親指に刻んで 疲れて眠たい目を擦りながら教科書を引っ張り出す。 放課後の部活が終わって帰ってきたら早く寝たいし好きな事だってしたいのに、宿題がそれを許してくれない。 明日は厳しめの先生の授業だから、ちゃんとやらなきゃ。 サボったりしたら北島先生の耳にも入ってしまう、それだけはマズイ。
始めてしまえば早いものでスイスイと半分くらいまで終わった。 よし、終わる、頑張ろう。 そう気合いを入れたところで携帯が震える。 新着メール、慶一だ。
〈見て! がんばった!〉
その短い一文に添付された写真を開くと、トランプで作ったタワー、五段。 地味にすごい。 すごいけどコイツ絶対宿題やってないべ。 ひとまず何か反応してやるかと思って〈す〉と打ったところで思わず奥歯を噛み締めた。
「あ……またやっちゃった」
俺の携帯は素直に予測を立てるらしい。 一番打った文字をオススメしてくる。 一番打ちたい文字をオススメしてくる。
〈す〉と打つと予測変換の一番に〈スギちん〉が出てくる。 もう滅多に呼べない名前なのに、それを毎回押してしまう俺は何なんだろう。
画面で光る四文字を、親指で一つ一つ消していく。 思い出に蓋をするように、見なかったことにするように。
戻りたい訳じゃない、後悔はしてない。 それでも、やっぱり寂しい。 会いたい、話したい。 自業自得なのに、覚悟していた未来なのに。
〈すげー! で、宿題終わってんの?〉
〈忘れてた! 明日見せて!〉
〈今から自分でやれよ! 甘えんな~〉
慶一にメールを返して、もう一度教科書とにらみ合う。 そういえば宮森中の頃は俺もよくスギちんに朝イチで宿題写させてもらってたな。
そっか、俺、断られるわけないって、スギちんに甘えてたんだ。 上手に甘やかされてたんだ。 嫌な顔ひとつ見せないから気付かなかった。
「ハハ……今更すぎる。 ごめんね、スギちん」
多分、人生をやり直せるってなっても俺は北陵中に転校する。 けど、もし次があるなら「スギちんも行こう」って、もっと強く言いたい。
「これが最後のお願いだから」って言えたら、スギちんも、皆も、きっとついて来てくれるのかな。