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    konoka396

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    konoka396

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    姫さに(タイトル未定)「可愛いね」
     何度この言葉をかけられただろう。
     みんな小さいものに対して、盲目的なまでにこの言葉を使う。……もう、慣れちゃったけどさ。

     ねぇ、可愛いってなに?
     身長だけ見て言ってない?
     私、ちゃんと成人してるんだよ?
     他の審神者や男士と同じように、戦に出ている審神者なんだよ?
     可愛いって言葉、ナメられてるみたいであんまり好きじゃないんだけど。

     こんな言葉達を心の中で押し殺して、私は今日もにっこり笑顔を貼り付けて伝えるのだ。
    「ありがとうございます」

     ……チビで男じゃない私には、きっとかっこいいって言葉は一生似合わないんだろうな。





    ***

    「おはよう、主。……今日もかあいいね」
     朝。かあいいね、といつものように声をかけてくるのは、うちの本丸の姫鶴一文字。
    「おはよう。あと、ありがと!姫鶴は今日も美人だね」
    「…ん。今日もちゃんと寝れた?」
    「寝れたよ〜。姫鶴は?」
    「ごっちんが寝ようとしてんのに、めっちゃ話しかけてきてウザかった。…朝も全然起きねぇし」
     姫鶴が本気で嫌だった、という雰囲気を滲ませてくる。わかりやすく感情をあらわにする様子が珍しくて、笑みが溢れた。
     こんな姫鶴が見れるなんて、後家くんを顕現させるために頑張って良かったかもな。
    「あはは、仲良いね。ちょっと羨ましい」
    「……そ?」
    「うん。……私も学生時代は寮だったから、夜通し喋るような友達も居たんだけどね。今、お互い忙しいくなっちゃって、あんまり会えなくなっちゃって」
    「…ふーん」

    「……あ〜えっと、実はね?」
    「ん」
     ちょっと朝から湿っぽくなったかも、と思って意識して明るく声を出した。
    「来週、久しぶりにその友達と会うの」
    「……良かったじゃん。楽しみだね」
    「うん」
     にっこりと笑顔を貼り付けた。
     その時、食堂から流れてくるお腹の空く香りにくすぐられ、く〜っと微かにお腹が鳴った。あまり表情の変わらない姫鶴の顔が、少しだけ笑みの形を作った気がする。
    「……かあいい音。……お腹、空いちゃった?」
    「…うん。姫鶴も、今から朝ごはんだよね?」
    「ん。一緒行こ」
    「うん」
     少しだけ恥ずかしさを覚えながら姫鶴を見上げ、答えのわかりきった問いを投げかける。いつものように穏やかに返ってくる返事に、耳の火照りがスッと引いていく。
     私たちは連れ立って食堂へ向かった。話の内容は違えど、これが姫鶴が顕現してから、なんとなく続いている毎朝の光景だった。


     中堅ぐらいの規模である私の本丸では、男士の人数も100を超え、毎日欠かさず全員に会うというのはちょっと難しくなってきている。
     本丸のルーティンとして、夜のうちに明日の編成をして、起きたら出陣するメンバーと一緒に隊員の最終確認をしたり、作戦を立てたりしながら朝ごはんを食べる。食べ終わった後、玄関で出陣や遠征を見送り、一日の仕事が始まる、という流れがある。
     この流れだと、確かによく出陣メンバーに入っているだとかで、朝に顔を合わせやすい男士は居る。しかし逆に、この姫鶴のように、非番でも毎朝忘れずに顔を見せにくる男士は、少しだけ珍しいのだ。
     うちの本丸は出陣も内番もなければ自由に過ごしていいというスタンスだし、朝は忙しいから用がなければ会いにきてはダメと、禁じてもいないので別に構わないことではあるのだが。


    「姫鶴も出陣、したかった?」
     池田屋に短刀達を送り出してから、少し離れたところで見守っていた姫鶴に声をかける。
    「……いや?…今日はごこもけんけんも出陣でしょ。顔見とこうかな、と思っただけ」
     首を振った後、目線が合わなくなった。この動きは、何か誤魔化してる時の動きだ。
    「ほんとに?」
     ペタペタとまだ夜の冷たさが残る廊下を歩き、姫鶴に近寄って下から顔を見上げた。
    「……出陣するつもりがなかったのは、ほんとだし」
    「え〜?」
    「レベルカンストしたから、暫くお休み、って言ったの、主でしょ」
    「そうだけどさ」
     顕現してから毎朝ずっと、出陣メンバーに混じってご飯を食べているのを見ると、物静かだが内面は血気盛んなタイプなのかな、とか思ってしまうのだ。

    「……ほんとはね」
    「うん」
     姫鶴が恐る恐る言葉を紡ぐ。
    「……今日の、近侍の座を狙いにきた。………なんちて」
     ちょっとだけ言いづらそうに伝えてくるその様子に、ふふっと笑みが溢れる。
    「もう、いつもそうなんだから。…今日も近侍、まだ決めてないけど……やりたい?」
    「ん、もち」
     安堵した様子の姫鶴に、少しだけくすぐったい気持ちになる。
    「いいよ。今日も一日よろしくね」
    「ん」
     近侍ってそんなに楽しいのかな?なんて内心思いながら、今日の近侍になった姫鶴に微笑みを向けた。




     お昼過ぎ。
     今日はあの後、朝から政府に顔を出さなければいけない会議があって、姫鶴と一緒に参加していた。
     最近の時間遡行軍の動向とか、これからの中堅本丸の動きや方針とか。会議というよりもガイダンスとしての色が強く、審神者同士の顔合わせが本当の目的だったのかなって感じる会議だった。


    「姫鶴、お腹空いてない?お昼、なに食べる?」
    「ん〜…俺はなんでもいいけど……」
     会議終わりに、近くにいた男審神者達に捕まり、ランチの時間が終わるギリギリになってしまった。
     なんとか穏便に躱したけれど、話の輪から抜け出せなくて、姫鶴が殺気を出し始めた時にはちょっと焦ったな。相手方にも連れの刀剣男士がいるのだから、抜刀騒ぎにならなくて良かった。
     そう思い返しながら、気疲れが滲んだ顔で後ろの姫鶴を振り返る。
    「……あぁ、やっぱ俺、今は和食の気分かもしんない。……主は、どう?」
    「うん、それで良いよ。和食にしよう」
     正直、ちょっと考えるのがめんどくさくなり始めていたから助かった。
     たまに街に出てきた時に行く定食屋に足を向ける。姫鶴と行くのは初めてのはずだけれど、気に入ってくれると良いな。


