「カルデアの余は、マスターとの仲が良好ではなかったのであろうか」
破神同盟基地で他の者とは気さくに話しをするマスターを遠目に見ながらカリギュラは小さく呟いた。カルデアのマスターがどうも目を合わせないようにしているし避けられている気がしたからだ。冷凍睡眠から目覚めて初めて会った時のマスターも声には出していなかったが百面相の狼狽っぷりがすごかった。まぁ本来は非常に扱いにくい強い狂化のかかったサーヴァントであるから当然と言えば当然だが……と一人納得しながらの何気ない独り言であった。ふと視線を感じて横を見やるとマシュが目を真ん丸にしてこちらを見上げていて驚く。
「どうした、盾の娘……よ?」
突然マシュに腕を掴まれてずるずると使っていない部屋へと引っ張り込まれてしまった。扉が閉まると同時にマシュがくるりとこちらに向き直る。
「そんなことないです! カルデアではマスターは誰より一番……ちょっと妬けちゃうくらいにカリギュラさんに執心していましたので!」
中々の剣幕でそう言われ面食らってしまった。
「カルデアのカリギュラさんは早くから召喚に応じてくださって……最初の頃は暴走することも多くて大変だったのですがマスターはいつも苦心して、あの手この手でなるべく狂気を静める方法を模索していました。おかげで段々と穏やかに過ごせる時間が増えたんです。カリギュラさんもそれに応えるようにいつも優しい目でマスターを見ていました」
マシュはまくしたてるようにそう言ってからハッとしたように顔を赤らめ呼吸を整える。
「申し訳ありません、つい熱くなってしまい……そう、そうですよね、マスターの今のあの態度ではそんなことわかるはずもありません」
「うむ、いや、そう聞いて悪い気はしない。カルデアの余はよくやっているのだな。安堵したぞ……つまりあの態度はカルデアの余に義理立てている、といったところだろうか」
「そう、かもしれません。あるいは、もしかしたら……」
しばし逡巡するマシュ、そして小さく口にする。
「……照れているのかも」
カリギュラは目を丸くする。そして苦笑を漏らした。
「笑いごとじゃないんですよ、マスターはいつも正気の貴方を追っているようでした。監獄塔……マスターは夢の中に囚われたことがあるのですが、その時に正気の貴方に会ったと言っていました。その以来マスターはずっと、少しの間でも貴方を正気に戻せるように躍起になっていたのですから」
真剣なマシュの様子にカリギュラは真面目な表情になる。
「そうか、それは……悪いことをした」
「?」
「マスターが会いたいのはきっとカルデアの余の正気だ。そしてきっとカルデアの余も正気の状態でマスターに会いたがっていただろうに、横取りしてしまった。マスターはやはり義理立てているのだろう。フ……そこまで想われているカルデアの余が羨ましい限りだ」
寂しそうに笑う皇帝にマシュも哀しくなりかけたその時、突然部屋の扉が開き何かが飛び込んできた。
「ずびばぜんカリギュラ陛下~~」
部屋に転がり込んで床に土下座しているのはマスターであった。泣きながら何か言っているがよく聞き取れないので落ち着かせるために背中を撫でてなだめる。
ベッドに座らせた立香にマシュが持ってきてくれたお茶を飲ませて一息つく。マスターはまだ鼻を啜っているがある程度落ち着いたようだ。マシュは気を遣ったのかいつの間にかいなくなっており、部屋はカリギュラとマスターの2人きりになっていた。
「いやほんと申し訳ない面食らい過ぎて……急に夢が叶ったもので……動揺してろくに話しもできず……」
「夢とは?」
「あの……ええと、こうやって貴方と話をすること……ですかね……」
顔を赤くしてもじもじしているマスターに破顔するカリギュラ。
それからは何も気兼ねすることなく、最期の決戦の時まで僅かな間であったが、2人は沢山の話しをすることができたのだった。