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    phachikop

    @phachikop

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    phachikop

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    以前にちょっと書いていた入れ替わり話狡宜です。続き書けるか微妙だなと思って放置してたもの。

    入れ替わり狡宜こんな初々しかったか……、と狡噛はクールを装いながら、内側で思いきりあたまを抱えた。昨夜は、いつも通りに同じベッドで、宜野座の全てを堪能して、心地良い眠りについた。  
    全く処理が追いつかない。
    ベッドの隣りで健やかに眠っているのは、遠い思い出の中の幼い宜野座で、短い髪、鍛えていない細い身体、腕も義手ではなく、あどけない寝顔をこちらに無防備に向けていた。掛けた布から覗く、華奢な肩のラインだけでも目の毒だ。
    これはたぶん、浮かれた男の願望がとんでもなく詰まった夢だ。理解できない現象に無理やり理由付けしようとする。もういちど目を閉じて、いちにっさん、でぱちんと開けたら、もとの大人の姿に戻る筈だ。こんな触れることも憚られる無垢な幼い姿じゃない、自分から誘いを掛けることもする大人の宜野座に。
    狡噛は深く息を吸い込んだ。確かめるようにして、額に落ちたサラサラと真っ直ぐな髪に触れると、思いがけなく、学生のころの宜野座は、ぱっちりとその透き通るひとみを開けた。
    迷うような覚束ないひとみをしている。やがてゆっくり、戸惑いがその顔に浮かび上がって、ん、と呻くような声をいちど出したあと、次の瞬間弾かれたように飛び起きた。
    狡噛に向けてゆびを指す。
    だ、誰だ、お前は、と少し震えながらも、内側の芯のつよさを思わせるしっかりとした声で訊ねた。これは無意識だろうか、身を遠ざけるようにする。狡噛を強く睨んだ。
    「ここはどこだ」
     どこだと訊かれても困ってしまう。
    「どうやって運んできた。何の意図があって……」
     俺が連れてきたわけじゃないんだが、と狡噛は途方に暮れた。確かにここは狡噛と宜野座の部屋だ。このベッドと部屋は一応は宜野座のものだが、ふたりで寝る場合も多い。大人で恋人同士の関係だ。毎日とは言わないまでもそこそこ夜はともにしている。標準よりは大きめの男同士が一緒に寝ても、充分な広さがあった。
    相手は完全に警戒している。パジャマ姿で――この格好には見覚えがある――年は何歳ぐらいになるだろうか、そもそもこの宜野座は狡噛と出会ったあとか、それとも前か。
    それによってかける言葉も変わってくる。せめて会っていて欲しいものだと狡噛は思っていた。会ってなければ怪しさが倍増だ。理論で話し合う議論は今でも得意だったが、不信感を取り除くのは正攻法では難しい。さて、どうするべきか。迷う顔で相手を眺めた。
    ──それにしても。
    懐かしいな、と視線が自然に奪われた。
    まだあどけなさの残る顔に、警戒と不審と恐怖の感情を貼り付けて、狡噛を睨みつける気の強い表情すらも懐かしい。今の宜野座も周囲の目を充分に惹く男だが、この年齢の無垢な風情は別物だ。ついまじまじと眺めてしまって、さらに恐怖を抱かれたのか、宜野座は後ろに身を退くようにした。
    「……怖がらなくていい」
    ただ睨みつけられる。今の台詞に説得力の欠片もないのは分かっていた。その、な、と狡噛は言葉を出す。その時ようやく昔の宜野座は、狡噛の顔以外に気付いたようで、驚愕の眼をこちらに向けて見開いた。
    「どうして裸なんだ」
    しまった、散々楽しんで寝た後だったと思い出す。せめて下着は……、とちらりと下半身を確認して、狡噛はため息を小さく吐いた。
    ギノの小言を聞いとけば良かったな、と心で思う。宜野座は常々、せめてパンツぐらいは履いて寝ろと狡噛に言っていたのだ。目が覚めて、隣で無防備に眠る宜野座にまた欲を覚えて、手を出してしまうのも日常茶飯事だったから、そのたびに何度も言われた。
    まだ十代の学生だ。さらには過去の宜野座が、どれほど性に慣れてないかも知っている。
    目が覚めたら、隣に素裸の年上の男がいた。この状況で、恐怖を抱くなというのがおかしい。ますます説得が難しくなってしまった。
    「俺も良く……」
    だが、答えはひとつだ。
    腹を括って正直に言うしかない。
    「分からないんだ」
     狡噛は素直に言った。
    「分からない?」
    宜野座は形の良い眉を顰める。ああ、と狡噛はその言葉に頷いた。
    「ここは俺の家で、さっきまでパートナーと一緒に寝てた。どうしてこうなったのか……正直、俺も戸惑ってる」
    宜野座は改めて狡噛の顔を見据えて、わずかに驚くようにして口を開いた。そのまま穴が開くほど狡噛の顔を見詰めたあとで、もしかして……、とためらうように言葉を出した。
    「狡噛、あ、いや、」
    呼び捨てにして良いのか迷う様子だ。
    「親戚……?」
    疑問符で止めて少し黙った。
    「知ってるのか?」
    過去の俺と出会った後の宜野座なら少しだけ話が早い。
    そこまでの説明の手間が省ける。
    「あ、やっぱり」
    「………」
    「何となく面影があるから、……そうかなと」
     狡噛に何かあったのか? と宜野座は急くように訊ねてきた。
    「まさか何かの事件に、」
     いや、大丈夫だ、そうじゃない、と狡噛は手を上げて疑問を制した。相手は不服そうな顔をしている。
    「その、信じてもらえるかは分からないが」
     相手は沈黙を守っている。狡噛は言葉を続けた。
    「未来の姿なんだ」
    俺が未来の狡噛なんだよ、と重ねて言う。
    しばらくの間を置いて、宜野座は眉を吊り上げ、口もとをぎゅっと強く引き結ぶようにした。