     大きな通りから一本入った、建物と建物の隙間に佇む夫婦経営の定食屋さん。ひっそりとした雰囲気だが、店の評判は良く、時間帯によっては大勢並んでいることもある。ただ今日は、幸か不幸か遅い時間の入店だったので、すぐに座ることができた。

    「…主はさ、いつもあんな感じなの?」
     料理を注文して待っている間、姫鶴が聞いてきた。
    「あんなって?」
    「……しょっちゅう男に囲まれてんの?」
     きっと会議終わりの事を言っているのだろう。言葉に少し苛立ちが感じられる。

     ……そういえば、姫鶴が近侍をするようになってから初めての招集だった。記憶を呼び起こしてふと気がつく。
     姫鶴に暫くの出陣お休みを言い渡す前は、本丸に残っていた男士から適当に近侍を決めていたので、割とコロコロ変わっていた。
     流石に政府の方へ行く用事がある時は初期刀を近侍として伴っていたけれど、あいにく今日は遠征に出ている。
     これほど長い期間ずっと同じ男士が近侍を務めているのは、初めてかもしれない。というか、初期刀、初短刀以外と政府へ出向くのも初めてだった。


    「……しょっちゅうかどうかは、わからない」
     だって、招集がかからない限り本丸に篭ってることが多いし。
     他の審神者に話しかけられたくなくて、演練にはあまり行かなくなった。一言目、二言目ぐらいに決まって可愛いですね、って言われることに、うんざりしてしまったのだ。

    「………主は、俺の主なのに」
    「…え?」
     ぼそりと呟かれた言葉が上手く聞き取れなくて、聞き返す。
    「……ん。いや、なんでもないよ。……ごっちんの一言多い癖、ちょっとうつっちゃったかも」
    「ん〜?」
    「ほんとに、なんでもないから」
     強引に濁される。まぁ言いたくないなら別にいいか、とこれ以上追求はしなかった。


     ご飯を食べ終え、定食屋を出る。
     姫鶴に「このお店、ご飯のおかわり自由だよ」と伝えたら、少し嬉しそうに2杯ほどおかわりしていた。
     本丸では、流石におかわり自由にすると食べ盛りが多くて破産してしまうので、こっそり外食の時だけできる芸当だ。姫鶴はすっかり気に入ったのか、「上杉の子達とまた来よ……」と呟いていた。
     近侍に指名すると私につきっきりになってしまうから、近日中に交代になるかもしれない。


     大通りをぶらぶら歩きながら、2人でお土産を物色する。
     新しく出来たぬいぐるみショップを見つけて、私は足を止めた。
    「……なした、主。……ん。…もしかして、ぬいぐるみ、欲しいの?」
     姫鶴がそっと覗き込んでくる。
     目の前に可愛らしい動物のぬいぐるみが並べられたウィンドウと、姫鶴のお人形さんみたいな顔が並ぶ。どちらもチビなだけの私には、似合わないほどの可愛らしさだ。
    「……うんん。ここ、新しく出来たんだな〜って思っただけだよ」
    「そ。…………鶴なら、ここに居るけど」
     どきりと心臓が跳ねた。姫鶴は、ウィンドウのある一点を見つめている。
     私がぬいぐるみショップで足を止めた本当の理由は、姫鶴の目線の先にある、水色のペンギンのぬいぐるみが気になったからだった。先を歩いていた姫鶴には、気付かれていないと思っていたのに、なかなかに目敏い。
    「う、うん。そうだね……?」
    「……やっぱり主って、かあいいの、好き?」
     感情の読めない薄水色の瞳が、じっとこちらを見つめてくる。どう答えるべきか分からなくて、そっと目線をずらした。

    「………私、綺麗とか、かっこいいとかの方が好きかな」
     普段求められているような取り繕った答えを言うべきか迷っていたら、思わず本音が出てしまった。
     あの瞳に見つめられると、会話が円滑に進むようにと擬態しているぶりっ子が、解けてしまうときがある。
     あっ、やっちゃったと思い、慌てて姫鶴の顔を見た。毎日のようにかあいいって言ってくる姫鶴に、失望されたかもと少し思ったのだ。
     別にかっこよく見られたいかと聞かれたのではなく、好みを聞かれただけなのに。
    「……そっか」
     優しく包み込むような声色に、少しどきりとする。
     可愛い子なんだから、可愛いものが好きだろって、色々な人から割と押し付けられるように貰ったプレゼントの数々を思い出し、少し混乱した。
    「………俺も、姫らしくって言われるの嫌いだから、ちょっとわかるかも」
    「……うん」
     姫鶴の前では、もしかして"らしさ"ってものに拘らなくても良いのだろうか。


    「……ね、主。このぬいぐるみ、買ってきていい?」
    「えっ、いいけど……。なんでペンギン?」
     店の奥には、白い虎のぬいぐるみも見える。多種多様な生き物を取り揃えているのが売りのようだから、もしかしたら鶴のぬいぐるみだってあるかもしれない。
     誰に渡すのかは分からないが、お土産としてはペンギンというチョイスは少し不適に思えた。
    「この子、ちょっと主っぽくてかあいいから」
    「へっ!?」
     驚いている私に「レジ行ってくるから、ここで待ってて」と声をかけ、姫鶴はさっさと店内に入って行った。


     止めることの出来なかった姫鶴を外から見守りながら、私は幼少期のことを思い出す。
     親と水族館に行った時、私はひたすらペンギンの水槽を齧り付くように見ていた。陸に近い、よちよち歩く可愛いペンギンが居る方ではなく、深く水が張ってあり、とてつもないスピードで泳ぐペンギンが見れる方の水槽だ。
     可愛い、可愛いと言われているペンギンの、水の中では力強く泳ぐ姿が綺麗で、かっこよくて大好きだった。
     ペンギンは、成長するにつれ他の人よりも身長が伸びなくて、可愛いって言われがちになった私の密かな憧れだったのだ。
     だから少し、姫鶴に似てると言われて嬉しくなってしまった。
     ……まぁ、ペンギンは可愛いという認識しかなさそうなところは、ちょっと悔しいが。


    「ただいま、主」
     ぬいぐるみショップの可愛らしい紙袋を手に持った姫鶴が、店から出てくる。ラッピングとかはしてもらはなかったらしい。
    「おかえり。………ねぇ、姫鶴……それ、誰に渡すのか、聞いてもいい?」
     誓って嫉妬とかではなく、似てると言って買われた子が、何処へ行くのかが気になっただけだ。
    「ん、これ?……俺が部屋でかあいがろうと思って買った。抱いて寝たら、良さげな大きさだったし」
     思わず、あのペンギンのぬいぐるみを抱いて寝ている姫鶴を想像してしまう。こんなに大きいのに、可愛らしく思えてしまうから綺麗な顔ってのはお得だ。

