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    poyaar

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    poyaar

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    時雨のあらすじ:遭難した!!!!!! 
    闇山城のあらすじ:遭難した!!!!!! 
    たぶん前後編で完結
    ※2021/12/29にprivatterへアップしたものです

    やましぐれ 時雨×海峡夜棲姫(闇山城)×無人島 前編<一日目>

     目を覚ますと浅瀬に漂着していた。
     いつか誰かが僕を見つけてくれた時のために、咽頭マイク内蔵の航海データ記録装置VDRにて音声記録を残す。……本音としては、独り言でも言っていないとどうにかなりそうだ。
    (せわしない息遣い)ああ、ひどい。くそ、何が非常用だ。全部流されちゃってるじゃないか。とにかく水を確保しないと。急ごう。

    -------

     漂着していた小さな入り江を出た。岩石のアーチを抜けて、今はその上で腰かけているよ。
     僕がいるのは海岸だから当然島の端ということになる。青空、海、岩礁、その反対側に草の生い茂る丘。それがここから見える全てだった。丘を登れば、川とか湖とか、そういうのがあるかもしれない。少なくともここには何もない。(長い溜め息)

     暑いね。作戦海域から言ってフィリピン海あたり、ミクロネシアの島に漂着したんだと思うけど、直射日光が痛いくらいだよ。太陽は天頂。夜になれば何も見えないし今動くしかない。ああ、喉が渇いた。唾液がねばついてきている。

    -----

     岩場から丘まで上がろうと思ったんだけど、岩場の途中やけに緑っぽい岩があって、近づいてみたら水が染み出していた。舐めてみたら淡水だったから慌てた。緑色は苔だったんだ!
     ほどいたネクタイを岩目に当てて、それを介して漂流物のペットボトルに水を溜めたよ。
     リボンからぽたりぽたりって水滴が落ちるたびにぼうっと感謝した。自然とか、時間とか、生きてることとかに。うん。
     一時間で大さじ一杯より少し多いくらいしか溜まらなかったけど、乾きの中で死ななくて済むんだって、水が飲めるんだって思えるようになったから、それだけで気持ちがすごく楽になった。
    (嚥下する音)ああ、おいしい。生き返る! ……もっと溜まらないかな。


     ◇


     ワタシ ハ……。カラダガ ウゴク……。
     アアソウダ マダオワレナイ……。
     ハヤク ワタシガ シズメテアゲナイト……。アノコハ ドコ……?



    <二日目>

     昨日は岩の前で必死に張り付いてたら日が暮れ始めたから、慌てて入り江に戻って砂浜の奥の方で横になった。全然眠れなかったけど。
     視界に広がる美しい星空が運んでくる放射冷却に怯えたよ。身体に感じる気温は日本の初秋くらいだったんだけど、制服が半袖にスカートだから風がつらかった。

     さえぎるものがないし、何も見えない闇の中で、今まで戦場で味わったものよりもっと生物の根源に近い……自然からすれば自分は吹けば飛ぶような存在なんだっていう震えが足元からじわじわ上ってきた。今にも風と波に僕の存在が希釈されちゃうんじゃないかって思った。
     身体を丸めて震えながら夜が明けるのを待った。だいぶ体力を消耗しちゃった気がする。
     さっき空が赤くなり始めた時は涙が出そうになったよ、その明るさと暖かさに。ああ、昨日は必死で喋る余裕もなかったなあ。(鼻をすする音)

     水も到底足りてるとは言えないけど、さしあたっては消耗したカロリーを早急に摂取する必要がある。
     今日の方針に順位をつけるなら一に食料、二に寝場所の確保、三に水の探索、そんな感じかな。救助を待つにも人を探すにも、今の僕は目先のことを優先しないとすぐに倒れちゃう。朝の涼しいうちにたくさん動いておきたいところだね。
     ……陽気にしゃべって自分を元気づけてるけど正直、声を出すのも億劫なくらいだるいよ。疲労が抜けてない。今すぐ寝てしまいたい。