    「嘘をつくな!」
    「嘘じゃない」
    「そんな荒唐無稽な話は信じられない」
    「俺だって信じられないさ。でも事実なんだよ」
    分かったぞ、これは俺の夢の中だな? はっきりした夢すぎて驚いたが……、と宜野座は続ける。
    「夢じゃないって」
    「騙されないぞ。夢が自分から、これは夢です、なんて言うものか。なるほどつまりこれは、俺の願望が形になって……」
    言って宜野座は絶句した、まあ確かにそうだ。今の宜野座の理屈で言うなら、素裸の大人の俺が同じベッドで隣りに寝ている、それを己の願望だと認めたわけだ。ショックを受ける気持ちも分かる。同級生の俺ならともかく……、いや、願望じゃなく、たぶんタイムスリップしてるんだが。さてどう説明すれば納得して貰えるだろうか。

    ◇◇◇

    目が覚めて、ひっくり返るほど驚いた。
    昨夜はふつうに自宅のベッドで狡噛は眠りについた。少し考えごとをしていたために、就寝時刻は遅くなってしまったけれど、それでも問題なく自然に寝たと記憶している。
    考えごとというのは、最近偶然に知り合った友人に対するもので、考えてはみたものの結局堂々巡りになってしまって、最後は疲れて寝たのが正しい。
    正反対の性格なのに妙に気になる相手だった。学校内だけでなく、時々は一緒に帰って買い物に付き合ったり付き合ってもらったり、ファーストフードに寄ったりもした。狡噛としてはもう少し親しくなりたいと望んでいたが、相手の宜野座は羽目を外す行為を好まない性格で、学校での催し事にもそれほど興味を示さない。
    週末に少し遠出して遊びに行こうと誘ったら、信じられない生き物を見る目で見られた。
    試験中だぞ、と宜野座は言う。それがどうしたんだ? と狡噛は言葉に応えた。
    『ふざけてるのか? 遊びになんて行けるわけがないだろう』
    『試験を受けないとは行ってないさ。少し夜は遅くなるかもしれないが……俺たちも、もう子どもじゃないんだし』
    『試験の勉強はどうするんだ』
     え? そんなに時間使わなくても……、とそこまで応えて、宜野座の冷えた視線とぶつかった。お前は、と宜野座は視線と同じ冷めた口調で言った。
    『皆がみな、自分と同じだと思わないほうがいい』
    『別にそんなの、思ってないさ』
    それなりに皆、努力してる、しても届かない領域があったとしてもだ、と宜野座は淡々とした口調で応じた。
    『全員がお前と同じ才能を有してはないからな』
    『ギノは優秀だろ。何でもできるし』
     宜野座は返事をせずに少し黙った。喜んでいる感じではなかったので、機嫌を損ねたんだな、という事実にはさすがに気付いた。
    『試験が終われば良いのか』
    『そういう問題じゃない』
     前から言おうと思ってたんだが、と宜野座は続ける。
    『いいかげん、俺に構うな』
    『ギノ?』
    『いくらでもお前と友人になりたいやつはいるだろう? 別に俺じゃなくても』
    『俺はギノが良いんだよ』
     宜野座は口を閉ざした。狡噛は続ける言葉を失って、同じ調子で黙ってしまった。正直言って、今の狡噛が一緒に過ごして話をしたいと思うのは宜野座ひとりだったのには違いなかったが、ただ、それ以上、どのようにして誘っていいかが分からなかった。宜野座の気持ちを無視して強引にことを進めたり、無理強いもしたくない。宜野座の感情は尊重したい。余り子どもっぽいふるまいは慎むべきだ。
     そう考えて引き下がりはしたものの、もやもやした感情は募るばかりで、結果珍しく悩み事を抱える夜になってしまった。自分は単純に宜野座が気に入っていて、一緒にいて楽しいと思っている。もっと様々を話したい。狡噛の言動や思考のかたちを、宜野座ほど的確に理解できる人間は他になかった。
    いま隣りに眠るひとは、ながめの髪を自然に下ろした姿で、目を閉じてぐっすりと眠っている。ついじっと眺めてしまった。
    寝ているだけの筈なのに色気がすごい。いくつぐらいの年なのかは定かじゃないが、肌はきめ細やかでしっとりとした艶があって、伏せた睫毛の長さにひとみを奪われた。
    年上のひと。顔は狡噛の好みの思い切りど真ん中だ。ごくりと唾を飲み込む。ん、と彼は甘やかな吐息をはく。狡噛の耳もとにくちびるを寄せ、もう起きたのか、と蜜を含んだ声で続けた。
    「まだ寝てろ。朝にはまだ、」
    「………」
    耳に触れるくちびるに背中がぞくりと粟立つ。男に性的な興味を抱いた事はいちどもないのに、倒錯的な気分になった。
    「なんだ」
    柔らかい声音が続く。まだ半分寝ているような状態らしく、フワフワとした覚束ない声が響いた。
    「服を着ているのか? お前にしては珍しいな」
    いくら若くてもこの状況と今の言葉の意味は分かった。カッと身体が熱くなる。着ていると脱がせたくなるものだな、と相手は素直な笑顔を浮かべている。
    「不思議だな、狡噛」
    えっ! と不意打ちで大きな声が出てしまった。


