一級フラグ建築士②錦山優子、一輝
②
17歳になった神田は周囲が不審に思うくらい変わっていた。
具体的に言うと、喧嘩をさっぱりしなくなった。おまけにきちんと学校に行くようになり、以前にも増して身をいれてバイトもこなしていた。
それにはもちろん理由がある。喧嘩で世話になった警官から説教されたことも少なからず影響しているが、大半は下心からくるものだった。
その下心の哀れな対象はクラスメイトの錦山優子という、それはもう天女かと見まごうくらい可愛い女子であった。
その子にアピールすべく、神田は粗暴な男から硬派な男へと変わろうとしていた。
だが、しかし。
身だしなみを整え、学業に励んで成績を上げ、掃除をサボらず、先生の手伝いを自ら買って出るなどいくら頑張っても悲しいかな。教師からの好感度が上がるばかりで、一向に意中の女子には全く響いていない様子だった。
ーーなんでや!
神田は心の中で頭を抱える。
今までしてきたことのツケもあるだろう。が、それに加えて、優子はクラスの女子に囲まれており、それが高い壁に見えて未だに声をかけられずにいるのも原因の一つだった。
「あんなに喧嘩して地元じゃ負け知らずなくせして、こんなとこで臆病になるのかよ」
クラス一番のハンサムな男こと一輝が、呆れた顔で言ってきた。唯一、喧嘩以外で神田に声をかけてくるクラスメイトで相談にものってくれる友達だ。
「うっさいわ。整った顔立ちのお前は苦労しないんやろな」
「まぁね…というか、男のお前から見ても俺、カッコいいと思う?」
「胡散臭い笑顔だけは好かんけどな」
「なんだよそれ!」
神田は硬派の「こ」の字も忘れて思いっきり笑っていた。一輝と二人でやり取りしてるところを、まさか見られているとも知らずに。
ある日、体育の授業でサッカーをしていた神田は、優子が見学しているのを見かけた。周囲のバリケードがない今が話しかけるチャンスだと思い、近づく。
「よう、休憩したいんやけど隣ええか?」
何となく隣に座る理由をつけようと口を開いたが、こんな図体のデカイいかつい男に言われたら怖くないかな…など少し気にしてしまう。しかし当の優子はニコッと笑い、あっさり了承した。そしてなんと声をかけてきた。
「神田くん、サッカー得意なんだね」
「…俺自身、人並みやとは思うけど」
「えー、そんなことないよ…いいなぁ私も思いっきり走ってみたい」
眩しいものを見るような瞳で、優子はグラウンドを駆けるクラスメイト達を見つめていた。
「なんや、どっか体の調子悪いんか?」
「元々体弱くって、お医者さんから走るの止められてるの」
「そうやったんか」
ーーここで気のきいた一言を返すことが出来たらカッコいいだろうに。
何も言葉が出ず、今更ながら神田は己の頭の悪さを恨んだ。すると、先生からサボるな神田ぁ!と注意された。
「見つかっちゃったね」
「もうちょい休憩したいんやけど、しゃーないなぁ。ほな…錦山さんの分まで俺走ってくるわ!」
「うん、いってらっしゃい」
頑張ってー!と優子の応援を背中で聞いて、神田は振り返らず後ろ手に手をふったのだった。
さてさて。なんの奇跡か、はたまた今まで頑張ってきた成果か。
クラスメイトには相変わらず遠巻きに見られている節はあれど、あの体育の授業の一件以来、優子と話す機会が格段に増えた。
例えば日直の時や、クラス係の仕事をする時などささやかなものであるが。そんな中でも優子は可愛いだけでなく、とても思いやりのある優しい性格の持ち主であることが分かり、ますます神田は思いを募らせていた。