    ------

     食べ物を探してみると意外と簡単に見つかった。特に岩に張り付いている笠形の貝、マツバガイっていうのかな。これがたくさんあって助かる。使えなくなった艤装の一部をマイナスドライバーみたいに使って引っぺがしている。
     貝は手のひらサイズのかなり大きなものがたくさん、しかも随分と獲りやすい場所にあったから、もしかしたら無人島かもしれない。そうだとしたらいっそ笑えるね。小さめの蟹も何匹か掴まえた。死ぬほど錆びついた鍋が漂流していたからそれがいっぱいになるまで貝を集めた。貝殻が大きいから案外すぐだったよ。(ところどころで息切れが聞こえる)
     岩礁はそれ以外特に何もなかった。今から草原に上がってみる。

    ------

     水がたまったペットボトルを交換して島の内地へ向かったけど、鬱蒼とした森だけがあった。いわゆるジャングル的な感じじゃなくてそれよりも湿気が少ない。むわっとしたものだけでなく清涼な緑の匂いも感じる。バナナとか名前も知らない果実とかがありそう。
     少し分け入っただけで植物しか見えなくなった。頭上は空よりも木の割合が多い。

    -----

     結局、草原と森の境界で夜をしのぐことにした。
     まっすぐでポールみたいな若木を三本折って、二本は×の形の柵をつくるように土に軽く刺した。残りの木の頭を×のくぼみに渡して空間をつくる。あとは適当な細枝とか枯れ枝をたくさん集めて、渡した木へ壁となるように立てかける。前から見ても横からみても三角形の、片手落ちのツェルトみたいな寝床ができた。
     お昼前から始めて日が暮れる寸前までかかるとは思わなかった。疲労と空腹で身体がろくに動かないというのが大きいと思うけど。我ながら酷い出来栄えだけどなんとなく誇らしい。夜風を完全にしのぎきることはできないけど昨日とは比べ物にならないほどましだと思う。

    -------

     この音声を復号化できてるってことは艦娘に近い人だろうから知ってると思うけど、艦娘の装備には第一種・第二種共通で、遭難を想定した緊急用の救命装備が含まれてる。ライターとか、ミニナイフとか、釣り針と釣糸とか、反射鏡とか、小型の浄水器とか、小型の信号筒などなど。
     さて、そのうち僕の元に残っていたものはどれでしょうか、なんてね。答えはライターだけ。救命装備が流れて行っちゃあ世話ないよね、まったく。遭難とは言っても遠征中にはぐれたとか通信機器のトラブル程度で、戦闘で大破して無人島に漂着、なんて想定はきっとされてないから仕方ないけど。

     そんなわけで、枯れた茎を揉んで繊維状にした茶色のもこもこにはあっさり火が点いたよ。その頃にはもう空には濃い紫色しか残っていなかった。
     燃え尽きていくもこもこを見ながら僕はほっとして、薪を一切集めてないことに気付いて慌てた。けどもう気力も湧かなかったから、寝床を構成してる枝を何本か適当に放り込んで火にした。炎はたちまち大きくなって僕を照らし暖めた。
     昨日ならまた感動して泣きそうになったりしたんだろうけど、そんな気力もなかったね。ただ虚ろに安堵の息を吐いたよ。

     錆びついた鍋に貴重な水と貝と蟹を入れて煮た。漂ってくるほんの僅かな匂いが飢えた嗅覚にはとてつもなく濃厚に感じた。やけどするのも構わず貝を手づかみで食べた。生きるって他の命を自分の糧にすることなんだって知った。おいしかったよ。おいしかったけど、心に余裕ができたら、なんでこうまでして生きてるんだろうって思っちゃった。

     今は寝床の中にいるけど、ひどく心細い。真っ暗で何も見えない。何も、っていうのは本当に、間近にある自分の手のひらさえ見えないんだ。
     ときどき風が木をざわめかせるんだけど、静まり返った夜にはそれが信じられないほどうるさくて怖い。ただ大きいだけの音が怖いなんて笑っちゃうよね。がさがさ、ごう、ごおう、って鳴る度に身体をびくびくさせてる。たまに生き物が葉を踏みしめるみたいな音もする。ここには誰もいない。僕がここにいることを誰も知らない。僕は今ひとりぼっちだ。
     今頃みんなはどうしてるかな。僕のことを探してくれてるのかな。それとも、最後があれだけ悲惨だったから、戦没KIA扱いでとっくに捜索は打ち切られてるかも。そうしたら救助なんて絶対に来ないね、あはは。……ははっ。(長い沈黙)