    「……なぁに。もしかして、主も欲しかった?……もう一つ買って、お揃いにする?」
    「い、いやいいよ…!私には似合わないし!」
     姫鶴は慌てて首を振る私を、相変わらず何とも言えない表情で見つめている。
    「………そっか。……もし主がこの子に会いたくなったら、いつでも俺の部屋、来ていいよ。見せたげる」
    「う、うん。ありがと」
     そう言ってくれるのなら、たまに覗きに行っても良いのかもしれない。


     本丸に帰るか、となったのは夕方だった。
     本当はもう少し早く帰る予定だったのだけど、久々の万屋街が思ったよりも楽しくて、たくさん道草を食ってしまった。帰ったら報告を聞くだけだから、たまの遊びも許されたい。
     転移門から本丸までの帰り道、遠征帰りの部隊と合流する。部隊長の初期刀に成果報告を聞きながら、田んぼの横を歩いた。
     姫鶴は私を初期刀にまかせ、そっとそばを離れていった。遠征メンバーだった後家くんと、話をしているようだ。
     楽しげに話している様子に、いつも文句は言ってるけど、やっぱり仲良いんだなぁって少し羨ましさを覚えた。





     次の日。
    「おはよう、主。……今日も、かあいいね」
     簡単に着替えて廊下に繋がる障子を開けると、いつものように内番着の姫鶴が待っている。
    「うん、おはよ。あと、ありがと。……昨日はちゃんと寝れた?」
    「……ん。あのペンギン、抱き心地いいよ」
    「そっか、それは良かった」
     ふっと花が綻ぶような笑みを向けられて、ちょっと見惚れる。
     昨日の「主っぽい」という発言を思い出すと、姫鶴がペンギンと一緒に寝ていることに多少の照れはあるが、本刀が気に入ってるのならば止める理由もない。
    「主は寝れた?」
    「うん、それはもうぐっすり。昨日たくさん歩き回ったから、ちょっと疲れてたみたい」
    「…ん」
    「大丈夫。しっかり寝たから疲れは残ってないよ。それに昨日、楽しかったし」
    「……そう。……俺も、昨日楽しかった」
     食堂へ向かって歩き出す。
     今日は昨日少しサボってしまった、報告書の作成をしなければならない。


     朝食後。
     いつものように出陣を見送ってから、今日も近侍になった姫鶴と執務室で仕事をしている。
    「あ……」
    「ん、なした?」
     遠征部隊の報告をまとめていたのだが、昨日の帰り道で聞いたものでは、少し不確かな部分が出てきた。やっぱり報告は帰り着いてから、ちゃんとメモしながら聞くべきだった。
    「ここの部分、確かに聞いたはずなんだけどパッと思い出せなくて」
    「……これ、俺も覚えてない」
    「じゃあ、昨日の遠征部隊の男士に聞きに行かなきゃだ。今日非番で、今本丸にいるのは……」
     二人で顔を見合わせる。
    「……ごっちんだけかも」
    「じゃあ、後家くんのところに行こっか。今どこにいるんだろ」
    「部屋じゃない?……まだ寝てるかもしんないね」
    「え〜意外。朝ちゃんと起きて、三食しっかり食べるタイプだと思ってた」
    「……いや、ほんとはごっちん、朝ごはん食べるためにちゃんと起きてたよ。……俺が起こしたら、ぐずってウザかったけど」
    「あ〜、そうなんだ。まぁ、食べるの大好きだもんね、後家くん」
    「ん」
     姫鶴は、ちょっと不機嫌そうに肩をすくめて立ち上がる。同室だからこそ、思うこともあるのだろう。まぁ、深く立ち入る気はない。
     「よいしょ」と声を出しながら、私も椅子から立ち上がり、「出入りだ〜」と、後家くんの元へ向かった。


    「ごっちん、居る?」
     そう言いながら姫鶴がスパン!っと障子を開ける。着替えとかしてたらどうするんだろうか…とちょっと思ったぐらいには、容赦ない開け方だった。
    「うわ、おつう!?どうしたのさ」
     幸い後家くんは櫛の手入れをしているところだった。
    「ん、出入りだけど」
    「えっ、物騒!」
    「もちろん嘘だけど。ごっちんに聞きたいことあって」
    「わーかった。……櫛に椿油塗ってからでいい?」
    「は?」
    「いや〜、恋する相方を応援するために…」
    「ごっちん」
    「うん?」
     少し焦ったように姫鶴に遮られて、後家くんはようやく姫鶴以外の存在に気がついたようだった。
     まぁ確かに姫鶴の後ろにいたから、すっぽり隠れてて、後家くんからは見つけづらかったかもだけど……。
     聞いちゃいけないこと、聞いちゃったかな。恋する、って誰になんだろ。そんなことを頭の片隅で考えながら、姫鶴の後ろから顔を出し、後家くんに向かって会釈する。
    「主、居るんだけど」
    「………みたいだね。…あはは、一言多かった?」
     櫛を拭くために取り出していた布を、櫛と一緒にそっとしまう。後ろからだと姫鶴の顔は見えないけれど、姫鶴の顔を見た後家くんは焦った表情をしていた。
    「一言ってレベルじゃねー」
     チッ、と舌打ちをしながらズカズカと入っていく。
     ……慣れてる人の舌打ちの音だったな。少し新鮮な驚きと共に、私は二人の部屋に足を踏み入れた。

     中に入ると、後家くんが座っていた文机の隣にはもう一つ文机が並んでいて、昨日姫鶴が買っていたペンギンのぬいぐるみが座っていた。
     あ、あそこに居るんだって思っている間に、二人がテキパキと支度をし始める。
     姫鶴が奥の壁に寄せていたちゃぶ台を部屋の中央に持ってきて、座布団を三枚並べた。後家くんは給湯室に走って、お茶とお菓子を用意していた。
     もしかして、長居させるつもりなのかな。「すぐに終わるからお茶はいいよ!」って言ったのだけど、「気にしないで!」って押し切られてしまった。


    「それでね、おつうがさぁ……」
     言った通りに用事自体はすぐ終わったのだが、後家くんの狙い通りか、結局おしゃべりに花を咲かせることとなった。

     まぁ昨今、書類はお手軽な空中ウィンドウ一枚で出来るようになっていて、その場で報告書は完成出来たから良いのだが。手ぶらで出かけられて、邪魔だったらすぐ消せるのは空中ウィンドウの良いところだ。

