白い百合の花を体のどこかに咲かせる白百合の人。彼らは明るい日の光を浴びながら美しい街と共に生きている。その中に稀に『祝福』を授かるものがいる。『祝福』は白百合の人に幸福をもたらすとされる。
黒い百合の花を体のどこかに咲かせる黒百合の人。彼らは暗い日の当たらない場所でひっそりとくらす。生まれながらに体に『呪い』を受けており、その呪いは人により強さが違うが、どれも不気味と称されるものばかりである。
そのどちらも神から贈り物を受け取ってしまった人は短命であるらしい。
◎
日も暮れる頃、白百合の街から黒百合の街に続く細く整備されない道に一人の少年が倒れていた。
白色の花が綺麗な金髪の少年だ。どこかに向かおうとした途中だったのだろうか、ひどくボロボロで疲労しきっている様子である。
そこに空を飛ぶ機械を連れた黒い花を咲かせた少年が通りかかった。黒百合の少年は白い花の少年に気がついて目を丸くした。一度は無視しようと通り過ぎてみたものの、ピクリとも動かずに道に倒れる同い年くらいの少年を見て見ぬ振りはできなかった。
「君、大丈夫?」
小さな黒い花を咲かせた少年は恐る恐る白い少年に話しかけた。しかし、白い少年は返事はない。黒い少年は戸惑いながらも白い少年をどうにかしてあげたいと着ていた服をその少年にかけ、一緒にいた機械にその少年を道の端にある木の元へ移動させた。
移動させても
白い少年の横に黒い少年も腰を下ろし目を閉じた。
世もふけて月が夜空に輝く頃、白百合の少年が目を覚ます。
体にかけられた暖かなコートを見て驚く。すると隣から
「おや、起きたんだね。無事目を覚ましてよかったよ。」
黒い花の少年は白い花の少年にわらいかけた。
「お前は誰だ?」
白い少年はそばにいる少年を不思議に思い聞いた。
「人に聞くにはまず自分のことを話すのが基本じゃないかな?」
黒い花の少年は不敵な笑みを浮かべながら質問を返す。
白い花の少年はその言葉を素直に受け入れたのか少し考え口を開いた。
「む、確かにそうだな。オレの名前は天馬司だ。白百合の街から来たんだが途中て力尽きたみたいだ。」
「天馬…祭典の時に歌い踊るあの天馬かい?」
「なんだ、知っているのか。そうだ!いかにもオレが美しく歌っていた張本人だ!」
自慢げに胸を張る白い少年、司をよそに黒い少年は少し考え込むような仕草をとった。
それもそのはずである。この国にとって祭典は神に幸福を祈る儀式の1部であり、とても大切なもので、その中で舞台に上がり踊るということはとても名誉ある行いなのである。
「何を考え込んでいるんだ?それで、お前の名前は?」
「ああ、すまないね。せっかく名乗ってもらったのに考え込んでしまって。そうだね、自己紹介しなくては。」
そう言って黒い花の少年は徐に立ち上がった。
「僕の名前は神代類。どうぞお見知り置きを。」
そばに置いていた機械が動き出し、類にライトを当てる。その光を受けながら舞台に上がった主役のように綺麗なお辞儀をした。
その姿はさながらショースターのようだ。
その姿に目をキラキラさせて見入る司を物珍しいように類は笑った。
「君のように僕を見てくれた人は寧々と両親以外初めてだよ。」
類は嬉しそうに微笑む。司も類の行動に興奮しているように距離を詰めて話しかけてくる。
「その機械すごいな!ライトがついてるのか?!」
その勢いに驚きながらも類は楽しそうに聞いてくれる司に好感を持ち楽しそうに機械の説明を始めた。
二人は時間を忘れて、話をした。
お互いにショーが好きで、人々の笑顔が好きで、
それから数年経ち、白と黒の街の仲の険悪さに拍車がかかり、互いの街へ自分から訪れるものはいなくなった。
ある日の昼
「『聞いてくれ黒百合!お前の力のおかげでオレはこの通り元気になった!』
『そうですか。よかったです。是非これからも素敵な生活を送ってください。』
『ああ!是非お前もこちらへ来ないか?』
