咲き誇る笑顔「なぁ、天元…」
「ん?」
月明かりだけが辺りを照らす夜更け…俺は、コイツの屋敷の縁側に座っては、コイツ…天元と二人きりの夜を過ごしていた…
「俺はよ鬼だ」
「あぁそうだな」
「オメェなんかよりずっとずっと長く生きてきた鬼だ」
「おう」
「見た目だって生まれながらに不健康で、鬼になってからは骨がゴツゴツ出てきて正に異形だ」
膝を抱えて俯く俺…最初こそはその紅い瞳を見つめてた話してたが、今はどうしても見る事ができねぇ。瞳を見ればコイツの言ってる事が嘘かどうか分かっちまうから。
何でかな…コイツに嘘をつかれんのだけは堪えちまう…。
だから、この本題の真意だけはどうしても知りたくなかった…。
「そんな俺を、オメェは抱くって言うのか?」
「おう。今から抱くつもりだ」
あっさりと答えやがった…一体何のつもりだよ…俺は鬼で、お前は鬼狩り…しかも柱だ。まぁこうやって密会してる時点で相当ヤベェけどな、お互い。
「……ヤッてる最中に食うかもしんねぇぞ?」
「お前は俺を食わねぇだろ?」
「何でんな自信満々なんだよぉ」
「ん?お前は俺に惚れてっだろ?」
バレてたか。流石色男だわ。察しがいい。
「あ~はいはい。俺はオメェに惚れてんよ。鬼のくせに、男のくせに、ごっつい筋肉もりもりのオメェに惚れてんよぉぉ」
「俺もお前に惚れてる」
「…そりゃ嘘だろ」
思わず声に出しちまった。こんな色男が俺に惚れるわけねぇだろ。
「嘘じゃねぇよ。惚れてっからお前とこうして密会してんじゃねぇか」
「そりゃあれだろ。俺から有益な情報聞き出してぇからだろ。わりぃけどそれだけはできねぇわ。オメェには惚れてるが、俺はやっぱ人間は嫌ぃ…」
「妓夫太郎」
名前を呼ばれて胸が弾む。ときめくとか何だよ。恋多き乙女かよ俺は…。
「俺の眼を見ろ」
声にズシッと重りでも付いてんのかと思うくれぇにその言葉は重かった。その重さに俺は自身の膝からコイツへと視線を移した。ゆっくりゆっくりと。
俺の眼に映ったのは、どこまでも真っ直ぐで美しい紅い瞳だった。
「俺の眼、嘘ついてるか?」
「……ついてねぇなぁぁ」
「だろ?」
ニッコリと笑いやがって…何でそんな嬉しそうな顔してんだよ。
「俺はお前に惚れてる。だからお前を抱きたい。お前を感じたい」
「……俺なんざ抱き心地わりぃぞ絶対」
「んなもん俺が決めるから」
そう言っては微笑んで、俺の頬に手を当てて唇を重ねてくる。何回目だっけか。コイツと口付けすんの。コイツと口付け交わしてからは人間を食う気になれねぇのが困った話だ。…多分コイツの口を人間を食った口で汚したくねぇんだろうなぁぁ。惚れた弱みってやつか。
互いに舌を絡ませ合って、互いの唾液を混ざらせて。そんな濃厚な口付けを終えればコイツは俺の腰に手を回して俺を抱き締めてくる。
「マジで抱く気かよ」
「マジもマジだ」
「抱き終わってから後悔すんなよなぁぁ」
「しねぇよ。するわけねぇ」
何でそんな真っ直ぐな眼で言えるんだよ。抱かれる俺の方が全然自信ねぇってのに。あぁ…でも何か……わりぃ気分はしねぇなぁぁ。
「返品は不可だぜぇぇ?」
「勿論。誰が手放すか」
本当にオメェは…どうしてそう俺の顔をにやけさせる事ばっか言うんだよ…顔が緩みまくるじゃねぇか…
人間は嫌いだ。信用なんてしてねぇ。
でもコイツだけは…コイツだけは信用しちまう…
そして、コイツだけは愛しいと思っちまう…
その逞しい腕で、その分厚い胸板で、これから抱かれると思うと胸が高鳴り続ける。
俺はコイツの背に腕を回して身を委ねた。
月明かりに照らされて揺れる銀糸の髪が、俺の肌を撫でていく。上から下、全ての肌を…
あぁ…この時間がずっと続いてくれりゃ良いのになぁぁ……
月明かりが照らす…幸福を知らなかった鬼の満面の笑顔を。その笑顔に優しい笑みを浮かべて男はその鬼を愛していく。愛する鬼の満面の笑顔が枯れる事の無いように。