出かけませんか出かけませんか
「コウハさん!」
「わっ、と、檮杌様?」
子供のような無邪気な態度で現れた檮杌。まるで、コウハが出てくるタイミングを狙ったかのように出てきた。
「何故このような時間まで?委員会に所属していない生徒は帰宅したはずでは…」
コウハがそういう理由は単純明快。檮杌は委員会に所属していなかったはずだからだ。学校外でも不良で有名な檮杌だ。彼のようなヤンキーが委員会に所属するなど到底ありえない。
「あー、っとっすね……」
頬を少し赤らめ、コウハと地面を控えめに交互に見ている檮杌に、コウハの疑問は積もるばかりだ。やがて、何かを決心したように深呼吸をした。
「い、」
「い?」
「一緒に帰りませんかっ!!!」
目を見開くほどの声量に耳がキーンとする。
やり切ったような表情でコウハを見つめる檮杌。質問に対する回答など、もう決まりきっている。
「はい、喜んで!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…ってことがあって。あいつっていつも俺の近くにいるんっすよね…」
「ふふ、とても興味深いですね」
「興味深いっすかねぇ?それにしても、コウハさん。俺と渾敦の話が聞きたいだなんて、いきなりどーしたんすか?」
「聞いていて面白いからですよ」
檮杌と渾敦は俗に言う幼なじみの関係だ。
上を目指し、常に弱肉強食の世界で生活している檮杌。大人しくて無口な性格の渾敦。実に対照的な2人が、なぜ共に行動しているのか。探究心の強いコウハは前から興味があった。
檮杌を見れば渾敦がいて、渾敦を見れば檮杌がいた。
その2人の関係は、確実に友達以上の何かがあることは殆どの人が察していたし、ふしだらな噂が流れていることも知っていた。未だにその真相が暴けないのは、2人に関わる人物が極端に少ないからだ。その事を檮杌に聞いた生徒が、ドブにぶん投げられたという事件があって以来、皆直接聞いていないのだ。
「コウハさんともあろう人が、そんなことないでしょうけど…俺と渾敦が付き合ってるとか思ってませんよね?」
「思ってないと言えば嘘になりますね」
「マジ!?」
「檮杌様の機嫌を損ねてしまったら申し訳ありませんが、お二人様の距離は少々近すぎるかと思われます。同性同士ならばまだしも、異性同士であの距離は勘違いされてもはおかしくないかと」
「あ、あれが近いんすか……?」
「ええ、とても」
噂を流す人も流す人だが、2人にはそう思われても仕方ない部分もあったのだ。
さっきの言葉通り、圧倒的に2人の距離が近すぎるのだ。
教室の隅で静かに読書をする渾敦に、話す生徒を押し退けてわざわざ絡みに来るのだ。黙って渾敦を見つめていたり、本を取り上げて邪魔をしたりと完全にかまってちゃんの檮杌。
「私はとても微笑ましい光景だと思うのですが…一部の人達からそう見えているようです」
「全員1回絞め殺してやろうか…」
「お、落ち着いてください!あ、話は変わってしまうのですが、少しお話がありまして」
「話?」
コウハからの話とは珍しい。
コウハのイメージダウンを下げる為、檮杌は校内では極力会わないようにしている。学校一の不良が真面目な副会長とつるんでいたら、コウハの学校生活に支障をきたしてしまうかもしれないという檮杌なりの配慮だ。
「その、ですね」
珍しく言葉に詰まるコウハの姿に、檮杌は何故か体が強ばる。夕陽に照らされて2人の影が伸びる。立ち止まって、いつもとは違う雰囲気にドキドキしながらも、檮杌は何かを期待していた。
(これってまさか…っておいおいおい!バカか俺は!?コウハさんは男だぞ!?それにしてもコウハさんは美しいなぁ…ってさっき考えてたことどこ行ったんだよ!!!で、でも…)
恥じらうコウハさん、可愛いなぁ
「って、あぁぁぁあぁぁああぁぁ!!!!」
「!?」
「正気を保て檮杌!!!現実に戻ってこい檮杌ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
突然発狂した檮杌に困惑したコウハは、すぐに目元を緩め笑みを浮かべた。
「相変わらず、檮杌様は面白い方ですっ」
コウハの言葉に檮杌の体温は急上昇した。
「コ、ウハさんっ!?うえっ!、っおわ、!!??」
「何だか恥じらっている自分が馬鹿らしく感じてしまいました。
檮杌様、明日一緒にお出かけしませんか?」
「お、でかけ…!?」
