「生きてこそ……」姉と母に振り回される彼と彼。術後、経過も良好で点滴が漸く外れた透夜に美穂が良からぬ事を企みました。
「ねぇ~~、透夜ぁ~。点滴外れて体自由になったんなら、ちょっと私のお願い聞いてくれない?」
「え?」
「暁、ベッドに乗って仰向けになってよ」
「へっ?!」
「いいから!ほら、透夜、ちょっと降りなさい」
透夜の手首をつかみ、強引にベッドから引きずり下ろそうとする美穂。
「ちょっ……姉ちゃんっ!また変なこと考えてんだろ?病人に何すんだよ」
「うるさいわね!術後の経過も良好なんだから、もう、病人じゃないでしょ!ほら、早く下りて」
「ふざけんなっ!点滴外れたってだけでまだ退院決まってねーっての!」
反論しながらも、強引な美穂には勝てずベッドから引きずり下ろされる透夜。
そして、言われるがままにベッドに仰向けに寝かされる暁。
「よしっ!透夜、暁に跨がって」
「うぇぇぇぇ?!」
「はぁぁぁぁ?!」
透夜と暁、同時にすっとんきょうな声を上げる。
「姉ちゃん!病院で何させようとしてんだよ!!」
「あら、病院のベッドで患者と恋人なんて最高のシチュじゃない!リアルで拝ませてよ!アンタが退院したら見れなくなっちゃうんだから」
「お、お姉さんっ!!」
「この変態姉貴!やめろ、マジで」
「あら、アンタもまんざらじゃないでしょ。ほら、見てみなさいよ、ベッドに横たわった暁を」
「うっ……」
ごくりと喉を鳴らす透夜。
力付く、ベッドに押し込まれれば、その狭い空間で行き場はなく、暁を跨ぐようにして四つん這いにならざるを得ない。
ふと暁を見れば、眉尻を下げ、困惑した翡翠の瞳が透夜を見つめる。
暁の美しい目と、助けを請う艶やかな表情に透夜の視線は釘付けになった。
生まれ変わった透夜の心臓が軽快に高鳴る。発作とは違う、早鐘打つ拍動に妙な息苦しさを覚え、透夜はフーッと熱い息を吐き出した。
「…………」
「きゃー!いいわね!パジャマ姿の攻と私服の受け。アンタ達ビジュアルいいから絵になるわぁ」
はたと、絶賛の声と幾度も鳴るシャッター音に我に返る透夜である。
「おいっ!写真撮るなって!!」
透夜が咄嗟に手を伸ばし、美穂からスマホを奪った。
「あー!!ばか!返せよっ!」
「放せっ!写真消すまで返さねー」
「ぜってー消さねー!消させねー!」
画像を消そうと携帯を操作する透夜と、彼の腕を掴み全力でそれを阻止せんとする美穂。その声は、廊下にまで響き渡っていた。
「……おい」
横から発せられた低い声が姉と弟の激しい言い合いを遮る。良く知った声。酷く落ち着き払った調子が恐ろしい。二人は瞬時に声を失った。
「あ……」
「マ、ママ……」
「…………」
美穂と透夜は揃って、声の主へと視線を向け、ベッドに横たわる暁は両手で顔を覆っている。
「アンタたち……何やってんの?」
「か、かあ……さん」
透夜が暁に跨がっている、この状態を見てもはや弁明の余地もない。つーっと、冷たい汗が首筋を流れたの感じる透夜だった。
「美穂、お前、またアホなこと企んだんだろ」
「べーつにー」
「暁くん、何があった?」「あの、その……」
暁に事情を聞こうとするところが奈美の賢いところである。
火を吹きそうな顔で暁が事の終始を説明すれば、奈美の腕が美穂の首をがっしりホールドした。
「ここがどこだかわかってやってんのか?!二人揃って廊下にまで響くような大声出しやがって!」
「いてててて!だって病院だからこそ見れる透夜と暁があるじゃん!!ママだって見たいでしょー?!」
「それは、後で写真送っとけ」
(写真はしっかりもらうんだ!!)
今にも声が出てしまいそうだった。とんでもない発言の奈美へ唐突に突っ込みたくなる感情を暁は必死に飲み込んだ。
きつく絞められていた奈美の腕から解放され、こほんと一息つきながら、美穂が少しばかり憂いの表情を見せる。
「透夜だって、入院中とはいえ手術成功して日に日に回復してんじゃん。昔はさ、ちょっと言い合いしただけで発作起きちゃったりして、その度に責任感じて。ママは私のこと叱らなかったけど、逆にそれが辛くてさ。でも、それ以上に透夜が大好きで、大事で。守ってあげなきゃって思ってた」
「美穂……」
「姉ちゃん……」
そんな美穂の言葉に奈美と透夜が眉を寄せる。
「お互いわがまま言って、取っ組み合いして、やっと姉弟らしいこと出来るようになったじゃん」
美穂の目は細められ、穏やかに透夜を見つめた。
「私はそれが嬉しいよ」
「美穂!!」
透かさず、奈美が美穂を抱き締める。その腕は震え
奈美の目には涙が光っていた。そんな美穂を見る透夜の視界も歪む。
「ごめん、姉ちゃん。姉ちゃんの気持ちも知らずに俺……」
「んふふ。やっと姉の偉大さがわかったか。じゃあ、透夜、そのまま暁の手首拘束してキスしろ」
この姉相手に感傷に浸るなんて浅はかだったと、透夜は悟った。しかし、これも今、自分が命あってのことで。姉が姉らしく、自分が自分らしくいられると感じる瞬間でもあった。
幼い頃、発作ばかり起こす自分に笑いかけて励ましてくれた姉を思い出す。
喧嘩をしては発作を起こし、成長につれ、困らされることも多々あったが、彼女は彼女なりに弟を病人として扱いたくない心があったに違いない。
病気を克服した今、姉の言う通り、やっと本来の姉弟になれた気がする。
透夜はありったけの力で叫んだ。
「それとこれとは話が別だろっ!!」
「透夜、グッドラック」
「か、母さんまで!」
この母にして、この姉だ。
先々、心労絶えない事を覚悟した透夜だった。
しかし、どんなに驚かされ、大声を出そうが、もう苦しくはならない。
ふっと透夜は口角を上げた。そして、暁の両手首を取り、顔の横に拘束して覆い被さる。
「と、透夜?!」
狼狽え、目を見開く暁に顔を近付け真剣な眼差しを向ける透夜。
そんな瞳はこの先の未来をしっかり見据えていた。
「暁。こんな母や姉だけど、きっと、これからもずっと一緒だから……」
「え?」
「俺は暁とずっと一緒に生きていきたい」
正確に鼓動する心臓のリズムが透夜の意志を高める。
もう、人のためじゃない
自分のために生きるんだ
生きてこそ感じる
生きてこそ繋がる
そんな世界を彼と一緒に
そして、
生きてこそ
見られる未来(ゆめ)を
彼と一緒に見ていきたい
ゆっくりと、透夜は暁の唇に自分を重ねた。
そんな透夜と暁の光景に、母と姉が歓喜の声を上げ、シャッター音が鳴り響いたことは言うまでもない。