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    melly96262246

    @melly96262246

    主にTwitterに載せていた小説を載せていきます。
    たまにitchyなものもこちらに格納する予定です。

    ※無断転載はおやめください

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    melly96262246

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    記憶を失くして廃墟を彷徨う🧡のお話

    ※Home Sickというゲームのパロディです。
    死ネタを含むのでお気を付けください。

    記憶を失くして廃墟を彷徨う🧡のお話ミスタは目を覚ました。
    見慣れない古ぼけたコンクリートの天井、ぼろぼろの朽ちかけのベッド、見知らぬ部屋。
    ミスタはベッドの上でまだ眠たいと目を擦る。
    「ここどこ?」
    しだいにはっきりしだす頭で、あたりを見回してここがどこだかわからなかった。
    割れたコンクリートの床から生えた枯れかけの雑草、大きなガラス窓と、ぽつんと置かれたベッド。それがこの部屋の全てだったけれど、その全てが見覚えがなくてミスタは困惑する。
    ふと、誰かの名前を呼ぼうとしたけれど誰の名前も思い出せなかった。
    そして、ミスタは自分が此処が何処なのかも、自分がどうやって生きてきたのかもわからないということにやっと気が付いた。
    「はっ?嘘だろ」
    わかるのは自分の名前だけだ。それ以外に何も持ってはいない。
    それに気が付いた瞬間、自分の足元がぐらりと揺らいだような気がした。
    なにもないというのはこんなにも心細いものなのかと思い、何かに急かされるように酷く重たい身体を起こす。恐る恐る立ち上がるとこつりと革靴の音が響いた。
    何もない無機質な部屋の中、ミスタは呆然と立ち尽くす。
    これからどうするべきか、そんな事を考えていると何かが視界の端で動いたような気がして、足元を見れば画用紙が一枚落ちていた。どうやまどから入ってくる風で動いていたらしい。
    「……ヘタクソじゃん」
    拾ってみると五人が手を繋いで青い花を眺めている下手な絵が描かれていた。
    子供が描いたであろう絵は、なんだか微笑ましくてミスタはこっそり笑った。誰に見られるでもないのに隠してしまうのは何故だろうかと考えながら、そよ風に誘われてミスタはベランダへ近づいていく。
    「あぐっ…!!」
    風に当たりたくて近づいたベランダから差し込む日光がミスタの、朝焼け色の瞳を焼いた。
    白む視界と、目の痛みでそれ以上近づけずその場で蹲る。ずきずきと痛む目の奥で小さな子供が駆け回るイメージが浮かんでは消える。
    親し気に笑いかけ、手を引く子供の顔は見えない。
    「誰だよ、お前……」
    呟いた声はコンクリートの床に転がって、誰にも届かずに消えた。

    目の痛みが治まったあと、ミスタは殺風景な部屋の中を探索することにした。
    どうやら此処はアパートの一室らしい。タイルの剥がれたユニットバスに、ボロボロのダイニングテーブル、朽ちかけの棚が付いたキッチン。そのどれもが穏やかな陽の光を受けて寂し気にミスタを迎え入れている。
    「なんもないな」
    棚の中は空っぽで、特に目に付くものはなかった。
    けれど、どこか懐かしく思えてミスタはダイニングテーブルに付いた小さな傷を撫でた。