    「何というか……」
    すまなかった、とその人はあたまを下げる。
    「勘違いを……、驚かせてしまったな」
    それほど大きくはない自室のベッドの上だ。この人がどこから来たのかは分からないが、さっきの狡噛の驚く声ですっかりと目が覚めてしまったらしく、相手は実に申し訳なさそうな顔をしていた。
    いくつぐらい年上だろうか。上半身は裸のままで、男同士ではあるものの素裸をじろじろ見るのは憚られる。もしかしたら下も履いてないかもしれない。かっと胸が熱くなる。同じ年頃の仲間たちのあいだでは、狡噛は一目置かれる存在だったが、目の前の年上の大人の男の前では、ただの十代の経験の浅い若造だ。焦りはしたがみっともない格好は見せたくなくて、「何か着ますか」と狡噛は自分なりに紳士的に男に訊ねた。貸してもらえるならありがたいな、と素直に男は応じた。
    ベッドから降り、衣類を入れてある引き出しを開け、大きめのTシャツを出す。部屋は空調が整っていて寒くはないから、薄着でも特に問題ないだろう。
    「どうぞ」
    「ありがとう。助かるよ」
    渡す際に初めて気付いた。男の片手は義手だ。本物の手に似せてつくったタイプではない。もっと実用的で無骨につくられたもの。
    狡噛の視線の行方を認めて、男は少し困ったような笑みを浮かべた。
    「ちょっとした事故にあってね。気は使わなくていい」
     狡噛の不安を和らげるような言いかただ。言葉を受けていちど頷く。それ以上多くは訊けない。目の前の男には、無遠慮に踏み込むことをためらわせる空気があった。
     あとで思えば、単純に嫌われたくはなかったのだろうと思う。狡噛の日常では、決して巡り合えない大人の男。こんなとんでもない状況なのに、落ち着いていて穏やかだ。
     よく鍛えた身体と、義手の種類を見るに、専門的な職種についているのだろうか。いやそもそもこれは果たして現実なのかと、再び疑う気持ちが沸き上がる。
    最近は悪趣味なバーチャルチャンネルが多くあるから――一般人に不意打ちを仕掛けて楽しむような類いも多い――少し身構える気持ちになった。
    それにしても整った顔立ちの男性だった。どこかギノに似ているような気がするが、単純に自分がきれいだと感じる顔が同じつくりをしているだけかもしれないと、狡噛は思い直した。
    宜野座が大人になったとして、もっと身体の線は細いだろうし、義手になるなんて事態も全く想像の範疇を超えている。 
    でも、例えば眼鏡を外して、髪を長く伸ばしたなら、この人に似た雰囲気になるかもな、と狡噛は胸で思った。
    「これって、俺を……、騙す類いの」
    冗談ですか、と素直に訊いた。
    「冗談?」
    相手は目を丸くする。懐かしいものを見る目で狡噛の顔を眺めて、やがて緩やかに首を振って問いに応えた。
    「冗談にしては、ずいぶんと悪趣味だ」
     その科白に異論はない。狡噛も深く頷く。
    「貴方も何も分からない」
    「そうだな。何も」
    「………」
    「どうしてこうなったのか……、教えて欲しいぐらいだ」
    もしかしてこの姿はホロなのか、と男を眺める。小型カメラがどこかに仕込んである不安を感じて、彼と部屋の内部ををじっくりと眺めたあとで、立ち上がって隈なく周囲を調べた。
    「手伝おう」
    男は狡噛の傍に近づく。確認する仕草が妙に手馴れているのを感じて、ますます本人と彼の持つ背景に狡噛は興味を惹かれた。何もなさそうだ、と男は首を捻っている。
    「誰かの意図で……、来たのでは、ない」
    自分に言い聞かせるように低く呟く。
    「来たって……」
    言葉に引っ掛かりを覚えて訊ねた。
    「どこから?」
    顎に手を当て、じっと考え込む顔だった相手の男は、その問いにゆっくり振り向く。敬語じゃなくていい、落ち着かないから、と狡噛を見詰めて言った。いとおしいものを見るような目をしている。不思議な、どこか浮ついてしまう気持ちだ。自分にしては珍しい。怪しいと思う感情よりも、好ましさが勝っている。
    「俺の夢の可能性は?」
    「ないと思う。この俺は夢じゃないから」
    「なるほど」
    両方とも夢じゃないのか、と男は確認する顔で言う。
    「ところで……いったい今は何年だ?」 
    質問に素直に応える。聞いて男は、ああ、とはっきりと納得した様子になった。やっぱりそうか、とひとり言めいて呟いて、「過去に飛ばされたで間違いないか」とそのままで言葉を続けた。
    「どういうことだ?」
    驚いて敬語が取れた。
    にわかには信じられない話だった。
    確かに、今現在の日本では、全てにおいて技術の進歩はめざましく、バーチャルの世界においても目覚ましい進化を遂げた。数年単位で驚くほどに世界は変わる。時は恐ろしい速さを持って過去へと飛び去り、人間がその場所に留まることを許さなかった。
    だが、タイムトラベルそのものに関して言えば、専門家の見解からも、自分なりに考えてみた結果においても、それほど簡単に完成する技術であるとは、狡噛は思っていない。理論上では不可能ではない推測だったが、実用化には法整備が必須だった。シビュラの社会に置いて、過去への時間移動は簡単に容認できるものではない。潜在犯にならない道を、みな過去に戻って叶えようとする筈だ。推論は容易だった。
    「そうだ」
    「ん?」
    「名前を、教えてもらえませんか」
     敬語は落ち着かないとは言われたが、初対面の年上の相手に対してざっくばらんとは行き難い。
    「俺は狡噛、こうがみしんや、」
     言いかけて突然気付いた。この人は自分の名前を、さっき確かに呼んだ。未来の自分、あるいは子どもか孫を知っている筈なんだと、不意に狡噛は気付いたのだ。いろいろあって完全に失念していた。自分にあるまじき失態だが、それぐらい動転をしていたわけか。
    「俺の子孫、その子どもか孫と」
    「子どもか孫」
     相手は戸惑うように繰り返す。
    「付き合ってる……? パートナーだとか、そういう……」
     あ、ああ、いや、どうかな、と相手は言葉を濁した。
    「俺のパートナーが、その、狡噛の、子孫かどうかは分からない」
    「確かに……同じ姓は他にもあるか……、けど、こんなマッチングの偶然が、」
     ますます分からなくなってきた。試しに相手のもといた年を訊ねると、狡噛などとっくの昔に死んでいる年代だ。
    「面影は似ているが、直系かどうかは自信がないな」
     確かにここで確かめるすべもなかったので、そこはいちど脇に置いておくことにする。
    「あの、それで名前は」
    「え、あ、ダイ、……いや違う、大村だ」
    「大村さん……」
    「さん付けはいい。その、ダイというのはあだ名で……狡噛もそう呼んでもらって構わない」
     かなり慌てている様子に見えたが、別に名前を疑う必要もなかったので、狡噛は、ダイ、さん、と口の中だけで呟いた。
     ちょっとだけ違和感がある。そうじゃない、というような、食った食べ物に味がなかったような、そんな感覚。しっくりと腹に収まらない。
     それでも、この人が言うのなら、例え嘘でも良いんじゃないかと、狡噛は思っていたのだ。


