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    gre_maimai

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    gre_maimai

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    バレンタインカイいち。キスしてるので見たくない人は注意。

     現実と夢想の間にいるような、そんな浅い眠りから追い出された。
     目覚めてみたものの、部屋の中は暗闇に染まっている。
     時計を見ると、2月14日夜の11時半だった。朝はまだ程遠い。
     寝る前に火を灯した草薙さんから贈られた、キャンドルの優しい香りが仄かに残っている。
     ゆっくりと上半身を起こし、カーテンを捲ると雲が星空を隠していた。
     ……星、見えないんだ。
     冬の澄んだ空気のお陰でセカイ程ではないけれど現実世界でも星空は綺麗に見える。眠りから一度覚めた時に見ると、星の光に導かれていつの間にか眠っている、なんて事もあるから、今回も星に夢へと誘ってもらおうと試みたが、今日は無理らしい。
     セカイに少しだけお邪魔させてもらおうかな。散歩をしていれば眠くなるだろうし。
     思い立つと、パジャマのポケットに夕飯後にお母さんから貰ったチョコチップとオレンジピールが埋め込まれた手作りクッキーを忍ばせる、セロファンの包みに2枚だけ入っている。
     大きめのブランケットで体を包ませる。スマートフォンの音楽アプリを操作して、眩い光に導かれ、一瞬で景色は自室から夜の校舎の中へと変化した。裸足で来たが、廊下の床は冷たくはない。歩くとペタペタと足音だけが響く。
     辺りを見渡してみるものの、この時間だからだろう。暫く誰とも会わなかった。ミクに会えたら良かったのに、なんて残念がっていると、奥の教室から微かにオレンジ色の光が溢れているのが見えた。近付いていくにつれゆっくりとしたテンポで一音一音大切に奏でるギターの音が聞こえてきた。全ての音が温かくて音が鳴る度、眠れなくて硬直していた体が芯からじんわりと解れていく。大切な人に贈る子守唄のようだった。
     その教室の中をこっそり覗き込むと、私が贈ったキャンドルに炎を灯して、側で愛おしそうに火を見つめながらギターを静かに鳴らすカイトがいた。やっぱりカイトだった。少ない音だけで想いが伝えられるのはカイトにしか出来ない。
     彼の様子を伺っていると、カイトもキャンドルを気に入ってくれたんだと安堵した。
     音が途切れたのを見計らってから、静かに教室の扉を引くと、それに気付いたカイトは私を見るなり目を大きく見開いたが、直ぐに目を嬉しそうに細めた。
    「来てたんだ」
    「うん、眠れなくて、隣良いかな」
     カイトは頷きながら、近くにあった椅子を自分のそれに近付けてくれた。私はそこに一度座ってから今まで体に巻き付けていたブランケットを剥ぎ取り半分をカイトの肩に掛けてあげる。カイトの体は私よりも大きいから、ブランケットから体が出てしまわないように私は思い切り彼と距離を詰める。何とかブランケットの中に二人が入れたが、互いの腕同士がくっつき合う状態になった。体温が少しずつ伝わってくる。それでもカイトは離れる事なくそのままにいてくれている。今までより仲良くなれたのかな、と少し嬉しくなった。
     キャンドルからカモミールの温かくて甘い香りが漂っている。
     セロファンに包まれたクッキーを取り出し、一枚カイトに手渡すと、感謝を述べてから少しずつ口の中に入れていった。ホットミルクとか持ってくれば良かった。
    「この2枚しかないから、皆に内緒にしてね」
    「うん、言わない」
     それよりも先程の子守唄が今尚頭から離れなくて、ついカイトに問う。
    「さっき何を想ってギターを弾いてたの?」
     私の質問に対して、最初は躊躇っていたが、照れ臭そうに答えた。
    「……一歌の事、考えてた」
    「えっ?」
    「このキャンドル、俺の事を想って作ってくれたんだ、って思ったら、一歌の事ばかり考えてて、その想いをギターに乗せてた」
     カイトは真っ直ぐ私を見つめて言う。ちょっとだけ瞳は潤んでいた。
     聞いたのは私の方からなのに、聞いてから恥ずかしくなって視線を離してクッキーを頬張る。チョコチップの甘さとオレンジピールの酸味が良い塩梅で何個でも食べられそうだ。ただ、もうこれだけしかない、と現実逃避をする。カイトは照れる私を余所に話を続けた。
    「火も一歌みたいに優しくて温かくて、香りも一歌みたいに甘くて愛おしくて、一歌に想いを伝えられたらいいな、って思ってたら、ギター弾いてた、一歌が今日も安らかに眠れてますように、って」
     だからあんなに私の胸の中心から響いていたのか。カイトが私の為だけに弾いた音。
     そう思ったら、急に胸の脈が早くなる。嬉しい、恥ずかしい、で感情も忙しい。カイトの顔もまともに見れない。ありがとう、と顔を見て返したいけど、顔が熱ってきていて赤いそれを見られるのも余計に羞恥に襲われる。たまったものじゃない。
     しかし、カイトは私の異変に気付いたのか、顔を覗き込んでくる。カイトは自分で言った言葉に照れたりはしない。カイトはカイトなりに嘘偽りなく頑張って伝えてくれる。そのお陰で私は何度も助けられた。
     だから私も頑張って答えなくちゃいけないのだ。
     意を決して、カイトの方に顔を向けた。しかし
    「わ」
     思わず声が出た。
     ブランケットの所為で距離が元から近かったのが悪いのか、振り向いたと同時にカイトの高い鼻と私の鼻がぶつかった。近い、近過ぎる。
     目もぴったりと合っている。青い海みたいな瞳が流れ星みたいに揺れる。
     何方か離れればいいものの、カイトが動く様子もないし、私も動く気はなかった。
     ただ、カモミールの甘い香りとまだクッキーを食したい欲求が残っていて、つい口を滑らせた。
    「……甘い物食べたいな」
     口が寂しいと訴えてくる。
     私の呟きにカイトはうっとりと目を細めた後、徐に瞼を閉じた。それを見届けてから、私も目を閉じてみる。
     暫くしてから、唇に柔らかい何かが触れた。
     何かがって、カイトに促したのは私だ。
     何も口に入れていないのに、カイトの唇に触れた途端、口内は一気に甘酸っぱさが溢れかえった。ちょっと酸っぱ過ぎるかも。
     顔から離れると、カイトと目が合った。
    「これも、内緒?」
    「内緒」
     交わした会話があまりに幼稚で、思わず二人して吹き出した。

     キャンドルは今も甘い雰囲気を漂わせながら、火を灯している。
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