    あははっ―――

    ふいに、廊下へと続くドアの向こうから子供の走る音と楽し気に笑う声が聞こえてきた。
    ミスタは弾かれたようにドアを開け、声の主を探した。ちょうど廊下の曲がり角を駆けて行く少年たちの足が見えた。
    ミスタはそれを追いかけようとするけれど、重い身体は思うように動かない。走ろうとしても足がもつれて上手く進めなかった。
    やっと曲がり角に付いたけれどそこには誰も居らず、陽の光が燦々と差し込む光に包まれた廊下があるだけだった。
    「ちくしょうっ、なんなんだよ」
    結局それ以上進むことはできずに、ミスタは他の場所を探索することにした。
    がらんどうの部屋、誰かの生活の跡、使い古された道具が仕舞われた物置部屋。そこで手に入れたのは子供用の小さなジョウロだけだ。ユニットバスに溜まった雨水を汲んで、枯れかけの花に水をやってみた。
    ポケットに仕舞われた絵を見てからずっと気になっていたのだ。
    何か記憶を取り戻す手掛かりになるのではないかと、淡い期待を込めて水をかけてやる。すると、どうだろうか。先ほどまで枯れかけていた花は淡い水色の花びらをそよがせ咲き誇り、葉はみずみずしくやわらかに風に揺れて殺風景な部屋に花びらが舞っていく。
    「うわ、なんだこれ……きれー…」
    「うん、きれいだね」
    ぼんやりと花を眺めていると、後ろから声を掛けられた。
    驚いて振り向くけれどそこには誰もいない。けれど、絶対に聞き間違いではないやさしい男の声。それは何処か懐かしい癖に、正体に近づけないもどかしさを与えるばかりだった。
    「……なん、なんだよ。ホントに」
    ミスタは誰もいない虚空に呟いた。

     その後も探索をしてみたけれど行ける場所も、脱出の手がかりもなくお手上げ状態だ。
    日も暮れ始め、最初に目を覚ましたベッドに横になる。散々動き回ったせいでくたくたのミスタは、すぐに眠気に襲われ穏やかな寝息を立て始める。
    ゆるゆると眠りに落ちていく途中で、ミスタは夢を見た。とてもしあわせでやさしい夢だ。
    温かく大きな手に引かれ、家へ帰ると大好きな家族が居て、おいしいご飯を食べて眠る。ありふれた日常の一部だった。誰一人として顔は見えなかったけれど、それでもあまりのやさしく、温かい夢に涙を溢した。
    「はっ…!」
    真夜中、ミスタは目を覚ました。
    なにか嫌な感じがしてあたりを見回す。月明かりに照らされた薄暗い癖にやけに明るい部屋の中に闇が蠢いていた。
    その闇がヘドロのように形を持ち、ミスタを飲み込もうとすぐそこまで迫っている。
    「ひぃっ!なになになに!?」
    ミスタはとにかく闇から逃れたい一心でベッドから跳ね起きる。そのままの勢いでドアへと駆け寄り、勢いよくドアを開けると切れかけの蛍光灯が煌々と廊下を照らしていた。
    一も二もなく飛び出してミスタは駆けだす。
    廊下を全速力で走って走って、ミスタは夜の暗闇の中を駆け抜けていく。
    月明かりに照らされた廊下を駆け抜ける。昼間な訛りの様だった身体が軽い、カツカツと誰もいない廊下に革靴の音が響いた。
    「なんなんだよ、アレ…!」
    息が上がる。胸が痛い。足だって攣りそうだ。けれど、闇はどこまでもミスタを追いかけて来る。
    立ち止まれば闇は簡単にミスタを飲み込んでしまうだろう。それが恐ろしくてミスタは無理やり足を動かす。
    「ぁっ!!」
    足がもつれてミスタはコンクリートの床にしたたかに身体を打ち付けた。
    手のひらが擦れ、膝を打った痛みで蹲りたいけれど闇はもうすぐそこまで迫っている。

    ミスタ、こっちだよ

    誰かの声が聞こえた。
    顔を上げれば廊下の先で誰かが手招きをしている。黒く長い髪。中学生くらいだろうか。少年はこっちにおいでと手招きしている。
    もう誰でも構わなかった。誰でもいいからこの暗闇から救って欲しくてミスタは少年の手招く方へと進んでいった。
    廊下の先には古ぼけた木製のドアがあって少年はそのドアの鍵を開けて笑ってミスタをその中へ押し込んむ。

