。今度の真ん丸目は猫みたいだ、とどうでもいいことを思いつつ司は指を突き付けた。

    「神代は勘違いをしてると思うぞ」
    「勘違い?」
    「餓者髑髏についてだ」

     なあ、と背後に呼び掛けると、餓者髑髏は首を傾げて司の方を見た。おいでおいでと手招きすれば、素直に身を屈め、大人しく頭を撫でられる。頭蓋骨に感覚があるかどうかはわからないが、気持ちよさそうな感情は伝わってきた。こんな恐ろしい容貌でも、中身は狐狸達と一緒だ。
     ふふ、と思わず笑みが零れてしまう。

    「オレと神代が初めて出会った時の事、覚えているか?」
    「初めて……ここの公園で、お互い妖を探してたんだ」
    「ああ。オレは神代が餓者髑髏に襲われていると勘違いして、慌てて駆け寄ったんだ。本当は反対だったけどな」
    「反対?」
    「ああ!」

     するりと、餓者髑髏の頬を撫でる。さらさらとした触り心地。初めて見た時は怖がってしまったが、今ならその眼窩の奥にある鬼火が、穏やかな光を灯しているとわかる。

    「妖のにおいをさせたオレを警戒して、神代を守ろうとしたんだ。蜘蛛と戦った時だって、何重にも守ってくれただろう?」
    「それは……僕が宿主として都合がいいからじゃないか。獲物を捕まえるために……」

     言いながら、説得力に欠けるとわかったのだろう。神代は俯いて地面をじっと見つめた。
     そうだろう。寧ろ神代に憑くことで餓者髑髏は制約を掛けられている。生者は食べられないし、今日なんて妖を食べることさえも途中までとはいえ制限された。それでも離れることはしないのは、何故か。

    「理由なんて簡単じゃないか。神代が好きだからだ。優しい神代が好きだから、力になりたいって思ってるんだ」
    「……そんな、こと」
    「あの蜘蛛を消そうとしたとき、神代は躊躇っていただろう。一匹の妖を消してしまうことに、抵抗があったんだとオレは思ったんだが、違うか? それを餓者髑髏も感じていたから、一気に潰すことはしなかったし、すぐに解放してやったんだ」
    「……」
    「きっと餓者髑髏は、お前の悲しむ顔を見たくなかったんだよ。お前が大好きだから」

     妖は人の理が通じないけれど――でも、妖なりの道理があって、情がある。人との関わり合いで生きてきた存在だから、どうしたって人間に惹かれてしまうのだ。それは餓者髑髏や狐狸のような好意かもしれないし、人を傷つけてしまう負の感情もあるかもしれない。
     餓者髑髏ほどの大妖なら人間に憑く必要なんてまったく無いし、大蜘蛛も、狐狸達も、一瞬で消せる程の力を持っている。それが、理由なのだ。

    「前に子供の時の事を話してくれただろう。餓者髑髏が現れて助けてくれたって。きっとみんなを助けたいっていう神代の優しい心に、餓者髑髏は惹かれたんだな。はは、もしかして一目惚れか」

     司が目の前にある頬骨をぺちぺち叩くと、餓者髑髏は両手で顔を覆ってしまった。照れているらしい。巨大な図体のわりにかわいらしい仕草だ、と司が笑いながら振り返れば、神代が呆然とした表情で立っていた。どうしていいかわからない、迷子みたいな顔で。

    「……ぼく、僕は……」

     言葉がつかえて、喉を鳴らす。

    「僕は、ずっと友達が欲しかったんだ……。僕のことを受け入れて、仲良くしてくれる」
    「ああ……」
    「利用されるだけの関係だと思ってたんだよ……」
    「……うん」
    「……なんだ、はは。ずっと友達だったんだ」

     濡れた声で、ぽつりぽつりと。心の中を吐露しながら、溢れ出そうになる何かを必死に抑えている。鼻を啜って、眉根を寄せて。
     きっと今――ようやく、神代は本当の孤独から解放されたのだ。人とは違うけれど、受け入れて、愛情を持ってくれる存在は、彼のすぐそばにいたのだ。
     そう思うと司の胸にも、ぐーっと熱いものがせり上がってきて、目から大粒の涙がぽろぽろと零れていく。

    「ううう゛~~~~っ」
    「ち、ちょっと、何で天馬くんが泣いてるんだい」
    「お、オレ神代と友達だからだ~っ。友達が嬉しければ、オレも嬉しいに決まってるだろうがっ」
    「……フフ」

     司の涙で濁った台詞は、きちんと伝わったらしい。瞳に涙の膜を張った神代は、「ありがとう」と静かに微笑んだ。その吹っ切れた表情に、ますます司の涙が止まらなくなってしまう。だって、初めて会った時の顔と比べたら。どうにも心の中がぽかぽかして、熱くて、堪らないのだ。

    「う゛〜っ」
    「ああもう、擦っちゃダメだよ。ほら、鼻も出てるからティッシュでかんで」
    『う、うおぉぉ〜!』
    『……ひっく……うう……』
    「え、ええ……?」

     いきなりの泣き声増量に神代が足元へ視線を向けると、狸と狐がわんわんと大泣きしている。主そっくりの大粒の涙を流して。遠吠えでもするかのように喉を反らしながら。

    「ちょっと、何で君達まで泣いてるんだ……」
    『し、仕方ないだろーが! 主の友達はオレ達の友達なんだよぉ〜!』
    『そうですよう! わ〜〜ん!』
    「……何だいそれ。フフ、そっかあ……」

     わあんわあんと泣く三つの声が、夕焼けの滲む公園を賑わせる。静かで寂しげだったはずの公園が、今はあたたかな気配に満ちているようだった。
     泣きすぎて時折ひっくり返っている声に囲まれて、神代は少し照れくさそうに、はにかみながら言った。

    「参ったな……友達がいっぺんに増えてしまったよ」

     ちっとも困ってなさそうな顔で神代が息を漏らす。その朗らかな笑顔に、餓者髑髏はカタカタと顎を鳴らした。



     司と、神代と、愉快な妖達と。タッグを組んだ彼らが、この世に起きる少し不思議な出来事を解決していくうちに、界隈で名物コンビと呼ばれるようになるのは――もう少し未来の話である。
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    neno

    MOURNING成人済みの付き合ってない類司のはなし。タイトル重そうに見えますがめちゃくちゃ明るい(?)普通の話です。
    ※成人済みしてる。
    ※めーっちゃ軽い嘔吐表現があります。
    復讐「る、類……急に起こしてすまん」

    今目の前でかわいらしく布団にくるまって、その隙間から僕を覗いているのは司くんである。司くんはお酒の飲み過ぎで昨夜の記憶がないらしく、起きたときに置かれていた状況を未だ飲み込めずにいる。司くんが言うには、起きたときに裸の僕がなぜか横に眠っていたらしい。驚いて自分が布団から飛び出すと、なぜか自分自身も脱いでいて、咄嗟に僕を叩き起こした、という話だった。
    「……その、昨日、なにがあった……?」
    「うーん、僕もあまりよく覚えてないな。たしか……、ああ、思い出した。昨日はむし暑かったから、二人で裸で寝ちゃったんだ」
     事実無根、すなわち嘘八百である。思い出したもなにも僕の頭にはしっかりと昨夜の記憶が刻まれていた。ついでに言うなら、昨日はむし暑くもなかったが、僕にとっても司くんに忘れられていた方が好都合である。それに、司くんにとってもそれが一番いいだろう。僕の言葉に司くんはあからさまにほっとした表情を浮かべている。
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