     誰でもいいから会いたい。
     みんなに、会いたい。会って、話を、して……ひとのっ、温もりを、かんじたい……っ。
    (しゃくりあげるような嗚咽が続く)

     ……今日はもう、休むね。


     ◇


     ハヤク、コノ島カラ離レナケレバ。
     コノ海ハ、オダヤカ過ギル……。



    <三日目>

     おはよう。(うんざりとした吐息)……左の足首が痛んでよく眠れなかった。増速中の無理な回避行動がたたって捻挫したみたいで、歩くたび骨に沁みるような痛みがある。足の甲も腫れ上がっていて靴を履いているのもつらい。今更だよね。
     昨日煮た貝の残りを食べながら、海岸にある水の沁み出る岩まで行く。ペットボトルを交換しよう。喉が渇いた。

    -----

     何か使えるものはないか、砂浜に打ち捨てられた艤装を改めて見てみた。
     僕は奇跡的に五体満足だったけど、あの戦闘によってただでさえ傷ついていた艤装は漂流によって深刻な状態になっている。多くの部位が欠けていて、流されずに残ったのは海水の入り込んだ機関と穴の開いた燃料タンクくらいのものだったよ。漂流して意識を失っている間に燃料の大部分が漏れ出ていたみたいで、僕が慌てて砂浜へ引き上げた時には搭載量の二十分の一にも満たない量しか残っていなかった。
     救助はやっぱり望めないみたいだ。マストや艦艇通信機器、ビーコンはおろか、存在を忘れていたけど制服内に留めてあった緊急用の衛星通話装置すらもない。僕の意識を刈り取ったあの砲撃で弾け飛んだらしい。
     艤装全部を見ても、残った燃料で暖を取るくらいしか使い道がない。もはやただの残骸だね。……ごめん、言いすぎた。ああ、だめだ、精神的にちょっときているのかも。

     今日は……どうしようか。僕はなにをすればいいんだろう。
    (長い沈黙)手がかりがないんじゃ誰も助けになんか来てくれないよ。時間をかけて木で小舟を作ろうにも、六分儀がないんじゃすぐに遭難して太陽に焼かれておしまいだ。昨日から船も飛行機も通っていない。僕は……この島から出られない。
     方法を探しながらとにかく必死に生き延びる? 生き延びて、その先になにがあるっていうんだ。孤独にすり潰されるだけじゃないか。ああ。(溜息の後、長い沈黙が続く)

     ……高い所を探してみる。それで、この島が本当に無人島なのか、近くに他の島はないのか確かめる。僕がどうするかはそれから決める。

    ------

     探すと言っても、海岸は岩礁まみれでとてもじゃないけど回り込めないから結局森の中を突っ切るしかない。
     寝床に戻ってこられるよう目印が必要だよね。漂着物を漁れば十メートル足らずのロープが見つかった。他にもあったけれど絡んでしまってほどけなかった。目印が必要なんて言っておいて見つかったのはそれだけだった。はあ、笑っちゃうね。日差しが痛い。肌が焼けるみたいだ。

    -------

     足が痛むせいで、あとは貝の採取をしただけで今日を使い切っちゃった。
     今日は海水で貝を煮込んだ。飲み水が足りない。
     煮込んだ後の鍋に残った海水の揺らめきに喉が鳴ったから、口をつけてしまう前に中身をそこらへ放り投げた。岩からの水だけじゃ一日ペットボトル一本分も採れないし、そりゃあ喉も乾くよね。昨日から尿の量も色も明らかにおかしい。不安でたまらないよ。真水が欲しい。


     ◇


     艤装ノ存在が流レ出テイく。瘴気ガ足リなイ。怨念ガ、希釈サれてシまウ。穏やか過ギる。



    <四日目>

     おはよう。今日は森を探索する日だ。収穫があるといいけど。

    ------

    (規則的な息切れ)今はロープを腰に巻き付けて、後ろに引きずるようにしながら森を歩いてるよ。振り返ればロープの曲がり具合で自分がまっすぐ歩けているかが分かる。艤装のかけらで気休め程度の目印を樹皮につけているし、今のところは順調だね。また何かあったら喋る。


