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    melly96262246

    @melly96262246

    主にTwitterに載せていた小説を載せていきます。
    たまにitchyなものもこちらに格納する予定です。

    ※無断転載はおやめください

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    melly96262246

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    以前書いたモデルパロの続編です。
    今回は🎰も出てきます。

    ラのモデルパロ2「え、それなにかの間違いじゃないですか?」
     シュウはマネージャーから聞かされた言葉を聞いてそんな事を言った。
    「間違いじゃないのよ、シュウ。あなたはもう少し自分の評価を正確に把握する必要がありそうね」
    「ちゃんと理解してるつもりなんだけど」
     シュウの不服そうな表情から、これ以上なにを言っても無駄だと判断し、マネージャーは話を続けた。
    「まあ、そう思っておきなさい。でもこれは事実よ。貴方へ依頼が来ているの。専属契約をしたいってね」
     前回行われたファッションウィークでのショーが好評で、多方面から依頼が増えていたことはわかっていた。
     実際にいいショーになったと思うし、デザイナーの続投も決まってシュウにとって満足のいく仕事になった。けれど、それは自分の力ではなくショーのコンセプトと、いい仲間に支えられたおかげだと思っている。シュウ個人の実績でもないのに、周りが褒めそやす理由がわからなかった。
    「少し、考えさせてくれませんか。僕、ちょっとすぐには返事ができないっていうか……」
    「OK。じゃあ三日あげる。それまでに答えを出してちょうだい」
    「わかりました」
     シュウの返事を聞いてマネージャーは次の仕事があるからと、事務所を後にした。
     遺されたシュウはどうしたものかと、物思いにふける。
     専属モデルに指名されるのはモデルとして嬉しくないわけではない。だけれど、ヴォックスやアイク、ルカ、ミスタの四人のおこぼれで認められた自分がその役目を果たせるのだろうか。
     その看板を背負って歩くことができるだろうか、と不安になったのだ。
     ふいにシュウの使い古したiPhoneが鳴る。ヴォックスからだ。
     彼とはあのショー以降よく連絡を取り合っている。一緒に食事をするようにもなったけれど、事あるごとに熱心にシュウを口説くものだから少しの苦手意識が芽生え始めてしまっていた。
    『Hi,シュウ。よかったら今日のディナーでも一緒にどうかな? 減量中だって聞いたからデトックスウォーターと、トーフとアボカドのサラダ、茹で鶏のベジソース掛けを考えているんだ』
     しかし、ヴォックスの作る料理はどれも絶品でシュウはいつも悩んだ末に了承の返信をすることになるのだ。
     シュウを口説く熱量だけはいただけないが、ヴォックスは尊敬できるモデルの一人で自分よりも場数を踏んでいる。彼に相談してみるのもいいかもしれないと、普段よりも早めに思考を切り上げ返信をする。
    『いいよ。何時に行けばいい? ちょうど相談したい事があったんだ。』
    『珍しいこともあるものだな。では、そうだな十六時に部屋に来てくれないだろうか』
    『そうかな? OK、じゃあ十六時にお邪魔するね』
     そういってチャットを切り上げ、シュウは荷物をまとめて立ち上がる。
     この後は撮影の仕事が入っているのだ、前回のショーで来た衣装でファッション雑誌の裏表紙を飾ることになっていた。
     あの衣装はヴォックスの〝朝焼け〟と対になっているが今回の撮影はシュウのソロだ。ヴォックスは表紙を飾るのだという。
     やはり敵わないな、という思いが胸に燻る。
     そんな醜さも自分なのだと飲み込み、シュウは歩き出す。秋の徐々に深まる空気の中、肩で風を切って歩いていくのだ。
     
     仕事を終わらせ、シュウはヴォックスの部屋の前まで来ていた。