    よく頑張ったね。もう大丈夫だよ。

    そんな声が聞こえた気がして、ミスタが恐る恐る振り返るとそこには誰も居なかった。
    長い夜が明け、遠くの窓から見える空は微かに明るくなり始めている。そこでミスタの意識は途切れた。

    目を覚ませばミスタはベッドの上で冷や汗をかいていた。
    そよと吹く風に薄青の花が揺れる部屋の中、おだやかな光景であるはずなのにミスタの心臓はどきどきと早鐘を打っている。
    張り付く薄地のシャツの感触が気持ち悪い。額の汗を拭おうとしてはたと、手を止め自分の手を見る。昨日転んで擦りむいたはずの手のひらに傷がなかった。
    慌ててズボンを捲り上げ膝を見てみても痣のひとつも見つからない。けれど、あの焦燥と恐怖、息が切れる苦しさの足の強張りもミスタの中にまだ残っている。
    何が現実で、何が夢なのかわからない。ミスタは不安に駆られ夢の最後に見た場所を確認しなければと立ち上がった。
    夢ならばきっと廊下のドアは閉ざされたままのはずだ。まだ寝起きでぼんやりする頭をフル回転させてミスタは廊下へと出ていった。
    コツコツと靴音を鳴らしてたどり着いた廊下の先。
    昨日は閉ざされていて進むことのできなかったドアのあった場所へたどり着く。夢の中ではあんなにも軽やかに感じた身体は重く、随分と時間をかけてしまった。
    「ここ、だよな……」
    ミスタはようやく辿り着いたドアの前で立ち止まる。そこには閉ざされたままの鉄のドアが鎮座していた。
    恐る恐る手を伸ばし、ドアノブを回せばギィと不快な音をたててドアが開く。窓のない廊下が遠くから差し込む日差しに照らされミスタを誘うかのようにぽかりと口を開けている。

    ミスタ!こっちこっち~!

    早くおいでよミスタ

    小さなこどもの声と、少年の声。廊下の先で楽し気に駆けて行く後ろ姿。
    彼らは一体誰なのだろうか、ミスタに何を求めているのだろうか、何もわからないけれどミスタの足は自然と彼らを追って動き出していた。
    「はぁ、はぁ…な、んだよ。俺に何させたいワケ!?」
    少年たちを追って進んだ先には朽ち果てたホールがあった。
    ミスタは歩き疲れた身体をソファーに沈めてホールの中を見回す。大きな窓に、壊れたソファー、中央にはぼろぼろの古いピアノが鎮座している。
    昔はここでコンサートなんかが開かれていたのかもしれない、ミスタはそんな高尚な趣味はなかったけれどなんとなく懐かしいような気がしてピアノを眺めた。
    するとふいにピアノが音を鳴らした。ポーン、ポーンと音を確かめるように何度か音が鳴った後音楽を奏で始める。やさしいスローテンポの音楽に合わせるようにゆるやかにヴァイオリンの音が重なる。
    ミスタは何が起きているのかわからずピアノの方を見ている。目が、離せなかった。
    ピアノの前に誰かが座っている。少し癖のあるやわらかな枯草色の髪の青年と、昨日夢で見た黒髪の少年が楽しそうに演奏をしていた。
    どこから来たのか、何故こんなところにいるのか、なにもわからないけれど、ミスタは静かに演奏に耳を傾けた。
    美しい旋律は切なく、ミスタの胸を締め付ける。ずっと聞いていたいような気に駆られるが、演奏は終わりを迎える。
    最後の一音が途切れた瞬間、彼らはミスタに一礼をしてそのまま煙のように消えてしまった。
    誰も居ないホールの中央でミスタは拍手を送った。ぱちぱちぱちと手を叩く音が響く、ミスタはその時初めて自分が泣いていることに気が付いた。
    初めて聞く音楽も、初めて出会ったはずの彼らも、見知らぬ廃墟への恐怖はなかった。
    けれどあの戦慄の美しさが、どうしようもない寂しさと悲しみがミスタを襲ったのだ。
    散々泣き、疲れ果てたミスタはそのままソファーの上で眠ってしまった。怖い夢を見るかもしれないとほんの少しだけ思ったけれど、忍び寄る睡魔に抗えずミスタの意識は深い眠りの海へと沈んでいった。