『いいえ、僕はここから出られないのです。』
『なんだと!ではおれがここからお前を連れ出すために必ずや方法を探してみせる!』
こうしておれは今日も黒百合の彼が日の元に出れる方法を探しているのだ!誰か!オレと共に冒険をしてみたくはないか!?」
白百合の青年が町の大きな道をさまざまに声を変えながら演技をして通っていく。
その様子を街の人が奇妙なものを見るような目で、冷ややかに見る。青年はそんな目線を気にも止めずに演技を続けて道を歩いていった。
彼が通り過ぎた道の端で花屋の婦人と客の男が囁くように話す。
「またあの子だわ。本当にやめて欲しい。」
花屋の婦人は軽蔑するような目で彼の背中をみる。
「彼は狂っているのか?」
客の男も眉間に皺を寄せて怪訝そうに同じ方向を見る。
「ええそうに決まっているわ。けれどあの子は天馬の家の子だから口なんて出せないのよ。妹さんは可愛らしくていい子なのに。」
「本当だ。子供たちが黒百合に興味を持って呪われたらどうしてくれるんだ。」
白百合の街を駆け回る青年の名を天馬司。白百合の街では大切な祭事の際に祈りの歌を歌う家の1人であり、祝福が継承されている。その祝福はとてもありがたいもので、それを受けた人も本来は崇められる存在であるものの、天馬の家が特別な待遇を望まない家ゆえ、普段は城下町で見たとともに同じ暮らしをしている。妹の咲希が体調を崩しやすい為祈りの歌を司が担当さていた。
それはそれは美しく力強い歌声であった。
そのため、この奇行を繰り返しても誰も何も言えない。
……………
司は演技をしながら、街のはずれまで走り抜けた。そこには黒百合の街に続く道がある。しかしそこには柵が立っており、超えられないわけではないのに越えようとするものはいない。
そこで司は後ろを振り返る。今日も誰も司の後をついてくるものはいなかった。
「今日も一人か…」
司はそう呟いて柵をこえて黒百合のまちへ歩き始めた。
しかしその足は少し歩いたところで止まる。
「やはり毎日来たからといって変わるわけではないよな」
司の前に現れたのは所々に黒い花を咲かせた黒い植物のつるであり、それが道を丁寧に塞いでしまっている。
一度そこを通ろうと鶴に触れた時、痛みが走り手が痺れた。それからこれは触ってはいけないものであり、黒百合の街の人の拒否なのだと感じて無理に通ろうとすることをやめた。
しかし、一人でなければどうにかなるのではないかと心のどこかで期待しているため、今も仲間を探しているのである。
司は毎日ここで一時間ほど座って本を読む。もしかしたら黒百合のものが通りかかるかもしれないと期待を抱いているからだ。しかし、その願いは虚しく一度もあったことはない。
「帰るか。」
ひとりごちると立ち上がり服の下にひいたハンカチの土をはらい懐にしまう。また今日も何の成果も得られないまま帰路に着くのだ。
ーーーーー
司の家は白百合の花に囲まれたとても綺麗な庭を持つ普通の一軒家である。少し孤立した場所に立つその家は他に比べれば裕福と言わざるを得ない土地を有しているがそれを感じさせないようなとても慎ましい暮らしをしている。
『天馬』のフ可愛らしいレートのかかったドアをガチャリと家の扉をあける。
「お兄ちゃんおかえりなさい!また街に仲間探ししに行ってたの?」
「ただいま、咲希」
妹の咲希に迎えられ家に入る。
「ああ、そうだ!だが今日も誰も賛同してくれる者はいなかった。なぜ皆は黒百合のものが恐ろしいと決めつけるんだ。」
司は声を大きくしていった。しかし、咲希はそれに慣れたように困ったように笑った。
「しょうがないよ。だって私たちが持ってる祝福みたいな呪いを持ってるんでしょ。何か力を持ってる人ってちょっと党巻きにされるじゃん?私たちみたいに」
咲希は悲しそうに言った。司はそれをみて自分が不甲斐なく感じると共に悔しい気持ちになる。