     ブザーを鳴らし、そわそわと玄関のドアが開かれるのを待つ。ほどなくして満面の笑みを湛えたヴォックスがドアを開けシュウを迎え入れてくれた。
    「シュウ~! 会いたかったよ、何日ぶりだ?」
    「もう、先週あったばかりだよ。ヴォックスそんなに僕とばかり会ってどうするの?」
    「私はシュウのファンなんだから何時だって会いたいと思っているんだ」
     すっかり慣れ切ったハグとキスをその身に受けながら、シュウはむず痒そうに身を捩った。
    「この間のショーの君は特に素晴らしかった。存在感もさることながら、慈愛に満ち溢れた眼差しが……」
    「ヴォックス! ストップ、僕お腹すいちゃった。ご飯食べたいな」
    「まだ全く語り足りないんだが……。いつになったら私の思いは君に届くんだ」
     そう言いながらもシュウの荷物を受け取り、上着を脱がせる。
     以前、そこまでしなくてもいいと言ったけれど、泣き出しそうな表情でこれくらいはやらせてくれと懇願されて以来、好きなようにさせている。
     身軽になったシュウをエスコートして、ダイニングへ向かえば美味しそうな料理の数々、きれいに並べられたカトラリー、すぐにでも食事を始められそうな空間が広がっていた。
     チェアを引いてシュウを座らせたヴォックスは、グラスにデトックスウォーターを注ぎ入れる。
     減量中のシュウでも食べられるメニューを揃えたけれど、ショーの時よりも幾分か細くなった腰に不安を抱く。
     確かに、クラシックなジャケットを基調にしたシュウとヴォックスのドレスは上半身に厚みがあったほうが美しく見えるシルエットではあった。それに合わせてバルクアップトレーニングをしたと聞いていたけれど、この短期間ですぐに体型を元に戻してくるの少しばかり心配になる。
     きちんと食べているのだろうか、無理はしていないだろうか、そんな思いばかりが頭を占めた。
    「シュウ、きちんと食べているのか? 先週よりも随分と細くなったように感じるぞ」
    「食べてるよ。僕もともと筋肉付きにくいだけだから戻す方が楽なんだよね」
     事もなげに言うけれど、均整の取れた体型を常に完璧にキープしているシュウのプロ意識の高さに舌を巻く。
     向かいに座って自分のグラスに、デトックスウォーターを注ぎながらシュウをじっくりと観察する。
     身体は細くなったものの、肌艶が良く、髪も艶やかだ。きちんとバランスを考え食事制限をしていることが伺える。
     疑っているわけではないけれど、この業界で心身を病んで摂食障害に悩むものは少なくはい。ヴォックスはそうなった仲間たちを数多く見てきた。ヴォックスの輝きに焼き尽くされて、精神を蝕んだモデルたちは今頃何をしているのだろうか。
    「わっ! ヴォックス、これすごく美味しい」
     メインの鶏肉を頬ばったシュウは、子供のように瞳を輝かせながらもぐもぐと料理を味わっている。
     デトックスウォーターで口の中をすっきりとさせたあと、豆腐とアボカドのサラダに手を付けこちらも美味しいと顔をほころばせている。後でレシピを教えてと強請ってくる姿がかわいらしい。
     神に愛されたモデルなどと囃し立てられてきたけれど、その美しさ故に無自覚に仲間を傷つけてきたヴォックスにとってその自然体でいてくれるシュウの態度はなによりの救いとなっていた。
    「もう僕、ヴォックスの料理なしじゃ生きていけないかも」
    「そうだと嬉しいんだがな。これは作るのが簡単だからシュウにも作れるさ、今レシピを共有したから参考にするといい」
    「ありがとう。あ、本当だ。これなら僕でもできそう」
     ふにゃりと笑ってiPhoneを置くシュウが堪らなく愛おしい。つい甘やかしてしまいそうになるのを堪え、にやけそうになる口元を引き締めてヴォックスは口を開く。
    「そういえば、相談したい事があるんだろう? どうかしたのか?」
    「あ、その事なんだけど……実は、専属モデルにならないかって話がきてて……」
    「すごいじゃないか! シュウ、それはとても喜ばしいことだ」
    「うん。そうなんだけど僕って君たちのおまけみたいな感じだったし、僕に専属なんて務まるのかなって思ってるんだよね」
