彼岸花夕時、珍しく落ち着きのある雷鼓で猩々と神成は茶を交わしていた。
猩々の手元にある売れ行き向上の新作饅頭は、3つが1つ半になっていて「早いな...」と思わず声が漏れた。
「うんうん、この饅頭...最高だねぇ!流石は神成職人が手がけただけあるよ」
「へへ、あったりまえよ。オレが作る饅頭にマズイもんなんてあるわけねぇ」
「そうだね、特にこの花形の模様には手が込んでいて趣があるよ。花に何か思入れでもあ?のかい?」
そう聞くと神成は雷鼓のカウンター席の端に目を向けた。
____花だ。それも各々の花が個性を出せるよう配置に工夫がされた一級の。
猩々は「おっ」と面白いものを見るような反応をした。
それもそうだ。花に目を向けた神成の顔が、愛おしいモノを見つめる慈愛に満ちていたのだから。
「花は...貰いモンなんだ。相棒からの」
「相棒...花......あぁ、黒亮のことだね?たしかにキミらは仲が良かった。
黒亮から貰った花を今でも飾っているとは...何百年も前からあの花だっただろう?」
猩々の記憶を辿れば少なくとも600年前からあの花だったはずだ。しかし、その花は衰えを知らないみたいに生きている。
魂が宿り生きている花のように魅せられるのは、育て主である神成が手入れを欠かさないからであろうと容易に想像できた。
花と雷、こんなにもちがう2つの存在が分かり合うとは面白いものだ。
今は放浪中の黒亮がいないが、2人のペアは商店街において稀有なモノだった。性別を越えた信頼は猩々からのお墨付きであった。
「黒亮は暫く帰っていないね。かれこれ600年くらいかな?
彼女は気まぐれだからいつ帰るか分からない。きっと流麗な花々を見つけたのだろう」
「そうかそうか!黒亮なら有り得る話だよなぁ!」
神成は黒亮の話になるとケラケラとよく笑う。気持ちは時間によって絶えず変動するものだ。長年も、600年も待たされた側からしたら愛想が尽きるのも不思議ではない。
この男はつくづく面白い、口には出さないが猩々は神成の緩んだ顔を見て思った。
「まるで仕事の夫を待つ健気な妻のようだ。妬けちゃうねぇ」
「アンタそれバカにしてるよな?絶対してるよな?つーかアイツが夫って...普通逆だろ!!」
「冗談さ、真に受けるなって!
黒亮とキミは最高のバディなんだから。待たない選択肢なんて無いだろう?」
当たり前だ、そう言う神成は懐から財布を取り出した。中から出てきた古臭く所々破れた紙には、表情の無い普段の黒亮と肩を引き寄せて笑う神成の写真であった。
「この写真は肌身離さず持ってんだぜ!オレの最高のお守りさ!」
「写真といい花といい...黒亮のこと好きすぎるんじゃないかい?流石の相棒愛といったところかな」
神成のこの緊張感のない雰囲気こそが彼の魅力なのだろう。猩々は名残惜しい1つ半の饅頭へと手を伸ばした。
しかし、柔らかい感触がない。不思議に思い皿を見てみるとそこには確かに残してあったモノがない。
「悪ぃなかいちょー、貰ってるぜ〜」
「クソアニキ!!!」
赤が飾られた手を振り、カウンターに座る行儀のない風神がそこにはいた。
最初こそいなかったというのに、あっという間に現れる姿はまるで風のようだった。猩々は少しばかり残念そうに肩を竦めた。
風伯は饅頭に施された見目好い模様をまじまじと見ていた。「へぇ」と何かを察したのか、神成をニヤニヤと見た後にそれを口に入れた。
「お前にしては上手くできてんじゃん。お兄ちゃんとして誇らしいぜ」
「黙れ!カウンターに座るな!!勝手に人のモン食うな!!!金払え!!!!お前に出したんじゃねぇよクソアニキ!!」
「キーキーうるせぇな...かいちょーあんがとなぁ」
「まったく...今度から一言くれよ?僕も気に入ってたんだから」
へいへいと軽い返事をする風伯に睨みを利かせる神成。日常茶飯事な光景に猩々は静かに笑みをこぼした。