    ミスタが目を開けると随分と目線が低くなっていることに気が付いた。
    きょろきょろとあたりを見回せば眩い日差しを受けてキッチンに立つ男の背中。背の高い黒い髪の男が鼻歌を歌いながら料理をしてる。他には本を読む青年、昨日見かけた金髪の少年と黒髪の少年はテレビゲームで遊んでいるようだった。
    彼らはミスタが見ていることに気が付くと、頭を撫でたり遊びに誘ってくれた。ミスタは、まるでいつもそうしているかのように振る舞う彼らを何一つとして知りはしないのに。
    「おはようミスタ。よく眠っていたな」
    料理をしていた男が振り返る。知らない男だ。
    「んはは、ヨダレ出てるよ」
    しょうがないなぁと言いながらハンカチで口元を拭ってくれる黒髪の少年。
    「ミスタ、オレよりお兄さんなのにへんなの!!」
    それを見てけらけらと笑う金髪の少年。金髪の少年を窘めつつも微笑ましそうに笑っている青年。
    誰一人として知りはしないはずなのにその手があまりにもあたたかくて、ずっとこうしていたいと思ったら止まったはずの涙がまた零れた。
    どうして彼らはミスタにやさしくするのだろうか、何もわからない。わからないことだらけだ。
    急に泣き出したミスタを見て四人は慌てたけれど、既にミスタの感情はミスタの手を離れてしまっていた。
    わんわんと声を上げて泣くミスタを抱きしめた枯葉色の青年は大丈夫だよ、もうすぐまた会えるからねと言ってミスタの頼りない背中をポンポンと叩いた。
    「ぁ、う…」
    じわじわと歪んでいく視界に夢の終わりを予感して、ミスタは何かを問おうと口を開くけれど形にならずただの音になって消えた。
    せめてもと思い、青年に力いっぱい抱き着いたけれど次の瞬間、もう見慣れてしまった廃墟の天井が目に入った。
    「……頭いてー」
    泣きすぎたせいで痛む頭を押さえながら身を起こすと、昨日まではなかった青い花がミスタの周りを囲むように咲いていた。
    不可思議な事ばかり起こりすぎるせいでもう少しくらいのことでは驚けなくなっている自身に呆れながらミスタは今日も廃墟の中を歩いていく。
    ホールを抜ければ薄暗い廊下が続いていた。物寂しい廊下をひとりきりで歩く。
    書簡棚だろうか、あちこち錆びたロッカーが転がっている。
    少しくらい寄り道をしてもいいだろうと思いながらミスタはロッカーを開けてみると、中から数枚のポラロイド写真と新聞の切り抜きが出てきた。
    ポラロイド写真には水没する都市、爆発を起こしている大きな工場、ガスマスクを付けた人々の姿が写っている。
    もっと面白いものがあると思っていたのに、少し残念に思う。
    けれど、せっかく手に入れたのだから詳しく読んでみようと新聞記事を広げた。
    「あれ?」
    新聞の文字は掠れてもいないのに文字を読むことができなかった。一部は読むことができるけれど、全体を読むことは叶わない。どういうことだろうか、印刷前のミスプリントだろうかと小首を傾げていると小さな手がミスタのズボンを引っ張った。
    「ん?」
    足元を見れば金髪の少年が満面の笑みでミスタを見上げている。
    「お前っ…!」
    「ねえ、まだオレのこと思い出さない?」
    「はぁ~?何言ってんだお前…ってか名前くらい教えろよ」
    ミスタがそう言えば、少年は酷く傷ついた表情をした。泣き出す寸前のような表情を無理やり笑顔に変え少年は口を開く。
    「オレ、オレねルカって言うんだ。ねえ、ミスタここ開けてみて!」
    ミスタがルカと名乗る少年を捕まえる直前に、ルカは軽やかに身をひるがえし少し離れたロッカーへと駆け寄った。
    「すっごくPOGなのが入ってるんだ!」
    「あ、おい!!」
    それだけ言ってルカは何処かへ行ってしまった。
    再びひとりになったミスタは、少年に言われた通りにロッカーへと近づいていく。