     シュウがサラダを食べながらそんな事を言った。
     ヴォックスは一瞬何を言われているのかわからず、ぽかんと口を開けて固まってしまっている。数秒の空白の後にやっと思考が回り、ヴォックスから絞り出された言葉は〝What? 〟だけだった。
    「シュウ、君は謙遜が過ぎると言われるだろう?」
    「そうなのかな、謙遜っていうより事実だし……」
    「いいか、謙遜も過ぎれば嫌味になるんだ。君はもっと自信を持つべきだ。少なくとも私たちは君をおまけと思ってなんどいないし、目標にしてきた。尊敬できる仲間と仕事ができる光栄に涙を流したルカを覚えていないのか? シュウ、君の謙虚さは確かに魅力的だが、それは君を好きでいる全ての人に対する侮辱だぞ」
     一息に言い切ったヴォックスの瞳はぎらついている。カトラリーを握る手がかすかに震えていて、無理矢理感情を押し殺そうとしているのがわかった。
    「ヴォックス、ご、ごめん」
    「……どこだ」
    「え?」
    「どこのブランドだ。君を専属にしたいと言っているブランドは」
     いつも穏やかなヴォックスの、聞いたことのない地を這うような低い声にシュウはびくりと肩を竦ませてマネージャーから聞いたブランド名を口にした。
     近年急成長をして、ファッションウィークに参加を果たしたブランドだった。確か、初めてのショーでヴォックスを起用して話題になったのだが、日本のエッセンスを取り入れたドレスがウリだった。特に、ヴォックスがラストに纏った白いスーツに日本のHAORIを合わせたルックがウケたのを思い出す。
    「わかった。ありがとうシュウ。では、そうだな今日はここに泊まりなさい。いいかい、これは提案じゃない命令だ。いいね?」
     ヴォックスが、自身のスマホを弄りながら酷く冷たい声で言う。有無を言わせない声音と、先ほど見せた怒りの態度にシュウは怖くなった。
    「すまない。だが、君にとって必要なことなんだ。わかってくれないか」
    「……う、ん」
     怯えたシュウの様子に、ヴォックスは態度をやわらげたけれど決定は覆ることはなかった。そのまま、食事が終われば、言われるがままにヴォックスの部屋でシャワーを浴び、肌触りのいいパジャマを身に包んで一緒のベッドで眠った。
     ヴォックスの寝息を聞きながら、シュウは先ほどヴォックスに言われた言葉を思い出す。
     周りの評価を過大だと思っていたし、自分が至らないと本気で信じている。できることをやってきただけの自分が尊敬されているなんて思いもしなかったし、その態度が誰かを傷つけてきた事実にシュウは胸が痛むのを感じていた。
     ふと、ルカの涙を思い出す。あの時確かに彼は〝会えて嬉しい〟と言っていた。社交辞令だろうと思っていたけれど、もしかしたら違ったのかもしれない。
     それ以外にも、アイクやミスタとの会話にすれ違いがあったかもしれない。思い返せばいつも皆苦虫を噛み潰したような、もどかしそうな表情で何かを言いたげにしていた。
     何故だか、急に自分がとても酷い人間になってしまったかのような気分になって涙が滲む。
     ヴォックスの言葉は、確実にシュウの中に染み込みゆっくりとその性質を変えていった。独りきりの懺悔をしながら、シュウは後悔を抱えながら眠りに落ちていく。
     
     翌日、目を覚ますとダイニングがやけに騒がしかった。不思議に思いながらベッドから起き出し、そっとダイニングのドアを開けた。
     中にはヴォックスと、朝だというのにワイングラスを傾ける銀髪の女性が熱心にパソコンの画面をのぞき込んでは興奮気味に語り合っている。
    「ヴォックス、ええと、おはよう?」
     寝起きでぼんやりした思考のまま、まだ回らない舌で声を掛ければ二人は悲鳴のような声を上げた。
    「シュウ~!! 本物!? あぁ~、なんて可愛らしいのっ」
    「Oh……シュウ、刺激的な姿だ。こっちに来て、これに着替えてきなさい」
     駆け寄ってきた女性に、熱烈なハグとキスをされ混乱しているとヴォックスが女性を力づくで引き剥がし、着替えを手渡してくれた。
     引き剥がされた女性は不服そうにしながらも、興味津々といったていでシュウを見ていた。シュウはなんとなく居心地が悪くて、視線を振り切るように寝室へと戻っていく。