すると、風伯は何かを思い出したように声を上げた。
「そういえば...神成に朗報だ」
「朗報?お前の朗報とか信じられねぇんだけど。どうせ女と遊んだとかだろ」
「まぁ聞けって。本当に朗報だからさ。
___帰ってきたぜ、アイツ」
「おや、本当かい?神成よか...もういない」
カウンターに残された足跡は開けっ放しの玄関へと続いていた。「カウンターに乗んなって言ったくせに」と小言を垂れる風伯の横で、猩々は朧気に灯りが見える商店街を見ていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
____久々の商店街だ。
相変わらずの活気さに黒亮は表情には出ないものの安堵していた。自分がいなかった600年間に店も増えているだろう、後ほど周ろうと鳥居をくぐり抜けた。
「黒亮!」
「神成...」
肩で息をしながら声をかけた男___神成は黒亮が返事を返すよりも前に抱き寄せられた。
前よりも背が伸びたのか、と胸の中で考える黒亮と喜びで力がこもる神成。
鳥居の前で交わされる行動を通行人は不可思議そうに横目で見ていた。
「やっっっっと帰ってきたんだなぁ!おいおい待ってたんだぞぉ!お前の帰り!!」
「苦しい、離して欲しい」
「や〜だ!せっかくの再会を喜べよ!オレは大感動だぜ〜〜!!」
「黒亮は荷物を置きたい」
食い下がると渋々神成は離れていき、次は犬ように周りをうろちょろし始めた。黒亮は慣れている様子で歩いていき、神成はその後ろをついていく。
600年前よりも増えた店たちを軽く視察し、軽い解説をする神成の話を聞きながら、どこから見るかを順番に決めて行った。
そうして着いた黒亮の店は、昔と変わらない様子で逐一掃除されていたのが伺える。
「みんなお前を待ってたんだぜ。相変わらずの放浪癖だな、600年も帰ってこないなんて。
もっと帰ってきても良いんだぜ?」
「そうする」
手際よく集めてきた花々を整理する黒亮をじっと見る神成は、久々の顔を嬉しそうに見ていた。
すると黒亮は丁寧に包まれた一種の花を向けた。
「これは、お土産」
「...彼岸花?こりゃまたビックリな土産だな。立派に咲いてんなぁ」
彼岸花、不吉な象徴と共に描かれることが多い花だが、黒亮は何故この花を選んだのか。
何かしらの思いがあるのだろうが、和菓子職人の神成にはその心中を察することが出来ず頭を捻るだけだ。
黒亮は相変わらず整理に真剣なので、聞くにも聞けない。
「とりあえず今から店閉めてくるわ。案内するから終わったら呼べよ!絶対絶対呼べよ!」
「分かった」
「絶対に呼べよ!」と黒亮が見えなくなるまで言い続ける神成に黒亮は頷く。走り去っていく神成の背中に視線を預けて、黒亮はひっそりと呟いた。
「彼岸花は...」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「黒亮に会った〜〜〜!!!!!」
大はしゃぎで戻ってきた神成の興奮度合いといえば相当だった。あの風伯ですら「お前落ち着けよ」と宥める側に回ったのだから。
「黒亮も帰ってきたことでまた商店街は賑やかになるね。ははっ、花でも買いに行こうかな」
「また麗しい女が戻ってきた...この商店街は本当に最高だぜ。デートに誘うか」
「誘うな!!お出かけするのはオレなんだぞ!!」
「うるさいなお前......てかその彼岸花何だ?また何か拾って持ってきたのかよ」
「子供の頃の話してんじゃねぇよ...!これは黒亮から貰ったんだよ。綺麗だよなぁ、流石黒亮が選んだだけあるぜ」
彼岸花___ネガティブな意味合いを含む花だが、たしか他の意味があったような...わちゃわちゃと騒ぐ神成と風伯の漫才を観戦しながら、猩々は思案していた。
「あっ、思い出した」
その花言葉を聞いた神成は再び黒亮の元へと駆け出していった。
彼岸花の花言葉 『再会』