月に向かって駆け出す
Summary:月の光はあの人にもっと似合う。Warning:本質的な同人はOOC/一部の架空事件である
Tips:本文の核心的な観点は浅田次郎『一刀斎夢録』から出ている
本文は史実+夢録+月設定の雑糅が現れる
1、上弦の月
昏夜は暗殺者の舞台である。
静まり返った夜を切り裂いていた殺伐とした叫び声はぴたりと止み、真っ暗な幕の下で起こっていることは、捲土重来の沈黙にかき消された。真っ赤な血が、鋭く光る刀身を伝って畳の上にゆっくりと落ち、中心から外へと広がっていく。刀の主は手を振り、刀にこびりついた残りの血を振り払って、暗く狭い、血の匂いと死の匂いのする部屋を抜き足で出ていった。人目につかぬように、遠回りの道を歩いて屯所にもどったが、照明に用いる提灯は場当たり的ではなく、帰路の安全は、自分の眼の鋭さと剣の実力にかかっていた。
新選組三番隊隊長斎藤一は、袖口の端をつまんで頰の冷えた返り血をぬぐい、血が止まらない右上腕の傷口を押さえた。こんな暗い夜は、表に出ない汚い仕事をするのに適している。当然のことながら、彼の任務は見事に遂行されたが、ただ一つ物足りなかったのは、薄暗い狭い部屋で四人と対決し、何者かに反撃されたことであった。いまになって、四人のうちのどれかを考えるのは面白くない。この前、彼の刀に斬られた魂となった四人の、みにくい死体が畳の上に横たわっている。
任務を遂行する場所は、新選組屯所のある場所から遠くはなく、寺を迂回して街道を二本通ったところにあった。斎藤が回り道をしても、走っているような足取りなら、余計な時間をかける必要はない。屯所の正門の両端に立っている隊士たちは、冬の寒風にふるえていて、かがり火が燃えていても、あまりの寒さを振り払うことができず、手にした提灯を宙に揺らしていた。辻の角に寄りかかっていた斎藤は、しばらく足を止めて息をつくと、闇に身をひそめて屯所の裏口へまわった。
裏門の雪は、掃き出した戸口の両側にあからさまに積もり、雪がつぎつぎと落ちて、斎藤一の視界をさえぎらせ、その影と蠟燭の光とが、裏門の外にたたずんでいるのが見えた。人の気配を察したかのように、遠くの影が揺れ、燈火が近づいてきた。雪駄は雪に覆われた地面を踏み、斎藤一は静かに腰をかがめ、左手の袖の陰で右手を刀の柄に触れた。燈火の光で、それが何者であるかを見抜くと、斎藤はひそかに力を抜き、右の手を刀の柄から離して、自然に身を伏せ、心の中に大石を落した。
新選組副長の土方歳三は、斎藤一の全身を提灯で照らしていたが、斎藤一の傷に気づいたのか、肩や髪の雪を払い、斎藤一についてくるように指示した。意思を明らかにした斎藤がついていくと、土方歳三との距離はわずか半歩で、二人は前後して屯所の内部に入っていった。夜になって落雪の風は消え、急に勝手気ままに吹き始めた。
屯所内は静まり返っていて、暖かい蒲団に包まれて熟睡していたが、隊員の寝室からは部屋の中の爆睡音がドアのすきまを通って聞こえた。斎藤一は土方歳三の歩調にしたがって、隊士の休憩所を迂回して、屯所の奥にある幹部の寝所の区域に入り、自分の寝所に斎藤一を案内して、怪我をした斎藤一をまず中に入れ、自分はあたりを見まわし、近くに人がいないことをたしかめると、慎重に戸を閉めた。
手炉は熱を発していたし、傷の手当てや酒は本台の脇に置かれていたから、万全の準備だった。土方歳三は斎藤一の前に正座し、手炉の上に針をかけ、熱を出してから満清酒の皿に浸したが、斎藤一はそれを見て、おもわず帯をゆるめ、右腕の袖をぬぎ、酒瓶をかかえて傷口をぬぐわせ、流れてきた酒を流しながら流しこんだ。土方歳三が針を持って、斎藤一の右腕を支えた。鋭い針は細い糸を帯びて傷口の上を往復していた。斎藤一は歯を食いしばり、短い痛みに耐えながら、土方歳三の手際のよさに見入った。
ハサミで糸を切り、熱いタオルで患部に浮いた血をやわらかく拭くと、斎藤は土方歳三の熱いタオルを受け取り、両手の血を拭った。タオルは原形をとどめず、内側から赤く染まり、それを水盤に入れると、血のついたタオルが水面に浮かび、ゆっくりと水色を薄赤く染めていく。斎藤一本道具収拾の土方歳三後ろ向きにたい自分の工夫を盗んで集め、一口酒など、彼はそっと起こしビンと土方歳三のモハメド・カデル・クバジャ制止され、まるで鬼の副长の背後に眼が生えて、见える自分の动作に、或いは、斎藤一彼が過度に理解の脾性、なくて振り返って状況を調べてもその考えと行動が知ることができる。酒を飲む気にはなれず、斎藤一は苦々たる思いで袖を通し、土方歳三に任務を報告した。
