新年●
「ジェリー、ジェリー、起きて起きて起きて」
ゆさゆさこねこね。いつものようにサクラが身体を揺さぶってくる。
「起きて〜〜ねえ〜〜〜」
鼻にかかった甘えた声。頬にすりすり頬擦りして、ちゅうちゅう食んで吸ってくる感触。
「ん゙……今何時……」
起こされたジェラードは薄目を開けた。安い狭い古い日本のアパート、安い薄い布団から見えた世界は、ほぼ暗闇で。
「夜じゃねえか……」
「6時半」
「だあ〜……」
ド早朝すぎる。なんでうちのこはこんな朝早いし朝強いんだ。つーか寒い。内心で色んな文句を並べ、ジェラードは布団を被り直す。サクラと体温を分かち合わないと眠れないせんべい布団。なのに当のサクラは、ジェラードが被った布団をめくってくる。
「初詣行こうやぁ〜」
「ハツモウデってなんだよ、ねみぃしさみぃよ……」
「初日の出も見たい〜」
「ハツヒノデってなんだよ……」
「起きて? ねえ〜……」
「んん゙〜〜……」
「折角日本に来てんから、日本式のニューイヤーしようやぁ、ジェリぃ〜〜〜」
「っ…… たく、しょ〜がね〜〜〜な〜〜〜〜も〜〜〜〜」
で。
くっそ寒い部屋の中で拷問のように着替えをして。
「こっちこっち」とサクラに手を引かれるまま、ジェラードは1月1日の日本の町を歩いた。ぶっちゃけ、眠くて全然覚えていない。気付いたら高台の公園に居た。
「さっ……みいよ……」
地面には霜が降りているし、吐く息は白いし。上着のポケットに両手を突っ込み、ジェラードは肩を竦ませる。
「ほら! 東の方、明るなってきたで!」
一方のサクラは元気いっぱいで、寒気に頬を赤くして、笑って、あったかい息を吐いて、東の空を指さした。黒は青に、青は橙に、橙は赤に、空の色が移り変わる。街の景色と山の向こう、太陽が昇らんとしている。
「もうじきやで!」
「日の出の何がそんなに珍しいんだよ……」
年末を祝う文化のジェラードにとって、年始を祝うサクラたち日本人の文化的価値観はよく分からない。「アリガタイモン、エンギエエモン」とサクラは言うが、日本語だから分からない。「Precious & lucky」と翻訳されたが、それでもいまいちピンとこない。日の出なんていつ見ても同じでは?
(そういや国旗が太陽だし……太陽信仰でもしてんのか日本人は……?)
寒い眠いの中でそんな事を考えている。ぶっちゃけ早く帰りたい。だが――
「あ! 来た来た来た! わあ〜〜! すっげ〜〜〜〜! ねぇ見た 見てる 起きてる めっちゃ綺麗〜〜〜〜」
こんなド早朝に、隣でずっとはしゃいで日の出を指さしているサクラを――日の出を背景に、その輪郭を黄金色にキラキラさせているその子を見ていると。……日の出を見に来たって言うのに、ジェラードの方ばかり見ている恋人を見ていると。
まあ、早起きしてよかったかもな、なんて、ジェラードは思うのだ。
この後、二人は近所の神社へ初詣へ行く。
信心薄いサクラがそんなことをするなんて意外だとジェラードが伝えたら、「折角日本に来てるんやから、日本の正月てのを見せたろと思てん」と彼は答えた。普段はこんなことしない、と。
その言葉通り、他の人間が賽銭を投げ込む中、ドケチのサクラはビタ一文投げ寄越すことはなかった。そのくせ、神には「大金持ちになりたい」なんて祈ったとか。
『了』