そんなある日、日直当番で二人は机を挟んで向かい合わせに座って日誌を書いていた。何気なく顔を上げると優子と目が合う。陽だまりの中にいるような微笑みをたたえて、神田に話しかけてきた。
「神田くん、最初に比べて優しくなったよね。話しかけやすくなったし」
「そうやったらええんやけど」
「そやで、学校に入った頃は怖い印象しかなかったけど」
神田に合わせて関西弁を使う優子がどうにも可笑しく、そして愛おしく感じられる。
「つい最近だけどね、一輝くんと笑い合ってるの見てさ。もしかしたらそんなに怖くないのかもって思ったの」
「そやったんか?」
「あれだよ、今では話していて楽しいのも、頼りになるのも知ってるし。あ!あと案外お茶目なのも私はもう分かったもんね。…皆もっと神田くんの良いところを知ったら人気出るのになぁ」
ーーアンタが好っきゃねん、だから人気とかそんな気にしぃひん。俺の柔こい部分を知る人はアンタだけでええ。
そう思いながらぼそっと呟く。
「錦山さんだけでええよ、俺は」
「え…」
「あ、いやその他に一輝もいるしな。十分やて」
なんとも言えない空気が漂い、わざと大きな声で話を逸らした。
「それよか、今度勉強教えてくれへん?中間テスト近いやろ!」
「う、うん!そうだね、いいよ」
いつの間にか日が傾き、校舎に射す夕日のおかげで、お互いに顔が真っ赤になっていることに気づかないまま。遠くで部活をしている音を聴きながら帰り支度をしたのだった。
それからというもの、大した進展はなく日々過ぎていく。それでも小さな幸せを噛み締めるよう神田は、こんな日が続けばいいと思うようになっていった。
しかし、お互いの距離が縮まるにつれて優子は休みがちになっていた。
そして。
夏休みに入る前に、優子が入院したと担任が朝礼の時に伝えてきた。見舞いに行きたいことを担任に申し出ると、すんなりと入院先を教えてくれた。
花屋にて見舞いの花を持っていくために、神田と一輝は店内を見回す。神田としてはピンク色の花が優子に似合うんじゃないかと考えていたが、一輝がこれがいい、と紫色のライラックを選んだ。
店から出ると、一輝は二人で買った花をずいっと神田に押し付ける。
「これ持って一人で見舞いに行きなよ」
「何や急に…お前も友達の一人なんやから一緒に行こうや」
「いや、今日は止めておく」
「はぁ?なんでや」
「いいから!」
ぐいぐいと神田の背中を押しながら一輝はさらに募った。
「お前みたいなやつは花言葉なんて知らないだろうけど」
「うっさいわ、あほ」
「…この花には意味があってな、お前が錦山さんに対する思いが詰まってるんだよ」
「は?」
「……さっき先生言ってた。もしかしたら治らない病気かもしれんから、たくさん会ってやってくれって…。だからさ、これから先お前が後悔しないように、ちゃんと気持ち伝えてこいよ」
「………わかった」
病院に着くまでに神田は悶々と考えていた。
神田を責め立てるような夏真っ盛りの強い日差しが、アスファルトを照り返す。暑いだけではない汗が神じんわり背中を伝い、神田の着ているシャツを濡らした。
ーー治らないかもしれない病気ってなんなんや、そんなモン背負ってるって微塵にも見せないなんて。
あっ告白した後どないしよ、いやいやフラれるか、………フラれてもまた見舞いに行きたいな。
守りたい気持ちがより一層増すと同時に、不安な気持ちも一緒になって押し寄せてくる。が、そこはすっぱり気持ちを切り替えた。ここが神田の良いところでもあり悪いところでもある。
ーーあかん、足りない頭で考えたってしゃーない!