     寝室へ戻って渡された着替えを広げる。手触りのいいニットに、黒いワイドパンツ、その上から羽織るためのオーバーサイズのニットカーディガン。どれも洗練されたものだと一目でわかるものだったけれど、ヴォックスが着るには幾分か若すぎるようなデザインだった。
     着替え終わったシュウは再びダイニングへ足を運ぶ、ドアを潜れば女性が歓喜の悲鳴を上げてヴォックスに掴みかかった。
    「見て! シュウのあの可愛い姿!! あんたあの可愛いシュウを一晩も独り占めしたのよ? それがどれだけ羨ましいことかわかる!?」
    「やめろニナ、シュウが驚いているだろう」
    「ああ、ごめんなさいねBaby。私は狐坂ニナよ。NineTailsのデザイナーよ! 今あなたが来ている服は私が作ったの!!」
     とてもよく似合っているわ、と言ってシュウの両手を握りぶんぶんと激しく振った。
    「ほら見なさいヴォックス! 私の目に狂いはないわ。フォーマルも似合うけれど、カジュアルだっていけるじゃないの」
    「シュウの美しさはフォーマルやクラシックの中で花開くだろう!? 君は何を見ているんだ。見なさいこのジャケットの着こなしを。クラシカルの中にシュウの繊細さが光るだろう?」
    「シュウの新しい一面を周りに知らしめたくないの? 貴方がそんなに独占欲が強いだなんて知らなかったわ」
     再び始まったニナとヴォックスの口喧嘩にどうしていいかわからず、シュウはとりあえず落ち着こうと声を掛ける。
     その声は二人には届かなかったけれど。
     口論を続ける二人にため息をつき、諦めてシュウはテーブルに用意されていたミネラルウォーターを口に含んでそれを傍観する。
     シュウの魅力はとか、似合う服はとか、色々言い合っていたけれど最後には固い握手を交わしてニナとヴォックスは和解したようだ。
    「終わった?」
    「ああ、すまない。つい白熱してしまって」
    「ごめんなさいねBaby。素敵なもののことになると我を忘れてしまうの。許してちょうだい」
     ニナは本当に申し訳なさそうにシュウに謝るものだから、簡単に彼女を許してしまう。
    「いいよ、大丈夫。ところでもしかしてNine Tailsって僕にモデルを依頼しているあのNine Tailsであってる?」
    「そうよ! 大正解。私あなたのステージを見て感動したの。なんてうつくしい子なのかしらって! それからあなたの為の服のことしか考えられなくなって、……これを見てちょうだい」
     ニナはスケッチブックを手渡し、ワクワクした表情でシュウを見つめる。
     その視線に背中を押されてスケッチブックを開いた。どのページにも力強いタッチで描かれたデザインの数々。デザイン画の中で彼女の服を着ているモデルは、きっとシュウだ。
     どれもこれもシュウをイメージして描かれているそれは、楽し気に笑っているものばかりだった。
    「あ、これ」
    「そう。これは今あなたが着ている服のデザイン画よ。とてもよく似合っているわ。どうしてかしら、あなたは私のイメージをすごく掻き立てるの」
     自分の為に仕立てられたオーダーメイドの一着。あまり馴染みのない系統の服であるはずなのに、しっくりと体に馴染むのはきっとデザイナーの愛だ。
    「シュウはこんなに素晴らしいモデルなのに、全く自分の魅力に気が付いていないんだ。困ったものだろう?」
    「What!?」
     ヴォックスが三人分の紅茶を用意しながら言った言葉にニナが顔を顰めた。
     テーブルに置かれたマグカップはバラバラで、まるで今の自分たちみたいだなと思いながらシュウは口を開く。
    「魅力っていうか、僕そんなに華がある方じゃないし……。ヴォックスやルカならわかるんだけど、ちょっと周りの評価が過剰なんじゃないかなって話だよ。だからこれは正当な判断だと思うんだけど……違う、のかな?」
    「OMG!! なんてこと!? シュウ、それは間違った判断よ。あなたは本当に素晴らしいの。私のミューズよ。誰があなたを過大評価したというの? 私は私が感じたままを伝えたの、あなたは自分の価値に気が付くべきだわ」