任務の報告をきくと、土方歳三は、ふっと息を吐いて、「ご苦労さん、斎藤」と、あるような微笑をうかべた。斎藤一「ありがとうございました副長」斎藤一は帯を締め、衣をきつく纏い、土方歳三のほうへ思いを馳せた。土方歳三は斎藤一にとって近寄りがたく、彼の厳粛さは門前払っており、たとえ試衛館で知り合ったとしても、近藤勇や沖田総司ほどには彼を知らず、親しくしていなかった。それでも土方歳三には精神的な強さがあり、自分のすべてを任せられる存在だと斎藤一は思っていました。
蝋燭の光が土方歳三の顔を照らしていると、日頃は緊張していた顔がゆるんで、角張っていた輪郭がやわらかく、あたたかい熱か蝋燭の光かで溶けていくように見えた。普段、二人きりのときにも笑わず、腕組みをして防御している土方歳三と、だらしなくにやにやしている自分とは対照的に立っていた。鬼の副長と呼ばれた土方歳三は、隊士や部下の前では人懐っこくなく、おそろしいほどに責任が重い。眉をひそめて渋い顔をしている土方歳三を見ながら、斎藤一は一度や二度ではないが、試衛館時代に堂々と笑っていた土方歳三のことを懐かしんだ。
もう二度と会う機会はないと思いきや、土方歳三の上京以来の柔和な一面を目にしていた。稀に見るその容顔が妙に斎藤一の心の琴線を引き、土方歳三は慣れ親しんだ試衛館にもどったように、何の重責もなく、深く思慮することもなく、虚しく蛇に委じることもなく、ただ剣術の精進と、遠いが美しい大志を考えるだけであった。土方歳三がなにげなく外した変装は、斎藤一に彼のもっとも純真な本質を窺うことを許しているのではないか。指先がかすかに冷たく、手炉の中の燃料が燃え尽きかけているようで、二人を暖めるほどの熱は残っていなかった。この室を出る時が来た。
斎藤一は、うやうやしく腰をかがめ、土方歳三に告げ口を告げた。襖を開けると、夜更けの冬風が吹き、空を覆っていた雲が散り、上弦の月が音もなく星に彩られた闇の中に現れ、冷たく透き通った月の光が降り注ぎ、木立の廊下がさっきとは違って昼の濃い茶色をしていた。斎藤は両手を袖口に入れて、今宵の月を仰ぎ見て、吐く息が見える白い霧となって昇り、鼻先を真っ赤にして立ち去ろうとしなかった。サッと襖を半分あけて、土方歳三が半身を出して、「早く帰って休め。外にいるな」とせきたてた。
斎藤は、眼を伏せて土方歳三の顔をみつめた。強張った顔が再び彼の顔にもどってきた。その美しい顔は透明な氷のようで、月の光が土方歳三のまわりに見えない星の火を点滅させているようだった。内部が透けて見える硬い氷だが、本質的には核心の内部に触れることができず、触れると身を切るような寒さを感じる。
寒さと暑さの対比では、どちらが錯覚でどちらが実在なのか見分けがつかない。
斎藤一は目をほそめて笑いながら土方歳三に答え、おやすみなさいを言いあうと、着物に身を包んで冷たい廊下を歩いた。京都の冬の寒さは理由もなく、厚着を何着着ていても寒さをしのぐことができず、短い道のりに斎藤はぶるぶる震えながら自分の寝室の方へ進んでいった。洗濯物に染みついた生臭い臭いに包まれて、斎藤一は風呂に入りたい気持ちをふくらませていたが、夜も更けて疲れていたので、さすがに洗う気には勝てなかった。血の跡は、土方歳三の寝室で片付いていたが、鉄の臭いを濃くしたまま布団にもぐりこむ気にはなれなかった。
襖の音が聞えぬ斎藤一は、思わず歩調をゆるめ、耳を澄ませたが、風と自分の呼吸と足音のほかには何もなかった。彼が身をひるがえしてからずっと自分の上に留まっていた土方歳三の視線は巨大な釣り針のように獲物に食らいついて放さなかった。寝室までの道のりが急に長くなった。曲がり角で斎藤一の背中に視線を留めず、闇の中に立ちどまって土方歳三の寝室の位置をふりかえっていたが、障子の音がして、斎藤一は曲がり角に没し、闇の中に姿を消した。