    ◇◇◇


    「パラレルワールド……」
    言い合いにも似た議論の末、若い宜野座の中ではこの場所が、元いた世界からどこかの地点で分岐した並行世界だと、説明がついたらしい。
    話している途中に気付いた。自分が未来の狡噛だと信じてもらえたとして、それならと互いの近況を訊ねられても、正直に答えられない部分は多い。潜在犯に狡噛がなっていること。宜野座自身に起こった数多の試練。他は何とかごまかせても、この二点だけはどうにも逃げ道のつかないところだ。
    過去の改変に繋がる行為は避けたいと、そう断言して一切を話さないのも一案だったが――宜野座は頭が良く呑み込みも早いタイプだ――それでも不安を抱かせるのは忍びない。己の持つ優れた思考力を駆使してみても、傷つけないやり方の、真の正解を導きだすのは難しいと狡噛は思っていた。
    幸い、若い宜野座は、友人である狡噛慎也がこれほどやさぐれただらしない男に成長するとは――宜野座からはそう見えている確信がある――心底信じがたい様子であって、違う世界に飛ばされてきたんだと言われたほうがまだ納得できる顔をしていた。
    顔の造りは間違いなく狡噛なんだが、と宜野座は呟く。
    「中身はまるで違うな」
    「悪かった。驚かせて。昔のギノだと俺も単純に思い込んだ」
    「こっちの俺は? やはり、同級生で友人なのか?」
     さて、どうするか、と狡噛は考えたが、こういう場合、嘘で全てを固めるよりも、いくぶん真実を混ぜるほうが信憑性が増すのは確かだ。
    「同級生だが、友人じゃない」
    「友人じゃない?」
    宜野座は不審そうに眉を潜める。
    「顔見知り程度なのか?」
    見ていると全ての表情が懐かしさを運んでくる。昔の宜野座はこんなに感情を素直に表す男だったか。狡噛は過ぎた日々を脳裏に浮かべた。
    「言いにくいんだが」
    「言いにくい? どうして」
    「パートナーなんだよ。こっちの世界の俺とギノは」
     若い宜野座の目が大きく丸く見開かれて、次の瞬間、耳までさあっと一瞬で紅く染まった。う、嘘を言うな、そんなわけ、……、と宜野座は声を上ずらせる。不用意に真っ赤になった自分が恥かしいのか、少し視線を泳がせてそっぽを向いた。
    「ウソじゃないさ。現に今日も」
    「待て」
     若い宜野座は勢いよく狡噛の言葉を遮る。
    「言わなくていい」
     戻った視線が狡噛の裸の肌を辿って、宜野座はくちびるを僅かに噛んだ。
    「服を着てないのは……」
     ひとり言めいて口にする。いや、これは、ひとりで寝るときもそう、と狡噛は否定する。宜野座はまた頬を鮮やかに紅潮させて「言わなくていいと言ったぞ!」とそれに応え、だが、そのあとで、はっと思い当たった顔をする。
    「もしかしていなくなったのか? 俺が来て、……その、もう一人の宜野座が」
     狡噛は、ああと頷く。
     同じ世界の宜野座とパートナーであることも、いきなり消えたのも全部事実に相違ない。それは……、と男は苦し気に言葉を出す。口でこそ正直には言わないが、宜野座は心のやさしい男だった。自分が来たことで、狡噛のパートナーが消えたかと責任を感じたらしい。申し訳ないことをした、と男は頭を下げた。
    「謝ることじゃない。どっちがどうとは言えない話だ」
     それは、確かにそうかもしれないが、と宜野座は応じる。
    「感情的になって思いやりのない言いかたをした。その、心配だろう? 相手の行方が気にならないわけはない」
    入れ替わったかもしれないなと狡噛はその言葉に返事をする。入れ替わった? と宜野座は同じ科白をそっくり返した。
    「なくはないだろ? 立証は出来ないけどな」
    まさか……、と宜野座はため息に似た声で応える。その可能性は大いにあるさ、と狡噛はさらりと返した。
    「実際にいなくなってる」
    まさか昔の俺のところに行っちまったんじゃないだろうな、と狡噛はそのときふいに考えた。訊いてもいいか、と首を傾げて考え込んでいる宜野座に言った。
    「来たときはひとりだったか」
    「ひとりだった。ひとりで部屋で寝ていた。ベッドの脇にはダイム……飼っている犬がいたが」
    「そっちの狡噛は? 一緒じゃなかったのか」
    「当たり前だ」