     今は三人で、姫鶴と後家くんの普段の生活の話を聞いている。
     近侍の仕事は九時五時になるよう心がけているので、それ以外の時間帯の二人の話を聞くのはなかなか新鮮だ。
     姫鶴は「ごっちん、話長いよ。さっさと戻ろ」と言っていたけれど、執務室に帰ろうとする前に「おつうばっか主を独り占めしてズルいよ。たまにはボクも可愛い主と話したい!」と真っ直ぐに言われて断りきれなくなってしまった。
     姫鶴はめんどくさそうにお茶を啜っているけれど、そろそろ新刀である後家くんの面談とかした方が良いんだろうな、って思っていたから丁度良かったとも言える。
     ……まぁびっくりするほど姫鶴をはじめとする上杉組の話か、ご飯がおいしいって話しかしないんだけど。

    「おつう、昨日連れて帰ってきたあの子、かあいいでしょって自慢ばっかして全然触らせてくれないの!ぬいぐるみを可愛がるなんて珍しいし、絶対に何かあると思うんだけど、主、知らない?」
    「えっと……」
     後家くんが文机の上の、あの水色のペンギンを指差しながら聞いてくる。
     質問してはいるが、なんとなく答えは知っているような雰囲気に戸惑って、姫鶴の方を見た。
    「……は?ごっちんにはかんけーねぇし。あと俺がいない間もぜってぇ触んなよ?触ったらぶっ飛ばす」
    「いやいや、触んないけどさぁ……。本当に自慢ばっかされてたら気になるじゃん?主、おつうが昨日、何回かあいいでしょ?って言ってきたと思う?十五回…いや両手両足合わせても数えきれないぐらい自慢してきたんだよ」
    「っ……おい」
    「主とのデートの話を含めたら、もう本当に昨日はおつうの惚気を夜通し聞かされてて……」
    「……っ!」
     ついに姫鶴から華麗な右ストレートが飛び出す。後家くんの顔に綺麗に決まり、後家くんは後ろにぶっ倒れた。レベル差が相当あるはずなのに、容赦のない殴りだった。
    「おつうひどい!殴ったね!祖にもぶたれたことないのに!」
     頬を抑えながらキャンキャン叫んでいる。痛そうではあるが、元気はある。というかその構文、どこで覚えてきたんだろう……。

    「後家くん、顔見せて」
    「うっうっ、痛いよ〜主〜〜」
     起き上がって泣き真似をする後家くんに近づいて頬を見る。
     頬は青くなり、口の中が切れていた。これでは大好きなご飯を食べるのが辛いだろう。中傷にはなっていないレベルだけれど、手入れした方がいいと判断する。
    「……主、手入れはしなくていいよ。今の、ごっちんが悪いし」
     しかし、そんな私の考えを見透かしたかのように姫鶴が止めてきた。間に入って、そっと後家くんを私から遠ざける。
    「えっ、でも……」
    「ごっちんの自業自得だし。こんなやつに資材使うの、勿体無いでしょ」
    「ひどい!おつうの鬼!ボクがご飯食べれなくなってもいいんだ!」
     すかさず後家くんが茶々を入れてくる。
    「うん。ごっちんの分は、俺が全部食べてあげる」
     姫鶴も負けじと言い返した。二人ともご飯一人前じゃ足りないんだろうな……。
    「うわあん!おつうのバカ!おたんこなす!ごっちんの楽しみを取るな!」
    「もう!二人とも喧嘩しないの!後家くんは薬研のところ行くよ」
     言い争いの止まらない二人の間になんとか入り、引き離した。仲良いというのは嘘だったのだろうか。あまりにも精神年齢の低い者同士の喧嘩すぎる……。

    「ありがとう主……主は優しいね。どっかの手がすぐ出るおつうには、似合わないくらい」
    「?……ごっちん、いい加減にしないとその歯、全部折るから」
    「うわ怖。本丸での私闘は、禁止されてるんじゃなかったっけ?」
     なんで後家くんは、こんなにすぐ煽るんだろう……。そしてなんで姫鶴はこんなに物騒なんだろう……。一文字だから薄々感じてはいたけれど、正直ここまでとは思ってもみなかった。
    「だから喧嘩しないでってば!姫鶴もすぐ手を出さない!」
     姫鶴の右手を握る。後家くんを殴らないように、それはもう出来る限りギュッと。
     すると姫鶴は目をまん丸にして、それから黙り込んでしまった。
     あれ、なんか変なことしたかな?いきなり触ったのがまずかった…?でも、こうでもしないとまた手が出そうだし……。そう思いながら姫鶴の様子を見ようと顔を覗き込むと、ふいっと逸らされてしまう。

    「わーお。……これ、末永く爆発しろ、ってやつ?」
     後家くんが後ろでなんか言っている。
     よく分からないけれど、多分それ、使い方間違ってるんじゃないかな……。


     後家くんを薬研の元まで送り届けた後、お昼に丁度いい時間になっていた。急に借りてきた猫のようにおとなしくなった姫鶴を連れ、食堂に向かう。
     ご飯を食べ、午後から書類仕事を終わらせたり、内番を見て回ったり。遠征や外出から帰ってきた男士を迎えて話を聞いたり。忙しなくもいつも通りの日常だった。
     いつも以上に口数の少ない姫鶴を少しだけ不思議に思いながらも、1日を終えたのだった。
     鈍感な審神者が寝る頃には、姫鶴に好きな人がいたという驚きは、後家くんとの喧嘩のインパクトに負けてすっかり忘れ去ってしまっていた。




     数日後。
     私は、少しわくわくしていた。今日は学生時代の旧友と遊ぶ約束をした日だ。
     だから、本丸全体を休みの日として決めていた。
     朝起きて、いつもよりちょっとだけオシャレしようと洋服を着て、髪型を変えてみる。動きやすいようにズボンにしたから、髪型はやっぱりポニーテールが良いよね。
     いつも使っている水色の玉簪を一瞥して、今日は飾りっ気のないゴムを手に取った。シュシュとかつければ可愛くなるんだろうけど、趣味じゃないから持っていない。
     まぁいっか、可愛いって言われたくない私の性格をよく知ってる旧友だし、と髪飾りを探そうとしてやめた。
     メイクをし、荷物などを軽く準備してから部屋を出る。
     今日は休みだから、もしかしたら姫鶴は居ないかもなと思いながら。

