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    ささがし

    @Bam8minmin19Boo

    絵も文章も練習中🔰 作業進歩を公開したり、尻叩きとして利用したいです。

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    ささがし

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    新刊に収録した暗夜軍師お抱えの仕立て屋の物語『極まれり』を褒めていただけて嬉しいので、本編に入れられなかった『仕立屋の祖父と従者時代のマクベス(10代)の出会いの一幕』を公開します!!!!
    完全な前日譚なので、これを読んでから本編でも楽しいと思います!

    或る従者と職人の物語(「極まれり」前日譚) 離宮の衣裳部屋は夜半近くにもかかわらず、未だ明かりを灯していた。
     整然と並べられた衣装ドレスと帳面を前に、少年は眉を寄せて立ち尽くしていた。黒髪は薄いフードの下で微かに揺れ、手元のランプに照らされた顔には、年齢にそぐわぬ緊張が浮かんでいる。

    「……どうして、同じ意匠モチーフを」

     細く吐き出されたその声に、虚空が静かに応じた。明日、王の御前で催される舞踏会。その場に出るあるじのために用意していた髪飾りが、他の妾のものと酷似していると、つい先ほど報告が入ったのだ。
     しかも、相手はあるじの因縁浅からぬライバル__装いの「格」で負けることなど、決して許されるものではない。

     少年は唇を噛んだ。間違いなく、自分の落ち度だ。詰めが甘かった。仕立て屋から衣装ドレスを受け取ったとき、もっと念入りに検分すべきだった。

    「……な、なんとかしなければ」

     あるじの怒りを買えば、ただでは済まない。いや、済むはずがない。
     そう思ったとき、衣裳部屋の扉が静かに閉ざされた。夜の帳が、少年を追い詰めていく。
     
     ◇◇◇
     
     雨の音に混じって、硬いものが戸を叩く音が聞こえた。
     こんな時間に、と独り言ちた職人は、寝間着のまま重い扉を開けた。風が吹き込み、弱々しい灯りが一瞬揺らぐ。

    「……あ?」

     立っていたのは、小柄な少年だった。黒いローブの裾は泥に汚れ、濡れたフードの影から覗く目元は、ただならぬ切迫を湛えていた。
     だが、職人の目に留まったのは、彼の首元のブローチ__王宮の従者にしか与えられぬ証だった。

    「賊が来たら厄介だ。中へ入んな」

     無言のまま頷いた少年を引き入れ、椅子に座らせる。乱暴にタオルを押しつけながら、職人は無遠慮に問うた。

    「さて、何の用だ。まさか服の注文って訳じゃねぇだろうな」

    「……髪飾りを。明日の……舞踏会までに、どうしても……あるじの、衣装ドレスに合わせて……」

     震える声で必死に紡がれる言葉。その最中、少年はおずおずとローブの内から何かを取り出した。
     それは、手のひらにすっぽり収まるほどの小さなペンダント。
     中心に埋め込まれていたのは、紫にも赤にも見える、不思議な輝きを湛えた紫水晶アメジストだった。光の加減で煌めき方が変わり、まるで内側に何かが揺らめいているかのようだ。

    「これを……報酬に。どうか、お願いします……」

     職人は黙ってそれを受け取った。指先をかざすと、微かながらも魔力の脈動が指に触れる。だがそれ以上に、見たことのない素材への興味と、宝石自体が持つ奇妙な気配に、職人の眼差しが鋭くなる。

    「……なるほど。珍しい石だな。どこで手に入れたんだ?」

     問いかけには答えず、少年は小さく首を横に振った。だがその仕草の裏に、どこか「それ以上は問わないでほしい」という懇願があった。
     職人は肩をすくめ、口元で舌打ちをすると、部屋の奥から古びたシャツとズボンを持ってきて少年に差し出す。

    「いいから、これに着替えな。濡れたままだと風邪を引くぞ」

     けれど少年は、首を縦に振らなかった。拒絶とも、恐れともつかぬ硬直の中で立ち尽くしていた。

    「まったく、いい加減にしろよ」

     職人は息を荒くしてローブを剥ぎ取るように引き下ろし、無理やり着替えさせようとシャツの裾に手をかける。
     そのとき__
     布の下からあらわになったのは、幾重にも重なった痣と、無数の裂傷跡だった。
     薄くなった古傷に混じり、つい最近刻まれたばかりと見られる、真新しい鞭痕が、青白い皮膚の上で腫れあがっている。
     骨ばった肩甲骨の間には、火傷のような痕跡すらあった。

     「……っ」

     思わず職人は言葉を失った。
     背中のそれは、“しつけ”の域をはるかに超えていた。暴力__それも、陰湿で計画的な、人格を踏みにじる類のもの。
     少年はうつむいたまま、震えていた。
     小さく、かすれた声で囁く。

    「……明日、あるじに恥をかかせたら……きっと、今度こそ、私は……」

     “どうなってしまうのか”という言葉は、喉の奥で止まった。
     その声の震えと、背中の痕がすべてを語っていた。
     彼は恐れていた__ただの叱責ではない、命をも脅かしかねない“罰”を。
     職人は深く息を吐き、呟くように吐き捨てた。