    「泊まったりはしてないのか? あ、いや、もちろんただの友人として」
    「家にはいちども来たことはない。放課後にたまに一緒に出掛けるぐらいだ」
    なんだ、ケンカでもしたのか、と狡噛は訊く。
    「いや、ケンカするほど仲良くは、まだ、そんな……」
    宜野座は歯切れの悪い言いかたをした。
    まだそれほど親しくなってはないらしい。過去、自分はまだ青臭くて、気負っているのに、わざと落ち着きを装うような部分があった。拒絶されたら、すっと身を引く。それがスマートな大人の態度だと思い込んでいた若いころの己の青さを狡噛は思いだして、ため息を空に吐くような気分になった。
    待てよ、と一抹の不安が浮かぶ。過去の俺が今の大人のギノに会ったとして――それもさんざん自分が抱いたあとの無防備で気怠い、隙のある感じのギノだ──まさか、手を出したりはしないだろうな。
    他の男なら特に心配はいらないはずだ。今のギノはそう簡単に襲われたりはしないと思うし、むしろ相手の男の身の安否が心配になるレベルだった。
    だが、相手は、若い昔の俺だ。自惚れるわけではないが、つい絆されて、過去を懐かしんで……いやいやギノに限ってそんなはずは……とそこまで思って、だが、絶対にないとも言い切れないと苛立たしげに胸を焼かれる。昔の俺がギノに手を出さない保証はない。自分自身であるからこそ信用ならないとつい思い込む顔で黙ってしまった。これはかなり切羽詰まった問題だ。例え昔の自分でも、今のギノに手を出されるのは許せない。とにかく早く元の世界に戻らないとな、と狡噛は呻く調子で口にした。
    目の前の若い宜野座は不安げな表情を浮かべている。
    「そっちのパートナーは、その、」
    大丈夫だろうかと狡噛に言葉を投げた。
    心配じゃないと言ったらそりゃ嘘になるが……と狡噛は別の懸念を隠して応えた。
    「こっちのギノは、結構肝が据わってるんだ」
    若い宜野座は複雑な表情を浮かべて黙る。子供扱いするなと悔しげに呟く声が響いた。その言いかたのくせさえ懐かしくて、狡噛はつい笑顔を浮かべた。
    「笑うな」
    怒らせてしまっただろうか。昔は怒らせるたび、その理由が分からなくて、余計な事ばかりを言って、火に油を注ぐ結果になった。執行官になってからはわざと怒らせるように振舞っていたきらいもある。それが宜野座のためだと思っていたのが狡噛の愚かな真意だった。
    バカにしてるだろう、俺がまだ子供だからって、と若い宜野座は憤りを隠せない口調で返した。
    別にバカにはしてないさ、と返事をする。間違いなく嘘じゃない。ただかわいらしいと懐かしいと思っている。戻せない過去にこうして触れられたことは嬉しい。この純粋できれいな宜野座を損ねたくはなかったなと、狡噛は胸の痛みを感じた。たくさん傷つけたのだ。それこそ数えきれないぐらいの傷跡と痛みと悲しみをあいつの心と身体に刻んだ。
    「だが、子供なのは本当だ。俺よりは遥かに若い」
    「それは……」
    正論を返すのは狡噛の悪いくせだ。若い宜野座は少し落ち込んだ様子になった。反応が実に分かりやすくて、全てが――憎まれ口さえ――微笑ましく感じてしまう。あの頃は自分も若くて余裕がなかったから、見えないこと、気付けなかった感情もずいぶんとあったんだろうと、今さらに目の覚める気持ちで感じた。
    俺は、と宜野座は絞り出すようにして言葉を継いだ。
    「年上の男を余り知らないから」
    苦手なんだ、どう振舞っていいか分からない、と宜野座は続ける。
    「どうせ生意気だと思っているんだろう」
    「それも思ってないさ。若い頃はみな、そういうものだ」
     まだ朝には少しの時間があった。
     寝るか、焦っても仕方ない、起きてメシ食って一緒に考えよう、と狡噛は提案した。
    「隣りがイヤなら、俺は向こうに行くぞ」
     いや、いい、大丈夫だ、と若い宜野座はしっかりとした真っ直ぐなひとみで告げる。
    「寝よう。起きたら、良い解決策が浮かぶかもしれないしな」
     そうするか、と狡噛は少し笑みを浮かべて応えた。
     あ、だが、服は着て欲しい、と若い宜野座は遠慮がちに狡噛に言葉を投げた。
     それに軽く苦笑を落として、それでも言う通りに服を着ようと、狡噛はスプリングを軋ませてベッドを下りた。


