貴方は白馬の王子様 ●
半グレ組織の鎮圧。まあ、ガンドッグのありふれた仕事だ。
渇いた銃声が二つ続いて、最後の一人の膝と手首に穴が空く。銃を落としながら、路地裏のアスファルトにターゲットが倒れ込む。出血と、苦悶の叫び。
「ハハハハハ――痛いかぁ〜? なぁ、おい、なあ?」
その頭部を踏みつけて、踏み躙り。拳銃を突きつけるサクラが軽薄に笑う。
「降参するか? ここで死ぬか?」
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サクラは最近、意図的な殺しをしなくなったように思う。
とはいえこんな稼業だ、激しい銃撃戦の中では不殺を貫き通すのも難しいが。それでも、敢えて殺しにいくような言動は幾らかマシになった気がする。さっきのように手足を撃って無力化するやり方が増えている。
それが――「人間であろうと思う」、というサクラの願いのような――ジェラードにはそう感じるのだ。
まあ、まだ、笑ったりヘラヘラしたり、暴力的なのはそのままではあるのだが。
「――了解。オーバー」
連絡を終えたジェラードの視線の先には、『ご褒美』のチョコレートバーをお行儀のクソもなくガリガリ齧っているサクラ。鼻先とヘッドプロテクターについた返り血をそのままに、無邪気な少年の顔をして。
「ピックアップ地点はもうちょっと先だとよ、行くぞサクラ」
「うい」
その前に、とジェラードは手を伸ばし、グローブの指先でサクラの鼻を拭ってやった。んひゅ、と少年がじゃれるように笑った。
夕方からもう幾らか過ぎた、夜の都会。
汚れた薄暗い路地裏から出れば、残酷な格差社会が煌めいている。
都市内のアミューズメント施設を通り抜けるのが近道だ。このご時世、銃を持った人間を道端で見かけてもパニックは起きない。ボディーアーマーに会社名が縫い付けられているから、ガンドッグだと見るに明らかなのもある。
とはいえ『人を撃つことを職業にしている人間』、迎合の空気はない。目を合わさぬようそそくさと通り過ぎるか、遠巻きに好奇の目で見るか――尤も、そんなことをなんとも思わぬ二人なのではあるが。
「おなかすいた」
「さっきチョコレートバー食ったろ」
「足りな〜い」
「後で晩飯いっぱい食わせてやっから……」
「ねえねえジェリ〜」
「もう何も持ってねぇって、ミッション前にもグミ一袋食いやがって――」
「ちゃう、アレ」
サクラが指さした先に、メリーゴーランド。この辺りは遊園地よろしくアミューズメント施設が建てられている。
「メリーゴーランドがどうかしたのか」
「乗りたい」
「は?」
「乗りたい!」
足を止めて、ジェラードの袖を引いて、笑って、指さして。
「俺、メリーゴーランド乗ったことない!」
あまりにも無邪気に、卑下も何もなく、ただの事実を述べる物言いで、サクラが笑う。スラムで生まれ、戦場で育ったこの少年は、『普通の子供』が普通に生きていたら経験するだろうあらゆることを知らないまま、ここまで大きくなっていた。
――だから軽々しく口にするのだろう。知らないから、経験していないから、「俺は人を撃つのが一番上手い」、だなんて。
それを聞いた者の心に、悲しい影が射すことを知らないまま。
……返した言葉は「いいよ」だったか、「しょうがねぇな」だったか。
兎角、ジェラードは券売機で買ったチケットをサクラに渡していた。当然のように大人に買わせた少年は、宝物でも持つみたいに両手でチケットを持って、「ありがと!」と笑う。
「ジェラードは乗らんの?」
「俺はいいよ……装備もそのままだし、そんな歳じゃねぇし」
流石に照れ臭い。「ここにいるから」と伝えれば、「そっか」とサクラは答えた。
運よく空いていたから、並ぶ必要はなかった。ジェットコースターなんかと違って子供向けの要素が強いから、子供のいない夜は客も少ないようだ。ガンドッグがメリーゴーランドに乗ってきたことに、スタッフ含め周りの客は驚いている様子だったが、これも彼らの何かしらのミッションなのかもな……という謎の納得の空気があった。
外からジェラードが見守る先、サクラがきらびやかな白馬に乗る。「ジェリー!」とはしゃいだ声で手を振るから、ジェラードは少し気恥ずかしいものの、「おう」と片手を上げてやった。
――ほどなく、メリーゴーランドが回りはじめる。
メルヘンな音楽と、夜にキラキラする電飾と、飾り立てられた人工の馬達と。
「あはは! おーい! あははははっ!」
サクラはずっとはしゃいでいる。笑っている。楽しそうだ。
偽物の馬がぐるぐる回るだけ、それの何が楽しいのだろうか。昔のジェラードなら、そう思っていたかもしれない。
(きらきらしてんなァ……)
ぼうっと、柵の向こう側、大人は少年を見つめる。肌寒い夜、金色に輝いて、上機嫌に頬を紅潮させて、楽しげな笑い声をこぼして。鮮やかだ。あたたかい光。黒真珠の瞳。傷一つない肌。美しい白馬にまたがり、真っ直ぐ男を見つめている。
(……白馬の王子様ってか)
柵に手をもたれさせ、ジェラードはフッと笑う。それにしちゃ物騒な武装をしているが……それでも……男の褪せて渇いた世界に、色と輝きをもたらしてくれたのは、……虚しさという呪いを解いてくれたのは、……死から救ってくれたのは、……。
(じゃあ俺が姫になるのか?)
ねぇな。そんな自嘲をして。
ポケットからスマホを取り出す。カメラアプリ。レンズを向ける。
「おーい、サクラー」
名を呼ぶと、とびきりの笑顔とブイサインが返ってくるから――画面をタップして、この一瞬を電子の世界で永遠にする。動画は少し照れ臭かった。まあ、撮りたくなったら、また白馬に乗ってもらえばいいさ。きっと喜んで乗るだろう。二回目も、三回目も。
『了』