     ◇


     もはやこの島カら出ることは叶ワナい。艤装が完全に流失しタ。
     身体ガ重い。喉のあタりがねばツく。海を口に入れたラ吐いた。
     水……。水が飲みたい。




    <五日目>

     昨日は森を進むだけで精いっぱいであんまり話せなかった。踏み出すたびに足も痛くてさ。
     迷うのが怖いからまっすぐ進んでまっすぐ帰ってきたけど、何も見つからなかったよ。ああ、なんかバナナみたいな実をつけた木があったけど、小さいし薄緑色をしてるしカチカチだしで食べられそうになかった。

    -------

     水が足りない。水の沁み出す岩に設置したペットボトルを朝と夕に交換しに行っているけど、それでも溜まるのは一日で四〇〇ミリリットルにも満たない。日中かく汗を考えたら脱水症状を起こしてもおかしくないレベルだ。
     口の中は常に乾いていて、唇が笑えるくらいすごいことになってる。ひび割れた土みたい。
     穴に草を入れて蒸発した水分を集めようにも、ビニールシートがない。足首に布を巻き付けて歩き回って朝露を集めようにも、寒暖差が小さいからそもそも朝露がない。
     あとは蒸留か。錆びた鍋一つの他にはコップすらないし、これも無理かな……いや、艤装の破片をお皿みたいに使えばいける? だめ元で明日試してみよう。

     それと色々考えた結果、これから日の強いうちは活動しないことにする。動くのは夜明け近くの四時間と日没前の二時間だけ、だいたいね。ふふっ、薄明薄暮性だよ、猫みたいだね。
     今日は貝をいっぱい食べて、休んで、体力の回復に努める。明日には足の痛みがましになってるといいな。

    -------

    (大きなため息)鍋に穴が開いた。


     ◇


     せせラぎを見つけた。水というものはこんナにも渇きを癒すものだったか。
     脇を歩イて遡る。身体が重い。

     せセらぎは小川に繋がっていた。青空の中に私が映っテいる。
     腕を伸ばシて愕然とした。黒々とした鬼の手があった場所には、鶴のよウに痩せた青白い肌があった。



    <六日目>

     おはよう。向こうの空がピンクとオレンジに染まっている。今日も森を探索する。まっすぐ行ってまっすぐ帰ってくるけど、入射角をおとといよりも右寄りにしてみる。

    ------

    (慌ただしい衣擦れの音)ちょっと待って。今もう帰ろうとしたところなんだけど……水の音がする! すごい小さな音だ、朝の静かな時間だから分かったのかも! 
     森の奥の方から聞こえる。(茂みの音)方向は……ああ、なんとなくだけどこっちの方かな? ずいぶん奥の方かもしれない。
     とりあえず今日はもう戻る。昼になっちゃうからね。それで明日は本格的に水源を探そう!

    ------

     勢いでああ言っちゃったけど、明日水を探しに行くのはやっぱりやめたよ。代わりに食料を集める時間にあてる。今にも森に再突入したくて仕方ないけどぐっと我慢だ。水を探しに行くのは明後日。
     ペットボトルで運んだ海水をかけて、焼けた肌と一緒に捻挫した足も冷やしてるけど、動き回ったせいかなかなか腫れが引かない。水分不足でむくんでいるのも手伝ってぱんぱんだ。
     今日の残りはじっとして体力の回復に努めるよ。……昨日も同じことを言った気がするね。ふふっ、お水っ! 早くたくさん飲みたいな。

    ------

     鍋が使えなくなっちゃったから焚き火の中に貝を直接放り込んだ。しばらくして灰から木の枝で掻きだしたんだけど、鎮守府でやった焼き芋を思い出しちゃった。
     あの時は消火用の水桶を扶桑が蹴っ飛ばして、山城がずぶ濡れになったっけ。引きつった笑みが今でも思い出せるよ。ああおかしい、ふふっ。あとで白露と夕立に話したら大笑いしてたなあ。
     ……みんなに会いたい。


     ◇


     瘴気を必死に探す。私という存在が弱弱しくなっていくのを感じる。
     あの怨念の塊が波に希釈されきってしまうなんて、人の海ではありえない。ここには本当に誰もいないのか。

     潮風が吹き付けた。はためく黒い衣はいつかの姉様に似ていた。この身に沁み込んだ冷たい海水が穏やかな風に吹かれて、錆が私の内側をゆっくりと浸食していくようだ。
     息を切らしながら歩く。息?



