5、残月
次の輪廻を迎える。
藤田五郎は窓に寄りかかり、瘦せた老体で布団をしっかりかぶっていた。妻の藤田時尾がいれてくれた熱いお茶が手の届く位置にきちんと置かれ、湯飲みからは目に見える湯気が立ち上っていた。夜は更け、静まり返っていたが、階上に住む女学生たちはすでに眠りに落ちていたので、藤田時尾は夫をなだめ、何度か念を押してから、藤田五郎にすすめられて房内に入った。
藤田五郎は、自分の状況が心配であることを知っていた。
日が高くなる正午、休日を迎えて帰宅した息子の藤田勉さんが両親と昼食を食べに帰ってきた。母の料理に対して、藤田勉は大食いだった。それに反して、藤田五郎はまったく食欲がなかった。酒があればいいのにと思っていたが、妻が彼の体のために酒を一滴も口にすることを許さなかった。
正座して家族をみつめていた藤田五郎は、胃のあたりが苦しくなり、体から液体が吐き出され、困惑したように両手についた血をみつめていたが、妻の悲鳴と息子の叫びが耳に入り、体が小刻みに震えて寒気がした。藤田五郎は辛うじて唾を吞みこみ、なぐさめの一言も口に出せず、作り出そうとした笑い声も粉こな微塵に砕かれ、再び口から血が吐き出され、胃がちくりと痛んだ。服も下の畳も藤田五郎の血に染まり、血なまぐさい匂いがし、弱った瘦せた体を息子がそっと抱き上げ、病院に連れていくかのようだった。藤田五郎は、息子の胸にこもって正気をきわめていたが、無理に病院に連れていかなくてもいい、いずれ死ぬのだから、自分の死期はもう来ているのかもしれない、と息子に言いたかっだ。
藤田五郎はそう思ったが、運命は再び彼をからかった。
いつもの怪我で出た血の何倍もの血を吐き出しているのに、自分が生きているなんて、変だ、変だよ。死は彼を顧みなかったようだ。会津で戦死することもできず、貧しく飢える寒さの斗南で死ぬこともできず、自ら進んで赴いた西南戦争で念願の死の扉を開くこともできず、運命に目がくらみ、途方に暮れながら未知の人生を歩んでいく藤田五郎。
胃の袋はからっぽで、それでも軽く揉まれる異様な感じがあって、長年大量に酒を飲んできたせいで、ついに老衰の時期にそれなりの代価を払った。まだ眠気は訪れていないが、藤田五郎は夜空を見上げ、長年の習慣のように月の変化を観察していた。雲のない夜のとばり、星はきらきらと輝き、残月は黒い幕の端にかかって、目の醒めた者がその容貌を見るにまかせている。しばらくすると、月の相はまた新しい輪廻に入って、缲り返し始めます。月の相は藤田五郎とともに無数の日夜、無数の春秋を踏み、時間は彼の体に消すことのできない痕迹を残して、ついにある日、生命の砂時計はもう滑り落ちない。
その時、三途川のほとりで出迎えてくれる人は誰だろうか。
答えは藤田五郎の中にあった。出迎えてくれるのは、土方歳三である。
このような後始末は、彼以外にない。若くてハンサムな土方歳三は、かつては九歳年下だったが、今はおじいさんになった自分を見て、どう反応するだろうか。きっと驚いて、からかうだろう。記憶の中でははっきりとしていた姿が、波打つ水面から土方歳三を見るように、今ではおぼろげになっていた。
そう思うと、藤田五郎は体を張って、ゆっくりと仏壇の前に出て、古い油紙を慎重に懐に抱いて寝室に戻り、元の位置に座った。彼は少しずつ油紙をめくって、その中を包んだものが目の前に現れた。黄色っぽい写真は藤田五郎によって特に慎重に保存されており、写真は少しも傷つけられず、時間が経っても止められない黄色の跡だけが残っている。写真の男が洋服を着ているのは、今では普通かもしれないが、その時に置いておくのは仕方がない。男は軽々しく笑わず、よく見るとハンサムな男だとわかる。
藤田五郎はかすかな月明かりを頼りに、懐かしそうに写真を見つめ、しわだらけの手が写真をなで、力を多く使うと破壊されるのではないかと心配した。写真は昼や明かりの下に姿を現したことがなく、いつまでも夜の中に現れている。特に月のある夜は、藤田五郎は強い光が写真を傷つけるのを恐れ、月の光を借りて見るのに適している。彼は無意識に口角を上げて笑顔を見せ、口の中で息を吐いた。
藤田五郎は月が好きだ。
月の光が彼に似合う。
End.