執着のアルターエゴ『拙僧この度はお暇をいただくことになりまして…』
話がある。との事でカルデアのマスター藤丸立香と数あるサーヴァントの中の1人。アルターエゴ蘆屋道満は立香のマイルームで対面になり会話をしていた。
「おいとまって…どこか調査とか実家に帰るとかそういう事?」
どこかズレた返答をする立香
『ンンン…そういった事ではなくてですね…』
少し怪訝な顔をする道満
「まさかまた悪い事企んでないよね?」
道満に詰め寄る立香
『いえ、その様な事ならば話などせずに…では無く。また、とは人聞きの悪い。夏の出来事ならは拙僧、海よりも深く反省致しましてございますれば!』
ヨヨヨ…としおらしく袖で顔を被い泣き顔を伏せるが
無論。
虚偽である。
「うん。まぁ少しは反省してるのかもだけど…」
虚偽とわかっていてもどこか絆される立香
(本当に容易い《チョロい》等と思ってはいけない)
『戯れは此処までに致しまして!』
道満が伏せていた顔を上げる。勿論涙の形跡等は無い。
『有り体に申しますとこのカルデアから離れ去る事となりましてございます。』
「…は?」
暫しの間、呆然とする立香
「えっ…と、それってカルデアを辞めて何処かに行っちゃうってこと?」
『はい』
「クビになった…?」
『…いいえ』
道満が少し不機嫌そうな顔をして答える。
「あ!異星の神のトコロに…?」
『いいえ、是なる霊基はすでに異星の神とは切れてございますと説明申し上げましたが…』
少しの押し問答を繰り広げるふたり
「じゃあ、何で…?」
しびれを切らしたのか立香が問う
『話せば少々長くなりますが…』
立香の感情を制するかの如く静かに道満が語り始める。
『…アルターエゴの存在意義はご存知でしょうか?』
「少し…だけなら」
おずおず、と上目遣いに立香が道満を見つめながら答える
道満の話が続く
『かつてキャスター・リンボとも呼ばれしアルターエゴ・リンボはその大元は蘆屋道満の自我の雫、己が影の如き一部の悪性…あの男、彼奴めを打ち負かしたいという劣等感をリンボに付けこまれ抑えていた衝動が瓦解し、一部がカリカチュアされリンボと合一した存在なれば所謂その──、』
道満が口ごもる
立香は道満をじっと見つめ、急かさず話をしてくれるのを待っている。
意を決して道満が話し始める。
『──。個人への執着は儂の欠点であり、アルターエゴ・リンボの存在は儂の安倍晴明への執着が作り出したモノでして…』
道満が晴明憎し──、ということは立香も少なからずは理解してはいる。
『ですが最近はその晴明への執着がいささか薄れて参りまして、いや、しかし…ンンンンーッ!』
道満の語気が荒くなる
(ちっとも薄れてないしそれとカルデアを去る事が何の関係が…?)と立香は口に出しそうになるが推し止める。
『ンンン…申し訳ございません少々取り乱しました。アルターエゴとはその感情から作られし物なればその感情が失せれば存在意義を保てなくなりまして──』
そこで立香がふと、過去にメルトリリスに聞いた話を思い出す。
“「アルターエゴは作り物から生まれた作り物。中は空っぽなの。」
「その材料(モト)になった感情にすがるしか、存在意義を保てない。自分を薪にして走る人形と変わらない。」
「はじめから自壊することが前提なのよ、私たちアルターエゴは。」”
『……ター、マスター?』
「え、あ!ゴメンちょっと考え事をしてて」
道満に呼び掛けられ我に返る。
『…大事な話をしているのですが』
ヤレヤレ、と道満が呆れたようにため息を付く
「えっと、つまりはその感情が薄れてきたから居なくなっちゃうの…?」
『そうなりますね…』
道満が薄く微笑み応える
動揺し始める立香。
「で、でも縁を手繰ってカルデア召喚式で召喚されたって…!」
『左様でございます』
「また召喚して来てくれれば…!」
『次代の召喚に応じた場合姿形や名が同じでも今の拙僧とは別霊基であり記憶が残るとは限らないのはご存知でしょう?』
「だ、だってリンボの記憶は!」
『…マイマスター』
気持ち道満の声が低くなる。
立香が口ごもる。
「…ッ!じゃあ、いつ頃居なくなっちゃうの?」
『此度が最後の挨拶かと…』
「そんなの!急すぎるよ!」
立香の声が上ずる
急な展開に感情が抑えきれなくなり堰を切ったかのように声を荒げ話し出す
「見守るって言ってたじゃん!人理がために使い潰せって!魂は寄り添うって!それに…、それに私、道満の事…!!」
『それ以上はいけません。【カルデアの】マスター』
道満から薄笑みが消え低音で言葉を制される。
思わず立香が息を呑む
「あっ…うん!そう…だよね!縁だってカルデアとの縁を手繰って…私とじゃないかもだし…人理修復できたらお別れかもしれなかったし、だって本来なら時代も違って出逢えたのが奇跡っていうか…ウグッ…」
(泣いちゃダメだ!泣いちゃダメだ!)
