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    T8D89

    @T8D89

    書き途中のモチベ上げだったり、熱を発散させる場です

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    ちまちまと書いていた副長(クーデター前の時系列)
    ハッピーではない。

    ハッピーエンドのその先に 副長ギチリ、と強く噛み締め鈍い音とぶつりと肉を破り生臭い味が口の中に広がった。
    「……はぁ」
    またやってしまったか、と後悔しても遅い。じわりと広がる鈍痛と指先に広がる痺れにドラコルルは舌打ちをする。
    プツプツと浮かび上がる赤く丸い玉の表面張力が決壊し、血が流れ出るのをじっと眺めた・
    こうしてみると民衆の間では冷酷な悪魔などと評されているが、それでもちゃんと赤い血が流れているのだと思い知る。
    ピシア長官として与えられた役職と、将軍より求められた職務を思うと時折本当に自分の心が冷え切っているのではないかと思う。ピリカ全土を監視し軍も警察も掌握した。反乱分子と思われる可能性は芽が出る前に潰す。それは我々の理念に到達するために必要不可欠だからだ。

    軍人として、ピシア長官として――将軍の期待を裏切るわけにはいかない。このクーデターに失敗は許されない。
    その為に常に頭を働かせる必要があった。計画を盤石なものとする為に。如何にドラコルルの頭脳が優れていようとも、人間だ。やがて本人でさえ気づかぬ内に疲弊やストレスは蓄積し思考を鈍らせる。
    いつの頃からかぐちゃぐちゃとした思考を纏める為にこうして痛みで紛らわせるようになっていた。気分の問題だろうと思うが痛みを通して少しばかり気が落ち着くのだ。その後に何を馬鹿なことをしているのかと自分のことながら呆れてしまうのだが。

    壁の時計を見、時刻を確認すれば既に23時。そろそろ副官が来る頃合いか。
    ドラコルルは引き出しから簡易な薬品箱を取り出し、適当に包帯を巻いてから手袋を嵌めた。

    ノックの音に入室を許可すると、副官が姿を現わす。その手には部下からの報告を集約したであろう端末機を持って。
    「失礼します」
    「データは揃っているか」
    「はい。ただ――長官、少しお休みになられてはいかがですか?もうずっと働き詰めでしょう」
    「副官、データを確認する。それを」
    ドラコルルの体調を慮る副官に一瞥くれるが、返答はせず、すいと手が差し出された。
    仕方なしに端末機を渡すも、副官の表情は納得がいかないようだ。そんな視線など目にもくれず、データの一つひとつに目を通し頭の片隅にくまなく刻み込んでいく。
    情報は生命線だ。大したことではないようなことでもいつ役に立つかわからない。
    何故なら我々は前代未聞のクーデターを起こそうとしているのだから。

    「あの……」
    「君は下がってくれて構わない」
    「ドラコルル長官は?」
    「報告を読み込んでからにするよ」
    「一体どれだけあると思ってるんです? まさか報告した部下全員分目を通す気ですか」
    「まぁ――そうなるな」
    ドラコルルは常と変わらない表情のように一見して見えるが、側に立っている時間が他の誰よりも長いからか、副官の目には僅かに焦燥感が滲んで見えていた。副官が知っている限りでは、ドラコルルは執務室にずっと籠もったきりだ。ここの所は特に。
    どうか休んでください、とどんなに伝えても相手にされない。ドラコルルがギルモア将軍からの命に忠実であろうとその才を奮っていることはよくわかる。だが計画の前に身体を壊しては意味がないというのに、どうしてドラコルルはそうまでしてギルモア将軍に従うのか――副官には疑問だった。

    端末を持つ手とは逆の、左手を口元に押しやる姿に副官ははたと気づき、スンと鼻を鳴らした。微かに、微かに漂う薬品と鉄臭いにおい。
    嗚呼、この人は――…。
    「長官、ドラコルル長官」
    「ん、どうした副官」
    「手を。消毒も適当でしょう」
    「……」
    副官が近くの椅子を引き寄せ、隣に腰掛ける。
    「包帯も、ちゃんと巻かないと――ね?」
    困ったように苦笑を滲ませ、掌をドラコルルに向ける副官にサングラスの奥からちらと目を向けるが、すぐに端末機へと視線を戻す。が、これまでのやり取りでこんな事幾度とあった。そんなことでめげる副官ではない。隣に立ち顔をじっと近づける副官の圧からは逃れそうにも無い。
    「……」
    「仕事の手、止めてくださいね」
    僅かな逡巡の後、息を吐き副官へと向き直るとその掌に左手を乗せた。
    引き出しの中にある薬品箱を取り出し恭しく、左手の手袋を外す。歯形がつき、肉が破れ出来たばかりの新しい傷から痕が薄くなり、肉が盛り上がった古い傷痕まで。形は様々だが、どれもドラコルルが自分で傷つけたものに違いはない。

    消毒液を含ませた脱脂綿をそっと押し当てた。少しは傷にしみるだろうがドラコルルはじっとその処置を眺めているだけで微動だにしなかった。
    「やっぱり医務官に看て貰ってちゃんと処置をした方がいいんじゃないですか」
    「いや、部下に知られでもしたら士気が下がる。今は大事な時期だ。万が一にも士気を下げるようなことはあってはいけない」
    「しかし…ッ」
    「失敗するわけにはいかないのだ。副官。万全を期して我々は達成せねばならない――この星の為にも」
    「……」
    「今は、些細なことでも影響しかねん。気づかれてはならない。知られてはならない。口にしてはいけない――不安要素など欠片もあってはいけない」

