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    apex_edy0926

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    apex_edy0926

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    おじらは過去話~オクブラ風味の余談を添えて~

    見直してないので誤字脱字あったらすまないの気持ち

    受け継ぐ味「うさぎの痕跡はわかるか?」
     積雪の中、背の高い針葉樹を背後にした大男が少年とも少女ともとれる子供に話しかけた。
     途絶えたうさぎの足跡をそっと撫でていた子供は、やがて少し濡れた皮手袋の先をこすり合わせて、こくりと頷いた。
     大男と子供の会話は少なく、辿ってきた足跡を数歩戻し、その周囲を子供が注意深く見渡す。
     大男の方は、特に助言することなどないと言ったように腕を組んだまま仁王立ち、たまにもう知っているかのような目くばせを西の方角へと向けるのみだ。
     やがて子供もその方角へと視線を定め、何を言うでもなく、雪を踏みしめる音にすら気を使うようにゆっくりと歩み始めた。
     子供が茂みを抜け、せせらぎを越したところまで見届け、やがてその姿が見えなくなり……弓矢が風を切る音と短い悲鳴を聞いたところで、大男はやっと緊張を解いたように息をつく。
     その瞬間、姿を消していた子供の大声が山中に響き渡る。
    「アルトゥル! アルトゥルー!」
     先ほどまでの静音とは打って変わって、年相応のハツラツとした声が徐々に近づいてきた。
     雪を蹴散らしながら帰ってきた子供に、大男――アルトゥルの口角がわからない程度に上がる。
     子供の手にはうさぎが一頭。初歩とはいえ、子供はアルトゥルが課した訓練を無事に成功させていたのだ。
     元々は狩猟など経験し得ない場所で暮らしていた子供だった。弓矢よりも、ペンとノートが似合うような、ともすると両親と同じ道を行く人間であっただろう。
     アルトゥルが治める狩猟者のコミュニティでは、うさぎなど誇るものでもないが、あの子供にとってはこれは大きな一歩だ。
     ずいぶんと浮かれているのが、もつれるように走ってくる足取りからよくわかる。
    「アルトゥル! 見てください! 私も一人前の狩人になっ――わぁ!」
     喜び勇んでいた子供は天高くうさぎを掲げたまま、転んでせせらぎに顔面から着水した。
    「……先が思いやられるな」
     やれやれといったようにアルトゥルは首を横に振ったあと、子供を助けにずっしりと重量のある体を前に進めたのであった。





    「さむいですアルトゥル」
     ベッドの中で、子供はぷるぷると声も体も震わせていた。
     アルトゥルが子供のおでこに置かれたタオルを取り、冷水の入った桶に浸して絞り、また無造作に小さな額へと乗せる。
     結局、あのあと引っ張るように連れ帰られた濡れネズミは、ものの見事に風邪を引いたのだ。
     ベッド脇の丸太イスに腰かけ、アルトゥルが大きく息をつく。
     熱で頬を紅潮させた子供が、ばつが悪そうに布団を目下まで引き上げた。
    「……すみません」
    「なぜ謝る」
    「……風邪を引いて?」
     どこか伺うような視線の子供に、アルトゥルは少し唸って髭を撫でた。
     しばらくして、子供の頭にぽんっと手を置く。
    「怒ってなどいないが、最後まで注意深く行動しなさい」
    「むぅ……。気をつけます」
     やはり説教じゃないかとぶすくれた子供の頭を、アルトゥルは大きな手でぽんぽんと叩いてその場を離れた。
     向かった場所はキッチンだが、現代的なものではない。かまどに薪をくべて、マッチで火を起こすような原始的なものだ。
     鉄鍋を置き、その中に米と水を目分量で入れ、木製の蓋をしてしばらく待つ。
     その様子を、子供はベッドから眺めていた。
     大男からするとおままごとのようなサイズの調理器具を駆使して料理する姿は、可笑しくて自然と笑みがこぼれる。
     最初は見た目通りの恐ろしい男かと思っていたが、暮らしているうちにそうではないことは子供もよくわかっていた。
     そうしているうちに米の炊ける甘い匂いが部屋の中に立ち込める。
     子供が鼻をすんっと鳴らして堪能していると、アルトゥルが蓋を開けた。
     解放された匂いがさらに充満して、それだけで満たされたような気持ちになる。
     だが子供の腹は素直なもので、早く食べたいと大きく鳴いた。
     苦笑するような声がアルトゥルから漏れて、もう少し待ちなさいと声がかかる。
     子供は気恥ずかしそうに口をもごもごと動かした。
     言われた通りに大人しく待つ間も、子供はアルトゥルの様子を眺める。
     大きな背中を丸めて、その手には不釣り合いの小さな卵を割る。黄身が先行して、追うように白身がとろりと鍋の中に落ちていった。
     木製のスプーンで中身をかき混ぜて、海水から作った塩をひとつまみ。仕上げに切っておいたらしい薬味を入れて、完成したようである。
     鉄鍋の取っ手を素手で持ち、小さな折り畳みテーブルも引っかけてアルトゥルが近づいてきた。
     テーブルを片手で器用に展開して、鉄鍋もおいてしまう。
    「座れるか?」
    「うん」
     子供が上体を起こすと、何も言わないままアルトゥルが背にクッションを置いた。甘えるように、子供はそれにもたれて座る。
     テーブルに置かれた鉄鍋の中身は、卵粥であった。
     その強面が息を吹きかけながら粥を混ぜて冷ましている絵面に、子供はとうとう小さく吹き出してしまう。
    「なにが可笑しいんだ」
    「いえ、ふふっ、なんでもないです……あははっ」
     笑ってはいけないと思えば思うほど、子供の口からは笑い声が溢れていく。
     怪訝そうな顔をしながら、アルトゥルは粥をひと匙すくって、笑い声を止めるように子供の口の中へ突っ込んだ。
    「あふい!」
     突然放り込まれた粥に、子供の笑い声は悲鳴に変わる。
     今度は、アルトゥルがにやりとする番だった。
    「ひどい……」
    「人の顔を見て笑う方がひどいだろう。食べたらまた寝なさい」
     ごもっともだと、子供は放り込まれた粥を咀嚼した。
     控えめな塩を薄っすらと感じる、優しい味わいだ。
     このコミュニティに来てすぐの頃に風邪を引いた時は、近所の女性に作ってもらったのを思い出す。アルトゥルが作ったものでは、味が濃すぎたのだ。
     あの図体が、一回り小さい女性に怒られていた背中をふいに思い出して、イヒヒと笑う。
     その頃から女性らに子育てのなんたるかを叩き込まれていたアルトゥルを知っているため、このお粥も練習の成果だろうと思うと心も温まる。
     卵のふんわりした柔らかい食感に舌鼓を打ちながら完食し、鍋を感謝の言葉と共にテーブルへ置いてから布団を被りなおした。
     全体的に温まったせいか、治癒に向けての疲労か、子供の瞼はすぐに重たくなる。
     あくびをひとつ、まどろみの中でアルトゥルが鍋を片す気配を感じた。
     そして最後に、また額にひやりとした感触を受けながら、目を閉じる。