そう思いながらも無理に感情を抑え込もうとすればするほど嗚咽が漏れそうになり涙が潤んでくる。
「うゥっ…だって、だって地獄の底までお供したいって…」
うつむく立香の肩は震えている。
『マイマスター、その時が来るまで拙僧は待ちましょう。地獄の底まで共に行くには天国でも地獄でもなく“辺獄”でお待ちしております』
「道満…!」
立香が顔を上げ道満を見上げる。抑えきれなくなった涙が頬を伝い、道満の雄々しい手が立香の方へ向かいその涙を指の背で掬おうと触れるか触れないかの時に──
木洩れ日のような光の中で道満の身体は薄れ行き、光と共に消え去った──。
そこに道満の姿はもういない、居ない筈だがその姿を確かめるかのように立香の手は虚空をまさぐる。
「うっ、あぁぁ!」
立香が膝から崩れ落ち四つん這いになって嗚咽を漏らす。ポタポタと雫がこぼれ落ち床に涙の染みが出来上がる。
「うぅ!道満!道満…!」
今は居ないその者の名を何度も呼び叫ぶ。もうその声を聞くことは──
『はい、此方に。』
「…は?」
思考が止まる。何処かで何度も聞いた声が、むしろ先程まで聞いていた声が床に伏せて泣き叫んでいた立香の頭上から聞こえた。
幻聴ではない?と恐る恐る立香が顔を上げる。其処には──
先程まで其処にいた法師陰陽師と寸分変わらぬような人物が立っていた。
『いやはやマスターが平伏したかの様なこの構図、なんていうか……その…下品なんですが…ンン……些か昂りますなぁ…』
立香は目を見開き声にならず息も絶え絶えにハクハクと口を動かす。
『ご案じ召されるな是なる霊基は縁を手繰り召喚された貴方のサーヴァントなれば…』
「どうまん…?」
やっとの事で立香が口を開く
『はい。貴方の蘆屋道満ですとも!』
嬉々とした様子で道満が此方に微笑む
ヨタヨタと立香が立ち上がろうとし、道満も手を差し出し立香の手を取り助け起こす。
「…あの、まさかとは思うけどもしかしてさっき言ってた事って全部…?」
未だ道満の手を取りつつ立香がわなわなと身を震わせ疑いの眼差しで道満を睨みあげながら問う。
『はて?さっきの事とは?拙僧、さても見当がつきませんなぁ』
道満は立香から目線を反らすように右上の虚空を見つめあげる
道満の手を離しフラフラと1人マイルームから出ていこうとする立香
『おや、足元がおぼつきませんで大事無いですかな?マスター?』
道満がニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら立香のあとを付いていく
マイルームのドアが開き立香が深呼吸をし叫ぶ
「小太郎、段蔵、鬼一師匠にカーマちゃん~!」
立香の叫びがカルデアの廊下に響く
『ンなぁっ!?』
道満の顔色が変わる
「頼光さんに綱さんに金時、柳生さんにタマキャにジェロニモ、ニキチッチ~!」
少なからず道満に因縁があり、制裁を加えられるであろうサーヴァント達の名前を呼ぶ
「いかが致しましたか主?」
「なんだなんだなんだどうしたぁ?」
「どうしましたかマスターさん!?」
「何かありましたか?先輩!」
「どうしたのかね?」
呼ぶ、呼ばずに関係なくサーヴァントやスタッフ達も集まってくる
『ンンン、これはいけませんねぇ…拙僧お暇をいただきたく…』
「何を!言ってるんだ!この道満は!」
怒りにうち震えた立香にその願いが聞き入られるはずもなく…
懲りもせずにこっぴどく仕置きを受ける道満なのであった。
~了~