暮れぬ暁亡く、明けぬ黄昏無し 店内にかけられた壁掛け時計の短針が文字盤のⅪを指す。時間通りに閉店したはずのペットショップは昼白色の室内灯に照らされて、昼時と同じくらいのにぎやかさが戻っていた。
隅の方で大きな体を小さくして眠っていたアベルも渋々といった様子で身じろぎ、ゆっくりと足を伸ばす。固まった筋肉が少しばかり悲鳴を上げたのでいつも通り、時間をかけて丸めていたからだを伸ばせば室内灯に照らされた鱗が鈍く輝き、同じ色をした長い髪がしゃらりと流れてノンスキッドが敷き詰められた床の上に散らばった。
窓の外を見れば黒と藍を良く混ぜ合わせた空に黄銅鉱を擦って散らしたような星たちが瞬いている。アベルの海の色をした瞳はそんな星あかりなどまるで見えないように嫌悪を映し、涼やかな目元を微かに歪ませた。
「……夜、か」
自らの細く長い巨体がヒトの“それ”に変貌している事を嫌でも認識して、どこかうつろで茫洋とした声で今日も来たのかと忌々しげに吐き捨てる。その声が落ちきったあと、遠くから近付いてくるような足音が聞こえた気がして首を傾けた。
動きに倣い、整えられていない長髪が風に吹かれた水面が波を打つように揺れる。室内灯は点いているがアベルが陣取っている場所は十分に明るくはなく、
よく耳を澄ませば確かに、“それ”はアベルの方へと向かって来ていた。
ひどく軽い靴音。小さな振動。かすかな気配。そして、己よりもずっと温かい生物の鼓動。流れる血潮。――とらえる、体温。
今ではすっかりと大人しくなったはずの本能が久方振りに目を覚まし、鎌首をもたげる。薄ぼんやりと自覚したそれを、アベルは長い前髪の奥の方に隠して目の前に仁王立ちする足音の主を見た。
「あんたがヘビ? ねえ、インコを食べてみる気ある?」
まっすぐに歩いて来たのは、それは鮮やかな暁の色をした少女だった。
花の色と太陽の光を混ぜ込んだような夜明けの色に似た長い髪と、それと同色のまるい瞳は明瞭で少女らしい声色とは裏腹にアベルを突き刺すように、あるいは値踏みするように見つめていた。