     そんなこともあったなと、ブラッドハウンドはアルトゥル直伝の卵粥をかき混ぜながら思い馳せた。
     屋外のかまどでブラッドハウンドが調理する傍ら、大量のブランケットに巻かれたオクタンは焚火の近くで座らされている。
    「アミーゴ! 俺はじっとなんてしてられねぇ!」
    「大人しくしていろ。冬の湖に飛び込んだ阿呆につける薬はないが、粥くらいなら出してやる」
    「ちぇ!」
     オクタンから休日に遊びに行くと聞いてはいたものの、まさか来て早々コテージ前にある湖に下着一丁で飛び込むとは誰も思うまい。
     いや、オクタンならばありえたと考え直して、ブラッドハウンドは塩をひとつまみ入れる。次いで薬味を投入して、完成だ。
     木を加工した深皿によそって、匙を添えてオクタンの元まで運ぶ。
    「ほら、出来たぞ」
    「サンキュー! でもこんなぐるぐる巻きじゃ手も使えないぜ」
     オクタンの様相はミノムシのようで、さすがに巻きすぎたなとブラッドハウンドも「ふぅむ……」と考え込む。
     やがて、片手でガスマスクの金具を片方外して、粥に息を吹き込んで冷まし始めた。
     その動作をじっと見ていたオクタンに気づいて、ブラッドハウンドは首を傾げる。
    「なんだ?」
    「いや、アンタって人間だったんだな」
    「……私は、神々の遣いではあるが人の子でもある。なんだと思っていたのだ」
    「んー。実は化け物とかだったらおもしろ――あっぢぃ!」
     無礼な口に熱い粥を押し込むと、オクタンは口を大きく開けてなんとか冷まそうと暴れていた。
     ミノムシの暴れっぷりに、ブラッドハウンドは喉の奥でくっくっと笑う。
     ようやく冷まし終えたらしい粥を飲み込んで、オクタンが舌を出して「ひっでぇ」と一言。
    「ふん。人を化け物呼ばわりする方がひどいだろう。ほら、今度はちゃんと冷めているから、食べなさい」
     ややむすっとした表情のオクタンをなだめるように、彼の目の前で粥をすくい、ふーと息をかけて念押しする。
     それをオクタンの口の前まで持っていくと、彼はなんだか体を揺らしてそわそわと落ち着かないでいた。
     食べる時さえ落ち着いていられないのかと、ブラッドハウンドが呆れかけた時、歯切れの悪い言葉がぼそぼそと紡がれる。
    「あ、のさ。これって、あーんって……やつ?」
    「まぁ、そうなるな」
    「ふ、ふーん?」
     ライムグリーンの目が泳ぎ、頬もなぜか赤くなっている。
     もしや熱でも出たかと手を伸ばして、額の熱を確認するが、特にないようだった。
     しかし頬の紅潮が増してしまって、どうしたものかとブラッドハウンドは首を傾げる。
     ややあって、考えてもわからないなら食べて元気になってもらおうと、すっかり冷めた一口をオクタンの口に運んでやった。
    「……うまい」
    「それは良かった」
    「あったけぇんだな、こういうのって」
    「……? もう冷めているだろう」
    「いや、ははっ、なんでもねぇよ」
     普段の粗野なイメージからは想像できない、柔らかい笑みが彼の素顔なのだろうか。
     少し跳ねたような気がした心臓を無視して、ひな鳥に与えるが如くブラッドハウンドは次々と粥を彼の口に運ぶ。
     やがて空っぽになった皿を見て、自分が食べたわけでもないのに腹が満たされるような感覚を覚える。
     しかし、胃は素直だった。
     鳴ってしまった腹の音をごまかせるはずもなく、一拍おいて笑い始めたオクタンをレンズ越しに睨みつけてから、鍋に余っていた分を直接平らげる。
     その味は、かつて養父であり師匠だった男のものと同じであったのだった。


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