怪物の眼は緑色をしてはいない その赤をひとめ映したその時から、己の心は焼け落ちたのだろう。今でも、カフェはそう思っている。
からだが燃える。焼ける。熱を持つ。その熱さが肌を舐め、脳みそをくらりと揺らし、声を聞けばとろけるような甘さが耳に残り続けて、あの眠たげな赤と金がいつまでも瞼の裏に焼き付いて、いつまでだって彼が頭の中から離れやしない。
今までだって誰かを好きだと思った事はあるし言葉にしたことだって山のようにあるけれど、好きだなんて言葉では足りなくて、愛してるでもたりなくて、これ以上の熱さなんてカフェは知らなかった。知るならば彼から与えられるものでなければきっと意味がないし、彼以外からは知りたくもなかった。この心に熱を灯すのは、いつまでも彼が良かった。
だから、ただ、彼の眼に映って、願わくば誰よりも特別に成りたい。カフェには、それだけだった。……それだけだった、のに。
誰かが彼をルベウスと呼んでいた。あのひとに良く似合う名前だと思った。
誰かがルベウスと話していた。ずいぶんと仲が良さそうだった。
誰かがルベウスと肩を組んでいた。面倒くさそうにしながら振りほどきはしなかった。
誰かがルベウスに笑いかけていた。彼はそれを一瞥だけして後は聞き流していた。
誰かが。誰かが。だれか。だれか。誰か。だれかが。自分の知らないところで、知りえない距離で、言葉を交わす。目を合わせる。――己が焦がれてやまない視線を、向けられる。
「オレだって、あいしてる、のに」
喉の奥から搾った声はひどくかすれて、羨望と妬心が醜悪に混ざり顔を出す。誰も居なければ近寄れもしない自分が嫌いだった。目にも留まらない自分が嫌いだった。嫌いで、嫌いで、いとしい彼に向ける顔でさえ上手にきれいに笑えているかさえ分からない。
それでも、顔だけは辛うじて、分からないなりにいびつに笑っていた。笑っていなければ、誰も求めてはくれない事をカフェはよく知っていた。笑わなければ誰も見向きもしてはくれない事を、知っていた。
だからこそ、誰がいなくても笑みを湛え続けるしかなくて、これ以上のひどい言葉なんて飲み込む以外に術を知らなかった。
あいしているのに、ともう一度こぼせば、せせらわらう声が何もない暗闇にひとつ、放り投げられる。
「──ないものねだりばっかりシてる羨望、の間違いでしょ」
同じ顔をした緑色の眼をした怪物が、せせらわらう声の主が、暗闇の中でにっこりと微笑んだ。
「こんなの、恋慕なんてカワイイもんで済ませられるワケないじゃん。そんなこと、オレがよぉく、知ってるもんね?」