アイの基準愛、Love、爱、Amour、Liebe、Amore、Amor、Любовь、사랑...
国の数だけ異なる愛がある、というのは壮大で飛躍しすぎだろうか。
色のように愛はグラデーションを形作り、各々の"愛を愛たらしめる"その定義を確立させていく。
美しくも儚い、輝き広がる花畑のように広い意味を司るモノ。認識の違いが織り成す奇跡の産物。無秩序で誰にも止められやしないモノ。
絶対零度の吐息を小さく漏らす美男の悪魔は、ローズピンクで彩られた両眼を怯まず向ける強かな美女と共に楽しい"茶会"をしていた。
「キミみたいな絶世の美女とお茶会が出来ないのは残念に思うねぇ。
キミと飲めれば、どんな紅茶も忘れられない程の美味さになるのに」
「知ってて紅茶を用意するなんて酷い男ね。
たしかにあなたと飲めれば、どんな紅茶も忘れない程の不味さになる」
「可愛げのないネコちゃんだな。反抗的なのも悪くない」
サタンが口説けばモアは瞬時に切り返す。モアが切り返せばサタンはまた口説く。
サタンの甘い言葉は媚薬のように体を高めていくのだ。
意識すれば最後、身体を巡る血のように全てを支配して己が己でなくなっていく。
神に身を投じる信者のように、闇の中に見えた一筋の光のように、彼に全てを捧げる。
だが、彼女は違った。
悪魔の媚薬は彼女には効かない。戯言だと、嘘だと、手に取るように分かっているから。
流石は愛を語るだけある女だ、上辺だけの中身の無い甘い言葉には騙されてはくれない。最も彼女がサタンを好まない点が大半を占めるだろうが。
「くだらない話は終わりにしよう。
質問、あなたのアイを愛足らしめる基準は何かしら?
…あなたのアイはそう呼べるほど認められるものかしら?」
敵意や嫌悪などの不愉快な感情が入り交じるその双眸に射抜かれ、言いようの無いほどの興奮にサタンの背筋はゾクゾクと痺れた。
思わず溢れる笑い声に目を細める彼女だが、その動きもまたサタンを痺れさせた。
「ククッ…本当にキミには笑わせられるねぇ。いいぜ、教えてやるよ。
ないよ。理由も、基準も、何もかも」
そう言った彼の言葉に彼女は何を抱いたのだろう?
身を焦がすような怒り?回り回ってため息をつきたくなる呆れ?簡潔すぎる答えに対する恐れ?
"理由がない"、それはどれほどに恐ろしいことなのだろうか。
「生き物は行動に意味を見出すことが好きだねぇ。何でもかんでも理由を付けたがる。
オレがアカネを愛し、望むのは理由なんてちっぽけなモノはないんだよ…
サタン・アクシスフェイトとアカネ・アクシスフェイトはそういう存在だから、だ。
いちいち産まれたての赤子に『人間である理由は?』なんて問わないだろ?人間との間で産まれたから『人間』…そう定義しているからな」
サタンがアカネに執着し、アカネがサタンを憎むのに理由はない。
拷問、おしゃべり、ショッピング、甘い物。それらは彼が「"好き"なもの・ことは?」と聞かれた時の答えだ。理由を聞けば、彼は的確にどこが良いかを教えてくれるだろう。
本当は理由など、ないのに。
「キミの"愛"を基準とするならば、オレの"アイ"は確実に認められないだろう。
だが…
オレの基準のない"アイ"ならば、オレの"アイ"は無条件に認められるはずだ。だって認められない理由がないからさ」
「…都合のいい時だけ理由を使うなんて」
「へへ、理由を求めるお前らみたいに言ってみたんだがどうかな?」
「言い訳ね」
「そんなの"いいわけ"ねーってか?
アハハハッ!!ゴメンなぁ、お前みたいな美女といると緊張しちゃうんだよ〜♪ジョークでも言って気を紛らわさないとね」
理由無き愛はどれほどに無情で、残酷で、惨たらしいのだろう。
静かに心の涙を流す情報屋は、それすらも見透かしたように笑みを浮かべる氷の悪魔を鋭く射抜いた。
「ククッ、楽しいねぇ...poppet♡」