    ◇◇◇


    「どうするか考えないと」
    ダイさんは――名前については、いまだなぜか違和感が拭えないが、かといって呼び名がないのも不便だ――至って呑気な顔をして、この不可思議な状況を楽しんでいる様子に見える。だが狡噛は、そんなに悠長には振舞えなかった。今日はたまたま週末で学校もなく、母親も朝早く出かけたから良かったものの、そう長く隠してはいられない。親に全部話して、ここにいてもらうって手もあるが……、と狡噛は男に言った。
    「だが、親御さんは驚くだろう? 迷惑をかけることにもなるからな」
    「俺の親は妙に腹の座ったところがあるから……。物分かりも良いほうだし、たぶん大丈夫じゃないかと思う」
    言っては見たが確信は持てなかった。怪しいと言うなら、これ以上はないほど怪しい。彼は、現在のシビュラが認めていない人間だ。匿って罪に問われない保証はない。ふつうの常識的な大人として、狡噛の母親が、ここには置けないと判断する可能性は大いにあった。
    言った科白の歯切れの悪さに気付いたのか、「身を隠せるところぐらいはあるだろう。気にするな」と彼は明るく返してきたが、狡噛の心情として、はいそうですか、と簡単に放り出す訳にはいかない。
    このひとに頼りにして欲しいと思う。自分が彼より遥かに若い、経験の足りない若造であったとしても。認められて感心されたい。同年代には感じない気持ちだが、確固とした真実だ。俺にこんなカッコつけのところがあったなんて知らなかったな、と狡噛は複雑な気持ちで思った。
    そこで突然に宜野座の顔があたまに浮かんだ。
    ――そうだ。
    ギノに相談するのはどうだろう。
    良い思い付きだ。
    宜野座は素っ気なく冷たいようでいて、本質は実にやさしい性格の男であった。狡噛の頼みも結局最後には聞いてくれるし、やると決めたらきっぱりと潔い部分もあった。頭が良くて、知識も深い。狡噛とは異なる視点を持っている。地に足の付いた思考をするタイプの男だ。
    ひとり暮らしの日常には、思いもよらないトラブルや厄介ごと、煩わしい手続きなどもあるだろう。狡噛と同じ年齢で、それを全てひとりで処理しているのだ。ふつうにすごいと感心する思いを感じる。
    ちょっとした狡い気持ちもあった。ささいなことで宜野座の機嫌を損ねて、気まずい状態で、結果そのままになっている。仲直りのきっかけになればいいなとあたまの隅で思っていた。困ってるんだ、ギノの力が借りたい、助けてくれよ。そう言えば、宜野座はイヤとは言わないはずだと、狡噛は希望に満ちた気持ちで思った。
    「ダイさんが良ければだが」
     問うようなまなざしが狡噛をぴたりと捉えた。柔らかな樹々のみどりを閉じ込めたひとみの色だ。穏やかで懐深い。友人に相談しようと思う、と狡噛は提案した。
    「口の軽い人間じゃない。信用はすごくできる」
    「狡噛は言うなら、反対は俺はしないが……」
    「さっき話した……、宜野座、ギノ、って言うんだけど……」
    「俺に似ていると言ったな」
    「ああ、そう、……でも、ほんとうに信頼できるヤツだから。ダイさんに迷惑は掛けないよ。あたまも切れるから、俺一人よりいい案が出るかもしれない」
    相手の男は心配している表情で狡噛に視線を向けた。
    何か言いたくて、でも口にはできない、そんな感じの顔にも思える。
    「大丈夫」
    「いや、しかし……」
    「確かに、ちょっと頑固なところはあるけど。そこは俺が説明するから」
    男はやがてゆっくりと笑顔を見せた。いや、任せるよ、狡噛に、とはっきり頷く。驚かせるのが少し心配だったんだ、だが、狡噛が説明するならきっと、と年上の男は言う。ああ、大丈夫だ、任せてくれよ、と応えつつ、狡噛は誇らしさと高揚する気持ちを覚えた。


    ◇◇◇


    すぐに連絡をしてみたが、狡噛の呼び出しに宜野座は一切応じない。どうした、と訊ねられて、上手く返答できずに、首だけを左右に振って狡噛は口を噤んだ。