    錆びついていたけれど少し力を入れれば重たい音を立ててロッカーはゆっくりと開いた。ロッカーの中には一枚の写真が入っていた。
    「F**K!!」
    少年の反応を見てもっとイイモノだと思っていたミスタは肩透かしを食らってつい悪態が口を吐いた。
    写真はどうやら家族写真の様だった。
    夢で見た男と、彼は色の青年、黒髪の少年とルカ。誰が撮ったのかはわからないけれどピントはボケて、指が映り込んでいた。ヘタクソな写真だったけれど、彼らはみな楽しそうに笑っていて幸せな家族の形がそこに納まっていた。
    “もうすぐ会える”と言った青年の言葉を思い出し、また会えたら彼らにこの写真を渡してやろうとポケットに詰め込んだ。
    こどもの落書きと写真が擦れミスタのズボンのポケットはかさりと小さな音を立てた。
    さて、早く進まなければまたあの不安な夜が来る。
    ミスタは廊下を進んだ。
    その後も体育館や物置部屋、夢の中様々な場所で彼らに出会ったけれど言いたい事だけ言って彼らは消えてしまう。追えば追うほど、捕まえようとすればするほど距離は遠くなり置いていかれる。
    待ってと追いすがっても触れる前に消えてしまう彼らは何を知っているというのだろうか、ミスタは導かれるように彼らの足跡を追っていく。
    「ここどこ……?」
    迷路のような廃墟を進んだ先で青い花が咲き乱れるホールに出た。
    壊れた噴水と生い茂る青い花がなんだかちぐはぐで少しだけ可笑しくなってミスタは小さく笑う。数日ここで過ごしたミスタはこの花が自分を守る為に咲いているのだと気が付いた。
    ここに危険はないと安心してソファーに横になる。
    ずっと付きまとう全身の倦怠感。夢の中ではあんなにも自由に動き回れるというのにおかしなこともあるものだと目を閉じた。
    しばらくすると眠気が襲ってきて、ゆるゆると眠りへと落ちていく。
    再び目を開ければそこはミスタが立ち入れない光の溢れる部屋の中だ。けれど今回は様子がおかしい。
    いつもならば誰かが居て、生活を営んでいるはずなのに誰も居ない。
    よくよく耳を澄ませば隣室から物音が聞こえる。なんだ隣にいるのかとミスタは安堵の息を吐いてドアノブに手を掛けようと手を伸ばす。
    「お前誰?」
    「……おれはおれ」
    「はっ、なにそれ」
    ドアを通せんぼするように、ミルクティー色の髪を持つ小さな少年が立っていた。
    ミスタの問いによくわからない答えを返した少年はミスタに本当に行くの?と問いかける。
    「は?お前に関係ないじゃん」
    「かんけいある!」
    「なんなワケ?俺お前の事知らないんだけど」
    少年を無理やり押し退け横を通ろうとしたとき、少年の傷ついた表情が見えた。けれど、そんな事よりも一秒でも早く彼らに会いたかった。
    ミスタは見ないフリをして急いでドアを開けた。予想通り皆はそこにいた。けれど誰も振り返らず、ベッドに横たわる誰かの手を握っていた。
    「みんな、何してるの?」
    声を掛けるけれど、誰も振り返ることはなかった。誰もかれも傷ついた表情で、ベッドの上の男を見ていた。ルカはわんわんと声を上げて泣き叫び、何か悲しいことがあったのだとやっとミスタは気が付いた。
    「ミスタ、ヴォックスが……」
    「ヴォックス?」
    ミスタに気が付いたルカが泣きながら抱き着いてきた。耳元で嫌だ嫌だと泣き喚くルカを黒髪の少年がそっと引き剥がし、その小さな身体を抱き上げた。
    黒髪の少年の表情も悲しみに暮れているけれど、それよりも気になったのは彼の白い手が赤く爛れている事だった。きっと触れたら痛いだろうその手でルカを抱きしめている。
    「なあ、その手どうしたの?」
    「……ちょっと火傷しちゃっただけ、さあ、ミスタもヴォックスにおやすみを言おうね」
    黒髪の少年に背中を押され、恐る恐る近寄ればベッドに横たわる男の惨状が目に入った。
    そこには……