    「……くそ、厄介ごとに巻き込みやがって」

     無造作に少年の手を取ると、さっきのペンダントをその掌に押し戻した。

    「お代はツケで結構だ。宝石の価値なんざ関係ねぇ。……朝までに仕上げてやる」

    少年が顔を上げた。目には驚きと困惑、そして__ほんのわずかな安堵の光が揺れていた。

    「……ありがとうございます」

     その声は、今にも消え入りそうに小さかったが、確かに言葉として届いた。

    「礼はいい。さっさとそのシャツ着ろ。で、ソファに転がって、仮眠でも取っとけ」

     ぶっきらぼうに言い放ちながら、職人は台所キッチンへ向かい、鍋に牛乳を注いだ。
     ゆっくりと立ちのぼる湯気が、工房の冷えた空気をほんの少し、温めてゆく。

     しばらくして、着替えを終えた少年が、そっとソファへ身を沈めた。
     こわばっていた指先がようやく緩み、掛け布の隙間から、吐息のような寝息が漏れた。
     頬に触れた布の優しさに、緊張がほどけたのだろう。
     少年の表情からは、怯えや恐れが、少しずつ拭われていく。
     深く、静かな眠りだった。
     それは、誰にも邪魔されることのない、ほんのひとときの安息だった。

      ◇◇◇

    明け星が昇る頃、工房の小窓から、曇り空の切れ目が淡く色づいていった。
    職人の手元には、完成した一輪の髪飾り。白銀の花弁が、美しく咲いていた。
    それを箱に納め、そっと布を掛けたとき__ソファの上の少年が目を覚ました。

    「……もう、朝ですか」

     寝ぼけた声。まだあどけなさを残すその瞳は、昨夜の怯えが嘘のように穏やかだった。

    「ほら、出来てるぞ」

     ぶっきらぼうに言い放ちながら、職人は箱を差し出す。少年はそれを両手で大事そうに受け取り、静かに頭を下げた。

    「……ありがとうございます。本当に、助かりました」

    「礼を言う暇があったら、さっさと戻れ。お前さんのご主人様が機嫌を損ねちまえば、俺の苦労も水の泡だ」

     口は悪いが、その声は、どこか柔らかかった。
     少年は微笑み、箱を胸に抱きしめるようにして、深く一礼した。
     雨は止んでいた。濡れた石畳を走っていく黒いローブの背を、職人はただ黙って見送った。

       ◇◇◇

     それから幾年__
     老いた職人は病床にあった。血を吐くたびに肺が焼けるようで、起き上がることさえままならない。

     だが、今日ばかりは、横になってなどいられなかった。

     王城の大広間。人々が見上げる先、玉座の側に立つ男の姿があった。
     漆黒のマントと金糸の刺繡。背に翻るは、赤く染まった天馬の羽根。
     黄金の仮面が顔の半分を覆い、残された目元には、深紅の光が宿っている。

     __暗夜王の軍師、マクベス。

     即位式の日。かつて髪飾りひとつで必死だった、あの少年が、いまや国の柱とされ、光輪ヘイローを背負って立っている。
     胸を衝くほどの誇らしさと、遠くなりすぎた背中への一抹の寂しさが、老職人の胸を満たしていた。

    「ツケは、もう……十分に返してもらったよ」

     誰にともなく、呟く。
     それから数日後の晩。

    「……よく似合っていた。あれこそが__この生涯における、“最高傑作”だ」

     最期の言葉は、微かな吐息とともにこぼれ落ちた。
     まどろむように瞼を閉じるその表情には、誇りと安堵の両方が宿っていた。

     白布をかけられた枕元で、老いた職人の息が、静かに止まった。
     それは、しなやかな糸がほつれるように__
     夜の帳の向こうへ、穏やかに、そして確かにほどけていった。


    <「極まれり」前日譚・完>
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    完全な前日譚なので、これを読んでから本編でも楽しいと思います!
    或る従者と職人の物語(「極まれり」前日譚) 離宮の衣裳部屋は夜半近くにもかかわらず、未だ明かりを灯していた。
     整然と並べられた衣装ドレスと帳面を前に、少年は眉を寄せて立ち尽くしていた。黒髪は薄いフードの下で微かに揺れ、手元のランプに照らされた顔には、年齢にそぐわぬ緊張が浮かんでいる。

    「……どうして、同じ意匠モチーフを」

     細く吐き出されたその声に、虚空が静かに応じた。明日、王の御前で催される舞踏会。その場に出るあるじのために用意していた髪飾りが、他の妾のものと酷似していると、つい先ほど報告が入ったのだ。
     しかも、相手はあるじの因縁浅からぬライバル__装いの「格」で負けることなど、決して許されるものではない。

     少年は唇を噛んだ。間違いなく、自分の落ち度だ。詰めが甘かった。仕立て屋から衣装ドレスを受け取ったとき、もっと念入りに検分すべきだった。
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