    「…おはよう、主。今日はいちだんとかあいいね」
     居ないかもな〜なんて思っていた私の想像を裏切るように、休みの日でも姫鶴はちゃんと廊下で待っていて、朝の挨拶とかあいいをくれる。
     律儀だなぁと心の片隅で今日もまたそっと一線を引きながら、にこりと微笑んだ。
    「ほんと?ありがと姫鶴。あと、おはよう。……別に今日は休みだから、無理に顔見せに来なくて良かったんだよ?」
    「別に無理とかしてねーし」
     少し不機嫌な表情で、ぷくっと片頬を膨らませてみせた。
    「なら良いけど……」
    「ん。当たり前じゃん。主に挨拶するのは、もう俺の日課なの」
    「そ、そう。……確かに私も、今日は姫鶴いるのかなって思うようになっちゃったかも。日課、ってことだね」
    「………ん」
     笑いかけると、たっぷり間を置いて小さく返事が返ってくる。
     照れてる?と思ったけれど、やっぱり姫鶴は表情の変化が乏しくて、ちょっとわかりにく………あ。
    「なぁに、姫鶴。耳の先、ちょっと赤くなってる。…もしかして、照れた?」
    「ちげーし。主の気のせい。からかんないで」
     珍しいものを見た気がして、何も考えずに思ったままを伝えてしまった。
     ……こんなに姫鶴が必死に否定するなんて、嫌だったのかな、それはちょっと悪いことしちゃったか。

    「………でも、これからも毎朝、ちゃんと主の顔、見に来るから」
    「えっ、うん。…楽しみにして、る……?」
    「ん、楽しみにしてて」
     そう言うと、姫鶴は食堂へ歩き始めた。私は慌ててその背中を追いかけた。


    「…主、今日の近侍は?」
     朝ごはんを食べ終え、準備も終わり、いざ街へ出かけようと玄関で靴を履いている時、見送りに来た姫鶴に声をかけられた。
    「あ、今日は近侍もお休みだよ。姫鶴もゆっくりしておいで。……ほら、この前行った定食屋、上杉の子達と行きたいって言ってなかった?」
    「……あ〜、んん。……そうだね」
     少しがっかりした様子の姫鶴が気に掛かったが、もうそろそろ出かけなければならない。
     「いってきます」と声をかけ、玄関の引き戸を開けようとしたら、「待って」と姫鶴に呼び止められた。
    「これ、つけてって。……これなら主に何かあっても、わかるから」
     そう言いながら姫鶴の瞳と同じ色のピアスを外している。

    「あ、私、ピアス穴、もう塞がってるかも……」
     若気の至りで昔たくさん穴を開けた耳を、そっと撫でる。最近ピアスはしていないけれど、大丈夫だろうか。
    「……ん…見して」
     姫鶴の綺麗な顔が近づいてきて、長い指が横髪に触れた。
     まつ毛一本一本が見えるほどの距離に心臓が跳ねる。ドキドキとうるさい鼓動を押さえつけながら、耳が見えるように少し横を向いた。
     壊れものに触るかのように、優しく耳たぶに触れられる。しばらくじっと見つめられて、だんだん顔が熱くなってきた気がする。
    「……ね、ねぇ、ひめつる……」
     実際の時間にしては一分も経っていないのだろうが、私には長い時間見つめられているような心地だった。
     姫鶴を急かそうと口を開いたら、上擦った声が出る。
    「……ん。これなら大丈夫。俺がつけていい?主」
     耳元で姫鶴の声がして、びくりと肩が跳ねる。
    「……うん、お願いします」
    「ん」
     姫鶴の眼差しに居た堪れない気持ちになりながら動きを止める。少しして、「できたよ」と声をかけられた。
    「………どう?似合ってる?」
    「……うん…すっげぇ似合ってる。かあいいね、主」
    「あ、ありがとう……」
     するりと耳全体を撫でられ、離れるのを惜しむかのようにピアスのついた耳たぶを軽く挟まれた。優しい手つきに、思わず息を呑む。
    「……ピアス穴、いっぱいあけてんの、かっちくて好き…………かも」
    「えっ、あ、ありがと!……若気の至りなんだけどね?」
     姫鶴の口から、かっちぃなんて、かあいい以外の言葉が出てくるとは思わなくて、すごく嬉しくなってしまった。勢いよく姫鶴の方を振り返る。
    「…っ……!」
    「……あれ?」
     姫鶴の顔は見たこともないほど真っ赤で、純粋に驚いてしまった。
    「…もう、今こっち見ないで………ていうかほら、早く行かないと待ち合わせ、遅れちゃうんじゃない?」
    「あっやば、ありがとうね、姫鶴!いってきます!」
     慌てて戸を開け、転移門まで駆け出した。
     玄関で「触れた上に好きって言ったのに、伝わんなかった……」と赤い顔で崩れ落ちている姫鶴に、審神者が気づくことはなかった。



     からんころん
     旧友が待っているというカフェのドアを押し開ける。旧友の居場所は、開けてすぐわかった。私と違って、華のある子だから。
    「ごめん、待った?」
    「いいや、わたしが早く来すぎただけ。時間ぴったりだよ」
     友がスッと腕時計を見せてくる。確かに十時ぴったり、約束通りだ。
    「ほんと?なら良かった……かな?」
     ほっと一安心しつつも、本当は、五分前くらいに来て待てるような、スマートでかっこいい女になりたさもあった。悔しい。次はもう少し、早く出るようにするか……。
    「ほんとほんと。……大体、この近辺に住んでるわたしと、本丸住みのアンタとじゃ、距離が違いすぎるよ。気にしないで」
     うーん、出来た女である。政府勤めは、やっぱり気遣いができないと難しいんだろうな。
     「うん、ありがと〜」と言いながら、私はメニューを取った。
    「なに飲もっかな……」
     メニューを開くと、ドリンクだけでも思ったより多い品数が目に飛び込んでくる。
    「ここ、コーヒー系が美味しいよ」
     そう言って友がコーヒーカップを持ち上げて見せた。甘い香りがする。
    「そうなんだ。じゃあブラックにしようかな」
    「おお、大人だねぇ……。わたし、まだブラック飲めないや」
    「まぁ私?これでも成人してますんで」
     そんなことを言いながら店員さんを呼び、飲み物を注文してメニューを机の端に戻す。