天馬家は代々祭典の祈りを続けている。それはその身に『祝福』を授かっているからである。人々に幸せが訪れるとされる祝福。司たちはそれを国民に分けているのである。
「私が体弱いばっかりに、お兄ちゃんに辛い思いさせてごめんね。祝福使うと私倒れちゃうから…。」
「いいんだ。俺はこの通り元気だし、人々が笑顔になっていることが大好きだからな!」
そう言って司は笑って咲希の頭を優しく撫でた。
天馬咲希は生まれつき体が弱かった。祝福を受けているがそれを分け与えられるほどの元気は幼い咲希にはなかった。だから司はそんな先の代わりに幼い頃から一人で皆に祝福を分け与えてきた。
「お兄ちゃん、今年の祭典でも一人で歌うの?今年は私も祝福を分けられるだけの元気あるよ?」
「いいんだ、咲希もわかっているだろう?祝福”を”分けているのではないと」
「うん。だから、私も…!」
「だからこそ、オレが一人でやるんだ。」
咲希は司の強い意志に顔を曇らせるも、それ以上突っかかろうと思わなかった。こうなったら司が意見を曲げることはない。それを咲希は理解していた。
「そういえば、冬弥は今年も参加するのだろうか?」
「うん!一緒にできるの嬉しいって言ってたよ!」
「そうか、あいつのコーラスはとても心地いい。より良いものを国民に届けられるだろうな。最近は街で大きな声を出しているせいか何だか視線が痛くてな。あの場で恩返しができればいい。」
「お兄ちゃん。アタシ一緒に黒百合の人に会いに行きたいよ?なんで連れてってくれないの?いっつも話してくれる”るい”っていう人に会ってみたいな。」
「すまないな咲希。連れて行けば毛げをしてしまうかもしれないし、やな思いをするかもしれない。それに、おれも類には会えてないから合わせることもできない。」
「いつか絶対オレの輝きを黒百合のものまで届けてみセル!」
ーーーーーーー
日が天まで昇ると司はまた黒百合の街を目指し街へ繰り出す。
「行ってきます!」
司の元気な声が家の中に響く。
街をいつものように演技をしながら歩き回る。いつもとは違う通りを通ってみようか。そんなことを考えながら慣れたように記憶の中の類を自分に映し歩きだす。
道のはじから司のことを噂する大人の囁き声が耳に届く。
また言われている。しかし、続けていかなければ変化は生まれない。ならば続けなければ。そう思いまたいっぽ踏み出す。
そしていつもの黒いツルの下まで来てしまう。
「今日もダメか。ま、いつものことだからな。明日はもしかたら誰か同士が見つかるかもしれん!」
自分を元気付けるように大きな声で放った独り言。そのはずだった。
ツルの向こう側から人の気配を感じる。
鶴に触れないようにしながら向こう側を必死に覗く。
鶴の隙間からあちらの様子が少しばかり見える。
そこにいたのは大きな帽子を被ったロングコートの背の高い青年だった。
一瞬司と青年の目があった。司の目に映ったのはあの日見た黄金に輝く透き通った人にだった。そこにいたのはずっと求めていた類だったのだ。
「見つけた!」
黒い百合の青年はその声におどろいたように司の方を向いた。
「君は…?」
「オレは天翔けるペガサスとかき天馬!世界を司ると書き司!天馬司だ!類だよな!?」
「司くん…?」
「忘れてしまったのか…?」
「もちろん覚えているよ。あの日僕とショーをしてくれた司くんだろう?ただこんなところにいるのが信じられなくて僕の幻覚かと思って。」
「幻覚ではない!本物の天馬司がここにいるのだ!」
「そっか、また会えて嬉しいよ。けれど早く自分の街に戻ったほうがいいと思うよ?ここは君たちが来るところではないからね。」
「オレは!自分の意志でここにいる!長い間通い続けて初めてツルの向こう側の人と会えたんだ!帰るわけにはいかない!」
「ここに自分の意志で通っていた?何でそんなこと」
「お前に会いたかったんだ!」
「っ!」