    夢はそこで終わった。
    ミスタは冷や汗をかいて飛び起きた。まだ日が昇る前の薄闇の中、ミスタは早鐘のようになる心臓を押さえ震える身体を丸めて深呼吸をする。
    (なんだアレ、なんで、なんでなんで?)
    青年に手を握られていたのはきっと料理をしていた男だ。ヴォックスは朝早くに部屋を出て、日が沈んでから帰ってくる生活をしていた。
    きっとミスタたちを養うためにどこかで働いていたのだろう。時折疲れたよな表情を見せることはあったけれど、それでもミスタやルカが近づけば笑顔で抱きしめてくれたやさしい男。
    そんな彼が何故。そう思わずにはいられなかった。
    白く美しい手は焼け爛れ、水膨れだらけになっていた。見る影もないほど全身が赤く焼け爛れ、健康な皮膚は欠片も残っていなかった。
    あれは一体何があったのだ、とミスタは頭を抱える。がたがたと震えながらふと、ミスタは自分の手を見た。
    「ひっ…!!」
    ミスタの手袋から見える手首が赤く爛れている。日に当たっている部分がどんどん赤くなり、水膨れもでき始めている。
    ミスタは慌てて日の当たらない物陰へと身を隠した。
    自身の身に何が起こっているのかわからず、ミスタはふと割れたガラスに自分の姿が写っていることに気が付いた。青白い肌に、ミルクティー色の髪の毛、青空と夕焼けが溶け合ったかのような瞳。
    「は、はは……、これ、が俺?」
    ガラスに触れようと手を伸ばした瞬間にミスタは奇妙な違和感を覚えた。
    果たして自分はこんな姿をしていたのだろうか?ミスタ・リアスはこんなにも大きな身体をしていただろうか?
    視界が歪む。皮膚の痛みが増していく、目線が低くなる。
    ああ、そうか。そうだったのか
    唐突にミスタは理解した。鏡に映ったのはまやかしだと。
    もう一度ガラスを見る。そこには小さなこどもの姿の自分が写っていた。夢で見たヴォックスと同じように皮膚は焼け爛れ、水膨れに塗れて右目だって膿んで視界がぼやけている。
    「はは…おれ、こんなだったんだ…」
    本来の姿を思い出したことで徐々に記憶が蘇ってくる。
    あたたかな家族との記憶、やさしく頼りになるけれど時折自分よりも子供っぽくて弟に怒られていたヴォックス、穏やかで博識で厳しいところもあるけれど大好きなアイク、ルカとミスタと三人で悪ふざけを全力で楽しんで一緒に怒られたシュウ、大切な弟分のルカ。
    みんなみんなミスタの大好きで大切な家族だったのだ。
    しあわせであたたかな日常の記憶、忘れたくなかった記憶の欠片が涙になって目から零れ落ちる。
    今は遠く、二度と手に入らないとミスタはもうわかっていた。
    あの日、発電所の大きな爆発が起こってからミスタたちの日常は崩壊した。有害な化学物質が撒き散らされ、逃げ遅れた者たちは徐々に身体を壊していきこのアパートは地獄絵図と化した。
    昏睡状態になるもの、日光に過敏になるもの、極端に体力が落ち記憶を失うものが続出した。家族の中で一番に被害にあったのはヴォックスだった。
    彼は家族の為に外に出て働いていたから誰よりも化学物質の影響を受けていた。日に日に崩れていく身体を引きずって部屋を出るヴォックスを見送るのが大嫌いだった。
    みんな痛そうな表情でヴォックスの背中を見送って、自分たちは部屋から出ることを禁じられて安全な場所に居なければならないこともミスタ達を余計に苦しめた。