    「……わたしゃ懐かしいよ………見栄っ張りなアンタが、寮でブラックコーヒー飲もうとして泣いてたの。飲めるって言い張りながら涙目なの、面白かったな」
    「もう、そんな昔のこと引っ張り出さないでよ。今はちゃんと飲めるんだから」
     少々恥ずかしい記憶を思い返されて、私はちょっとむくれながら文句を言った。
    「あはは、ごめんごめん。………それよりさ」
    「うん」
    「アンタ、好きな人でも出来た?」
    「えっ!?いないけど!?」
     ヒソヒソ声で聞かれた内容が意外すぎて、思わず大きな声を出してしまった。恋バナとかするタイプだっけ?
    「あ、そうなん?ピアスつけてるの、久々に見たからさ。……片耳しかついてないけど、どっかに落としたりしてない?」
    「あ〜……これね………。あぁいや別に、片耳なのは落としたわけじゃないんだけど」
     姫鶴につけてもらったピアスを、そっと撫でる。
     出かける前に、「かっちぃね」って囁かれたのを思い出し、少し嬉しくなった。普段言われることのない言葉だったから。
    「なにその顔〜〜。やっぱ好きな人出来たんでしょ。やっぱ男士の中の誰か?本丸は男所帯だもんねぇ」
    「もう、そんなんじゃないってば。最近ずっと近侍してくれてる子が、お守りとして持たせてくれたの」
     からかいにむくれて見せると、友が何か引っかかったように小首を傾げた。
    「……ん?最近ずっと?それって何ヶ月ぐらい?アンタんとこの近侍って、日によって変えるタイプじゃなかったっけ?」
     確かに前、審神者になってから会った時に「近侍は本丸に残ってる子から適当に指名してるから、日によって違う」って言ったような気がするけど……よく覚えてたな。
     友の質問に答えるため、記憶を掘り起こしてみる。姫鶴が近侍をするようになったのは、レベルがカンストして出陣しなくなってからだから……。
    「何ヶ月って、三ヶ月ぐらい?もうちょい前からかもだけど、ちゃんと覚えてないや」
     顕現してから毎朝顔を合わせていたし、なんかずっと一緒にいた気までしてきた。
    「へ〜ぇ、なんで?なんで、ずっと近侍にしてるのさ。決め手は?」
     友がニヤニヤ顔で聞いてくる。聞き方が完全に恋人の決め手は?と一緒でなんか嫌だ。
    「……なんでって……姫鶴が毎朝、近侍やりたいって言ってくるから……?」
    「ほーん。姫鶴って、姫鶴一文字くんね……。毎日ちゃんと近侍のおねだりに来るんだ……愛されてんねぇ…………」
    「いや、そんなんじゃない……と思うけど……」
     ちょっと自信がなくて、言葉が尻すぼみしてしまう。姫鶴は表情があまり変わらなくて、普段なに考えてるか、ちょっとよく分からないところあるし……。あぁでも、今日の真っ赤な顔、ちょっとびっくりしたけど、可愛かったかもな。
     ……なんて少し意識したら、顔が熱くなってきた気がする。
    「おやおや……他にも何か思い当たる節が?いいだろう、お姉さんが話を聞いてあげよう」
     友が「これでもお姉さん、お役所勤めになってから、人の相談にのるのは慣れちゃったのさ。特に恋愛相談とか……」と黄昏れるように言っている。就職してから、色々あったのだろう。
    「他にも、って言われても、特に何にもないよ……」
    「え〜〜?ほんとに?他の人と違うなぁ、ってこととかない?」
    「違うなぁってこと……?あ〜〜………毎朝、おはようって言いに来るね。部屋まで」
     そういえば、顕現してから毎朝来てるからもう意識しなくなっていたけれど、私の寝所は離れで、男士たちの部屋とは遠い。

    「そんなんもう、もうじゃん……!なに、アンタ鈍なの……!?」
     友が頭を抱えている。
    「……確かに毎朝、おはよう、かあいいねって言ってくるけどさ……」
    「………は?なんて?」
    「おはよう、かあいいねって……」
     食いつくように聞き返されて、たじたじになる。なんとかもう一度言うと、「今ならブラックだって飲めるわ」と顔を覆っていた。
     まぁ普通の感性なら、あんな綺麗な人にかあいいって言われて嬉しくないわけないんだろうけど……。

    「あぁ、そういえばアンタ、可愛いって言われるの嫌いなんだっけ」
    「……うん。……だって、私より可愛い子なんていっぱい居るのにさ、チビなだけで言われるの、なんか舐められてるみたいでイヤ。……それに綺麗って言われたり、かっこいいって言われる方が好きだし」
     いつの間にか届いていたコーヒーに手を伸ばす。友の顔が見れなくて、黒い水面を見つめた。
     コーヒーに映るのは、特筆することもない平凡な顔。鼻は低くて、線はくっきりしていない、平々凡々な日本人の顔だ。それなのに少し天パで、今日の髪も、もうボサボサになっている。
    「……難儀だねぇ………」
     はぁ…っとため息を吐く友を、そっと見上げた。
    「……アンタは可愛いって言われるの嫌いかもだけど、毎日言ってくるのは相当だからね。ちょっとは気にかけてあげなさいよ」
    「……うん」
     呆れ顔の友と目が合う。そっと視線を外して、苦いコーヒーを一口飲んだ。

    「………だいたいアンタ、ちゃんと可愛いと思うよ」
    「へ?」
     友から初めて言われた可愛いに、目を丸くする。
    「いや、カッコつけたがりで背伸びしてんの、可愛いでしょ」
     強く断言する友。他の可愛いと言ってくる人たちと違って、気を遣わせた申し訳なさや、お世辞に対する嫌悪感はない。
    「……そう……なんだ」
    「うん。……アンタにとっての可愛いは相対的なものかもだけど、わたしにとっての可愛いは絶対的なものだから。比べるものじゃないの。……そういう人、他にもいると思うけど」
     そう言われて、どこかストンと胸に落ちた。私だって可愛いって言うことはあるのに、自分に向けられるものだけ、少し意固地になっていたかもしれない。
    「うん。そうだよね。ありがと」
     新たな気づきににっこりと微笑んで、旧友に礼を言った。

    「そういえばね」
    「うん」
     残り少なくなったコーヒーを揺らしながら友に話しかけた。
    「……今日本丸を出る時に、姫鶴にさ」
    「うん」
    「……かっちぃね、って言われて、嬉しかった」
    「…………ふ〜〜ん。良かったじゃん」
     自分から作り出したというのに、生暖かい空気に耐えられなくて、苦いコーヒーを一気に飲み干した。
    「待っててくれてありがと!ほら、会計いこ!」
     そう言って友の腕を引く。完全に照れ隠しだ。