    「出ないのか?」
    あ、いや、……、と言葉を濁す。何か用事があるんだろう、また時間を置いて、と年上の男は事もなげな調子で続ける。それにも返事が出来ずに黙ってしまった。
    「なんだ。気になることでもあったか」
    心配なら一緒に家まで行ってみるか? と男は言う。互いに家を行き来するぐらいの親友だと彼は思っているらしい。悔しさと恥ずかしさの滲む気持ちを、悟られないようにして、家は知らないんだ、と狡噛は言葉に応えた。
    「……そうか。まだ、知らない時期か」
    まだ、からの科白に引っ掛かりは覚えたものの、宜野座の家を知らないのは事実なので、認めるようにこくりと頷く。なら、仕方ない、と相手は自然に返した。
    「また後で連絡しよう」
    さっぱりとした物言いだ。それは……そうなんだけど……、と狡噛は語尾を小さく揺らして彼に応えた。
    年上だというのは不思議だ。いつもよりなぜだか素直に振舞えるような気がする。年上だからじゃなく、ダイさんだからだろうか。甘やかさの入り混じる感情を狡噛は胸に抱いた。
    「歯切れが悪いな」
    ダイさんは笑顔で言う。その穏やかな微笑みに、張り詰めていた何かが緩んで、「ちょっと……ケンカ……、みたいな、その、」と狡噛は返事をした。
    「ケンカしたのか? だが、ケンカなどしょっちゅうだろう?」
    その年頃なら、と男はすぐに付け足す。若干慌てたようにも思えたが、それよりも気になったことがあったので、「ダイさんもか? 若い時はそうだったのか? と狡噛は彼に訊ねた。
    「しょっちゅうだ。ウソじゃない」
    「そうなのか」
    「若いと張り合う気持ちがあるからな。些細な言いかたも気にかかる」
    「張り合ってる……そんな感じじゃないけどな」
     俺はわりとギノを怒らせるんだ、と狡噛は続けて言った。まあ、実際は冗談めいたやり取りが殆んどだから、ふだんはそこまで気にしていない。今回はちょっと長引いてしまっているが……、とそう思う感情を狡噛はふるい落とすようにして軽くあたまを左右に振った。
     ダイさんはそれを聞いて笑顔を見せた。
    「いや、すまない、これはバカにして笑ったわけではなく……」
    「ガキなのは分かってるよ」
    「変わらないな、と思ったんだ。子供だからなんて思ってないぞ」
    「変わらない? どういう意味だ?」
    「俺のパートナーもしょっちゅう俺を怒らせているからな。性分なんじゃないのか」
     あー、そうなのか……、と狡噛は頷いた。
    「やっぱり、何らかの血の繋がりがあるのかも」
    「どうだろうな」
    「ギノとダイさんも似てるよ」
    そうか? と男は驚くような口調で言った。
    「あ、その、なんだ、相手のことを知らないから……、良くは分からないんだが……」
    「誤解されやすいところはあるかな。けど、中身はやさしいし、素直なやつだよ。意地は張るけど」
    ダイさんは、実に困ったような表情を浮かべて黙った。眩しげに目を細めて、狡噛をじっと眺める。
    「ただ、何で怒るかが……、全く分からない」
    「理由を訊いたらどうだ」
    「聞いても分からない場合が多いかな。でも、それを言うと、かえって怒らせるか、諦めた感じになる」
     年上の男は笑った。実に楽しそうな笑顔を見せる。
    「なに。どうして?」と狡噛は不満を述べた。
    「同じだからだ」
    「同じ?」
    「俺の狡噛も……、はは、ぜったいに分かってないなと、……うん、そう思ったら」
    「そういうのって、笑えるところなのか?」
    「俺たちは、けっこうながい付き合いだからな。もう仕方がない。あいつも諦めて、大目に見てるところもあるだろうし」
    「俺はもっとギノと、いろんなところに行って、たくさん話したいだけなんだ」