神田は受付で聞いた病室にノックして入る。優子は起き上がって神田を迎えた。
「そんな、ええよ。お見舞いの花渡しに来ただけやから」
「ふふっ」
「なんや?」
「笑ってごめんね。さっきね、私のお兄ちゃん来てたの。神田くんと同じようなこと言ってておかしくて。…お花ありがとう」
「かまへん。…この花、枯れないように加工してるもんらしいからこのまま置いとくで」
少しの沈黙が流れた後、神田は意を決して「あんな」と佇まいを直して口を開く。
「あんな…去年まで俺は喧嘩ばっかりだったけど、クラス替えしてからある人に出会って惚れてな。こんな自分じゃあかんと思って変わろうと頑張ってたんよ」
「うん」
「そのある人が錦山さん、あんたなんや。俺な…今まで気にくわん奴がいたら速攻倒しに行くみたいな、獣みたいな生き方やったんや。せやけど、錦山さんに出会ってようやく人間らしくなれた」
最初こそ見た目が可愛いといった気持ちからだったが、陽だまりのような暖かい優しさに触れて愛おしさが更に募った。諭してくる警官や一輝、バイト先の同僚とも違ったそのあたたかさは、間違いなく神田の凍った心を溶かしてくれた。
「…こんな怖い俺に優しく接してくれておおきにな」
「ううん、そんな…こちらこそありがとう」
「厚かましいかもしれへんけど、病気でそれどころじゃないかもしれへんけど、付き合ってくれへんやろか?」
すると途端に優子は眉を八の字にしてきゅっと寄せたかと思うと、伏し目がちになりながら静かに神田に話した。
「私ね、治らない病気かもしれないの。神田くんの気持ちは嬉しいけど……受け取れない」
「なんや。嬉しいってことは、錦山さんも俺のこと好きっちゅーことか?」
「えっ、うん。でも…」
「でも、やあらへん。ほんまに?」
一歩も引かない神田を見た優子は、唇をぐっと真一文字に閉める。今にも大きな目から大粒の雫が溢れそうになりがらも神田に目線を合わせ、声が震えるのにも厭わず思いっきり伝えた。
「…ほんまもほんまやぁ……。私だって神田くんのこと好きよ…!」
「………よっしゃあ!!病気がなんぼのもんじゃい、よくなるまで待ったるわ。なんぼでもな!」
ネガティブになって想像したくもない未来を考えていた優子は、キラキラした目で勢いよくガッツポーズをとる神田に呆気にとられた。ついでに涙も引っ込む。そして思わず聞いてしまった。
「……良くならなかったら?」
「ほんなら、良くなる方法を俺が見つけてきちゃるわ。任しとき!」
「ふふっありがとう」
案外、どうにかしてくれそうな頼もしげな神田の顔をみた優子は、いつもの優しい笑顔になっていた。
こうして、少し強引ではあったが晴れて二人は恋人同士となった。
これから過酷な運命が立ちはだかるとも知らずに、今はただお互いの幸せを病室で噛み締めていた。
⚫おまけ ※龍オンで錦山が中学生だった時のエピソード参照
「あれ?」
床頭台に置かれている見舞いの花の中に、一番前に鎮座している紫のライラックを見た錦山彰は、首をかしげた。
「これ昨日あったか?」
「お兄ちゃんが帰った後に来た人がね、持ってきてくれたの。……あのね、お兄ちゃん私が小さい頃にした約束覚えてる?」
「ん?何だっけ」
「好きな人が出来たら真っ先に教える約束だよ」
「……そんな、まさかこの花………」
「そうなの、この花をくれた人が私の好きな人でね、彼氏なんだ」
「………………………………………」
「今度こそ嘘じゃないからね?」
「………………………………………」
「ちょっと、お兄ちゃん?お兄ちゃーん!」
「………ハッ。なんだ、いや何でもないぞ。そうか良かったな!名前はなんて言うんだ?」
「神田くんって言うの」
「そうか、神田か。神田というのかそうか」
「……お兄ちゃん、学校に行って神田くんと喧嘩しちゃ駄目だよ?」
「(ギクリ)な、なんでそうなるんだ」
「だってわたしが前についた嘘が原因で、桐生さんと喧嘩したんでしょ?」
「一馬め…ばらしやがったな」
「私、お兄ちゃんと神田くんが傷ついてるところ見たくないなぁ」
「ぐぅっ………分かった、何も手を出さないよ。まぁ神田くんはカタギだしな。……………。」
かくして、妹離れが出来ない兄から、妹に彼氏が出来て苦悩する兄という悲しい生き物がこの世に爆誕したのであった。