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    ヒロ・ポン

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    ヒロ・ポン

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    門梶/酌しなかった…

    おじさんがハムにはしゃいでいるマルコを伴って海外に飛んでしまった貘さんは僕に一枚知らない名前が入ったカードを置いて行った。これで暮らしてね、という事らしい。
    見るからに僕の知っているポイント機能つきカードとか一線を画するものだったが、これを渡されたからと言って別に何をしようと思いつくこともない。
    なので、ふらりと街に出てみた。カードはしっかりと財布に入れてズボンの前ポケットに入れた。
    貘さんだってこれで是非豪遊してね、と言う意味で渡したのではないのはわかるし無駄に使うつもりもない。
    けどこれで食事、と考えても通りのどこそこにある飲食店を覗いてみても大して興味はわかなかった。
    人生で一人飯をした回数の方が格段に多いって言うのに、あの二人と出会って以降のたった数年で一人での食事に味気なさを感じるようになってしまった。
    けどこれまでの経験則からして、使わなければ使わないで貘さんのほうから連絡が来てしまう。そういう人なのだ。
    散歩のつもりで出かけたのにいつのまにか大通りまで来てしまった。老舗百貨店に入ってみたが、地下に降りてもやはり興味をそそられるものが目に入らない。
    貘さんあれ好きそう、マルコならあれくらい食べるかな、といつも考えながら食料調達をしていたのだから、自分が主体となると途端にわからなくなる。
    夕飯の彩を目当てにした人が増えつつある時間帯のデパ地下で自分は間違いなく浮いている。
    並んでいるものはうまそうなのだ。けど食指が向かない。もうこうなれば歩いているのも時間の無駄だった。ホテルに戻るまでにコンビニがあればそこで弁当でも買おうと思った。
    歩いて歩いて、散歩なのだからと反対側の出口を目指した。当日に食べる前提の総菜コーナーを抜けて贈答品のフルーツや茶葉のあたりに差し掛かる。
    急に薄くなった人の波に流されそうになることもなくなり、ある一角を見てふと足を止めた。

    ―――そうだ、酒を飲もう。
    並んでいる緑や白の一升瓶の中には梶も聞いた事がある銘柄がある。値もそこまでのものではないし、今何か頼まれている案件もない。明日、明後日と賭けの予定も入っていない。
    でもこれにはさすがに預かったカードは使いたくないので自分の財布を開いた。
    どこそこに飲みに行くという習慣もなかったからこれは試してみるチャンスかもしれないな、と思い、店員に聞いて一番飲み口の軽い物を選んでもらった。それからもう一本、それとは真逆の味のものも。

    *

    今日は家に確実に帰らなくてはならない。
    賭郎の仕事はなく、表稼業をさっさと始末して愛車に乗り込んだ。
    柄にもなく浮足立っている。家に物が届くとなってこうも気分が浮くのはいつぶりだろうか。
    酒の席でもうすっかり出来上がった南方から「これはいいぞ。生活の質が上がる。」といって見せられた生ハムの原木がうちにも届くのだ。
    見せられた写真の背景が以前仕事の届け物で行った判事の家だったのは目を瞑ったが、それはそうとしてその時は自分もかなり酒が入っていたので「おう、ええね」とその場で決済した。
    という記憶が蘇ったのが一昨日。プライベート用のメールアドレスに発送通知が来たのだ。
    最初はスパムかと思ったが、スパムなんて安い肉ではなく原木だった。自分で注文したものだが本当に思い出すまでに一瞬かかったので目を疑うのくらい許してほしい。
    留守にしている間はどうしようか、なんていう懸念もあるにはあったが、まあ気が済むまで削ったら誰ぞにやればいいと受け取りの時間指定をした。それが届くのが今日なのだ。
    とはいってもそもそも手がかかるうえに箱を開けてすぐに食べられるものではないから、同時に同じ商品から切り出された物や他パック商品も押さえておいた。泥酔していたにしては過去の自分もいい仕事をする。
    今日はまずそれを目当てとして冷蔵庫で日本酒を冷やし、一足先にワインも届いて冷蔵庫で寝かしつけてから家を出た。そこに自分が帰れば、さぞ良い夜になる事だろう。
    配達予定時間まではまだ余裕があったが裏道を続けて抜けて足早に家路を走った。

    帰宅して楽な格好になり到着を待つ。なぜ自分がこんなにも生ハムごときに期待しているのかはわからないが、でかい肉が届くともなれば無理はないだろう。
    19:00から21:00というアバウトな時間指定だったというのに19時ぴったりにインターホンが鳴り、「それ」は玄関を跨いだ。
    ひと抱えもある箱の中が丸ごと肉だと思うと何故か笑いがこみあげてくる。疲れているのだろうか。
    とりあえずでリビングのローテ―ブルの上に置いた。さて、と袖を捲り上げ箱にカッターナイフの刃先をいれようとしたところで、

    ピンポーン

    またインターホンが鳴った。
    正直苛立ちを覚えた。私たちこれからいいところ、なんてものではない。前夜祭の盛り上がり手前であった。
    最近はこれ以外を取り寄せた記憶もなく、悪戯ができるようなマンションでもない。
    じゃあ誰なのだと応答する前にインターホンのモニターを点けると、そこにはかわいい顔が映っていた。
    「梶様?」
    『あ、すみません突然…今お時間いいですか?』
    梶は胸に抱えていた紙袋をごそごそと探る。取り出されたのは瓶だった。
    『あの、僕今日一人で…、お酒買ったので、よかったら一緒にどうかなって』
    どうかなもこうかなもない。梶が自分の意思でこの門倉に用があり赴いたのだ、と頭が判断すると同時に開錠ボタンを指が押していた。
    それから少しして今度は玄関のインターホンが鳴る。聞き馴染んだ足音がした時点で玄関の前で腕を組んで待っていたのでサムターン錠を回すまでは一瞬だった。
    「あ、ども…夜分に…お酒、買ったんですけど一人しかいない部屋で飲むのもな~って、思って…へへ…」
    梶は紙袋をまっすぐ前に突き出す。その脚はまだ玄関の敷居をまたいではいない。

    「…生ハム、お好きですか?」
    梶が差し出していた紙袋を受け取り、肩を抱いて迎え入れる。
    「好きです!」
    プロシュート、ハモン・セラーノ、ジャンボン・ド・バイヨンヌ。購入明細にはお勧め欄に出て来たものを片端からカートに投げ込んだらしい形跡があった。
    冷蔵庫には漬物もあるし、ソーセージもある。締めが欲しければ棒ラーメンもある。
    良い夜になるだろうとは思っていたが、思っていた以上の夜になりそうだ。さぞ酒も美味いことだろう。
    …次を誘う口実もあることだし。
    手間をかける事にはなれている。むしろ、その喜びのさなかにあるのだからどんなものも苦ではない。
    ジャケットを脱ぎながら手土産の酒の事を楽しそうに話す梶の腰を抱き、いそいそとリビングに向かった。

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