檮杌の頭はもうコウハのことでいっぱいだ。そこにお出かけするという言葉にもうキャパオーバーしていた。
「我が人生、一遍の悔いなし…」
そのまま道端に倒れ込む。今周りに知り合いがいなくて良かったと心底思った。コウハはあせあせしながら、檮杌の元に座り込んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あーーー…コウハさん」
「は、はい?」
「明日、絶対に出かけましょうね」
「!……はいっ!」
「じゃ、指切りげんまんしましょう!」
「指切りげんまん?」
やはり約束事といえばこれがベタだろう。昔はよくやっていたものだ。
「ほら、コウハさん!小指出して!」
「え、ええ?」
「じゃ、いきますよ。
ゆーびきりげーんまん、うっそつーいたら、はーりせーんぼんのーます!ゆーびきった!」
コウハの細く華奢な白い手と檮杌の筋肉がついた小麦色の手が離れる。
コウハは指切りげんまんをあまりしたことがないのか、唖然としながら小指を見ていた。あの学年トップのコウハが知らなかったようだ。学年最下位ら辺を彷徨っている檮杌は少し優越感を抱いた。
「…歌詞グロいですね」
「そこっすか!?」
笑い合い、明日の日程を決めながら2人は歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……あっちぃ…」
午前10時、真夏。人はショッピングモール前の公園でごった返していた。
「コウハさん来ねぇなぁ…大丈夫かな」
とっくに約束の時間は過ぎていて、わざと人が少ないであろう時間を選んだのだが、こうも遅れては意味が無い。
それよりも檮杌はコウハが心配でならなかった。あの無遅刻無欠席で有名なコウハだ。そんな人が遅れるなんて、事故にあったのかもしれない。
「もしもコウハさん事故に巻き込まれてたら……」
血の気が引いていくのが分かる。真夏だというのに体温が急速に引いていき、次第に息が荒くなっていく檮杌。
「ッ、迎えに行かねぇと!」
「檮杌様!」
感覚的に何かを危険と察知した檮杌は、飛び出すようにその場を離れようとした。しかし、それを止めるように檮杌の求めていた声が聞こえた。
「コ、コウハさんっ!?」
檮杌が驚くのも無理はない。なにせコウハは、髪は乱れてボサボサ、私服と思われるネクタイは曲がり不格好、バッグのチャックは空き、肩で息をしていて走ってきたことが容易に分かるというコウハらしくない格好だった。
「ま、誠に…もうし、わけ、…ありまっ…せんでした…!」
「と、とりあえず座りましょうか」
「誠に申し訳ありませんでしたっ!!!」
「い、いや!謝んなくても俺は大丈夫っすから!」
少し休んだおかげかコウハは落ち着きを取り戻し、曲がっていたネクタイや空いていたチャックを閉めて格好を整えた。その間に檮杌は、水を買ってきたり、タオルを使って汗を吹いてあげたりと身の回りの世話をしていた。
「そ、それにしてもコウハさん。コウハさんが遅刻って珍しいっすけど…何かあったんっすか?」
「はい……実は、その…ね、寝坊をしてしまいまして……」
申し訳なさそうに肩を狭めて喋るコウハ。まるで金を捲揚げるような構図になってしまい、周りからは「カツアゲ…?」などと失礼な言葉が聞こえてくる。舌打ちをして声のした方に睨みを利かせると、言っていたであろう高校生がそそくさと逃げていく。
「こんな真夏日に檮杌様を待たせるなんて…私は友達失格です…!それに私から申し込んだ約束だというのに……」
「と、友達失格まではいきませんよ!それに、さっきも言ったっすけどそんな気にしなくても大丈夫っすって!」
「で、ですが、遅れた挙句に飲み物まで買っていただいたのですよ!?」
「それは俺が好きでやったことっすよ!それに…」
「それに?」と首を傾げて、檮杌を真っ直ぐ見るコウハの細く綺麗な手に触れる。
「普段見れねぇコウハさんの意外な部分が見れたんで!」
子供のように無邪気に歯を見せて笑う檮杌。その言葉を聞いたコウハは、ぶわわっと顔が赤くなる。
「そ、そうですか…そ、れは、よかったで、す……」
「?ほら、とりあえず行きましょう!最初は映画観る約束でしたよね?」
「はい!」
顔が赤いコウハに檮杌は疑問を持ちながらも、遅刻した分の時間を取り戻そうとショッピングモールへ催促する。
手を引いてショッピングモールへと2人の姿は、後に学校新聞に掲載されるということを2人は思ってもいなかった。