その色の温度を知れ 夜が来る。長くさみしい夜が、来る。
人の気配が遠ざかり、店内は暫時の静寂を守る。
しん……と静まり返った一瞬の後、誰かの声を皮切りにいつも通りのにぎやかさを取り戻せば店仕舞いをした人間が消していった明かりのスイッチをパチリと押して、昼白色のLED灯が再び店内を明るく照らした。
店の正面出入口から見て手前から順番にぱ、ぱ、ぱ、と明るくなっていく様をぼんやりとした目で眺めていれば、暗がりに慣れかけた目がチカチカとくらんだ気がしてくしくしと目元を擦る。
片割れがいま隣に居れば一言二言くらいは叱られていたかもしれないが、片割れのお小言などクイにとっては今更増えたところで知ったことではないし、その片割れはまだ寝床に引っ込んでいるようだった。
擦ればいくらかははっきりしたクイの視界にはなにも変わらない、いつも通りの退屈なほどあざやかな日常が確かな輪郭を持って昨日と同じようにクイの目の前を横たわり、通り過ぎていく。
「……いない」
昼のように明るくなった店内で右に左にと視線と顔を動かし、目当ての人物が今日も見当たらない事を知ると面白くなさそうに軽く息を吐き、薄く目を開く。片割れのサクには似ても似つかない、同種ゆえに顔立ちの雰囲気だけがうっすらと似たその顔は感情の温度を知らぬと言わんばかりに冷たい色をしていた。
その顔は面白くないというよりはもっと別の感情であるような気もしたが、クイにはいま自分の中にある感情がいまいちよく分からなかったし、彼が来ない日が続く事もつまらないと感じている事も事実だった。
憂鬱げに視線を床に投げてから「今日も来なかった」と口の中だけで呟いてからにぎやかな方には一切の一瞥をくれることもないまま、まっすぐに店内でも空が良く見える窓の方へと足を向ける。
空に星が空を彩るように瞬いても、月がまばゆく玉のように輝いても、店内の窓からその光を窺い知ることはひどくむずかしい。防犯上の都合と言えばそれまでだったが、鍵のかかった店内で天体観測など到底夢のような話であり、月は西へと沈む時に少し見えれば運が良い方だった。
それでもクイはここ最近、夜になると窓を見ていた。見上げて、どこで覚えたのかさえも忘れてしまった唄をを口遊む。少なくとも、この場所ではなかった事だけは確かだったし、まばゆい月のような瞳の友人はそれをずいぶんと気に入ってくれて、まるで我がことのようにうれしくて、彼だけが居る時は決まってその唄をうたっていた。
「────」
窓から少しだけ見えるまるい月がまるで、彼の瞳のようで。月の光はかすかすぎて届きやしないけれど、彼の前でうたっているような気になって、“よくわからない”感情もなんとなく大人しいような気がしたから。
鈴を鳴らすように、声を震わせる。喧噪は近く遠く、静寂を切り取るように。クイは窓の外に浮かぶ月へうたってみせた。