    ダイさんはその言葉にハッと一瞬胸を打たれた様子になった。そうなのか……と染み入るような声で呟く。そうなんだよ、と狡噛はそれに応えた。
    「もう少し仲良くなりたいのに。上手くいかないんだ」
    「なるほどなぁ」
    相手は腕組みをして考え込んだ。
    「多少は強引でもいいんじゃないか」
    「そういうものか?」
    「ああ、多少無理やりでも大丈夫だ、うん」
    「しつこいやつだとガッカリされたりしないかな」
    「ガッカリはないだろう」
    そんな事で悩むんだな、とダイさんは愉しげな笑みを浮かべた。初めて、と狡噛はそれに応じた。
    「初めてなんだ。自分から働きかけるって他にはなくて」
    驚くような眩しいものを見るようなまなざしが狡噛を捕らえている。狡噛の心は波立つように揺れている。本当に魅力的だと改めて強く感じた。
    「来るものは拒まない感じで来たのか」
    年上の男は悪戯っぽい笑みを浮かべる。そうじゃない、と狡噛は僅かに迷ったけれど否定した。
    「そんな大げさな感じでは……」
    「友人というのは、双方が働きかけるものだろう」
    「なるほど」
    狡噛は言葉に頷く。そう考えるなら、親しい友人なんて、過去一人もなかった気がするな、と呟いた。指摘されると改めてショックを覚える。自分は決して傲慢な男じゃないと狡噛は純粋に思ってきたが、気付かぬながらに思い上がりがあったかも知れないと、今さらながらに胸を突かれる気持ちになった。
    「ギノに謝らないとな」
    「そうか。謝るか」
    「それで、改めて誘ってみるよ。仲良くなりたいのは本当だ」
    ダイさんは不思議な表情を浮かべている。驚いているようにも見える顔だ。だが、充分に大人で、友人の作り方などとっくに知っているだろう男が、今の科白で驚いたりはないだろうと、狡噛は思い直した。
    「思うに」
    「ん?」
    「その、たぶん相手も、親しくなりたがっていると思うぞ」
    彼が断言するなら、それは間違いないと思える。ふう、と狡噛は安堵のため息を大きく吐いた。
    「年が違うと見えるものがあるのか?」
    訊ねると、年上の男は笑って、そうだな、俺も今気付いたよ、と狡噛を見つめ返した。
    「過ぎると分かるな。渦中にいると気付けない。当たり前な話かも知れないが」
    今日は親は夜もここには帰らない。そういう日は時々ある。とりあえず何か食べるか、腹が減った、と狡噛は提案した。
    「外に出るのはできないから、あるものになるけど」
    「食事まで世話になるのは悪いな」
    「何かしらあるから大丈夫だ。俺が買いに出ても良いし」
    念のためもう一度宜野座に連絡をしてみたが、やはり何の返答も得られなかった。気は塞ぐが、そこはどうしようもない部分だ。学校で話すしかないかもな、と狡噛は独り言めいて呟いた。
    宜野座といると多くを話さなくても良いのは楽だ。言いたい事を彼は瞬時に察するし、それでいて時々狡噛が思いもよらない反応をする。本物の犬を飼っていたり、植物が好きだったり。一緒にいると飽きない。他者と関わって生きてこなかった宜野座に備わる純粋さも好ましかった。
    このままって訳にはいかないな、先の事も考えないと、と年上のひとは言う。調べるよ、方法はきっとあるはずだ、と狡噛はそれに応えた。


    ◇◇◇
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