    ヴォックスが食料や水を調達してきてくれるからミスタ達は生き延びることができたのだ。
    その次はルカだった。
    一番幼い彼はこっそりとベランダに出て一人で遊んでいたのだという、その次はアイク、シュウ、ミスタは結局一番最後まで生き残ってしまった。
    誰も居ない部屋でカビたパンを頬張って、腐りかけの水を飲んで過ごして自分の死を待っていた日々を思い出す。
    虚ろな目でルカがこっそりと植えたベランダに置かれた青い花を見ていた事、誰も居なくなったアパートを一人きりで歩いた事、朽ちていく家族に何もできずにただ見ていた事、思い出したくないことまで全部思い出した時、そうして自分の結局誰に看取られることもなく死んでしまった事、全部を思い出した。
    「なんだ、俺最初から死んでたんじゃん」
    しゃがれた声は果たして自分の物なのだろうか、耳障りな声で笑ってミスタは立ち上がる。
    どうせどこにも行けないのだ、ふらふらとさ迷い歩くのもいいかもしれないなんて小さく笑う。
    「ミスタ」
    呼ばれて振り返った先には大好きな家族が立っている。どうせ、全てミスタが望んだ幻なのだろう。その声を無視して再び歩き出そうとした瞬間、背後から強い衝撃を感じこどものミスタはそのまま吹き飛ばされてしまった。
    「なっ…にすんだよルカぁ!!」
    「だって!ミスタがどっか行こうとするから、やっと会えたのにUNPOGだよ!」
    「なにがやっと会えただ、どうせ俺の望んだ幻覚なんだろ?」
    ミスタはルカを引き離そうと躍起になりながらそう言えばルカは泣き出し、シュウがルカごとミスタを抱きしめた。
    「迎えに来るのが遅くなってごめんねミスタ。僕たちミスタをずっと待ってたんだ」
    「なんだよ今更。俺のこと忘れちゃってたの…?」
    「それは違うよ、ミスタ。ミスタが僕たちを忘れちゃってたから出会えなかったんだ」
    アイクがミスタのやわらかなミルクティー色の髪を撫でる。久しぶりの家族の体温がじわじわと身体に染み込んでいく。
    「一人でよく頑張ったな、えらいぞミスタ」
    ヴォックスが、健康だった時の姿でミスタの前に立つ。
    黒々とした髪も、満月のような瞳も、逞しい身体も記憶のままだ。ミスタにはまだよくわからないおしゃれをして、黒く塗られた爪が彩る両手がミスタの両脇に差し込まれたと思った時にはミスタの身体は宙に浮いていた。
    そのままヴォックスの腕の中抱かれ、随分と高くなった目線に驚いていると一人にしてすまなかったと囁くヴォックスがミスタのまろい頬にキスの雨を降らせた。
    くすぐったくて身を捩るけれど、ヴォックスの腕の力が強くて抜け出せない。誰かに助けを求めたいけれど、三人とも微笑ましそうにその光景を見ているだけだった。
    どれくらいそうしていただろうか、五人で壊れた噴水の縁に座り過去の思い出話に花を咲かせたり、やっとミスタに姿を認識してもらえた時の家族の喜びようを全身で表現しようとしたルカが噴水に落ちたりして笑いが絶えなかった。
    いつの間にか、ミスタの頑なだった心も溶けだしあの夢の中で家族に甘えるような態度でヴォックスの腕の中に納まっていた。
    「そういえばさ、これ拾ったんだけど」
    ミスタはそう言ってポケットに仕舞ったままの画用紙とポラロイド写真を取り出す。
    それを見た四人が嬉しそうに笑った。
    「これミスタが描いた絵だよ!」
    「こっちはミスタが初めてカメラで撮ってくれた家族写真だな」