     カフェを出て、街を友と並んで歩く。
     今日のお出かけの目的は、服を買うことだ。最近本丸では着物ばかりで、洋服をあんまり持ってないな〜と思ったのだ。
     「どんな服が良いかな?」って話しながら服屋を梯子して、そろそろお昼食べようか、となった頃。
    「お姉さんたち、可愛いね。ちょっと俺らと付き合わない?お茶とかどう?」
     なんてテンプレなナンパなんだろう。
     振り返ると、柄物の服を着た男が二人、並んでニヤニヤ顔を向けていた。
     ……気持ち悪いなぁ………。そう思いながら友の手を取った。見せつけるように恋人繋ぎをする。
    「私たち、デートしてるの。お兄さんたちには分からないのかな?」
    「そんなこと言わずにさ。俺らと付き合うのも楽しいかもじゃん?」
    「……ごめんなさい。わたし、男に興味ないの。……もう行こ」
     友も乗ってくれる。
     そもそもこのナンパ撃退法は、街に遊びに出るとすぐナンパされる友のために編み出したものだった。
     私は声をかけられることはあまりない……というか声をかけられても、顔を見てがっかりされがちなのだけど、華のある友は昔から大変そうだった。なので「付き合ってるってことにしていいよ」と言ったところから、街に出るとたまに使うようになったのだ。
     『男に興味ない』って言われた時の返しは用意していなかったのか、呆然としている男たちを置いて、二人でさっさとその場を離れる。

    「まさか、この年になっても声かけられるなんてね」
    「ね」
     そんな話をしながら、少し遠くのお店に入った。


     その後は、昔話に花を咲かせながらお昼を食べたり、お互いの近況を話しながら服屋巡りの続きをしたり。働き始めてから少しだけ珍しくなった、友と遊ぶ休日を満喫したのだった。
     夕方、学生時代のように「また遊ぼうね」と言いあって旧友と別れ、私は沢山の荷物を抱えながら本丸に繋がる転移門を潜ったのだった。



     夜。
    「姫鶴、居る?」
     ご飯を食べ終え、私は姫鶴と後家くんの部屋を訪れていた。出かける時に借りたピアスを返すのと、あとはお土産を渡しに来たのだ。
    「あ、主。今おつうは、お風呂行ってていないよ。部屋の中、入って待っとく?」
     外から声をかけると、後家くんの声がして障子が開かれる。
     確かに部屋の中に姫鶴はいなかった。
     一度離れの寝室に戻ると、少々出直すには遠いので、お言葉に甘えて中に入れてもらう。
     中央に置かれた机の上には、急須と湯呑みが二つ置かれていて、「そちらにどうぞ」と勧められた。言われた場所に座ると、後家くんと向かい合う形になる。
     ……ここ、姫鶴の場所じゃなかろうか。
     友との恋バナを思い出して、少し落ち着かない気分だ。

    「主、今日はお友達と遊びに行ったんだっけ?」
    「うん、そう。街に服を買いに行ったんだ。……後家くんは今日何してたの?」
    「新しい服かぁ……それは楽しみだね。……ボクは、今日、おつうが上杉のみんなと行きたい場所があるって言うから、ついて行ったよ。あの定食屋、主と行ったって言ってたけれど本当?……美味しいし、いっぱい食べれてボク好きになっちゃった」
     戸棚から新しい湯呑みを出し、ホクホクな笑顔を向けてくる。
     「お茶をどーぞ」と急須から淹れたてのような温かいお茶を注がれて、差し出された。
    「あ、ありがとう。……そっか、あの定食屋行ったんだ。あそこ、私のお気に入りのお店の一つでね……」
     自分が好きなものを気に入ってもらえるというのは、なんとも嬉しいものだ。
     嬉しさでワントーン上がった声色のまま、後家くんと会話しながら姫鶴の帰りを待った。

    「ん、主……?なしてここに?」
    「あっ、おかえりおつう」
    「あっ、おかえりなさい」
     お風呂上がりの少しほかほかした姫鶴が戻ってくる。後家くんとの会話が弾みすぎて、声がかけられるまで気がつかなかった。
    「主がおつうに話があるってさ。ボクは席を外すね」
     そう言って後家くんが空になった自分の湯呑みを振る。給湯室まで洗いに行くのだろう。気遣いのできる男だ。

    「これ、姫鶴のだよね?」
     後家くんが出て行ったあと、私の向かいに座った姫鶴に、目の前に置いたままだった湯呑みにお茶を注いで渡す。……少し、冷めちゃってるかもな。
    「ん、そう。…ありがと」
     湯呑みを受け取った姫鶴が、口をつける。

    「………それで主、話って?」
     こくこくとお茶を飲み干す様子をぼーっと見守っていたら、湯呑みを置いた姫鶴にそっと話を促された。
    「これ、返しに来たの。あとはお土産を渡しに」
     そっと片方のピアスと、ラッピングされた袋を差し出す。
    「……もしかしたら趣味じゃないかもだけど」
     姫鶴に「あけていい?」と聞かれ、こくりと頷いた。
     中身は買い物中に見つけた、赤から青みがかった白のグラデーションが印象的な、石のついたピアスだ。なんとなく鶴っぽいなと見ていたら、友に「プレゼント?買っちゃいなよ!」と言われ、乗せられて買ってしまった。
    「……これ、俺に?」
    「………うん。……その……え〜っと………。あのね」
    「…ん」
     なんとなく歯切れの悪い私を、姫鶴は優しく見守ってくれる。
    「………っ……私と!私と、お揃いになっちゃうかもなんだけど……!良かったら貰ってくれると、嬉しいな〜……なんて………」

     お揃いは完璧に友にハメられたやつだ。
     帰り際に、「はい、これ、恋するアンタにプレゼント」って渡されて、開けたら同じ物が出てきてびっくりしてしまった。
     本当にびっくりしすぎて声も出せずに、パクパク口を動かすしかない私に、大爆笑しながら、「好きな子とお揃いが嫌な男なんていないって!頑張って渡すんだぞ〜!」って激励を飛ばしてきて。
     いや、本当に私のこと好きと決まったわけじゃないし!とか、お揃い嫌かもでしょ!とか。あとは、いつ買ったんだよ!とか。色々言いたいことはあったけれど、受け取ってしまった物を突き返すことは出来なかった。


     勝手にお揃いは嫌かもと思って、髪をかけて、同じ物を付けてきた耳を見せる。
    「………っ……かあいい………」
     姫鶴は目をまん丸に見開いて、驚いていた。
     絞り出すように言われたかあいいに、恥ずかしさが限界になった私は、「お土産は渡したから!……それじゃ!」と脱兎の如く逃げ出してしまった。
     ……これじゃ意識してるのバレバレじゃん!友のバカ!