     ニナの何処までも真っすぐに届く言葉が痛くて、助けを求めるようにヴォックスを見るけれど、ヴォックスは椅子に座って面白そうに事の成り行きを見守っているだけだった。
    「お願いよシュウ。私にあなたの魅力を広める手助けをさせてちょうだい。自信に満ち溢れたあなたを世界は放って置かないわ、すぐにでも私の手の届かないところまで行ってしまうかもしれないけれどあなたの為に服を作らせて」
     懇願するようにニナはシュウの手を握った。
     あたたかな指先の体温がシュウの頑なな心を溶かしていくようだった。それだけではなく、ニナの言葉よりも如実に語る瞳や、空気感がそうさせたのかもしれない。
     気が付けばあんなに渋っていたシュウは首を縦に振ったのだった。
     それを満足げに笑って見ていたヴォックスは、朝食にしようとキッチンへと去っていった。その後ろ姿を見送ったニナはこそりとシュウに耳打ちをする。
    「今日私をここへ呼び出したのはヴォックスなのよ」
    「え、なんで?」
    「あなたがあまりにも卑屈で、私からの依頼を蹴ろうとしてるって教えてくれたの。まさかあなたがここまで自分を過小評価しているだなんて思ってもみなかったわ」
     紅茶には手を付けず、グラスのワインを一気に煽ってニナは笑う。
    「でも、あなたが勇気を出してくれてう嬉しいわ。私があなたの魅力をもっと引き出してみせるわ。ヴォックスなんか目じゃないくらいに素晴らしいモデルがいるんだって世界に知らしめてやることができる。それってすごく楽しいことじゃない?」
     うっとりと夢を語るように言うニナに、むず痒さを感じながらシュウは頑張るねとだけ返した。
     それがシュウとニナの出会いだった。
     
     それからシュウは二人の着せ替え人形になり、いつの間にかシュウはファッション界の寵児をたぶらかした男として注目を集めることになってしまった。
     デザイナーならば一度は自身の服を着せたいと願うヴォックスと、新進気鋭の若きデザイナーのニナを虜にし、囲われている魔性の男だと噂されている。それを知ってなお、涼しい顔をしているシュウに怒りの矛先が剥いたのは必然だった。
    「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
     シュウが控室に入れば先に来ていたモデルがあからさまに顔を顰めた。シュウは気にすることなく空いている席に荷物を置いて呼ばれるのを待った。
     その間、会話はないもののちらちらと視線を感じ、手元のスマホゲームに集中できずにいた。
    「……ええと、なにか用かな?」
     遠慮がちに声を掛ければ相手は、シュウの顔を睨みつけながら口を開いた。
    「身体使って仕事取ってきてるやつに話しかけられたくないんだけど」
    「え? それって僕のこと?」
    「お前以外に誰がいるんだよ」
     声を荒げた男がシュウの前に仁王立つ。しかし、シュウはまったく身に覚えがないことを攻め立てられ不思議そうな表情をしていた。それが男の気に障ったのだろう。
    「みんな知ってるんだよ、お前がヴォックスと寝て仕事振ってもらってるって! 大した実力もない癖にあっちの方はお得意ってほんとプライドとかないわけ?」
    「それ、ヴォックスが言ったの?」
    「ち、ちが、みんな言って……」
    「その皆って一体誰のこと? 僕はそんなこと一度だってしていないよ。僕は僕の力でここに居るんだ」
     激昂した男を正面から静かに見つめる。シュウの瞳に揺らぎはなかった。ただ静かに男を侮蔑の目で見ているだけだった。
    「君はこの仕事がそんなに安いものだと思ってる? それともヴォックスがそんなことをするような人だと思ってるの? 君こそ、もう少し考えて発言をした方がいいよ。それは遠回しにヴォックスも仕事も、自分のことも貶している言葉だから」
     そう言ってシュウは立ち上がる、遠慮がちに開かれたドアから様子を覗いていた新人らしいスタッフに笑いかけなんでもないと言って歩き出す。
    「すみません、変なところを見せてしまって。ええと、僕の番でいいのかな?」
    「は、はい。あの、大丈夫ですか?」
    「うん、僕は大丈夫。空気悪くしちゃって本当にすみません」