    「そうそう。うわー懐かしいなぁ。この絵、みんなで花の種を蒔こうって言ってて咲いたらみんなでお花見するんだって言ってたんだっけ」
    「げっ!そんなこと言ってねーし!」
    下手な絵だと笑ったことを覚えているミスタは画用紙を奪い取ろうと手足をばたつかせる。
    「すっごいPOGだよ!オレこの絵好き!ねえ、オレがもらってもいい?」
    「いいわけねえだろ!」
    ルカの手から画用紙を奪うとルカがショックを受けたような表情で固まっている。ミスタは知った事かとヴォックスの胸に顔を埋めた。
    「こらミスタ、弟をいじめるんじゃない」
    「だってルカが…」
    「ミスタはもっと上手な絵を見せてあげたかったんだよね」
    ヴォックスの小言が始まりそうな瞬間、シュウがやんわりとフォローを入れてくれた。
    「……うん。だってこの絵へたくそだから」
    「オレその絵好き!ほんとうだよ!」
    「んはは、ほらミスタ、ミスタのファン第一号だよ」
    プレゼントしてあげたら?というシュウの言葉に促され、ミスタはルカに画用紙を手渡した。
    それを嬉しそうに受け取り、アイクに自慢しているルカをヴォックスの腕の中から大人しく見ていた。自分の書いた絵であんなに嬉しがるならまた描いてやってもいいと思いながら、やさしい兄たちの愛を享受する。
    懐かしい匂いと体温に包まれてずっとこうしていたいと思った時、ヴォックスが口を開く。
    「さあ、そろそろ行こうか」
    「どこに?ってかここから出られんの?」
    「もちろんだ。俺たちは全員しあわせになる権利を持っているのだから」
    そうして立ち上がったヴォックスに手を引かれミスタも歩き出す。空いている方の手をシュウがそっと握ってきたのが気恥ずかしい。
    それを見ていたルカがみんなで手を繋ごうと言い出して、結局五人で手を繋いで玄関ホールまで歩いた。
    「もし、生まれ変わってもまた君たちと出会いたいものだな」
    ヴォックスがそんな事を言いながら玄関の扉を開けた。
    その先には美しい青空と草原が広がっていて、あの青い花が風に揺れていた。
    「ぅわ~!!すごいきれい!POOOOG!!」
    「んはは!ルカ~そんなに引っ張らないでよ~!」
    「ちょっと二人とも危ないから走るのやめなよ」
    ルカとシュウを追ってアイクも出ていった。残されたのはヴォックスとミスタだ。
    先ほどの寂し気なヴォックスの言葉を聞いてしまったミスタはなんと言葉を返そうか悩んでいると、ヴォックスが手を差し出した。
    「行こうか、ミスタ」
    「あ、うん」
    その手を掴んでゆっくりと一歩、踏み出す。
    「あ、あのさヴォックス」
    「どうした?」
    「俺も、またみんなと一緒に遊びたい!生まれ変わってもまたみんなでこうやって一緒にいたい!」
    やっとのことで紡いだ言葉を聞いてヴォックスは目を見開いた後、心底うれしそうに笑った。
    「そうか」
    「うん!俺、みんなのこと大好きだから」
    そう言って照れ隠しなのかミスタは俯いてしまった。遠くから様子を窺っていた三人もミスタの言葉に頷いている。
    独りぼっちでさ迷う孤独な亡霊はもうどこにもいない。願わくば、また彼らと共に生きられる未来を願って彼らは光の中を歩いていくのだった。
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