     夢の中。
     バクバクずっと煩い心臓を、なんとか宥めて布団に入って。しばらく寝返りをうってようやく眠れたけれど、睡眠は少し浅いらしい。はっきり夢だとわかるようなふわふわ具合で、眠りの海を揺蕩っていた。

     睡眠は記憶の整理と言われるように、今見ている夢は、今日のリプレイのようなものだった。
     旧友とカフェで落ち合って、恋バナして。内容も大体同じで。二度も友と恋バナするとは思ってなくて、ここで夢だと気がついた。
     自分で「かっちぃねって言われて嬉しかった」なんて墓穴を掘って。照れから逃げるようにカフェから出てきて、今日は何度も逃げちゃう日だったんだな、って思った。

     また服屋を梯子して、春物のワンピースやシャツを何個も試着して。
     お昼ぐらいの日の高さの時に、また男二人にナンパされた。
    「お姉さんたち、可愛いね。ちょっと俺らと付き合わない?お茶とかどう?」
     うーん。この口説き文句、やっぱりイマイチだよね。
     そう思いながら振り返ろうとすると、横から腕を掴まれた。そのまま隠すように抱きしめられる。
    「……え?」
    「………この子、俺の連れなんだけど。きたねぇ口で話しかけないでくれる?」
     聞き覚えのある声に、上を見上げると不機嫌そうに相手方を睨みつけている姫鶴がいて。
    「……ひめ、つる……?」
     こんなんだったっけ?と思っているうちに、はっと目が覚めた。

     変な夢だったな……姫鶴に強引に触れられることなんて、今までなかったのに。なんか友とお出かけしていたはずなのに、姫鶴とデートしてた気分だ。
     そんなことを考えながら時計を見ると、いつも起きる時間になっていた。
     正直あまり寝た気はしない。眠い目を擦りながら布団を出て、支度をした。


    「おはよう、主。今日もかあい………ん、きれーだね」
     あれ?今日はかあいいって言ってくれないんだ。ちょっと不思議に思いながら、廊下で待っていた姫鶴を見上げる。
    「……おはよう、姫鶴」
     姫鶴の耳にいつもの水色のものではなく、昨日あげたピアスが付いるのに気がついて、嬉しさと恥ずかしさがごちゃ混ぜになりながら、挨拶をしてすぐに下を向いてしまった。
    「……昨日主に貰ったやつ、つけてみたけど……どう?」
    「……に、似合ってるよ」
    「ほんとに?……ちゃんと俺のこと、見た?」
     疑われて、慌てて顔をあげて姫鶴と目線を合わせる。
    「ん。……やっとこっち見た」
     嬉しそうな顔を向けられて、いつも以上にドキドキしている。姫鶴って、こんなにわかりやすかったっけ?

    「……主は、お揃いの、つけてくれないの?」
    「え、えっと……」
     少ししゅんとした姫鶴にちょっとだけ罪悪感を抱きながら、懐からころんと二つ、ピアスを取り出した。
     支度をする時に迷ったのだけど、姫鶴が本当につけてくれるか分からなくて、つけずに懐に仕舞い込んでいたのだ。
    「俺が、主につけていい?」
    「…うん、いいよ」
     一度気を許してしまったら、ずぶずぶに甘えてしまうの、ちょっと悪い癖だなと思いながら、姫鶴に耳を差し出した。
     暫く二人とも黙ったまま、ピアスをつける感触に集中した。

     優しく触れてくる指に、少しだけそわそわしながら、頭の片隅で姫鶴の伝承を思い出す。
     夢渡り……だっけ。もしかして、本当に出来るのかな。今日の夢だって……。
    「……ねぇ、姫鶴」
    「ん、なぁに?」
     いつもより近い距離から返事が聞こえてくる。
     「できた……主、反対向いて」と声をかけられたので、大人しく従う。手に乗っていた残りの一つのピアスを姫鶴に渡すと、また顔が近づいた。

    「……姫鶴ってさ。夢渡り、できるの?」
    「………ん。出来るよ」
    「……じゃあさ、もしかして今日の夢……」
    「………あ〜〜、うん。見ちゃった。全部。……もしかして主、覚えてる?」
    「うん………」
     そっか。じゃあ友とした姫鶴の恋バナ、聞かれちゃったんだ。だから、さっきもかあいいって言ってくれなかったのか。
     ……かっこいいって言われるの、嬉しいはずなのに、姫鶴にかあいいって言われなくなるのはなんかやだなぁ……。
     自分でも持て余す、複雑な心境だ。
    「…できた」
     だから。
     隣から満足げな声が聞こえてきたので、思い切って聞いてみることにした。

    「ありがと、姫鶴」
    「ん」
     離れていきそうな姫鶴の袖を、そっと引く。
    「……ねぇ、姫鶴……これ、似合ってる?………その……私……かあいい?」
     ……うーん、口裂け女みたいだな。
     普段絶対に自分から尋ねない言葉だから、真っ赤になりながらなんとか伝えたけれど、言葉選びを間違えたかもしれない。

     緊張で震える手を、そっと袖から離す。ちょっと怖くて姫鶴の顔を見れない。
     しかし、下ろそうとした手をそっと姫鶴に握られた。
    「……顔見せて、主」
     姫鶴に囁かれるが、どうしても真っ赤な顔を見せることができない。しばらく震えていると、そっとおとがいに手をかけられた。
    「…あっ……」
     上を向かせられ、姫鶴と目が合う。長い前髪が、顔の横に流れてきて、まるで二人だけの世界みたいだ。
    「……かあいいよ、主。これも似合ってる」
    「……っ……ありがと………うれしい……」
     ぐっと、どうしようもないほど嬉しさが込み上げてくる。
     可愛いってあんなに嫌な言葉だったのに、こんなにも嬉しいなんて、自分の単純さにちょっと呆れる。

    「……主、好きだよ。……キス、していい?」
     泣かないようにぎゅっと目を瞑りながら、こくりと頷いた。
     すぐに唇に柔らかい感触があたる。角度を変えながら何度も触れられて、その度に鼓動が早くなる。ちゅうっっと少し強めに吸われて、初めての感覚にクラクラした。
     ようやく離れた唇に、一抹の寂しさを覚えて、そっと姫鶴に抱きつく。鳩尾に顔を埋めて、「私も、好きだよ」って伝えた。
     数瞬遅れてはぁっと熱い息が頭にかかる。ぎゅっと上から腕が背中に回されて、抱きしめ返された。

     しばらく姫鶴に埋もれて、少しだけ早い拍動を聞いていると、そっと引き剥がされる。
     熱った顔で見上げると、顔の赤い姫鶴の視線と絡み合う。
    「……主。……夜、部屋に行っていい?」
     熱の籠った瞳で告げられて、思わず頷いてしまった。
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