アカシアカサレ ピアス側 そいつ──上杉秀彦は、友達が多く、いつも周りには絶えず誰かがいた。
人と話すことが好きなのだろう。クラスの中に上杉が話しかけたことがない生徒なんていないんじゃないかというほど、上杉は日頃からいろんな人に話しかけ、笑わせていた。
そのおかげで俺も今までに何度かは上杉と話す機会はあった。一時凌ぎのような、中身のない冗談。つまらないことにも大げさすぎる反応。何の面白みもない内容だが、上杉がでひゃひゃと声をあげて笑うとなんだかこちらまでつられて口角が上がってしまう。
それでみんな上杉にどこか心を許している雰囲気があるし、それが上杉の魅力なのだろう。
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「知り合いから貰ったんだけど、これ、そんなに興味ないのよねえ」
母親がため息がちに映画のチケットを2枚、ひらひらと差し出してくる。
渋々受け取ってチケットを眺めると、用紙の中には男が1人立っているが、どんな内容なのかは分からない。たしかにあまり興味をそそられないビジュアルだ。それのせいでこの少しくたびれた紙は、一体どれだけの人の手を渡ってきたのだろうか。
「直也にあげる。友達と見てきたら?」
にやりと悪巧みをするような笑みを浮かべる母親を見て、直也は察した。
高校に入学してから1ヶ月が経とうとしている。それなのに今まで全くと言っていいほど友人の話題を出していなかった。交友関係が順調かどうか探りを入れられているのかもしれない。
「じゃあまあ一応、貰っておく。ありがと」
苦笑しながら軽く礼だけ伝え、自室へと戻った。
一緒に映画に行くような友人なんて居ないと、馬鹿正直に答えるのも面倒だった。引き出しにでもしまって、忘れたことにすればいいだろう。
引き出しの中にチケットをしまったところで、急に上杉の顔が浮かんだ。友達が多そうな人にあげてしまえばこのチケットだって無駄にならないかもしれない。引き出しの中に仕舞われておくよりは、ずっと良い。一度しまったチケットをそっと鞄の中へと移し、眠りについた。
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「上杉ってさ、映画すき?」
「映画ぁ?」
翌日、次の授業の準備をしている上杉の背中に声をかける。普段話しているわけでもない直也からの、突然の声掛けに動じる様子もなく、いつもの友人たちと話してるような態度で、素っ頓狂な声を返す上杉。
そりゃまぁ好きだけど、なんで、と質問の意図を探られる。当然の反応だろう。さっさと本題に入ろうと鞄からガサゴソと2枚の紙切れを上杉のほうへと差し出した。
きょとん という効果音がつきそうなほどに上杉は目を丸くしていた。そのあと瞬きを数回くり返し、ようやくその紙が何なのかを理解したようだ。
「チケット?」