「ここを通る方法はないのか?お前とまたあの日のようにゆっくり話がしたいんだ。」
「でも白百合の人は来ないほうがいい。」
「オレの心配をしているのであれば無用な心配だ。絶対にお前たちに迷惑はかけない!」
「お前と折れる方法を石得てくれない限りここから動かんからな!」
「うーん。昔と一緒で自分勝手だなあ。いいよ通してあげる。けどこっちにきたら僕の隣離れないでね。」
「わかった!」
司の元気な返答に類はため息を漏らしながらも嬉しそうだった。
類は道のはじまで行くと何やら機械のようなものをいじる。すると今までつるが壁のようになっていた場所が左右に開く。
司は植物が左右に機械のように動いたことに目を丸くした。
黒百合の街へ訪れて改めて思う。ここの人々はやはり良い奴しかいない。
「あら、司くんじゃない。」
「雫?!」
「そうよ〜、黒百合の街へいらっしゃい。白百合の子が来るのは珍しいわね?類くんと知り合いだったの?」
雫は日野森の家の子で両親はどちらも白百合なのだがなぜか黒百合の雫が産まれてしまった。医者にも君悪がられて幼い頃からいじめられていたと聞いている。
しかし、その一年後妹の志歩が生まれた。その子は白百合で、咲希の親友となり雫と司の間にも交友関係ができた。
司はその頃の雫と頻繁に遊ぶわけではなかったがいつも悲しそうあ顔をしていたのは覚えている。
しかし司たちが小学生低学年頃のある日雫は姿を消した。志歩が「お姉ちゃんがいなくなった」と号泣していたのは記憶に残っている。両親だけは何か知っているようだったがしばらくの間沈んだ様子だったため良くないことが起こったことはわかった。
「雫、お前こっちにいたのか。志歩が寂しがっているぞ。」
「しーちゃんが?!それは大変だわ!けれど、私はあの町には行けないもの。しーちゃんにごめんなさいって言っ伝えてくれないかしら。」
「なぜ街を出ていったんだ。」
雫は悲しそうな顔をして応える。
「なぜって、私は黒百合の花を見に宿しているのよ。あの街にいたら家族に迷惑がかかってしまうわ。」
しっかりと司を見つめた瞳は光が映っていなかった。
「だが、雫に悪いところ何にもないだろう?胸を張って生まれた街にいれば….。」
司が言い終わる前に雫はパチンと手を叩いた。
すると雫の容姿はみるみる大人びていき、元の年齢よりも10ほど上に見える。
「私はこうやって自在に歳歳を操れるのよ。隠してきたけれどね。だからずっと若いままこの歳のまま最後を迎えることができる。永遠の若さが約束されているの。」
驚きを隠せない司に対して、不思議でしょう?と雫は笑いながら悲しそうに言った。
「雫ー!どこいっちゃったのー?!」
「あら、愛梨ちゃんの声だわ。愛梨ちゃん、こっちよ〜!」
「雫ったら勝手にフラフラしないでよ!一緒に家を出たはずなのになんで途中出外れるの…?」
「ごめんなさいねぇ。知り合いがいたからつい…」
司は愛梨がここにいることにとても驚いた。黒い花を咲かせたその姿はとても美しい。しかし、司の知っている愛梨は白百合だったのだから。
「桃井、なんでお前がこっちにいるんだ…?」
動揺のあまり。声がけ震える。
「天馬さん、久しぶりね。咲希ちゃんは元気かしら?...私、黒に染まったの。」
至って元気そうにそういう愛梨は幸せそうだった。
「黒に染まった…?本当にできる奴がいるなんて思っても見なかったぞ。」
司は昔から知る輝かしく光る白百合が飾ってあった髪に黒百合が刺さっているのをみて体がこわばる。
「ええそうでしょうね。大体の場合は黒に取り込まれて命を落とすわ。だから白百合の街の人は黒百合を嫌うんだから。」
「ならなぜ」
「雫と一緒にいたかったからよ。」
「私は雫たちのように特別な力は持っていない。だから他の子よりは短命になってしまうかもしれないわ。けれどそれでもお釣りが来るくらい今私は雫のそばにいることができて幸せなの。」