    <七日目>

     明日に備えて、干潮を狙って貝や蟹をひたすら集めた。分かってたことだけど船も飛行機も通らなかった。
     今は焚き火に当たりながら、焼いた貝の身を殻から外しているよ。補給食にする分は地面に並べて輻射熱で乾燥させている。

    ------

     明日だ。ついに明日、川まで行く。……まだ川と決まったわけじゃないか。ごめん、気が逸っちゃってさ。明日ようやくたくさん水が飲めると思うともうそればっかりで。
     実を言うと昨日から水のことで頭が一杯だったんだ、ああ、今もだよ。最初の一口はどれくらいの量を含もうかとか、二口目はゆっくり味わうかごくごく飲んで喉ごしを感じるか、どっちにしようかとか。……まあ、鍋がないから濾過してちびちび飲むんだけどね。でもそういう想像をするだけで僕はたまらない。
    「もういらないよ」って言っちゃうくらい、冷たい水をお腹いーっぱいに飲みたい。
     早く明日にならないかな。明日が楽しみに感じるなんて、随分と久しぶりだ。おやすみ。


     ◇


     川の魚を五尾食べた。骨に身がくっついて食べ辛かった。身体の重さが消えた。

     この流れは森から来ているようだった。森歩きするふねだなんておかしなことだ。緑の煩雑な匂いは私の鼻腔を好き勝手に侵していく。私もこうして森を踏み荒らしているのだからお互い様ね、と鼻を鳴らした。

     この島にはきっと誰もいない。怨みや憎しみがどこにも流れ着いていない。
     川をさかのぼる途中、崖の上を通りがかった。脇に巨大な岩石があったので十分ほどかけて登り、高い場所から景色を眺めてみた。
     眼下に広がる岩礁はいささか急なアーチを描いていて、海岸の小ささが察せられた。島の全貌は見えないが、どこか大きい島につながっている様子もない。
     小さな無人島と、それを囲む静かな海がただあった。それは、僚艦たちが何度沈もうとも求めてやまなかった海だった。



    <八日目>

     おはよう。東の水平線にオレンジが滲んでいる。良い朝だね。
     今日は水の染み出す岩のペットボトルを交換したら、いよいよ森へ出かける。むやみやたらに探すんじゃなくて、この間と同じく直進直帰の方針でいく。水は喉から手が出るほど欲しいけど今日明日に死ぬほどじゃない。方向はおおよそ絞れているし、槍を何投かするように直線状を調べていけば二度目か三度目で見つかると思う。リスクは少ない方が良いからね。

    -------

     (息切れが続く)もう太陽が真上だ。もしかしたら、なんて思って歩き続けていたけどいい加減諦める。
     もう少し左寄りだったかもしれない。
     暑い。汗を無駄に流すわけにはいかない。早く戻って風の吹く日陰に……。

    ------

     寝床まで戻ってきた。今日は失敗だ、ついてない。夕方になったらペットボトルを交換しに行く。

    ------

     なんで?
     どういうこと? どうして水が少ない?
     ちゃんとネクタイは岩目に入っている。(沈黙)

     なんで?(再び沈黙が続く)

     ……岩の湿り気が減ってる。割れ目だけが黒い。水の沁み出る量が減っている? 僕が漂着してすぐに地下水がなくなるなんて偶然が? まさか。
     違う、いや、地下水じゃなくてどこかに沁み込んだ雨水だったってこと……?
    (沈黙)だめだ、やっぱり減ってる。少ない。全然ない。はっ、はあっ、はっ!
     ないっ、ない!
    (以降しばらく過呼吸音で判別不能)