    何度となく、医務室へ行きましょうとドラコルルに進言していたが、一向に聞き入られることはなかった。確かに、ドラコルルの言うことも一理ある。ピシアの長官が過度の心因的なストレスからくる自傷行為をしているなんて他の誰にも気づかれるわけにはいかない。上に立つ者程、部下達の士気を特に重要視しなければならない。穴なんてあってはならないのだ。このクーデターが失敗すれば後が無いことは確実なのだから。

    だからこそ、様々な要因がドラコルルの両肩に重くのし掛かっていた。
    恐らく、碌に睡眠もとれずにサングラスの下には隈も出来ているに違いない。
    悪魔のような頭脳を持ち完璧であると言われようと、人間だ。どんなに普通に振る舞っていようとも人である以上、どうしたって疲弊だって溜る

    何故、誰もそのことが思いつかないのか。

    この人だって、ただの人であるというのに。

    「ドラコルル長官」
    処置を終え、包帯を撒いた左手に手袋を嵌めなおすと副官は掌で優しく包んだ。
    本当ならば、自ら傷つけるようなことはして欲しくない。一人で思い詰めて欲しくもない。
    ――なんてことを副官という立場で口に出来る筈もなかった。
    情報機関ピシアの長官はドラコルルなのだ。他に代わりはいない。
    自分なんかがドラコルルの代わりなんかになれる筈がない。全てを肩代わりすることも。
    だが――…。
    サングラスの奥の瞳を優しく細め、じっと真正面からドラコルルを見つめる。互いにサングラスを掛けてはいるが、視線はしっかりと交わっている。
    激情のような苛烈な赤の瞳が、冷静に凪いでいる。だが、その心中の疲弊は如何ばかりだろうか。副官にはわからない。ドラコルルではないのだから。副官にはわからない。ドラコルルは決して弱音を吐かないから。嗚呼、だがそれでも――。
    「俺は、この先何があっても貴方の味方です。ずっと貴方の隣にいます。どうか一人で全て背負おうとしないでください。俺は貴方が抱えている不安なんかも一緒に背負っていきたいと思っているんです」
    心の底から思っている想いを声に乗せて届ける。それはその身を純粋に案じての自然なことだ。


    「……副官」
    「はい」
    「それは私だけでは頼りない、ということか?」
    「――えッ!?あッ、ちがッ、違います!!そんなこと間違ってもありませんッ!!た、ただ、貴方が背負う全てを肩代わりすることは俺なんかじゃ役不足でしょうが、そっ、その、俺は体力ならあるんで、大丈夫です!!」
    握った手はそのままに、あわあわと慌てて弁明する副官をじっと見つめていたドラコルルだったが、少しの間を置いて軽く俯くと次第にその肩を小さく振るわせた。
    「あ、あの……長官?」
    「……っ、す、すまない、君がそこまで必死に弁明するとは思わなくて……んっ、ふふ」
    「ち、ちょおかぁん……」
    ドラコルルなりの冗談だったと思い知らされ副官は一気に肩の力が抜け、脱力する。同時に自分でも情けない声が出た。笑いを押し殺そうとするドラコルルに対し
    「そんな情けない声を出すんじゃない――いや、違うな……ありがとう、副官」
    「何でも言ってください。口にするだけでもだいぶ気が楽になるんですから」
    「……嗚呼、そうするよ」
    「貴方は決して一人ではないことを覚えていてください」
    手袋越しにでも伝わる温かな熱に、何処かで安堵する。


    クーデター決行まであと半年。
    美しい星の水面下では着実に恐ろしい計画が進められていた。


    ◇◆◇

    一体どこで間違えたのだろうか。今となってはいくら考えてももう遅いが。
    降伏後、粛々と艦を降ろされ部下達と離されたドラコルルは薄暗い拘留所で壁に凭れ、灰色の壁をただ眺めていた。

    あの少年大統領はチキュウという遠い星の異星人達の手を借り、民衆を導き我々は負けた。
    彼らもまた、自らの正義の為に動いたに過ぎない。
    正面から闘って負けたのだからもう何も語るまい。何より最早そんな資格も無い。
    いや、違う。まだやるべき事が残されている。

    ジャラリと金属が擦れ合い、不快な音を立てるがドラコルルは気にすること無く左手を天上に掲げ、じっと見つめる。

    あれから、クーデター決行の日まで心因性のストレスから自傷する頻度は徐々にであるが減っていた。傷つける度に気づいた副官が手当をし、その後二人でじっくりと会話を交わしたことが幸を成したのか、だいぶ落ち着くことが出来た。

    「私にはまだやるべき事が残されている」
    情報機関ピシアの長官として、彼らの上司としての最期の役目。
    あの温かな熱を思い出すように、ドラコルルは左手を掻き抱き、ゆっくりと瞼を閉じる。

    「この命と引き換えに君達を守ることが……私に残された最期の役目だ」

    ポツリ、と呟いた声は重苦しい室内に溶けて消えた。




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