     本当に申し訳なさそうに謝るシュウの姿に、噂が実態を持たないただの噂であることがスタッフにはわかった。シュウと仕事をするのは何も、今回が初めてではなく、いつだって彼は真摯に仕事に向き合っていた。
     どうして同業者であるモデルたちがシュウのことを信じられないのかが、わからなかった。
    「でも、僕の大切な人たちに迷惑がかかるなら少し考えなくちゃいけないな……」
    「シュウさん?」
     シュウの小さな呟きを拾ってしまったスタッフが声を掛けるけれど、シュウはそれに振り返ることはなかった。衣装に着替えたシュウは、通されたメイクルームへ姿を消していった。
     不穏な気配を感じたけれど、スタッフにできることなどなかった。彼女はただ、何事もなくこの撮影が終わることを願うことしかできない。
     けれど、そんな不安を打ち砕いたのもまたシュウだった。
     メイクを終え、撮影スタジオにシュウが入ってきた瞬間、空気が変わった。昔聞いたことがあった。オーディションでその場の空気を全て吞み込み、自分のものにしてしまうモデルがいるのだと。
     シュウが一歩歩くたび、に気圧された者が一人、また一人と後ずさる。
     たおやかに、優雅に歩く男は紛れもなく闇ノシュウ、その人であるはずなのに知らないものに見えて背筋に冷たいものが伝う。
     人間ではない、なにか別のもっと大きな何かのように感じてスタッフは困惑していた。
    「よろしくお願いします」
     笑って頭を下げているのに、なんという優美さ! これがあの目立たない地味な闇ノシュウなのかと誰かが口にした。
     それを一笑に伏してシュウはカメラの前でポーズを取る。自信に満ち溢れた表情と、気高い精神。それが全身から伝わってくる。
     確かこの衣装のコンセプトは「和」。日本の神道に則り、八百万の神々を奉る自然を表現したのだという。
     若手デザイナーが手掛けたそれは、欧米人にはエキセントリックであり、理解しがたいものに思えた。
     狐坂ニナのデザインは、シュウが着ることで全て理解することができた。いや、させられたのだ。
     そこに居るのは人ではなく、自然であり、神なのだ。視線一つでひれ伏したくなるような神々しさを内包しているのにどこまでもやさしく、苛烈で魅せられる。
     触れられないほどのオーラを放ちカメラを見据えるシュウの視線を、ファインダー越しに見つめ合ったカメラマンは二度とあんな経験はごめんだと語った。
     目が合っている最中はひたすら冷や汗をかいて、震える指でシャッターを押すのが精いっぱいだったという。たくさんのモデルたちの相手をしてきたベテランスタッフですら空気に呑まれ動くことさえままならず、今まで闇ノシュウはこんな実力を隠していたのか、そう思わざるを得なかった。
    「……OK、撮影は終了だ」
     カメラマンがそう言った瞬間、シュウの仮面が剥がれ見慣れた人のよさそうな笑みでありがとうございましたと頭を下げる好青年の姿に変わる。
     その鮮やかな変化に呆気に取られているうちに、シュウはスタジオを後にした。
     残されたモデルもスタッフたちも誰も言葉を発することができなかった。シュウの作り出した一時の夢に捕らわれて夢うつつのままでいたのだ。もちろん、先ほど控室でシュウに言いがかりをつけていたモデルもその場にいて、己の言葉を恥じたことなどシュウは知らない。
     
     後に発売された雑誌が評判を呼び、あっという間に重版が決定した。世のデザイナーたちがこぞってシュウに自分の服を着せたがったけれど、当のシュウは僕はNine Tailsの専属なので契約期間が切れたらまたどうぞと笑って追い返したのだという。
     闇ノシュウの魅力を最大限に引き出したデザイナー狐坂ニナと、彼女の作り出す世界を現実にする天才モデル闇ノシュウのコンビはファッション誌に残る功績を築き上げていくことになる。
     ニナと、Luxiemの面々と共に歩く未来への道をまだ誰も知らない。
     輝かしい未来への小さな一歩を今、シュウは踏み出したのであった。
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