     ……嘘だ。
     そんなことってないよ……。

    ------

     水がない。さっき交換したペットボトルにはいつもの半分も入っていなかった。
     海水を少し混ぜて飲んだ。
     喉が渇いた。

    ------

     水が手に入るって昨日あれほどはしゃいでいたから落差がひどくて、すごいぬか喜びをした気分。
     でもよく考えてみたら、明日川を見つければいいんだよね。なにも岩の水が完全に枯れたわけじゃないしまだ猶予はある。それですべてが解決する。落ち込む必要はない。

     だから、涙なんて……そんな、もったいないものは、あふれる、な……っ。
    (これ以降嗚咽が続く)こんな島で、誰にも気づかれず一人で死ぬのはいやだ。でもっ……こんなの、もう、なにもかも、うまくいくはずないよっ! なんだよっ、僕は艦娘なんだ! 道具もライターだけで、こんな水もない島……っ! 生き抜いたところで何もない! 誰もいないんだ! 意味も理由もない!
     昼の戦火も、夜の閃光だって、いくらでも噛み千切ってやる! でもね、僕は、孤独に耐えるようにはつくられていないんだよっ! なんだよ、どうして僕だけなんだ。なんで人の姿でまた生まれておいて、繋がりを煽るような姿かたちにしておいて、こんな……っ。

     こうしてひとしきり叫んでも、なにもない。夕立あたりがひょっこり出てきて、『どうしたの?』なんて顔で隣に座って、無言のままマフラーを恋人巻きにして慰めてくれて、僕はそれを「暑いよ」なんて笑う。そんな風景はここにない。
     ……ああ、ほんとうに誰もいないんだ。

     僕はどうなるんだろう。
     今は山城、君が無性に恋しいよ。


     ◇


     小さな湖に辿り着いた。もしかしたら池に分類されるかもしれない、そんなちっぽけな湖。
     川が流れ出ていく方と反対側には高い崖がそびえ立っていて、滝の枯れた滝つぼみたいだと思った。崖は地面から五メートルほどの地点までえぐれたように浸食されていた。もしかしたら昔の水の名残かもしれない。

     崖下の浅い洞窟を拠点にすることにした。ここ二日で瘴気が完全に希釈されきってしまった私は、今では飢えや渇きのほかにも暑さや寒さの不快さ、唐突に意識を失う発作にまで悩む有様だった。これがもし眠気なのだとしたら、まるで人みたいじゃない。ともかく活動の拠点が必要だった。

     偵察用の艦載機が日に日に存在を薄くしている。艤装の格納庫の中にあったため希釈を免れたそれが、徐々に大気に溶け始めた。
     人の淀んだ感情を不完全燃焼させて飛ぶ、深海の艦載機。補給・・のできないこの島で飛ばす術を私は持っていない。洞窟の奥に転がすと鈍く光った。

     沈めなければ、沈めてあげなければ、と急き立てられるようだった焦燥も失って久しい。
     けれどまたあの子に会うようなことがあれば、やはり沈めてあげたいと思う。あの子と会えるのは海の上だけで、私がそこ・・に戻ったのならきっとまた寂しい思いをしているから。
     ああ、穏やかな海だ。<span style="color:#666;">はやくみんなも沈んでしまえばいいのに。</span>



    <九日目>

     川を探しにいく。もうだいぶ範囲は絞れている。(咳払い)……はあ、見つかって欲しい。

    ------

    (溜め息)
     だめだったよ。
     でも音はする。ノイズみたいな、ざああああ、っていう流れみたいな音が聞こえる。(咳払い)耳を澄ませすぎて距離感が狂った。遠くかどうかもよくわからなくなってしまった。

    ------

    (深い溜め息)

    ------

     焚き火がさっきからぱちんぱちんと弾けている。
     身体が重くて薪を取りに行く力がなかったから、すぐ傍にあった木を燃料として使った。寝床はもう跡形もない。やけに寒いから、全部燃やした。夜はまだ明けない。

     今日の夕方には、あの水はもうほとんど枯れていた。前に作った貝の補給食も心許ない。
     風が止んでも寒い。体調がおかしいのかな。それともこの島にも冬が来たのかも。声が掠れて聞こえにくいと思うけどそれくらい我慢してよね。

