EPISODE1 自由「こんなクソ世界なんざ降りてやる!!」
その日、一人の神はそう宣言した。
変わらない日々だった。
民の願いを聞き入れて捧げ物を受け取り叶える。厄を払い平和を見届ける。雨を降らせ豊穣をもたらす。
「つまらない」
酷く、退屈だ。
御簾の奥、その先に座る雷を司る神は飽きを重ねに重ねていた。
薄くに彩られた寝殿は主人の趣味とは異なり、目立つ赤と黄色の瞳はそれを気に入らないと言わんばかりに睨んでいた。
物珍しさから民に捧げるよう命じた煙管も何度か口をつけてしまえば、飽き性の彼にはインテリアとかしてしまう。
「つまらん、つまらんつまらん!!
何故吾輩がこのようなつまらん往復作業をしなければならぬのだ!下々の願いを聞き入れては叶えて、聞き入れては叶えて…
あぁぁぁ!!つまらんったらつまらんーー!!」
オーダーメイドで作られた羽織のシワも気にせずに転げ回る神に威厳はあろうか。
転げ回った末に置物に激突した神成は、怒りのまま置物を窓に投げつけた。そのまま割れる_____ことはなく、何重にも展開された結界によって跳ね返った置物は神成に再び激突した。
この結界の意味、それは神成の神としての在り方に大きく起因していた。
「あんのクソ風神野郎…!!!こんな面倒な結界貼りおって…ぶち壊してやろうか……?!」
神成は神の中では異質だったのだ。
幼少の頃にして勉学は常にトップ、偶然触れた和歌や漢歌の才能を開花させる、雷の力において右に出る者はいない。様々な面において異質の才能を持つ神成は最高と謳われた
しかし難点があった。
そう、彼は異質な才能とは裏腹に傍若無人だったのだ。
養成学校では常にトラブルの中点、過去に織り成された和歌や漢歌に無礼な感想を残す、持った雷の力をイタズラに使う。
この傍若無人っぷりには誰もが手を焼き、それは大人となった今も続いていた。
神としての仕事は放棄し、天災を与える時のみ顔を出して大暴れ。やりすぎな程の天災に人々は涙したが、神成は笑っていた。
身勝手すぎる行動に兄の風神は神成を仕事以外の時に展開する結界で閉じ込めた。そうして、彼がしっかりと仕事をするよう強制されたのだ。
「吾輩がこのまま何もしないと思うでないぞ…この屈辱は晴らしてみせるわ……!!」
飾りに過ぎない御簾も、虚しいくらいに己を大きく見せる羽織も、謙虚に作られた寝殿も、全部全部神成の気に触れた。
特別な神の子?ナメるな、そんな肩書きなど誰かが謳歌した風評以上でも以下でもない。馬鹿馬鹿しいにも程がある。
「くだらぬ世界になったものだな。ここも」
轟音と共に雷の神は無邪気に部屋から飛び出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…よし、兄貴は今日は仕事だな。なら余裕余裕…簡単に出られるわ」
警報が響く中、神の使い達が騒ぎ立って廊下を走り回っていた。そう、この警報は神成脱走を意味していたのだ。
器用に物陰に隠れては、バレそうになれば殴って気絶させていた神成は「計画どーり♪」とニヤリと笑った。
兄の風神がいなければここなど檻のない刑務所のようなものだ。容易に皆を出し抜いていける。慌てふためく神の使いに気づかれぬように、雷を使ってちょっかいを出しててもバレない。
(…飽きてきた。もう行くか)
何度も見た驚き方に飽きがきた神成は、寝殿の近くに在る鳥居へと向かった。
神は各々の居住の近くに下界へと繋がる鳥居を所有している。神は多忙だ、たった一つの鳥居を皆で共有していては足りないのだ。
幼い頃に暴れ回り傷をつけた鳥居をそっと撫でる。雷に当てられて焦げた跡が残る赤に未練はない。ここを出れば自由になれる。
「神成様!!」
「…遅かったなぁ。吾輩はここを降りる。これは決定事項じゃ」
「ど、どうして…貴方様は神です!そんな勝手は許されませんぞ!!どうかお考え直し下さい!!」
「…あ"ぁ?」
何故、こうも分からないのだろう
くだらない妄言
興味すら引かない群衆
繰り返される単調な仕事
…意味はあるのか?
「貴様ら、誰に口を聞いてると心得る!吾輩は雷の神、神成だぞッッ!!
勝手は許されない?考え直せ?バカ言うな!!
何故吾輩が頭を垂れてるだけの下々を世話せねばならぬのだ!神だから?ハッ、知らぬわ。願えば叶えるを繰り返す神こそが民の良いように使われているのではないか?
天災を与えねば分からぬ民、冗談も甚だしいわ。
大体貴様らもその欠伸が出る程につまらぬ性根どうにかせぇ。
結界を挟めば聞こえないとでも思ってたのか?貴様らの陰口、吾輩が邪魔で面倒らしいな。そうなら正面切って言えよこの愚図共。
それが出来ぬのなら…恥ずかしいヤツだな。」
「神成様…」
もう戻れない。ここを降りれば下々と同じ地を歩いて暮らすことになる。
しかし神成は不思議と高揚感に身体を震わせていた。やっと、自由になれる。
「こんなクソ世界なんざ降りてやる!!」
止める使い達の無様な顔にピースサインを突き付けながら、鳥居を背中からくぐった。
その日、神が神を降りた瞬間だった。