     もうここには帰ってこない。明日、僕は森へ迷う。今は水を見つけることが何よりも優先される。

     焚き火がさっきからぱちんぱちんと弾けている。相槌みたいで心地良い。
     彼が頷くたび、魂みたいに火の粉が吹き上がって空に消えていく。


     ◇


     抜けるような青空が、湖畔に座った私の頭上を吹いていく。
     これからどうなるのだろう。いや、私の主体性を押し流すものが存在しない以上それは適切な言葉ではない。島から出られないという一点を除いて私は自由で、つまり、ああ、私はどうしたいのだろう。
     穏やかな海に囲まれ、朽ちる日までただこうして静かに過ごす。それも悪くないかもしれない、孤独だけれど寂しくはないから。ここには光と熱が溢れている。

     この身体はやはり人のものではない。生水を飲んでも平気だし、魚は私の手を水底の石程度にしか思わないらしく簡単に捕らえることができる。かといって生理現象はあるし、どうにも中途半端だ。最後のそれはこの二、三日のことだし、そもそも水も食事も必要なかったのだから、徐々に深海の船としての性質が人のものに置き換わっていっているのかもしれないけれど……。
     考える時間だけは腐るほどある。ひとまずそこで思考を打ち切った。

     水も食べ物も確保したとなると次は火が欲しい。あれは心を安らげる。
     若木を手ごろな長さでへし折り、二つに割いて木の内側を露わにした。直射日光に晒し三時間ほど乾燥させた。一方の木片に溝を掘り地面へ置き、もう一方の木片をしっかりと握りしめる。人外の膂力をもって擦り合わせればすぐに細かい木くずが色づき煙を出した。
     焼いた魚は身離れがよく食べやすかった。かなり焦がしてしまったけれど。ぱりっとした皮目を噛みしめ、今日一日の成果に満足する。知らぬ間に覚えていた充実に私は驚き、滑稽とは思いながらも眦を下げて笑いを漏らした。

     寝る前に喉が渇いて洞窟を出た。昨日よりも夜目が利かず暗闇の中はうっすらとしか見えなかった。
     水を飲むたび洞窟を出るのも面倒だし、明日はなにか入れ物を取りに海岸まで行ってみようか。森を抜けて反対側の海へ行ってもいい。
     風が木々をざわめかせる音と薪の弾ける乾いた音が私の周りで反響する。炎に照らし出された洞窟の凹凸が影になって揺らめいている。この姿になってから初めて愛憎以外のはっきりとした感情を覚え、穏やかに瞼を閉じた。



    <十日目>

     かわ、へ……。(乾いた咳き込み)
     川へ行く。

    ------

     川の音は一向に近づかない。自分の向きも分からなくなった。熱気が纏わりつくようで気持ち悪い。さっき最後の水を飲み干した。
     なんだか夢を見ているみたいにぼんやりしている。聞こえているのが水の音なのか森の音なのかもわからない。足を踏み出すとすぐにもつれちゃうから、全然歩けないや。

    -----

     どれくらいの時間がたったのかな。
     渇きがなくなった。今は不思議と心地いいよ。
     口と喉がはりつく。心臓のおとがする。

    -----

     水……ああ、水……。
     ぼーっとして、いま、何も考えら、い……(咳払い)考えられない。
     舌が回ら、くて、うまくしゃべ、ない。ごめんね。

    -----

     えっ、水の音が聞こえな、なった。
     ぁ、れかいるの? 耳、耳ふさが、いで……え? 違っ。
     なに、僕の耳、どうしでゅッ
    (土袋を叩いたような音と呻きの後、音声にノイズが走る)

     ああ、もうだめだ。は……っ! はあっ、むり、立ち上がれない。
     ……最期がこ、なだなんて、最悪だね……はは、はっ、はあ。
     はあ、はっ、はっ、白露、みっ、なに、よろしく。あ……がと、って。

     ――ああ、山城が、き、くれた。ふふっ、そん、に……急い、で……どう、したんだ……い……。
    (ノイズが激しくなり、音声途絶)
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